資料

会社役員賠償責任保険(D&O保険)

平成17年10月

会社役員賠償責任保険(D&O保険)の内容を紹介しています。

第1章 会社役員賠償責任保険(D&O保険)の概要

  • 第1節 会社役員賠償責任保険(D&O保険)とは

    会社役員賠償責任保険とは,株式会社の取締役・監査役等の会社役員が,その業務遂行に起因して損害賠償請求を受けたことによって被る経済的損害をてん補する保険である。 典型的には,会社役員が株主代表訴訟を提起された場合の損害賠償金や訴訟費用,弁護士費用が担保される。 この保険は公的な保険制度ではなく,営利企業である民間の損害保険会社が保険商品として販売している保険であり,わが国の多くの大手・中堅損害保険会社が取り扱っている保険である。 会社役員賠償責任保険は,「D&O保険」という通称で呼ばれることが多い。「D&O」とは「Directors and Officers」の頭文字であり,取締役・高級管理職といった会社役員を意味する。

  • 第2節 会社役員の損害賠償リスク

    株式会社の取締役が,その職務遂行に起因して会社や第三者に損害を与えた場合,当該取締役は被害を受けた会社や第三者に対して法律上の損害賠償責任を負う可能性がある。
    例えば,株式会社の取締役が間違った経営方針を貫いたために会社の営業が行き詰まり業績が悪化した場合,業績悪化による会社の損害につき会社に対して取締役が賠償責任を負う可能性がある。
    また,例えば株式会社の取締役が間違った経済見通しに依拠した事業計画に基づいて他の会社に合弁事業を持ちかけたため,当該事業に乗り出した当該他の会社に損害が発生した場合,その損害につき当該他の会社に対して当該取締役が賠償責任を負う可能性がある。
    株式会社の監査役は,会社の業務執行が適法・妥当になされているかを監視・監督する任務を有するものとされているから,上記の例のように取締役が会社・第三者に対して損害賠償責任を負う場合において,その取締役が行った業務執行に対する監視・監督義務違反を根拠として監査役が会社・第三者に対して損害賠償責任を負う可能性がある。
    このように,株式会社の取締役・監査役は会社・第三者に対して損害賠償責任を負う可能性があり,会社・第三者から損害賠償請求を受ける可能性がある。
    そして,会社が被った損害を取締役・監査役に対して賠償請求する手段として,会社が直接的に取締役・監査役に対して賠償請求しうるだけではなく,会社の株主が会社を代表して損害を被った会社になり代わって取締役・監査役に対して賠償請求するという株主代表訴訟という手段が商法上用意されている(商法第267条以下)。
    よって,株式会社の取締役・監査役には,会社・第三者から直接損害賠償請求を受け又は株主代表訴訟によって会社が被った損害の賠償を請求されるというリスクがあることになる。

  • 第3節 D&O保険の沿革

    第1款 米国の状況

    D&O保険のはじまりはロンドンのロイズにより引き受けられたのが始まりであると言われているが,世界で最初にD&O保険が広く普及した国は米国である。 周知の通り,米国は旧来から訴訟社会であり,会社役員に対する法的責任の追及も厳しく,会社役員に対して巨額の損害賠償を請求する訴えが頻繁に提起されるという環境にある。 そこで,D&O保険が1940年代に米国で発売され,同国の大企業に広く普及するに至った。同国では,いまやD&O保険を手配しない会社では,それを理由として会社役員になりたがらない者がいるというケースもあると言われているほどD&O保険が不可欠な保険として認知されている。

    第2款 わが国の旧来の状況

    わが国においても商法上は古くから会社役員の厳格な法的な責任が規定されており,その責任追及手段の1つである株主代表訴訟制度も用意されていた。
    ところが,実際の運用面においては株主代表訴訟が活用されることはなく,会社役員に対する厳格な法的責任の追及がなされる可能性が現実のリスクとしてほとんど認識されない時期が長らく続いた。
    むしろ,会社役員という地位は,いわばすごろくの上がりのようにサラリーマンの出世競争の到達点であって,そこにたどり着きさえすれば将来は安泰であるというような認識が一般的であったように思われる。
    このような実体法上の制度とその現実の運用面とのギャップは,次のような理由によってもたらされたものであると考えられる。
    もともと日本の株式会社は企業間の株式の持ち合いや安定株主の存在により安定的に経営されてきており,経営陣の失態に対して厳格に責任追及しようとする姿勢を見せる株主の割合は比較的少ないと考えられる。
    また,株主代表訴訟の構造として,株主が代表訴訟に勝訴したとしてもその獲得した損害賠償金は会社に支払われるものであって,株主は直接的には勝訴による経済的利益を享受することはない。そうであるにもかかわらず,訴訟を提起する場合は平成5年の商法改正までは株主代表訴訟で求める損害賠償額に応じた手数料(印紙)を裁判所に対して納める必要があった。この点に関し,例えば,会社役員に対する470億円の損害賠償請求につき2億3,500万円の印紙を要すると判断した裁判例もある。
    また,法律の専門家とは限らない株主が訴訟を提起する場合は通常弁護士に委任することになるが,わが国においては委任の段階で損害賠償請求の額に応じた着手金が必要であるとする弁護士がほとんどであるから,株主代表訴訟を提起しようとする株主は裁判所に納める高額な手数料の他に弁護士に支払う着手金も用意しなければならない。この点,米国においては裁判所に納める手数料は訴訟によって請求する金額の大小に関わらず数万円程度の低額な手数料で足るものとされ,また,多くの弁護士が着手金を一切取らず勝訴時にのみ勝訴した額の一定割合の金額を報酬として取るいわゆる成功報酬制度で事件を引き受けるから,このような米国の状況と比較すると,わが国において株主代表訴訟を提起しようとする株主が極めて多額の金銭的負担をする必要があることは明らかである。
    以上のような理由から,わが国においては株主代表訴訟制度が活用されることなく,会社役員に対する実体法上の厳格な責任とその責任追及手段が法的には整備されていながら,これに対応する会社役員にとってのリスク(D&Oリスク)の存在がほとんど認識されない時代が長らく続いた。

