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交通事故に基づく損害賠償額

平成23年8月

交通事故に基づき加害者が被害者に対して負うべき損害賠償の額について解説しています。

第1章 問題の所在

  • 相当因果関係

    加害者に過失(落ち度)が認められる交通事故が発生して,被害者に損害が発生した場合,法律に基づいて加害者は被害者に対して相当額の損害賠償金を支払わなければならないことについては一般に広く知られている。問題はその金額である。
    加害者は当該交通事故によって発生した損害を賠償しなければならないのであるが,逆に言うと当該交通事故によって発生したものではない損害については賠償しなくて良い。
    つまり,損害賠償の対象となる損害は,当該交通事故に「よって」発生したものであると言えることが必要であり,交通事故と損害との間に因果関係(原因と結果の関係にあること)が認められる必要がある。
    ただ,単に因果関係があれば全て賠償の対象とするのでは損害賠償の対象が無限に広がってしまう。例えば,交通事故に巻き込まれたために予定の飛行機に乗り遅れて次の便に搭乗したところ,その飛行機が墜落して死亡した場合,確かに交通事故と死亡との間に因果関係はあるが,この死亡についての損害についてまで交通事故の加害者に負担させるのは正義に適うものと言えない。
    そこで,加害者が負うべき損害賠償の範囲は,因果関係があることを前提とした上で,当該交通事故から当該損害が発生することが社会通念上相当と評価される関係(相当因果関係)がある範囲に限定される。
    そうすると,「社会通念上相当か否か」という,人によって結論が異なりかねない基準により損害賠償の範囲が左右されることから,この点を巡って解釈上の争いが生じることになる。

  • 損害の金銭的評価の問題

    慰謝料という言葉は広く知られている。その内容は精神的損害についての損害賠償であり,あくまでも法的な損害賠償の1つであるから,道義的・道徳的観点から支払われる見舞金等とは区別されなければならない。
    慰謝料は,「痛い」「悲しい」「つらい」等といった精神的な苦痛としての損害を填補するものであるが,実際のところ,このような精神的苦痛を万人が納得できる客観的基準に基づいて金額的に評価することは不可能である。
    また,例えば無二の美術品が交通事故により損壊した場合,加害者はその損害を賠償しなければならないが,金銭によってはもはや入手できない美術品が失われたことについて,その損害額をいくらと評価すべきかは難しい問題を含んでいる。
    以上は極端な例であるが,交通事故を契機として発生する多種多様の損害を,「金○円」という具体的な損害賠償金額で評価する過程においては,人によって様々な見解の相違があり,この点を巡って解釈上の争いが生じることになる。

  • 過失相殺・損益相殺・素因減額等

    交通事故が発生したことについて,加害者側だけではなく被害者側にも一定の落ち度(過失)が認められるケースがある。
    例えば,信号機もない交差点で,どちらが優先であるとも言えないような交差道路の双方から車両が交差点に進入して出会い頭に衝突したような場合,どちらの当事者側にも落ち度が認められることが普通である。
    被害者側にも落ち度がある場合に,その損害の全額について加害者が賠償すべきとするのでは公平に欠くことから,このような場合には,加害者が賠償すべき金額は,損害額の全額から被害者側の落ち度に応じた減額がなされることになる。これを過失相殺という。
    そこで,具体的な交通事故発生に際しては,被害者側に過失相殺の対象となるような落ち度があったのかなかったのか,あった場合にその程度はいかなるものかが問題となるが,この点を巡って解釈上の争いが生じることになる。
    過失相殺の他にも,加害者の負うべき損害賠償額を減額方向に修正する要素として,損益相殺,訴因減額等の要素がある。
    損益相殺とは,交通事故により損害を被った被害者が,他方で交通事故によって利益を受けた場合に,この利益相当分を加害者が負うべき賠償責任額から控除する考えを言う。
    例えば,交通事故により負傷した被害者に治療費と仕事を休んだことによる損害が発生したケースにおいて,いわゆる政府労災保険からその損害の填補を受けられる場合がある。このような場合には,政府労災保険から支給された金額分は加害者が負うべき損害賠償額から控除されることとなる。
    このような損益相殺は,損害補償の二重取りによる被害者の不当な利得を防ぎ,損害の公正な填補を図るための考え方ではあるが,生命保険や傷害保険による保険金は控除の対象とならない等,その適用にあたってはいくつかの注意点がある上,ケースによっては損益相殺の対象となるか否かで見解が分かれることもあることから,この点を巡って解釈上の争いを生じることがある。
    次に,素因減額とは,交通事故で負傷した被害者に,従来からの病的な要因があったために損害が拡大した場合に,そのような病的な要因の寄与度を勘案して加害者の負うべき損害賠償額を減額修正する考え方をいう。
    この素因減額の適用についても,具体的な事例においては適用されるべきか否か,適用されるとして素因による寄与分をどの程度に評価すべきかについて見解が分かれることもあるから,この点を巡って解釈上の争いを生じることがある。

  • 小括

    以上の通り,交通事故の加害者が,被害者に対して損害賠償責任を負うものであるとしても,具体的な損害賠償額の決定に対して影響を与える要素が多数存在し,個別の要素ごとに見ても,それらの要素が具体的金額として損害賠償額にどの程度の影響を与えるかは必ずしも自明ではない。

第2章 損害賠償額決定のプロセス

  • 最終的には訴訟手続に基づく判決による

    第1章で述べた通り,交通事故に基づく具体的な損害賠償額は,必ずしも自明ではなく,解釈・争いの余地を多分に残すものである。
    そうすると,一般的な傾向として,被害者側はその金額を高めに評価しがちであるし,加害者側はその金額を低めに評価しがちである。
    これは,各当事者が利己的であるが故の傾向というよりも,置かれた立場が異なることにより,同一の交通事故に基づく事件であっても,それぞれの立場からの見え方,把握の仕方が異なってくることの帰結であるように思われる。つまり,公平に判断するスタンスで臨んだとしても,立場の相違から結論が異なってくるということである。
    損害賠償額について,被害者側と加害者側の見解が相違する場合には,何らかの手続に基づいてこの金額を具体的に確定させるための手続が必要である。
    そのための最終的な手続が裁判所での訴訟手続である。被害者側と加害者側とのいずれかが原告,他方が被告という立場に立ち,裁判所において証拠に基づいてそれぞれの主張を展開し,その結果,裁判所が判決によって加害者の負うべき損害賠償額を定めることとなる。 加害者側と被害者側とでそれぞれ正当と考える損害賠償額が食い違い,どうしても合意に至ることができない場合には,最終的には訴訟手続に基づく判決によって損害賠償額が確定されるより他ない。
    具体的な損害賠償額を定めた判決が確定すれば,加害者側も被害者側もこの金額に不満を持っても,判決により定められた金額に従うしかない。

  • 多くのケースでは当事者間の合意により解決されている

    判決による損害賠償額の確定手続は,法的に明確で,不満のある当事者も法的に拘束されるという意味で強力な手続であるが,実際上は当事者間に損害賠償額を巡って争いがある場合であっても,最終的には判決にまでは至らず,そこまでの過程で当事者間で損害賠償額について合意が成立し,その合意に基づいて解決されるケースの方が圧倒的に多い。
    合意形成の方法としては,裁判所での手続を全く利用せずに当事者間の任意の合意で解決するいわゆる示談による解決,簡易裁判所での調停手続を利用して裁判所の調停委員会の介入を得て当事者間で合意点を見出して解決する調停の手続,いったん裁判上の訴訟手続により判決を求めるものの,判決に至る審理の途中で当事者間で合意点を見出して解決する裁判上の和解の手続などがある。
    前述の通り,訴訟に基づく判決による手続は明確で強力であるが,その反面,当事者間に争いのある事項については証拠に基づく厳密な立証が求められるため,証拠の提出や尋問の実施など手続上の当事者の負担が大きく,判決が出るまでに相当な時間も要する。訴訟対応のために弁護士に委任することになれば,その弁護士費用の負担も大きい。
    このような理由から,交通事故による損害賠償額について争いのある多くのケースでは,訴訟に至る前に当事者間の合意により解決されることが多く,いったん訴訟手続にまで進行したとしても,判決に至る前に合意(裁判上の和解)によって解決されることの方が多いのが実態である。