    第3款 英文約款のD&O保険の発売

    わが国の経済が高度成長を遂げると,大企業の中には日本国内のみの活動にとどまらず,諸外国に現地子会社を保有するなどの形態でその活動領域をグローバルに展開するものも出現した。
    このようなグローバル企業は,必然的に海外においてD&Oリスクに直面することとなった。
    特に,米国に進出した企業が,現地におけるD&Oリスクの大きさ及びこれに対応するD&O保険という存在を強く認識したであろうことは想像に難くない。ここにおいて,わが国の企業のD&O保険に対するニーズが初めて生じた。
    そこで,平成2年,米国におけるD&Oリスク及びD&O保険に精通するAIU保険会社を中心とするいくつかの保険会社が,わが国向けのD&O保険を開発し,保険認可を得て販売を開始した。
    その後,他の保険会社も同様の認可を取得してわが国の多くの保険会社がD&O保険を販売するに至った。
    しかし,この時点でのD&O保険に対するニーズはグローバル企業が中心であり,D&O保険を販売する保険会社の側も,この保険をわが国の株式会社に広く販売するというスタンスを有していた訳ではなかったから,D&O保険という存在が一般に広く認知されるには至らず,ましてその存在が注目を集めることもなかった。

    第4款 平成5年商法改正

    平成2年の秋,長らく続いたわが国の好景気が終焉を迎え,後にいわゆる「バブル経済の崩壊」と呼ばれることになる状況が出現した。
    そうなると,好景気の時には顕在化することのなかった企業活動の問題点が顕在化するという事態が多発し,名の通った企業における不祥事が次々と明るみに出るに至った。
    このような不祥事がマスメディアで大きく取り上げられる状況下,企業の不祥事を作り出した当事者である会社役員に対する法的責任の追及が声高に叫ばれる社会情勢が次第に形成された。
    かかる社会情勢にも後押しされるような形で,平成5年に商法が改正され,株主代表訴訟を提起する場合に裁判所に納める手数料(印紙)は,損害賠償金額の大小を問わず一律8,200円で足ることとなった。
    これによって,弁護士費用の問題は依然として残るものの,会社役員に対して巨額の損害賠償を求める株主代表訴訟の提起が容易になり,現実に巨額の損害賠償を求める株主代表訴訟が相次いで提起されることとなった。
    ここに至ってわが国でもようやくD&Oリスク及びD&O保険の存在が脚光を浴びることとなったのである。

    第5款 D&O保険の問題点の顕在化

    わが国において,平成2年から細々とD&O保険が販売されていた状況においては,D&O保険に注目されることもなければその問題点を指摘されることもなかったのであるが,D&O保険への注目が集まるにつれてその問題点も次の通り法律家や学者から多数指摘されるようになった。

    1 保険約款が英文約款であること

    前述の通り,当時のD&O保険はグローバル企業を主なターゲットとして開発されたものであったことから,日本国外における保険事故の発生及び事故処理を想定し,保険約款に用いる言語として英語が採用されていた。
    しかし,活動範囲がほぼ日本国内に限られる会社がD&O保険を利用とする場合を考えると英文約款であることは端的に不便である。
    また,当時のD&O保険の約款が,米国において普及しているD&O保険の約款に倣って開発されたものであったことから,言語として単に英語が用いられているだけでなく,約款の構造が米国の法制度を前提としたものであったり,用語も米国法の概念を下敷きにしたものであったりしたことから,これを日本の法制度の下で解釈・適用するには困難を伴う点があった。
    以上のような理由から,わが国の株式会社を広くターゲットとして販売するD&O保険の約款の文言は,わが国の法制度及び法概念を前提とした和文約款にすべきであるという指摘が各方面からなされた。