  • 交通訴訟の理解についての重要性

    以上の通り,当事者間に争いのある損害賠償額が,裁判所の訴訟手続に基づく判決によって確定されることは実務上は少ないのであるが,交通事故についての裁判所における訴訟上の審理が,どのような考え方に基づいて進められて判決に至るのかという点を理解することは極めて重要である。
    加害者・被害者いずれの当事者も,当事者間の合意により定めた和解金額(示談金額)にて損害賠償額についての争いを解決しようとする場合には,仮に訴訟手続に移行して判決が出されるとすればどの程度の判決額になりそうかを想定し,その想定判決額と和解金額とを比較しながら合意の是非を判断することになる。
    単純に言うと,被害者側とすれば,想定判決額の方が和解金額よりも高いと判断すれば,和解は拒否して判決による解決方法を選択することになるし,加害者側とすれば,想定判決額の方が和解金額よりも低いと判断すれば,和解を拒否して判決による解決方法を選択することとなる。
    もちろん,ここに言う想定判決額とは,あくまでも事前の想定額であるから,想定が外れて実際の判決額が想定判決額と大きく相違することもありうる。
    想定が外れると,次のようなケースが発生する。被害者側が,判決になれば高額な賠償金額が得られると判断して和解を拒絶したが,実際に訴訟に進んだところ,その和解の額よりも判決の額の方が小さいということが起こりうる。逆に,被害者側が,判決によってもさほど高額な賠償金額は得られまいと判断して少額の和解金にて和解したが,仮に訴訟に基づいて判決を得たとすれば,それよりも相当高額な賠償金を得られたはずというケースもありうる。立場を替えて加害者の側で考えても同様に判断を誤るケースがありうる。
    よって,損害賠償額について話し合いによる和解・示談で解決しようとする際には,訴訟における想定判決額をできる限り正確に見積り評価することが大切であって,この金額が和解・示談の是非を決する重大な判断要素となるのである。
    本稿で記述している内容は,特に断りのない限り,訴訟に基づいて判決がなされることを想定し,その審理において採用されている考え方を解説したものである。

  • 自賠責基準・任意基準・裁判基準

    交通事故に基づく損害賠償額を算出するための基準の種類として,自賠責基準,任意保険会社基準,裁判基準という3つの基準があると一般に説明されることがある。
    自賠責基準というのは,自動車損害賠償責任保険(「自賠責保険」や「強制保険」等と呼ばれている保険)における保険金の支払基準のことである。
    公道を走行する自動車は,この自動車損害賠償責任保険に加入することを法的に強制され,この自動車で交通事故を発生させて人的被害を発生させた場合には,この保険によって支払われる保険金が,加害者のなすべき損害賠償金に充当されることとなる。
    自賠責基準により支払われる保険金の額は,被害者の損害回復のためには必ずしも十分ではないが,もともと自動車賠償責任保険は,加害者がなすべき損害賠償のうち最低限の金額を法定し,それを法律上の強制保険によりカバーしようという趣旨のものであるから,自賠責基準に基づいて保険金が支払われたからと言って,それで加害者の責任が全て果たされるとは限らない。
    自動車賠償責任保険では,物的な損害賠償は対象となっていないから,対物事故については保険金が支払われないし,人身事故についても自賠責基準により支払われた保険金では法的な損害賠償額に不足することもある。
    そこで,自動車を運転する多くの人たちが任意に加入している自動車保険がいわゆる任意保険と呼ばれている保険である。加入が法的に強制されないことから任意保険と呼ばれているが,できれば加入しておくことが望ましい。
    この任意保険において保険金を支払う際の基準となっているのが任意基準である。この基準は,法的な根拠がある自賠責基準と異なり,民間の保険会社が随意に定めた基準であるに過ぎない。
    この任意基準に基づく損害賠償額の水準は,後記の裁判基準よりも低めであり,被害者側からすると不満を覚えるような低額になりがちな水準となっているが,加害者側に立つ保険会社は,この任意基準による損害賠償額にて示談解決することを提案してくることが多いことから,被害者側としてはこの提案に乗るかどうかが問題となる。
    裁判基準というのは,交通事故に基づく損害賠償責任額が訴訟を通じて判決で決定される過程において用いられる基準である。「基準」といいながら,全ての損害項目について網羅的に定立されているわけでもなく,裁判所を法的に拘束するわけではなく,裁判所が主体的に「基準」として公開しているものでもない。
    裁判基準と呼ばれているものの実態は,多くの裁判所が目安として採用していると思われる基準を最大公約数的に取りまとめたものである。
    そのような取りまとめにはいくつかの種類があるが,取りまとめの代表的な例が,財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部による「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」であり,赤い表紙の本として取りまとめられていることから「赤い本」「赤本」などと呼ばれており,この本による基準を特に「赤本基準」などと呼んでいる。
    本稿の解説も特に断りのない限り,この「赤い本」に掲載されている基準に基づいて説明している。

  • 任意基準での示談に応じるか否か

    前述の通り,任意基準は裁判基準よりも低水準であることから,被害者側としては,加害者側である保険会社が任意基準に基づいて提示してくる金額で示談に応じるか否かを検討すべき必要に迫られる。
    素朴に考えると,訴訟手続に移行すれば任意基準よりも高い裁判基準による損害賠償金を取得できる訳であるから,任意基準には応じないという結論に至りそうであるが,それほど単純な問題ではない。
    被害者側が保険会社に対して裁判基準による損害賠償金計算に基づいて示談するよう要請したとしても,保険会社側が裁判基準では示談に応じないことがあり,その場合にあくまでも裁判基準を貫こうとするならば訴訟手続に移行するより他ないが,そうなると訴訟手続による手間暇の増大が生じることになるし,弁護士に依頼すればその弁護士用の負担も生じることになる。
    よって,任意の示談交渉を打ち切って訴訟手続に移行するか否かは,裁判基準適用による賠償額期待値の増加というメリットと,訴訟手続意向による手間暇・費用の増大というデメリットを比較考量しなければならない。
    さらに重大な問題は,訴訟上の立証責任の問題である。
    例えば,受傷した被害者が受ける慰謝料の金額は,一般にその入通院期間の長短を大きな要素として決定されるところ,ある被害者について一定の入通院期間を前提とした場合の当該被害者が受けうる慰謝料の金額は,一般に任意基準よりも裁判基準による方が高額になる。その差額は入通院期間が長くなればなるほど顕著に大きくなる。
    よって,その被害者についての長い入通院期間がそのまま裁判所での判決の基礎となるのであれば,被害者側にとって明らかに裁判基準の方が有利である。
    しかし,訴訟手続においては証拠に基づく厳密な立証が必要であり,被害者の長い入通院期間について,加害者側から「無用な治療期間が含まれており不相当に長い」という主張が出された時には,被害者側において,その長い入通院期間の全てがケガの治療のために必要かつ相当であったことを証拠に基づいて厳密に立証することを求められる。そして,この立証に失敗したときは,治療のために必要かつ相当であるという立証をなしえた期間のみが判決の基礎となり,この期間を前提に裁判基準が適用されることになる。
    従って,例えば1年間の入通院期間を前提として被害者が慰謝料を請求した場合,訴訟に基づく判決では相当な入通院期間は3ヶ月であるとして3ヶ月に相当する裁判基準での慰謝料金額しか認められないようなケースもありうる。
    もちろん,任意基準の適用にあたっても,基礎とすべき入通院期間がケガの治療のために必要かつ相当な期間であるということが前提とされるのであるが,保険会社は裁判のときほど厳密な立証を求めないから,ある程度現実に発生した入通院期間を尊重して相当な入通院期間であると認定してもらえるケースも多い。
    そうすると,任意基準によったとしても,相当な入通院期間の認定が緩やかである分,訴訟に基づく判決の場合よりも結果的に慰謝料の金額が高くなることも考えられる。
    また,例えば事故車両の修理期間中のレンタカー費用(いわゆる代車代)に係る賠償については,裁判に基づく判決ということになれば,代車を現実に使用する必要性があることを前提として相当な修理期間に限り認められるものであるが,保険会社が示談内容として提示する賠償額としては,代車使用の必要性や認定期間についてさほど厳しい条件をつけることなく,実際にレンタカーを使用した全期間分の代車代を賠償金額として認めて貰える傾向にある。
    このように,保険会社が提示する任意基準での示談に応じるか否かにあたっても,種々の検討要素があり,単純に訴訟提起すれば金額が増加したり,弁護士に事件処理を依頼すれば必ず金額が増加したりというものではないから,これらの検討要素について,当該事案の内容を踏まえて慎重に検討しなければならない。

第3章 人身事故についての損害賠償額(積極損害)

  • 治療費

    交通事故によって生じたケガを治療するために要した治療費については,その治療のために必要かつ相当な実費全額が損害賠償の対象となる。
    不必要な治療費や不相当な金額は対象とならないので,例えばケガが治ったにもかかわらず無用に通院を重ねて支出した治療費や,治療上の必要性もないのに個室に入院したために生じた差額ベッド代などは損害賠償の対象外となる。
    なお,交通事故の場合には,健康保険適用ではなく自由診療で治療されることも多いようであるが,健康保険は交通事故によるケガの場合にも使うことができる(実務上,病院から「健康保険は使えない」と説明されたという相談を受けることもあるが,そのようなことはない)。
    加害者の資力に問題がなく,被害者の側に過失が全くない場合であれば,被害者側としては,自由診療を選んでも問題ないが,加害者の資力に問題があったり,過失相殺(後述)が適用される場合等では被害者側でも治療費の一部を自己負担せざるを得ないから,治療費の金額を抑えることができる健康保険の適用を積極的に検討すべきである。
    鍼灸院・接骨院でのマッサージ等の施術費については,これらの施術が医師の指示に基づく場合など,ケガによる症状に対して有効かつ相当な場合には損害賠償の対象となる。これらの施術費については,世間一般の受け止め方では治療費と同等に捉えられる傾向にあるようだが,これらの施術はケガの治療を直接目的とするものではなく,必ずしも損害賠償の対象とはならないので,被害者側としては,損害賠償の対象となるか否か明らかではない状況の下,多額の施術費を負担することは慎重に判断すべきである。
    同様に,温泉治療費や個室の病室を使用することによるわゆる差額ベッド代等についても,それらの支出がケガの治療のために真に必要なものであるか否かが損害賠償の対象となるか否かの判断基準となる。

  • 付添看護費・将来介護費

    ケガで入院した被害者について,ケガの程度により付添人の介助が必要であったり,被害者が幼児であるなどの理由で近親者が付き添う必要がある場合にはこの看護に要した費用が損害賠償の対象となる。
    賠償額としては,職業付添人に金銭を支払って看護を依頼した場合には要した実費となり,近親者が無償で付き添った場合には1日あたり6500円程度の金額が損害賠償額として認定される傾向にある。
    交通事故による後遺障害により,介護が必要な状態となってしまった被害者については,将来要するであろう介護費用相当の損害賠償が認められることになるが,将来の予測(いつまで,どの程度の介護が必要か)という不確定要素を含んでいる上に,当該介護に係る損害を,金銭的にどのように評価すべきか等,個々の具体的事例に即して検討せざるを得ない要素が多く,損害賠償として認められる額を定型的に積算することは困難である。
    将来介護費に係る損害額は絶対額がかなり大きな金額になることから,被害者側にとっても加害者・保険会社側にとっても重大な関心事であり,それぞれの主張が大きく対立してなかなか合意による解決に至らず訴訟手続にまで移行して激しく争われることも多い。

  • 入院雑費

    交通事故によるケガで被害者が入院した場合,日常生活では不要なはずの余分な雑貨を購入する必要が生じるなどで雑費の支出を余儀なくされることがあり,その支出についての損害賠償が認められる。
    損害賠償の具体的金額としては,本来であれば個々の支出について,支出の必要性を立証した上で個々の支出額を合算計算する必要があるが,少額の雑費の全てについて個別に立証を求めたのでは煩雑であることから,実務上は入院1日あたり1500円程度の定額で定められた金額が雑費支出による損害賠償額と認定される傾向にある。

  • 通院交通費

    ケガの治療のために通院する場合,その通院に要する交通費が損害賠償の対象となる。
    損害賠償の金額としては,電車・バスといった公共交通機関を利用した場合の実費額が原則となる。
    自家用車を利用して通院した場合には,ガソリン代・高速代・駐車場代等の実費額が損害賠償額として認められる。
    問題となるのがタクシー利用の場合であるが,タクシー代金相当額が損害賠償額として認定されるためには,ケガの状況等により公共交通機関が利用できずタクシー通院が相当であると判断される必要がある。

  • 葬儀費

    交通事故により被害者が死亡した場合,通常は葬儀費の支出が発生する。
    葬儀費の支出については,その人が死ねばいずれ必ず発生する費用であるという観点や,少額で簡素に葬儀をすることも多額の費用を掛けて大規模に葬儀をすることも遺族が自由に決定できるといった観点から,交通事故に基づく損害賠償の対象に含めるべきか否かにつき理論的には議論の余地が残されている。
    しかしながら,実務的には本来予定していないタイミングで葬儀費の支出を強いられたという意味で,損害賠償の対象に含めて考えられている。
    ただし,その賠償額については150万円程度が上限とされるから,遺族としては,大規模な葬式を実施した場合であっても,支出費用の全額が回収出来るとは限らないことになる。

  • 弁護士費用

    交通事故の被害者が,加害者に対して損害賠償請求権を行使する際に,その事件処理を弁護士に委任することがある。
    我国においては,事件の処理を弁護士に委任するか否かは本人の自由であり,訴訟手続であっても弁護士に委任せず本人が自分自身で手続することも可能である。
    よって,交通事故による損害賠償責任が発生したからと言って,必ずしも弁護士費用支出による損害が生じるとは言えず,これを支出するか否かは被害者本人の自由意思に委ねられている。
    このような観点から,弁護士費用を損害賠償の対象に含めるか否かについては争いの余地がある。
    しかしながら,実務上は,種々複雑な問題を含んでいる損害賠償問題を弁護士の手助けなく解決することには困難を伴うことから,交通事故等による損害賠償の局面においては,弁護士費用の一部が損害賠償の対象とされている。
    弁護士費用に係る損害賠償額としては,弁護士費用以外の損害額を合計した金額の10%程度が交通事故による損害賠償の対象とされるのが一般的である(損害賠償の対象とされた部分以外の弁護士費用は被害者の自己負担となる)。
    なお,この弁護士費用及び次項の遅延損害金に係る損害賠償金については,訴訟手続に基づく判決においては損害として認定される損害項目ではあるが,次項の遅延損害金に係る損害と並び,判決に至る前の当事者の合意による解決(示談・和解)の際にはカットされる取扱とされることが実務上多い。
    これは,加害者側の保険会社が弁護士費用や遅延損害金に係る損害を認定することに消極的であることから,被害者側が,他の損害項目について被害者側有利な主張を保険会社に認めて貰う代わりに弁護士費用・遅延損害金の項目について請求を放棄するというような交渉がなされた結果である。

  • 遅延損害金

    交通事故の加害者は,被害者に対して損害賠償をする義務があるが,法律上は損害額の元本だけの賠償では足りずに,事故発生時から年5%の金利を遅延損害金として上乗せして支払わなければならないことになっている。
    交通事故の被害者が,「事故発生日から長期間経過するのに未だに賠償金が支払われていない」というクレームを述べるケースがあるが,長期間の未払という問題については,法律上は5%の利息(遅延損害金)が上乗せされることで一応はバランスがとられていることになる。
    ただし,この遅延損害金に係る損害についても,前項の弁護士費用に係る損害と同様に,当事者間の合意による解決(示談・和解)の際にはカットされる取扱とされることが実務上多い。

  • その他

    上記に掲げた項目は実務上頻出する損害項目であるが,損害賠償の対象となるのが上記項目に限定されるという趣旨ではない。
    上記項目以外の費用であっても,交通事故によって支出を余儀なくされた費用があり,交通事故との関係で当該支出が相当であると認められるような関係があれば損害賠償の対象となる。

第4章 人身事故についての損害賠償額(休業損害)