    2 保険料を会社が支払うことの適法性

    D&O保険は会社役員が損害賠償請求を受けたことによる会社役員自身の損害をてん補する保険であり,被保険者は会社ではなく会社役員である。したがって,その保険料を会社役員が全額負担するのであれば受益者負担であり問題はない。しかし,当時のD&O保険は米国のD&O保険に倣い,会社を保険契約者とすることを前提として保険料は会社が全額負担するものとして販売されていた。
    そこで,会社役員のための保険の保険料を会社が支払うことについて次のような問題点が指摘されることになった。
    (1) 利益相反取引
    会社が取締役と会社との間で利益相反する取引をすることは原則として禁止され,これを行うためには取締役会の承認決議が必要とされている(商法第264条)。
    しかるに,D&O保険による利益は取締役が享受するのであるから,この保険料を会社が負担することは端的に取締役が利益を受ける一方で会社が損失を被るという関係にあり,類型的に利益相反取引に該当するのではないかという問題点が指摘された。
    もしも利益相反取引に該当するのであるとすれば,これを適法に行うためには取締役会の承認決議が必要ということになるが,この承認決議には当該決議に関して特別な利害関係を有する者は参加できないものとされ(商法第260条の2第2項),D&O保険では取締役全員が被保険者とされるから取締役全員が特別利害関係人ということになり結局この承認決議をすることもできないという深刻な問題につながることになる。
    (2) 忠実義務違反
    取締役は,会社のために忠実にその職務を遂行する義務を負うとされているところ(商法第254条の3),前述の通り類型的に利益相反取引に該当するようなD&O保険を締結することはこの忠実義務に違反するのではないかという問題点も指摘された。
    (3) 取締役の責任免除条項の潜脱
    取締役が会社に対して負担する損害賠償責任を会社が免除するためには原則として総株主の同意が必要である(商法第266条5項)。
    D&O保険は取締役が会社に対して負担する損害賠償額を支払うことをその内容として含んでいるから,そのための保険料を会社が支払うというのであればこれは結局,当該損害賠償額を会社が負担したということと同じであり,会社が取締役の損害賠償責任を免除したに等しいという見方も可能である。
    このような観点から,D&O保険への加入は,取締役の責任免除について厳格な手続を定めた上記商法第266条5項の規定を潜脱するものではないかという問題点も指摘された。
    (4) 取締役の報酬規定の潜脱
    取締役が受けるべき報酬については,定款の定め又は株主総会の決議が必要とされる(商法第269条)。
    D&O保険による利益を享受するのは取締役であり,その保険料を会社が支払うというのであれば,それは会社から取締役への利益の移転があったものと見ることができる。
    このような観点から,D&O保険の保険料を会社が支払うことは,取締役への報酬支払と同視することができるから,この点について定款の定め又は株主総会の決議を欠くというのであれば,それは上記商法第269条の潜脱ではないかという問題点も指摘された。

    3 放漫経営の助長

    取締役が任務懈怠によって会社又は第三者に対して損害を与えた場合,当該取締役はその損害を賠償しなければならないという厳格な責任規定は,かかる損害賠償責任を負担することによる経済的損害を回避したいと考えるであろう取締役の任務懈怠を防止するのに一定程度の役割を果たしているものと言える。
    しかるに,その損害がD&O保険でてん補されるというのであれば,仮に取締役が損害賠償責任を負担したとしてもその損害がD&O保険によりてん補されることになり,取締役個人が損害を被ることがなくなるから,もはや取締役の任務懈怠に対する歯止めがなくなり,放漫経営が助長されるのではないかという懸念がある。
    そこで,このように放漫経営を助長するようなD&O保険は公序良俗に反し無効(民法第90条)ではないかという問題点も指摘された。

    第6款 改定後のD&O保険の対応

    以上の通り,わが国で最初に発売されたD&O保険に対しては法的問題が多々あることが指摘された。これではD&O保険契約を締結する会社の行為が違法行為であり,かかる違法行為に関与した会社役員が会社に対して損害賠償責任を負うとして株主代表訴訟が提起されることも想起され,株主代表訴訟による損害を回避するためのD&O保険が逆に株主代表訴訟を招くという矛盾が生じかねない事態に陥った。
    このような法的問題についての議論が生じたのはわが国固有の状況ではなく,米国においてもかつてD&O保険の出現時に同様の法的議論があったのであるが,米国諸州においては実際上D&O保険が株式会社実務にとって不可欠の保険であるとの認識の下に,会社が保険料を支払ってD&O保険を調達することを合法とする方向で立法的にこれらの問題が解決されている。しかし,わが国では立法論として米国における解決方法に倣ってD&O保険を合法化する法的手当を実施すべきであるという見解も法律家などから表明されたのであるが,そのような立法的手当がなされることはなかった。
    そして,わが国では今日に至るまで会社がD&O保険契約を締結することを合法であると規定する明文の規定は法定されていない。
    そこで,D&O保険を取り扱うわが国の保険会社は,D&O保険に対して各方面から指摘された法的問題点を解消するためにD&O保険の改定に乗り出した。この改定D&O保険の開発は,AIU保険会社,東京海上火災保険,三井海上火災保険等複数の保険会社の共同作業で行われ監督官庁の認可取得がなされた。
    そして,他の保険会社も同内容の認可取得を行い平成5年12月に改定後のD&O保険が発売された。
    前記各種の問題点を解消すべく,改定後のD&O保険は以下のような内容を有している。