  • 休業損害の考え方

    交通事故の被害者がケガにより休業を余儀なくされ収入が減少した場合,その収入減少による損害は賠償責任の対象となる。
    給与所得者がケガによる休業について有給休暇を適用した場合には,現実の収入減少はないが,本来別の目的で使うことができた休暇日数が減少したことを損害と捉えることができるので賠償の対象となる。
    休業に伴って,賞与の減額や昇進・昇級の遅延等の不利益な状態が生じたとすれば,その損害も賠償の対象となりうるが,これらの不利益は交通事故以外の原因でも生じうるので,その不利益な状態が発生した原因が,交通事故によるものであるという因果関係の証明が必要であり,この証明はなかなか容易ではない。
    休業損害の額を計算する際の基本的な考え方は,被害者の事故当時の収入金額(基礎収入)を休業を余儀なくされた期間(休業期間)に乗じて算出するというものである。
    単純な例だと,日給1万円の労働者がケガのために10日間休業を余儀なくされたとすれば1(万円/日)×10(日)=10万円が休業損害の額となり,これが損害賠償額となる。

  • 休業期間

    交通事故によりケガをした場合,ケガが治癒するまで一定の期間を要することになるが,必ずしもこの期間の全部が休業期間となるものではない。
    休業損害の額を計算する基礎となる休業期間は,交通事故により休業せざるを得ないという関係が認められる範囲に限定される。
    交通事故によりケガをしたとしても,仕事に従事するには支障がない状態ということは大いにあるのであって,働こうと思えば働くことは可能なのに休業していたという期間は,当然のことながら休業損害の基礎とすべき休業期間とは言えない。
    被害者が入院していた期間や治療のために現実に通院した日は問題なく休業期間として取り扱われることが多いが,病院に入院・通院するわけでもなく休業していた期間については,その期間が長引けば長引くほど,またケガの程度が軽ければ軽いほど「休業せざるを得なかった」休業期間であるとは認められにくくなる。
    休業期間の確定にあたって留意すべき点の1つが症状固定時期である。
    症状固定とは,ケガの状態が変動しない状態となり,これ以上治療を継続してもその治療効果が期待できなくなることをいい,ケガが症状固定の状態となった時期を症状固定時期という。
    身体の状態がケガの前の状態に完全に復帰するケガであれば,症状固定時期はケガが完全に治った時期と一致するわけであるが,後遺障害が残るケガであれば,身体の状態がケガの前の状態に復帰しなくても症状固定に至ることになる。
    例えば,指を完全に切断してしまうようなケガを負った場合,切断された指が再生されるわけではないから,切断面のケガの状態が落ち着いた段階で症状固定となり,指が欠損した状態が後遺障害として取り扱われることとなる。
    そして,休業損害は症状固定時期よりも前の期間についてのみ認められる。そして,症状固定後に残された後遺障害によって休業を余儀なくされることによる損害が発生した場合,その損害は後遺障害による逸失利益に係る損害として取り扱われることになる。

  • 基礎収入

    休業損害を計算する際の基礎収入は,原則として被害者の交通事故前の現実の収入金額であり,実務上の確認方法としては賃金労働者であれば給与明細書や源泉徴収票,事業所得者であれば確定申告書等により確認するケースが多い。

  • 減収がない場合

    休業損害は,交通事故によって休業した結果,収入が減少することに係る損害であるから,現実に収入の減少が発生していない場合には原則として休業損害の賠償は発生しない。
    例えば,不動産賃貸業で収入を得ている人が交通事故により1ヶ月入院したが,それによって賃料収入が減少することがなかったのであれば休業損害はゼロである。
    なお,前述の通り,給与所得者が休業のために有給休暇を消化した場合は,有給休暇日数の減少自体が損害と評価できるので,賃金の減少がなくとも損害賠償の対象となる。

  • 家事従事者

    家事従事者いわゆる主婦については家事に従事することにより金銭を得ている訳ではないが,価値ある役務を提供している点で労働者と変わりがないから,その家事役務の提供が交通事故により不可能になった場合には,休業損害(主婦休損などと呼ばれる)として損害賠償の対象とするのが実務上の取扱である。
    その休業損害額を計算する際の基礎収入としては,統計上の労働者の平均賃金が用いられる。つまり,家事従事者は家事役務に従事することにより,平均的な賃金労働者と同程度の価値を提供しているものとして取り扱われているのである。
    なお,家事をしつつパート等で現金収入も別途ある場合には,上記平均賃金と当該被害者がパート等で現実に得ている収入のいずれか高い金額が基礎収入となる。

  • 無職者

    交通事故発生当時,家事従事者でもなく単に無職で収入がなかった被害者については,事故による休業で収入が減少するという関係が通常認められないから,休業損害は原則として認められない。
    しかし,例えば,事故当時において既に近い時期の就職が内定しており,事故によるケガがなければ就業により収入を得る蓋然性があった等の事情がある場合には,休業損害が認められる余地がある。

第5章 人身事故についての損害賠償額(後遺障害による逸失利益)

  • 後遺症による逸失利益の考え方

    交通事故によるケガが,その後の治療にもかかわらずもはや変動しない状態となり,これ以上治療を継続してもその治療効果が期待できなくなることを症状固定といい,その症状固定時の身体の状態が交通事故前の身体の状態よりも悪化している状況を後遺障害(後遺症)という。単純に言うと,ケガが治った後も残っている障害のことである。
    例えば,失明状態となった,関節の動く範囲が狭くなってしまった,痛みや痺れが局部に残ってしまった。みみずばれのようなひどい傷跡が残ってしまった,手や足が欠損してしまった,等の様々な後遺障害がある。
    このような後遺障害によって,その後の就労に差し支えが生じることがあることから,それによって発生した収入減少に係る損害が後遺障害による逸失利益として損害賠償の対象となる。
    後遺障害による逸失利益を金額に換算する際の考え方は次のようなものである。
    まず,当該被害者について,後遺障害がなかったと仮定した場合の収入金額を想定する(基礎収入)。
    次に,後遺障害によってどの程度の割合で収入減少の損害が生じるのかを想定する(労働能力喪失割合)。
    そして,このような収入減少の損害が生じる期間を想定する(労働能力喪失期間)。
    その上で,基礎収入に労働能力喪失割合を乗じた結果得られる収入減少額を,労働能力喪失期間分すべて足し合わせれば後遺障害による逸失利益が算出できるという考えである。
    例えば,年収300万円(基礎収入)であった被害者が,後遺障害によって20%(労働能力喪失割合)の収入減少が生じるようになった場合,この被害者には毎年60万円の逸失利益が生じることになる。そして,労働能力喪失期間が10年間であったとすると,毎年60万円の逸失利益が10年間にわたって発生し続けるという計算をすることになる。

  • 中間利息控除の考え方

    逸失利益というのは将来の得べかりし利益の喪失であるから,現時点で発生している損害ではない。上の例で言うと,労働能力喪失期間の最後の年に発生する60万円の損害は10年後に発生する損害である。
    しかしながら,交通事故による損害賠償金は,交通事故発生時に全額を一括で支払うのが原則である。
    金利を考えると現在の60万円と10年後の60万円には金利分の価値の差があるから,10年後の60万円について現時点で賠償するならば,10年間の経過によって発生すべき金利分を控除して,10年後の60万円を等価値のままで現在の金額に計算し直す必要がある。これが中間利息控除の考え方である。
    民法上の法定の金利は5%であるから,年利5%の複利計算で1年後から10年後の60万円を現在の価値に評価し直すと次の通りである。
    1年後の60万円→60万/(1.05)=現在の571,429円
    2年後の60万円→60万/(1.05)^2=現在の544,218円
    3年後の60万円→60万/(1.05)^3=現在の518,303円
    4年後の60万円→60万/(1.05)^4=現在の493,621円
    5年後の60万円→60万/(1.05)^5=現在の470,116円
    6年後の60万円→60万/(1.05)^6=現在の447,729円
    7年後の60万円→60万/(1.05)^7=現在の426,409円
    8年後の60万円→60万/(1.05)^8=現在の406,104円
    9年後の60万円→60万/(1.05)^9=現在の386,765円
    10年後の60万円→60万/(1.05)^10=現在の368,348円
    「現在の価値」という言い方が分かりにくいのであれば,例えば,今368,348円を年利5%複利の預金として預ければ,10年後には元利合計は60万円になるという意味で,10年後の60万円の現在の価値は368,348円という意味である。
    上記10年分を「現在の価値」を合算すると4,633,041円となる。つまり,年利5%の複利計算を前提とすると,1年後から10年後まで毎年60万円の賠償金を支払うことは,現時点で一括して4,633,041円の賠償金を支払うというのと等価値ということになる。
    損害賠償金を計算する際に,逐一上記のような計算をしていたのでは煩雑であることから,年数に応じた一定の係数を乗じれば現在の価値を簡単に算出できるような以下のような表が用意されており,これをライプニッツ年金現価表と呼んでいる。

    (ライプニッツ年金現価表)
    年数 係数
    1 0.952380952
    2 1.859410431
    3 2.723248029
    4 3.545950504
    5 4.329476671
    6 5.075692067
    7 5.786373397
    8 6.463212759
    9 7.107821676
    10 7.721734929
    11 8.306414218
    12 8.863251636
    13 9.393572987
    14 9.89864094
    15 10.37965804
    16 10.83776956
    17 11.27406625
    18 11.6895869
    19 12.08532086
    20 12.46221034

    この表によれば10年間に対応する係数(ライプニッツ係数などと呼ばれる)は7.721734929であるから,先ほどの例であれば,60万円に7.721734929を乗じると4,633,041円となり,現時点での一時払いによる場合の賠償金の額を容易に計算できる。
    なお,中間利息の控除方法としては,ライプニッツ係数ではなく新ホフマン係数(複式ホフマン係数)を適用する方法もある。新ホフマン係数は,複利計算ではなく単利計算で中間利息を控除する場合に適用する係数であるが,複利計算の金融商品が多い実務を反映し,現在の実務ではライプニッツ係数を適用する取扱にほぼ統一されている。また,旧ホフマン係数とも言うべき単式ホフマン係数というものも存在しており,この係数は逸失利益の全額が期間の満了時に発生するという前提の下で,同期間全部の利息を単利計算に基づいて控除するという考えに基づく係数であるが,その前提が実情に合致しないため交通事故における損害賠償額計算の局面で出現することはない。

  • 基礎収入

    後遺障害による逸失利益を計算する際の基礎収入は,原則として被害者の交通事故前の現実の収入金額であり,実務上の確認方法としては賃金労働者であれば給与明細書や源泉徴収票,事業所得者であれば確定申告書等により確認するケースが多い。
    家事従事者の基礎収入は,休業損害算出における基礎収入の考え方と同様である。
    学生であったり,失業中であったりといった理由で交通事故発生当時収入がない被害者の場合であっても,将来就労して収入を得る蓋然性があると認められればその蓋然性の程度に応じて後遺障害による逸失利益も賠償の対象となり,その場合の基礎収入は,その蓋然性に応じて統計上の平均賃金の額とされたり失業前の現実収入金額とされたりする。

  • 労働能力喪失割合

    労働能力喪失割合とは,後遺障害によって労働収入を獲得する能力が減少する割合をいう。
    極端な例を挙げると,事故前は身体に全く障害のなかった人が,交通事故により寝たきりの生活となる後遺障害を負った場合,労働は一切無理であるから労働能力喪失割合は100%ということになる。
    後遺障害には様々な程度があり,それによって労働収入を獲得する能力が減少する割合はケースバイケースであるとしか言いようがないから,具体的な後遺障害に対してどの程度の労働能力喪失割合を認定すべきかは難しい。
    自動車運転に際してのいわゆる強制保険と呼ばれている自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)では,被害者に後遺障害が残った場合,その障害の程度に応じて一番軽い第14級から一番重い第1級までの14級のいずれかの等級を認定し,それぞれの等級ごとに労働能力喪失割合を定めている。
    その一覧表は次の通りである。

    後遺障害等級 労働能力喪失割合
    第1級 100%
    第2級 100%
    第3級 100%
    第4級 92%
    第5級 79%
    第6級 67%
    第7級 56%
    第8級 45%
    第9級 35%
    第10級 27%
    第11級 20%
    第12級 14%
    第13級 9%
    第14級 5%

    そして,自賠責保険では,一律・公平な取扱という建前に基づいて,この表の労働能力喪失割合を適用して後遺障害による逸失利益の計算をして保険金を支払っている。
    ただし,自賠責保険は,簡易迅速に被害者の人的損害について最低限度の回復を目的とする制度であり,自賠責保険での保険金だけで法律上の損害賠償責任の全てが尽くされるとは限らないのであるから,法律上の損害賠償責任額は自賠責保険の計算方法とは別途に検討・計算されなければならない。
    とはいえ,自賠責保険の定める前述の労働能力喪失割合の表は,多種多様な後遺障害が存在する現実の実務の中で,ある程度の妥当性は有するものと考えられていることから,実務上は,自賠責保険による後遺障害の認定等級に応じて上記表に定められた労働能力喪失割合をそのまま適用するケースが多い。特に訴訟手続に至る前の合意による解決がなされるケースではそのような傾向にある。
    しかしながら,現実の後遺障害の態様はまさに千差万別であって,そのような障害が労働能力に与える影響も様々であるから,自賠責保険における14等級の類型がそのまま妥当しないような後遺障害もある。
    そうすると,例えば,自賠責保険における後遺障害第10級の労働能力喪失割合は27%とされているが,個別具体的な事例によっては,自賠責保険における後遺障害の等級は第10級だが,労働能力喪失割合はは27%よりも高いケースや逆に低いケースもありうるということになる。
    損害賠償責任について最終的な判断の場となる訴訟手続においては,裁判所は上記の自賠責保険による労働能力喪失割合の表には拘束されないから,裁判所は当該事案における具体的な後遺障害を前提に具体的な労働能力喪失割合を認定するから,表の割合と異なる認定がなされることも珍しくない。
    特に注意すべきは,歯の一部欠損,骨の変形,身体のあまり目立たない部分に残った傷跡など,自賠責保険における後遺障害等級としては認定されるが,通常の労働を想定した場合にはあまり労働には支障が生じないと考えられる類の後遺障害の場合である。
    このような類の後遺障害が問題となるケースでは,自賠責保険における労働能力喪失割合の表に規定されている数値がそのまま認定されないケースも多い。

  • 労働能力喪失期間

    労働能力喪失期間の始期は,原則としてケガについての症状固定時(症状固定の概念については,休業損害の章における休業期間の項目を参照)である。症状固定時によりも前に生じた労働阻害による損害は,休業損害として取り扱われる。
    被害者が未就労の児童である場合には,原則として被害者が18歳になった時から就労可能と考えて労働能力喪失期間の始期とするが,被害者が大学卒業した時に就労を開始する蓋然性が高い等の別の事情があれば,当該事情に応じた想定就労開始時が労働能力喪失期間の始期となる。
    労働能力喪失期間の終期は,実務上は被害者が67歳になる時点とされている。つまり,一般的に67歳までは就労可能であるという考えである。
    しかし,67歳よりも高齢で現実に就労していた被害者が事故にあうこともあるから,症状固定時から67歳までの期間が平均余命の半分よりも短くなる場合には,平均余命の2分の1が経過した時を労働能力喪失期間の終期とする取扱としている。つまり,残された寿命の半分の期間は就労可能であるという考えである。
    後遺障害という言葉の本来の意味からすると,後遺障害が発生した時点から死ぬまでの間,当該障害が継続するということになるはずであるが,後遺障害と認定される障害の中でも,局部に痛みやしびれが残るという神経症状の後遺障害については,5年ないし10年程度で症状が緩和されるか症状があっても就労に差し支えがなくなる可能性が高いという考えに基づいて,労働能力喪失期間が5年ないし10年程度に限定されて認定されるケースも多い。
    実務上は,自賠責保険の後遺障害等級14級で5年,同じく12級で10年に限り労働能力喪失期間と認定されるケースが多い。

  • 後遺障害による逸失利益の計算例

    被害者の症状固定時の年齢:50歳(67歳まで17年)→17年のライプニッツ係数は11.27406625
    後遺障害等級8級(労働能力喪失割合45%)
    基礎収入:サラリーマンで年収300万円
    (後遺障害による逸失利益の損害賠償額)
    300万円×45%×11.27406625=15,219,989円

第6章 人身事故についての損害賠償額(死亡による逸失利益)