    1 和文約款

    もっぱら日本国内で活動する会社も含めたわが国の株式会社に広く販売するための保険商品に適用される約款の文言が英文では取り扱いに不便であるという指摘はもっともなものであったことから,日本語を用いた普通保険約款が創設された(会社役員賠償責任保険普通保険約款)。
    この約款は,単に旧来の英文約款を和訳したものではなく,約款をわが国の法制度に適合させ,他の賠償責任保険の約款構造との統一性も図るべく,言い回しを見直したり,約款の構成を変更するなど,内容的な見直しも同時に施されている。
    内容的見直しの一例として会社補償の取り扱いが挙げられる。
    会社補償とは,会社役員が職務遂行に起因して損害賠償請求を受けた場合に,それによって被る損害を会社が契約,定款等に基づいててん補することを言い,米国諸州ではかかる会社補償が合法であるとの立法的手当ての下で多くの会社で実施されている。会社補償を実施することによる会社の損害は,損害賠償請求を受けた会社役員が被る損害と実質的には同じものであるから,米国におけるD&O保険は会社の損害及び会社役員の損害のいずれもてん補するものとして構成されている。すなわち,D&O保険はDirectors and Officers Liability and Company Reimbursement Policy(会社役員賠償責任・会社補償保険)として構成されている。そして,米国のD&O保険を範として開発されたわが国の旧D&O保険はこの構成に倣ったため,普通約款の中に会社補償をてん補する条項が盛り込まれていた。しかし,わが国では会社補償を合法であると定めた法律はないし,学説もこのような会社補償は一切許されないと解する見解が圧倒的多数であることから,わが国の株式会社では会社補償は実施されておらず,それゆえ会社補償を担保する保険ニーズは原則として存在しない。そこで,新開発の和文約款では普通約款から会社補償に関する規定を削除した。ただし,海外子会社を持つ会社などで,現地法人における会社補償を担保するニーズがある場合も考えられることから,別途会社補償担保特約条項という特約条項を新設して,このようなニーズがある会社のD&O保険契約についてはこの特約条項を附帯することで対応することとした。
    なお,このようにわが国で利用しやすい和文約款が創設されると共に,グローバル企業や外資系の企業などにおいて英文約款の需要がある場合も考えられることから,和文約款の創設と同時に旧来の英文約款によるD&O保険約款も一部手直しの上存続している。しかし,その後わが国で契約されたD&O保険の圧倒的多数は和文約款によるものであり,和文約款によるD&O保険がわが国のD&O保険のスタンダードとなっていることから,本稿では特に断らない限りこの和文約款によるD&O保険を前提として説明を行うこととする。

    2 保険料の一部の会社役員個人負担

    旧来のD&O保険で最大の問題とされていたのは保険料を会社が負担する点である。
    しかし,この点を問題とする見解のほとんどは,会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースを念頭において,これに対応する保険料を会社が負担することが適法であるか否かという議論を展開している。
    もちろん,このケースがD&O保険による典型的な保険事故であることは明らかであるが,D&O保険が保険金を支払う保険事故は何もこのケースに限られるわけではない。そこで,次の通りケースを分けてそれぞれのケースにおいてどのような議論が展開されてきたのかを整理する。なお,D&O保険は法律上の損害賠償金の他,訴訟手数料・弁護士費用等の争訟費用も保険金支払の対象としているから,以下において会社役員が責任を負うとされているケースにおいては損害賠償金及び争訟費用が保険金として支払われることを想定し,責任を負わずに済むとされているケースにおいては争訟費用のみが保険金として支払われることを想定している。
    (1) 会社役員が会社から損害賠償請求を受け責任を負うケース
    (2) 会社役員が会社から損害賠償請求を受けるが結果的に責任を負わずに済むケース。
    (3) 会社役員が株主代表訴訟を提起され責任を負うケース。
    (4) 会社役員が株主代表訴訟を提起されるが結果的に責任を負わずに済むケース
    (5) 会社役員が会社以外の第三者から損害賠償請求を受け責任を負うケース
    (6) 会社役員が会社以外の第三者から損害賠償請求を受けるが結果的に責任を負わずに済むケース
    まず,ケース(1)及びケース(2)は会社が会社役員の責任を追及するケースであるが,これらの類型はD&O保険において保険金支払対象外(免責)とされていることから,D&O保険上の問題点を検討する必要がない。
    次に,ケース(5)及びケース(6)は会社でも株主でもない第三者が会社役員の責任を追及するケースであり,これらの類型はD&O保険において保険金支払の対象となるが,これらのケースについての保険金支払に対応する保険料を会社が支払うことに対して,これを違法であるとする見解はあまり見受けられない。これを違法視するならば,会社役員が運転する社有車による対人・対物事故についての会社役員の損害賠償責任を担保するための自動車保険の保険料を会社が支払うことも同じく違法であるとしなければ平仄が合わないが,これはあまりにも現実離れした見解であると言うほかないであろう。確かに,これらのケースにおいても,一方で会社役員が保険による利益を享受し,他方で保険料を出捐することによる会社の損失が生じるという関係があるから,理論的には会社役員と会社との間で利益相反の関係があるということは可能であるし,取締役の報酬規定の潜脱,放漫経営の助長という批判は理論的には成り立ちうるであろうが,実際上このような理論的な考察を厳格に貫こうとする見解は少数であると言えよう。
    次に,ケース(3)及びケース(4)は株主代表訴訟による責任追及であるが,これは会社役員の会社に対する損害賠償責任が問題になるという意味でケース(1)及びケース(2)と同じであるが,責任追及方法として株主代表訴訟という形態に基づくものであり,これらのケースはD&O保険の保険金支払対象となる。
    ケース(4)は会社役員が株主代表訴訟に勝訴した場合であり,結果的に株主の請求は理由がない不当な訴訟であったことが明らかになったということであり,当該会社役員には何ら責められるべき事由がなかったことを意味する。そうであるにもかかわらず,株主代表訴訟の被告とされたことで争訟費用の支出という損害を被ったのであるから,この損害は会社役員としての正当な業務遂行に伴って生じたものである。したがって,この損害をてん補するための保険金に対応する保険料を会社が支払うことに対して,これを違法であるとする見解はあまり見受けられない。
    残るはケース(3)であるが,このケースすなわち会社役員が株主代表訴訟に敗訴し,会社に対する損害賠償責任を負担するケースこそが,D&O保険の保険料を会社が負担することについての適法性を議論する際に典型事例として想定されていたケースである。まさにこのケースでは会社役員と会社とが債務者・債権者という対立当事者となっており,利益相反性が顕著に現れるし,保険金支払によって会社が会社役員に対して有する損害賠償債権が満足を受けることが取締役の責任免除条項の潜脱と評価される余地を生み出すことになる。
    学説の中には,実際のD&O保険の内容についての詳細な検討を踏まえた上で,D&O保険の有用性を積極的に評価し,ケース(3)の場合も含めていずれのケースについてもそれについて支払われる保険金に対応する保険料を会社が支払うことは適法であるとする見解もあった。しかし,論者によってニュアンスは様々であるが,ケース(3)を前提とする場合において,D&O保険の保険料を会社が負担することは立法論として合法化することは検討されてよいが,現行法の解釈論としては違法と評価せざるを得ないという見解が少なくなかった。
    以上のような状況を前提として,D&O保険の適法性を確保すべく改定後のD&O保険では次のような取扱がなされることとなった。すなわち,前述のケース(4),ケース(5)及びケース(6)についての保険金支払に対応する保険料と,前述のケース(3)についての保険金支払に対応する保険料とを明確に区分し,前者については会社が負担しても良いが(※ 会社役員が負担しても良いが実務的には会社が負担するのが原則的取扱である),後者については会社が負担することを許さず,被保険者たる会社役員が自己負担すべきものとする取扱とした。そして,このような取扱を可能とするために,D&O保険の普通約款(会社役員賠償責任保険普通保険約款)では前述のケース(4),ケース(5)及びケース(6)についてのみ保険金を支払うものとし,ケース(3)については普通約款に付帯する特約条項(株主代表訴訟担保特約条項)に基づいて保険金を支払うという約款構成を採用した。これによって,普通約款についての保険料は会社負担可能であり,株主代表訴訟担保特約条項についての保険料は会社役員が自己負担すべきであるという区分が明確に示されることになった。
    約款作成の技術的な側面から見ると,必ずしも「特約条項」という形態で区分しなくとも,普通約款の中でセクションを分けてそれぞれのセクションごとの保険料を算出し,前述のケース(3)についての保険金支払を定めるセクションの保険料を会社役員が自己負担すべきとするような方法も可能と考えられる。しかし,保険料について会社負担可能部分と会社役員自己負担部分とをできる限り明確に区分するという観点からは普通約款とは切り離された別個の特約条項という形態は有用であると言えよう。ただ,特約条項という形態を採用したために,これを附帯しない普通約款のみのD&O保険も可能であるとの誤解を招きやすくなった。特約条項という形態で区分した理由は,上記の通り会社役員が自己負担すべき保険料部分を明確にするためであって,D&O保険としては普通約款と株主代表訴訟担保特約条項とを合わせて初めて完成品と言えるのであるから,保険会社が株主代表訴訟担保特約条項を付帯しないD&O保険を引き受けることは実務的にはほぼ考えられない。
    このように,改定後のD&O保険においては,保険料の会社負担について強い疑義が寄せられていた部分について会社役員の自己負担という制度が導入された訳であるが,それでも保険料の全額が会社役員の自己負担となるのではなく,普通約款部分の保険料は依然として会社が負担しても良いという取扱をしていることから,この点を捉えて依然としてD&O保険は違法であると言う見解も理論的にはありうる。しかし,最大の争点であった前述のケース(3)の取扱について保険料を会社役員の自己負担とする取扱を定めたことによって,改定後のD&O保険について会社が保険料が支出する取扱について違法視する見解はほぼ見受けられなくなったと言える。