  • 死亡による逸失利益の考え方

    交通痛事故により被害者が死亡した場合,将来における当該被害者の収入が失われることになる。この収入喪失による損害については死亡による逸失利益として損害賠償の対象となる。
    死亡による逸失利益を金額に換算する際の考え方は次のようなものである。
    まず,被害者が死亡しなかったと仮定した場合の収入金額を想定する(基礎収入)。 そして,被害者が死亡しなかった場合にそのような収入が得られていたであろうと考えられる期間を想定する(就労可能期間)。
    そうすると,まず,就労可能期間における基礎収入金額を合算すると被害者の死亡によって失われた収入金額が算出されることとなる。
    ここまでの考え方は後遺障害による逸失利益の考え方と同様である(後遺障害による労働能力喪失割合を100%と考えた場合に等しい)。
    死亡による逸失利益の考え方において,後遺障害による逸失利益の考え方と異なるのは,生活費控除という概念があることである。
    後遺障害による逸失利益が生じた場合には,将来得ることができたはずの収入が減少したという損害が発生するだけであるが,死亡による逸失利益が生じた場合には,将来得ることができたはずの収入が減少したという損害が発生する一方で,当該被害者が死亡したことにより,将来被害者本人が生活費のために支出したであろうはずの金額の支出も不要になったという受益が発生している。
    そこで,死亡による逸失利益の金額を算出する際には,被害者本人がその生活のために費消したであろう金額を収入に対する割合をもって認定し,この割合(生活費控除率)に基づいて失われた収入金額から生活費部分を控除して損害賠償額を計算している。
    また,将来における損害額を現時点での一時払いの方法で賠償するという損害賠償方法を取ることから,中間利息が控除されることについては後遺障害による逸失利益の場合と同様である(後遺障害による逸失利益の章の中間利息控除の考え方の項を参照)。

  • 基礎収入

    死亡による逸失利益を計算する際の基礎収入は,基本的に後遺障害による逸失利益を計算する際の基礎収入の捉え方と同様である(後遺障害による逸失利益の章の基礎収入の項を参照)。

  • 就労可能期間

    就労可能期間の始期は,原則として就労していた被害者が死亡した時である。
    ただし,被害者が未就労の児童である場合には,原則として被害者が18歳になった時から就労可能と考えて就労可能期間の始期とするが,被害者が大学卒業した時に就労を開始する蓋然性が高い等の別の事情があれば,当該事情に応じた想定就労開始時が就労可能期間の始期となる。
    就労可能期間の終期は,実務上は被害者が67歳になる時点とされている。つまり,一般的に67歳までは就労可能であるという考えである。
    しかし,67歳よりも高齢で現実に就労していた被害者が事故にあうこともあるから,死亡時から67歳までの年数が平均余命の半分よりも短くなる場合には,平均余命の2分の1が経過した時を労就労可能期間の終期とする取扱としている。つまり,残された寿命の半分の期間は就労可能であるという考えである。

  • 生活費控除率

    一般的な傾向として,独身男性は自分の収入の中から,自分の生活費のために費消する割合が高く,女性や扶養家族を持つ一家の支柱的な存在の男性は自分の生活費のために費消する割合が低くなる等と考えられていることから,実務上は次のような生活費控除率が適用されるのが標準的取扱である。

    被害者の立場生活費控除率
    一家の支柱(被扶養者1名)の場合40%
    一家の支柱(被扶養者2名以上)の場合30%
    女性の場合50%
    独身男性の場合生活費控除率

    もちろん,生活費控除率は,被害者の具体的生活実態に鑑み,個別の事案に応じて定められるべきものであるから,上記の標準的取扱が妥当しないとして異なる生活費控除率が適用される場合もある。

  • 年金・恩給の逸失利益性

    被害者が高齢者である場合において,年金・恩給を受給できる可能性のあった被害者が死亡した場合に,将来得ることができたはずの年金を受給できなかった損害を,逸失利益として損害賠償の対象に含めることができるかは問題がある。
    年金・恩給にも様々な種類があり,それらが給付される実質的根拠も多様であるが,実務の傾向としては,それぞれの年金・恩給が給付される実質的根拠に応じて損害賠償の対象となるか否かの認定が分かれている。
    遺族厚生年金等,受給権者自身の生計の維持を目的として給付である場合には損害賠償の対象外とされ,そうでない場合には本人の得べかりし利益であるとして損害賠償の対象とされる傾向にある。
    なお,年金・恩給が逸失利益として損害賠償の対象に含められる場合,そのうち多くの分が本人の生活のために費消されるであろうという考えに基づいて通常の場合によりも生活費控除率が高めに認定される傾向にある。

  • 死亡による逸失利益の計算例

    被害者の死亡時の年齢:50歳(67歳まで17年)→17年のライプニッツ係数は11.27406625
    女性→生活費控除率30%
    基礎収入:サラリーマンで年収300万円
    (死亡による逸失利益の損害賠償額)
    300万円×(1-30%)×11.27406625=23,675,539円

第7章 人身事故についての損害賠償額(慰謝料)

  • 慰謝料とは

    慰謝料とは精神的損害についての損害賠償である。法律上の損害賠償責任に基づくものであり,道義的・道徳的観点から支払われる見舞金等とは別である。
    交通事故により「痛い」「悲しい」「つらい」等といった精神的な苦痛を被った点を損害であると認定すること自体は自然な発想であるが,法律上の損害賠償は金銭の支払いによって履行するのが原則である。そうすると,かかる精神的損害を金銭に換算しなければならないが,どのような基準に基づいて苦痛を金額に換算するのかが問題となる。
    法律上は慰謝料の金額を算定するための具体的基準は存在しないので,加害者・被害者間で慰謝料の金額について合意が形成できずに争いになった場合には,究極的には訴訟手続に基づく判決によって金額が確定されるより他なく,担当した裁判官がその自由な心証に基づいて金額を認定することになる。
    とはいえ,担当裁判官が違うというだけで,類似のケースについてあまりにかけ離れた慰謝料の金額が認定されるのでは公平性に欠けることから,裁判実務上は後述するような基準に基づいて算出される金額を標準的な目安とした上で,具体的事例ごとの個別事情を別途勘案することによって,若干の増減額調整を施して慰謝料の金額が算定されている。

  • 死亡についての慰謝料

    被害者が死亡すると,遺族は著しい精神的苦痛を被り,甚大な精神的損害を受けることになる。この精神的損害に対する賠償が死亡についての慰謝料である。 理論的には,死亡した被害者本人が味わう精神的苦痛により慰謝料請求権を取得し,その慰謝料請求権を遺族が相続するという局面と,被害者の死亡によって遺族が味わう精神的苦痛により遺族が直接慰謝料請求権を取得するという局面を観念できるが,このような理論的な話には立ち入らないこととする。 死亡についての慰謝料の金額は,被害者の立場に応じて次のような金額を標準的な目安として認定されている。個別具体的な事案ごとに増減額調整されることがあるのはもちろんである。

    立場慰謝料金額
    一家の支柱2800万円
    母親,配偶者2400万円
    その他2000万円~2200万円

    上記金額は慰謝料請求権を有する遺族全員の合計額であり,これを遺族個々人ごとに分配する基準は示されない。
    また,例えば,交通事故により死亡した被害者が子だくさんであった場合,多数の子供が深い悲しみによる苦痛を味わうことになるが,子供の数が多くても少なくても上記金額である。
    慰謝料という言葉の定義からすると,適切に定められた金額の慰謝料が支払われれば,被害者の死亡による精神的損害が完全に埋め合わせられるということになるが,自分の大切に思う人が失われた場合に味わう腸がちぎれるような思いが,金銭によって埋め合わせられるはずもない。
    結局のところ,死亡についての慰謝料を金銭に換算する基準というのは,損害賠償制度における公平性等を確保するための方便に過ぎず,被害者の被った損害を回復するという目的にはあまり貢献できないことが明らかである。
    よって,死亡による慰謝料の金額が上表のような金額であるからといって,生命の価値がその程度の金額の価値しかないものと考える必要もない。

  • 傷害についての慰謝料

    被害者がケガをすると,ケガそのものにより痛み等の苦痛が生じたり,ケガの治療のために生活が制約されたりといった苦痛が生じ,被害者は精神的損害を受けることになる。この精神的損害に対する賠償が傷害についての慰謝料である。
    傷害についての慰謝料の金額は,原則としてそのケガの治療のために要した入通院期間を基礎として適用した次の表Ⅰ(抜粋)の金額を標準的な目安として認定されている(他覚症状のないむち打ち症の場合は後述)。
    ただし,通院が長期にわたり,かつ不規則である場合には,実際に通院した日数の3.5倍程度を表を適用する際の通院期間とみなすこともある。

    (表Ⅰ-抜粋)
    ↓通院期間/入院期間→ 入院なし 1ヶ月 2ヶ月 3ヶ月 4ヶ月
    通院なし 0万円 53万円 101万円 145万円 184万円
    1ヶ月 28万円 77万円 122万円 162万円 199万円
    2ヶ月 52万円 98万円 139万円 177万円 210万円
    3ヶ月 73万円 115万円 154万円 188万円 218万円
    4ヶ月 90万円 130万円 165万円 196万円 226万円
    5ヶ月 105万円 141万円 173万円 204万円 233万円

    他覚症状のないむち打ち症の場合には次の表Ⅱの金額を標準的な目安として認定されている。ただし,この場合の表を適用する際の通院期間は,その期間を限度として実際に通院した日数の3倍程度とみなされる。

    (表Ⅱ-抜粋)
    ↓通院期間/入院期間→ 入院なし 1ヶ月 2ヶ月 3ヶ月 4ヶ月
    通院なし 0万円 35万円 66万円 92万円 116万円
    1ヶ月 19万円 52万円 83万円 106万円 128万円
    2ヶ月 36万円 69万円 97万円 118万円 138万円
    3ヶ月 53万円 83万円 109万円 136万円 152万円
    4ヶ月 79万円 105万円 127万円 142万円 158万円
    5ヶ月 79万円 105万円 127万円 142万円 158万円

    死亡についての慰謝料の場合と同様に,個別具体的な事案ごとに増減額調整されることがあるのはもちろんである。 次に,例えば,片腕を骨折した場合と両腕を同時に骨折した場合とでは常識的に考えれば被害者の苦痛の程度はかなり異なるものと考えられる。 しかしながら,治療期間という観点からは片腕骨折でも両腕骨折でも同じであるから,上表を適用すると慰謝料の金額は同じになる。 このような点から考えると,上表による慰謝料の基準というのは,個々の損害を具体的状況に即してできる限り正確に回復するための基準というよりも,損害賠償制度における公平性等を確保するための方便に過ぎないという側面を多分に有しているものと思われる。 よって,実際のケガの態様は千差万別であって,ケガの態様に適合した適切な慰謝料金額が個別に認定されるべきであるが,上表から極端に乖離した金額の傷害慰謝料が認定されることは実務上はあまりない。 傷害慰謝料を算出する際の基礎となる入通院期間の終期は,ケガの治療が完了した時ということであるが,後遺障害が残る場合には症状固定時ということになる(症状固定の概念については,休業損害の章における休業期間の項目を参照)。

  • 後遺障害についての慰謝料

    被害者に交通事故による後遺障害が残った場合,そのことによって被害者には精神的苦痛が生じ,被害者は損害を受けることになる。この精神的損害に対する賠償が後遺障害についての慰謝料である。 後遺障害には様々な程度があり,それによる精神的苦痛の程度も様々であるから,具体的な後遺障害に対してどの程度金額の慰謝料額を認定すべきかは難しい。 自動車運転に際してのいわゆる強制保険と呼ばれている自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)では,被害者に後遺障害が残った場合,その障害の程度に応じて一番軽い第14級から一番重い第1級までの14級の等級を認定していることから,実務上はこの認定等級に応じて適用した次の表の金額を標準的な目安として認定されている。

    後遺障害等級 慰謝料の額
    第1級 2800万円
    第2級 2370万円
    第3級 1990万円
    第4級 1670万円
    第5級 1400万円
    第6級 1180万円
    第7級 1000万円
    第8級 830万円
    第9級 690万円
    第10級 550万円
    第11級 420万円
    第12級 290万円
    第13級 180万円
    第14級 110万円

    死亡・傷害についての慰謝料の場合と同様に,個別具体的な事案ごとに増減額調整されることがあるのはもちろんである。 また,自賠責保険の後遺障害等級認定は,基準に基づいて認定されるから,基準にわずかでも及ばないと等級認定なされないこととなる。 しかしながら,基準に及ばなくてもそれは後遺障害がゼロであることを意味するものではないから,自賠責保険の後遺障害第14級に至らない後遺障害があった場合等には,それに応じた後遺障害慰謝料が認められる場合がある。

第8章 物損事故についての損害賠償額

  • 修理費

    交通事故による物的損害は,基本的に物の滅失,毀損もしくは汚損という形態で発生し,この点がまずは直接的な損害として損害賠償の対象となる。
    損害を受けた物についての賠償額は,修理が相当である場合には適正な修理を施すために要する費用である。
    被害者において現に修理をせず,将来修理する予定がないとしても,物に損害が生じている以上,損害賠償責任は発生し,加害者は修理費用相当額の賠償責任を負う。

  • 全損による時価額の賠償

    損傷を受けた物の修理費が,当該物の時価額に買替諸費用を加えた金額を上回る場合には修理が相当であるとは言えない(損傷を受ける前の物と同種同等の物に買い替えるのが相当ということである)。
    このような場合を実務上全損(経済的全損)と呼んでおり,この場合には損傷を受ける前の物の時価額と相当な買替諸費用の金額が損害賠償額となる。
    損傷を受けた物が自動車である場合に,賠償の対象として認められる買替諸費用としては,買替のために必要になった登録,車庫証明,廃車の法定手数料相当分及びディーラー報酬分(登録手数料,車庫証明手数料,納車手数料,廃車手数料)のうち相当額並びに自動車取得税がある。
    他方,損傷を受けた自動車の自賠責保険料,新しく取得した自動車の自動車税,自動車重量税,自賠責保険料は賠償の対象となる損害とは認められないが,自動車本体価格に対する消費税相当額,損傷を受けた自動車の自動車税の自動車重量税の未経過分(廃車処理に伴って還付された分を除く)は賠償の対象となる損害として認められる。

  • 評価損

    評価損とは,物に修理を施したことによって,当該物の時価評価額が事故前の時価評価額よりも低下したことについての損害を言う。格落ち損害と呼ばれることもある。
    修理によって物の状態が機能的に事故前の状態に復帰し,当該物の利用を継続する限り評価損が現実化することがないこと等から,評価損については損害賠償の対象に一切含めないという見解も存在するが,いわゆる事故車については中古車市場で減額評価して取り扱われている現実等に鑑み,損害賠償の実務においては,評価損を認めて損害賠償の対象に含めるケースも多い。
    評価損について賠償が認められるのは,修理しても外観や機能に欠陥を生じ,または事故歴により商品価値の下落が見込まれる場合である。
    しかしながら,個別具体的なケースを前提に,評価損の有無やその金額を具体的に算定するための具体的な基準が存在しないため,加害者側と被害者側とで見解が大きく対立することがしばしば発生する。
    裁判における一般的な傾向としては,外国車または国産人気車種で初度登録から5年(走行距離で6万キロメートル程度)以上,国産車では3年以上(走行距離で4万キロメートル程度)を経過すると評価損が認められにくい傾向があるようである。
    評価損の具体的金額は,初度登録からの期間,走行距離,損傷の部位・程度,修理方法(板金か取り替えかの相違等),車種(人気,購入時の価格,中古車市場での通常価格,商用車かどうか)等の諸般の事情を考慮して個別に評価,算定するより他ないが,実務上は「修理に要する金額の20%」というように,修理費用に対する割合的金額として認定されるケースが多い。
    なお,財団法人日本自動車査定協会による評価損の見積査定資料によれば,評価損が具体的金額で表示されていることから一つの参考にはなるが,あくまで参考にされる程度であり,この金額が基準として特別に重要視されているものでもない。