    3 放漫経営助長の防止

    D&O保険が会社役員の不適正な経営を助長する危険性があるのだとすれば,それは会社役員が不適正な経営をしたとしてもそれによって会社役員が被る損害について保険金が支払われ損害額が全ててん補されるからである。
    よって,不適正な経営を招かないためにD&O保険の側で配慮しうる点として,まず保険によって救済することさえ不当であると見られる程度の著しく不正な経営であると評価しうる会社役員の行為に起因する損害については保険金支払の対象外とすることが考えられる。次に配慮しうる点として,損害額の全額をてん補するのではなく必ず一定額の損害については被保険者たる会社役員が自己負担すべきものとすることにより会社役員に不適正な経営を回避しようとする動機を生じさせることを図ることが考えられる。
    そこで,改定後のD&O保険ではこのような点に配慮して次のような取扱をすることにしている。
    (1) 広範な免責条項
    改定後のD&O保険では,会社役員が法令違反であることを認識しつつ行為に及んだことによる損害は免責とされている。法令違反における法令の範囲に限定は一切なく全ての法令が含まれる。
    また,犯罪行為,インサイダー取引,違法な利益供与など,社会的非難の程度が強い違法行為については,事後的・客観的にそのような違法行為があったと認定されうる限り,当該行為に及んだ会社役員の認識の有無を問わず,当該行為による損害は免責とされている。
    このように,改定後のD&O保険では著しく不正な経営行為であると評価しうる会社役員の行為については,広範な免責条項によって保険金支払の対象から除外している。
    (2) 免責金額,縮小てん補割合の設定
    改定後のD&O保険においては,会社役員が被った損害を保険金でてん補するにあたって生じる会社役員の自己負担額に関して,免責金額および縮小てん補割合という2つの項目が適用される。
    この2つの具体的数値は保険契約締結時に定められ保険証券に明記される。
    免責金額とは,被保険者が被った損害額のうち,保険によるてん補の対象とならず被保険者が自己負担しなくてはならない一定の自己負担額をいう。よって,免責金額が設定されている保険契約については,損害額のうちこの免責金額を超える部分のみが保険によるてん補の対象となる。
    例えば,免責金額30万円を設定した保険契約につき,損害額100万円の保険事故が生じた場合,損害額のうち30万円を超える部分すなわち70万円の保険金が支払われることになる。改定後のD&O保険では,最低でも数十万円の免責金額が設定されることが通常である。
    次に,縮小てん補割合とは,被保険者が被った損害額のうち,保険によるてん補の対象となる一定割合をいう。
    よって,縮小てん補割合が設定されている保険契約については,損害額にこの縮小てん補割合を乗じた金額が保険金として支払われることになる。
    逆に言えば,1から縮小てん補割合を差し引いた割合部分は保険金が支払われず被保険者の自己負担になる。
    例えば,縮小てん補割合80%が設定された保険契約につき,損害額200万円の保険事故が生じた場合,200万円に80%を乗じた160万円が保険金として支払われ,40万円が被保険者の自己負担となる。
    縮小てん補割合が適用されると,損害額が高額になるにつれて被保険者の自己負担となる金額も増加するから,損害額が高額になるようなケースにおいても被保険者の不適正行為を抑止する機能が期待できる。
    改定後のD&O保険では,95%以下の縮小てん補割合が設定されることが通常である。
    改定後のD&O保険では免責金額及び縮小てん補割合の両方が設定される。この場合の具体的な支払い保険金の計算方法については「第3章 支払保険金の額」で説明する。
    このように,改定後のD&O保険において,免責金額と縮小てん補割合のいずれも設定を要するとされたのは,どのような損害額の保険事故が発生しても必ず一定の金額以上かつ一定の割合以上の自己負担額が被保険者たる会社役員に生じるようにして,会社役員がD&O保険があるからといって不適正な経営に流れることを防止しようとしたからである。

    第7款 今後の展望

    以上に述べたようなD&O保険の改定によって,旧来のD&O保険に対して投げかけられていた違法との疑念はほぼ払拭され,わが国の会社にとって利用しやすいものとなったことから,D&O保険の有用性に注目が集まる社会情勢の後押しもあって,株式を公開している大規模企業を中心に急速に普及し,今日では上場企業の8割程度がD&O保険に加入していると言われている。
    今後D&O保険の有用性をさらに高め,より利用しやすくするにあたっては,次のような点が問題となるであろう。

    1 保険料の役員個人負担の問題

    保険料の一部とは言えD&O保険の保険料を会社役員が自己負担しなくてはならないという点はD&O保険の利用しやすさを損ねている。
    この点の改定は保険会社の努力で実現できるものではなく,D&O保険の保険料を全額会社が負担することを許容する規定を導入する法改正が望まれる。
    米国の諸州においては,D&O保険の保険料の一部を会社役員が負担するという取扱をしていた時期を経て,全額会社負担を許容する立法的手当がなされるに至っているようであるが,わが国においてもこのような立法的手当がなされれば保険料の全額会社負担が実現することになろう。

    2 担保範囲の明確化及び担保範囲の拡張の可否

    保険会社にとっても保険契約者にとってもどこまでが保険金支払の対象になるかという担保範囲は予め明確であることが好ましい。
    かかる観点からは現在のD&O保険約款における免責条項はその適用範囲が不明確であるという批判が寄せられることがある。
    この点については,裁判例その他の具体的取扱の蓄積を待つばかりではなく,約款改定や担保範囲明確化のための特約条項の作成・附帯等によってできる限り担保範囲を明確化し,保険会社と保険契約者との間でトラブルが生じない努力が保険会社に求められよう。
    また,現在のD&O保険が広範な免責条項を有し,免責条項に該当せずに保険金が支払われるとしても免責金額,縮小てん補割合によって支払保険金が削減される点について,保険の有用性を低下させているとの評価がなされることがある。
    この点の改善はモラルハザードの問題にかかわる。
    モラルハザードとは,事故による損害回避のための手段を用意することにより,人の注意が散漫になって,かえって事故発生のおそれが高まるという危険をいう。
    D&O保険の存在が放漫経営を助長するのではないかとの指摘はまさにモラルハザードの発生を指摘するものである。
    このようなモラルハザードの問題に配慮することは保険業界の常識であり,保険商品を設計したり,個々具体的な保険の引き合いに際して保険条件を具体的に設定して個別の保険契約を引き受けたりするにあたっては,モラルハザードができる限り混入しないように保険会社は注意を払っている。
    したがって,モラルハザードの回避は,D&O保険の適法性に関する喧しい議論がなくとも当然に保険会社が考慮するところである。
    ただ,保険業界の外部からモラルハザードを根拠として特定の保険商品の適法性についてまで疑義が寄せられるということは経験したことがなかったため,D&O保険の適法性についての議論を受けて,保険業界はD&O保険の開発に際して通常の保険商品以上にモラルハザードの排除を徹底したように思える。
    モラルハザードの混入を容易に許容することはできない。
    しかし,モラルハザードの排除を徹底しようとすると今度は保険の有用性を損なう危険性もある。
    保険には不確定的に発生する巨大な損害を,保険料という定額の経常的負担に平準化することによりコストの発生を安定化させるという機能を有しており,これが保険の有用性の中核をなしている。
    そこで,保険会社は保険商品を販売,勧誘するにあたって,コストの平準化を根拠として「保険に加入すれば安んじて日々の生活を送りうる」点をしばしばセールスポイントとしているのであって,このようなセールスの手法が不当なものとは必ずしも評価されていない。
    ところが,保険加入により安んじて生活することと,保険加入により注意力散漫になるというモラルハザードとは実のところ区別が大変困難である。
    したがって,モラルハザードの排除にあまりに熱心になると,コスト平準化による平穏な日常の確保という保険の中核的有用性を損ないかねない。
    会社役員が自ら行った不当な行為が原因となって損害賠償請求を受けるという事態に陥れば,単に損害賠償金,争訟費用といった直接的な金銭的な損害が発生するのみならず,将来の自分の地位が脅かされ,自分の名誉が傷つけられるなど様々な損害が生じることが容易に予想できるのであって,D&O保険によりヘッジできる損害はそのうちの一部に過ぎない。
    とすれば,仮にD&O保険が広範な損害賠償請求を保険金支払対象とし,かつ損害賠償金,争訟費用の全額を保険によりてん補するものであったとしても,D&O保険の加入だけではD&Oリスクによって生ずべき全ての損害に対するリスクヘッジの手段として不十分なものである。
    よって,会社役員はD&O保険による保護を受けうるとしても,自らの不当な行為を原因として損害賠償請求を受けるという事態はなおもできるだけ回避しようと考えるのが自然であろう。
    そうだとすると,D&O保険の加入によって直ちに会社役員の放漫経営が招致されるとの懸念はいささか短絡的ではないかと思えてならない。
    現行のD&O保険において,免責金額,縮小てん補割合の双方が適用され,実務上,D&O保険でのてん補限度額(保険事故が発生した場合の保険金の支払限度額)はさほど高額な金額とすることはできないことに加えて,広範な免責条項を有していることについては,D&O保険の利用者側から不満の声が寄せられているようである。
    D&O保険が会社役員の放漫経営を招致するおそれは低いであろうとする考えが一般的になれば,広範な免責条項を削除したり,免責金額・縮小てん補割合の適用を制限したりする等によりD&O保険による保険金支払の範囲を拡張する方向でD&O保険の商品改定がなされる可能性はあるものと考えられる。
    この点を窺わせる一つの傾向として,独自作成の特約条項を附帯して,通常のD&O保険よりも保険金支払の範囲を拡張した保険契約を可能とする取り扱いを実施して保険会社も出現しつつあることが挙げられる。

  • 第4節 D&O保険の約款構成

    D&O保険の内容を構成する保険契約者,被保険者,保険会社の相互間の権利義務関係はまず会社役員賠償責任保険普通保険約款にて規定される。
    さらに,前述の通り,保険料の一部を会社役員の個人負担とする目的のために会社役員が株主代表訴訟に敗訴し,会社に対する損害賠償責任を負担するケースについては株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金を支払うものとしていることから,この特約条項が必ず附帯されることになる。従って,D&O保険の全契約について会社役員賠償責任保険普通保険約款及び株主代表訴訟担保特約条項が適用されることになる。
    そして,前述の通り,平成5年改定前のD&O保険の英文約款における普通約款に盛り込まれていた会社補償をてん補する条項は,改定後のD&O保険においては普通約款から切り離され会社補償担保特約条項にて規定されることとなったことから,会社補償のニーズのあるD&O保険についてはこの会社補償担保特約条項が附帯されることになる。
    以上の会社役員賠償責任保険普通保険約款,株主代表訴訟担保特約条項及び会社補償担保特約条項の3つの約款内容は全保険会社共通である。
    さらに,後述の通りD&O保険においては各保険会社の独自の判断により必要に応じて自由に特約条項を作成して附帯することが可能であることから,各保険会社独自作成の特約条項が附帯される。D&O保険における必須特約条項は株主代表訴訟担保特約条項のみであるが,実務上はどの保険会社も独自作成の特約条項をさらにいくつか附帯して保険引受を行うのが通常である。
    なお,保険条件を構成する全ての具体的要素が約款文言自体に盛り込まれるわけではなく,保険契約者,保険期間などの基本的事項や,約款上「保険証券の記名法人欄に記載された法人」,「保険証券にこれと異なる時刻が記載されているときは」,「保険証券記載の総てん補限度額」など保険証券の記載において定められるものとされている事項については,保険証券に明記されることにより規定されることになる。