  • 代車使用料

    交通事故により自動車が損傷したことによって修理や買い替えが必要となった場合において,修理期間や買替期間中にその自動車を使えないことから,レンタカー使用等により代車を利用した場合,代車使用料が損害賠償の対象となる。
    代車使用料の損害が認められるためには,代車使用の必要性が認められなければならないから,複数の自家用車を保有していたり,被害者の自動車利用目的が,バスや電車等の公共交通機関で十分に代替できるようなものである等により代車使用の必要性がない場合には代車使用料の賠償は認められない。
    また,賠償の対象となる代車使用料の対象期間は,相当な修理期間または買替期間中に限られる。部品の取り寄せに長期間を要する等の特段の事情がない限り,修理期間は通常1週間から2週間程度であるから,そのような事情もないのに,事故車の修理に取りかかることもなく単に長期間代車に乗り続けていたというケースでは代車使用料の一部だけしか損害賠償の対象として認定されないことがある。
    交通事故の加害者側の立場に立つ保険会社の取扱実務上は,代車使用の必要性や対象期間についてあまり厳密な認定を行わず比較的緩やかに代車使用料の賠償を認める傾向にあるが,裁判になった場合には上記の要件に即して厳密に判断されることになるから注意が必要である。

  • 休車損

    交通事故により損傷した自動車が営業車(いわゆる緑ナンバー)であった場合において,修理期間や買替期間中にその自動車を使えないことから,営業上の利益を取得できなくなかったという損害が発生した場合,この損害は休車損として損害賠償の対象となる。 利用可能な代替車両が存在する場合には損害が発生しないから,休車損の賠償は認められない。
    また,休車損の認められる対象期間は,相当な修理期間または買替期間中に限られる。

  • その他

    上記に掲げた項目は実務上頻出する損害項目であるが,損害賠償の対象となるのが上記項目に限定されるという趣旨ではない。
    上記項目以外の費用であっても,交通事故によって生じた損害であると評価できるものがあり,当該交通事故と当該損害との間に相当な因果関係があると認められれば損害賠償の対象となる。
    例えば,事故車両のレッカー代,廃車費用,不可避的に生じた事故車両の保管費用等が挙げられる。
    物的損害に関して慰謝料が認められるかどうかが争われるケースがある。大切にしていたペットが死亡した場合等のケースで物的損害について慰謝料が認められるケースも皆無ではないが,実務上は認められにくい傾向にあるものと言える。

第9章 各種の損害賠償額減額要因

  • 損益相殺

    交通事故による被害者が事故に起因して何らかの利益を得た場合,当該利益が当該交通事故による損害を補償する性質のものである場合,その利益の額は加害者がなすべき損害賠償額から除外される。このような考え方に基づく損害賠償額の減額を損益相殺という。
    典型的な例としては,被害者が自賠責保険から保険金を受領した場合,被害者が被った損害の額から,その保険金支払額を控除した残額が,その後加害者のなすべき損害賠償の金額となる。
    このような控除計算の対象となる給付の例としては,労働者災害補償保険(いわゆる政府労災保険)による休業補償給付金・療養補償給付金等,健康保険法による傷病手当金,所得補償保険に基づく保険金等が挙げられる。
    このような控除の対象とならないものの例としては,生命保険金,傷害保険金,労働者災害補償保険(いわゆる政府労災保険)による特別支給金等が挙げられる。これらの給付は損害の填補を直接の目的とするものではないからである。
    同様の理由により,交通事故の被害者が死亡した場合に遺族が受領した香典も控除の対象とならない。

  • 過失相殺

    過失相殺とは,交通事故による被害者の側にも当該交通事故による損害の発生について何らかの落ち度がある場合において,その落ち度の程度に応じて加害者のなすべき損害賠償額を減額することをいう。過失相殺の趣旨は,損害賠償制度の目的の1つが損害の公平な分担にあることから,落ち度がある被害者の受ける損害賠償額を減額調整することで加害者と被害者との間の公平を確保する点にある。
    実務上は,加害者側の落ち度の程度と被害者側の落ち度の程度を合計が1となるように割合的に認定して,このように認定した割合(過失割合)に相当する割合の金額を当該落ち度のある被害者の損害額から控除して加害者の損害賠償すべき金額を算出する方法により過失相殺が適用されている。
    例えば,交通事故により被害者が100万円の損害を受けたが,その交通事故について被害者にも30%の過失があり,加害者側の過失が70%であった場合には,加害者が被害者に対して支払うべき損害賠償金の額は70万円という計算になる。
    現実に発生している様々な交通事故においては,単純に加害者だけの過失により発生したものばかりでなく,被害者側にも一定の落ち度があったことにより発生したものも多い。例えば信号機のない交差点での出会い頭の衝突事故や,車線変更中に発生した側面接触事故などでは被害者側に一定の過失割合が認定されることが多い。
    したがって,交通事故による損害賠償額を検討する局面において,被害者側に落ち度(過失)を認定できるか否か,認定できるとしてどの程度の過失割合となるのかが問題となるケースが非常に多い。
    法律上は交通事故当事者の過失割合を決定するための具体的基準は存在しないので,加害者・被害者間で過失割合の具体的数値について合意が形成できず争いになった場合には,究極的には訴訟手続に基づく判決によって確定されるより他なく,担当した裁判官がその自由な心証に基づいて当該交通事故の具体的態様を勘案して被害者側に過失(落ち度)が認められるか否か,認められるとすればその割合を認定することになる。
    とはいえ,担当裁判官が違うというだけで類似の事故態様についてあまりにかけ離れた過失割合が認定されるのでは公平性に欠けることから,裁判実務上は,過失割合が問題とされた多くの裁判事例を交通事故態様ごとに類型的に取りまとめて標準的な過失割合を示した取りまとめ資料による基準が大いに参考にされ,概ねこのような基準に沿った数値の過失割合が認定されている。
    そのような過失割合基準の取りまとめにはいくつかの種類があるが,取りまとめの代表的な例が,東京地裁民事交通訴訟研究会が編集し,判例タイムズ社が出版する「別冊判例タイムズ 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」である。
    もっとも,交通事故の状況は多種多様であり,その全てを類型化してとりまとめることが不可能であるから,実際に発生した交通事故の中には,上記取りまとめの事故類型に該当しないものもある。
    そのような場合には,取りまとめられた事故類型の中で類似の交通事故類型について定められた標準的な過失割合を参考に,類型と相違する点を勘案して標準的な過失割合を修正して当該交通事故についての過失割合を認定するといった手法により過失割合が認定されている。

  • 素因減額

    次に,素因減額とは,交通事故で負傷した被害者に,従来からの病的な要因があったために損害が拡大した場合に,そのような病的な要因の寄与度を勘案して加害者の負うべき損害賠償額を減額修正する考え方をいう。その趣旨は,過失相殺と同様に,損害の公平な分担という観点から,発生した損害のうちで,必ずしも加害者側の責任によるとは言えない部分をその賠償責任額から控除する点にある。
    例えば,交通事故による受傷者がケガを苦にして自殺したケースにおいて,普通の人であれば自殺など考えない極めて軽微なケガであったにもかかわらず,当該被害者が従前から重度のうつ病を患っていたために自殺にまで至ってしまった場合において,被害者が死亡したことによる損害の全額について加害者に責任を負わせることは公平ではないことから,うつ病が損害拡大に寄与したと評価される金額相当分だけ加害者の負うべき損害賠償額が減額されることがある。
    実務上は,被害者の素因が損害に寄与した割合を認定して,このように認定した割合(素因減額割合)に相当する割合の金額を当該素因のある被害者の損害額から控除して加害者の損害賠償すべき金額を算出する方法により素因減額が適用されている。
    この素因減額の適用についても,具体的な事例においては適用されるべきか否か,適用されるとして素因による寄与分をどの程度に評価すべきかについて見解が分かれることもあるから,この点を巡って解釈上の争いを生じることがある。
    素因減額において減額すべき金額を算定するための具体的な基準は法定されていない。
    判例で言及される基準としても,最高裁判所の平成4年6月25日判決「被害者に対する加害行為と被害者のり患していた疾患とがともに原因となって損害が発生した場合において,当該疾患の態様,程度などに照らし,加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは,裁判所は,損害賠償の額を定めるに当たり,民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して,被害者の当該疾患をしんしゃくすることができるものと解するのが相当である」といった抽象的基準しか存在しない。
    また,素因減額についての多数の裁判例を分析したり類型化して取りまとめた資料も実務上は見当たらない。
    そこで,素因減額割合を定めるにあたっては,被害者の疾患の程度,態様,程度,事故の態様,程度及び傷害の部位,態様,程度と結果との均衡等を個別具体的に検討して,損害の公平な分担という損害賠償法の基本理念の観点からその割合を個別に決定するほかない。