  • 第5節 D&O保険の契約者

    D&O保険は,会社役員個人が法律上の損害賠償責任を追及された場合に,それによって当該個人が被った損害を填補する保険であり,被保険者は会社役員個人である。このことからすれば,会社役員個人が自らの意思に基づいて個々に保険契約者となって保険契約を締結し,かつ被保険者として保険による補償を受けることが自然であるようにも思える。
    しかし,D&O保険はそのような契約形態を採用していない。
    D&O保険においては,会社単位でその役員が無記名で包括的に被保険者として取り扱われ,個々の会社役員単位でD&O保険に加入するか加入しないかという選択をすることはできないものとされている。そして,保険契約者となるのは会社であるのが通常である(※ 会社役員団が保険契約者となる例はあるようである)。
    したがって,同じ会社の複数の会社役員間でD&O保険の加入の是非及び加入する際の保険条件につき見解の相違が生じた場合には,会社役員間の協議により意思の統一を図るより他ない。
    会社役員に対する損害賠償請求は,1つの事件・事故について1名の会社役員だけが損害賠償請求を受けるというのではなく,同じ会社に属する複数の会社役員が同時に請求を受けることが多いという特徴が認められる。
    従って,会社役員個人単位でD&O保険契約が存在するとすれば,保険契約ごとに保険金の支払限度額が設定されているとしても,保険会社は1つの事件・事故に対して複数のD&O保険契約について同時に保険金を支払う義務を負う可能性が多分にある。
    その場合の支払保険金の集積額は同時に請求を受けた会社役員の人数に比例して巨額なものになるおそれがある。
    よって,会社単位のD&O保険契約という取扱いには種々問題があるとしても,保険会社としては会社役員個人単位のD&O保険契約という取扱い方式は将来的にも採用しにくいものと言える。

第2章 保険金の支払要件

  • 第1節 概観

    現在わが国で一般的に利用されているD&O保険における普通保険約款である会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下,「普通約款」とは,特に断りのない限りこの約款を指すものとする)第1条は次のとおり規定している。

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,被保険者が会社の役員としての業務につき行った行為(不作為を含みます。以下「行為」といいます。)に起因して保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされたことにより,被保険者が被る損害(以下「損害」といいます。)を,この約款に従って,てん補します。

    本条は,保険会社の保険金支払義務が発生するための要件を定める中核的な条文である。
    本条に用いられている「被保険者」,「会社」,「役員」,「保険期間」,「損害」の用語についてはその内容を定める規定が別途置かれている。以下,本条で規定されている各要素につき順次説明する。

  • 第2節 被保険者

    普通約款第1条によれば,「被保険者」が行った行為に起因して,「被保険者」に対して損害賠償請求がなされたことによって,「被保険者」が損害を被ることが保険金支払のための要件の1つとなる。普通約款3条3号は被保険者につき次の通り規定している。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (3) 被保険者
    会社のすべての役員をいい,既に退任している役員およびこの保険契約の保険期間中に新たに選任された役員を含みます。ただし,初年度契約の保険期間の開始日より前に退任した役員を除きます。
    また,役員が死亡した場合にはその者とその相続人または相続財産法人を,役員が破産した場合にはその者とその破産管財人を同一の被保険者とみなします。

    被保険者は「会社」のすべての役員である。会社そのものは被保険者ではない。
    よって,被保険者である会社役員と共に会社が損害賠償請求を求められた場合であっても,会社自身が被る損害はD&O保険における保険金支払対象外である。
    なお,「会社」は普通約款第3条第1号の規定に基づき保険証券上特定される。
    D&O保険は,その被保険者を定めるにあたっては,個々人を特定してこれを被保険者と指定する方式ではなく,会社を特定した上でその会社の役員であれば無記名で包括的に被保険者として取り扱うという方式を採用している。
    したがって,保険期間中に会社が新しい役員を選任すれば保険会社との間で何らの手続を要することもなく自動的にこの者は被保険者として取り扱われることになる。
    このような取扱いに際して追加保険料を支払うことも要しない。
    また,会社役員は退任後であっても在任中の行為に起因して損害賠償請求を受ける可能性がある。
    また,死亡した場合にはその相続人が,破産した場合にはその破産管財人が損害賠償請求を受ける可能性がある。
    このように,会社役員につき退任,死亡,破産という事由が生じても損害賠償請求を受けるリスクは継続することから,これらの事由があっても当該退任した会社役員又は当該会社役員の責任を実質的に承継する者が引き続き被保険者として取り扱われることになっている。
    ただし,初年度契約の保険期間の開始日前に退任した役員は被保険者の範囲から除外されている。
    D&O保険の保険期間は原則として1年であり,1年の保険契約が終了した後も間断なく次年度のD&O保険が締結されることによって保険契約が将来にわたって継続されることを前提としているが,D&O保険では最初に締結されたD&O保険契約すなわち初年度契約の保険始期よりも前に生じた出来事に由来する損害については徹底して保険金の支払対象から除外するという考えの下に保険設計されている。
    よって,初年度契約の保険始期よりも前に退任した会社役員の行為について保険金が支払われる余地はないからこの者は被保険者から除外されているのである。

  • 第3節 会社

    D&O保険の被保険者は「会社」のすべての役員であるから(普通約款3条3号),会社を定義するということは被保険者の範囲を定めるという意味を有する。
    普通約款3条1号は会社につき次の通り規定している。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。
    (1) 会社
    次に掲げるものをいいます。
    [1] 保険証券の記名法人欄に記載された法人(以下「記名法人」といいます。)
    [2] 記名法人の子会社の中で,保険証券の記名子会社欄に記載された法人(以下「記名子会社」といいます。)
    … 

    本号によれば,会社とは記名法人及び記名子会社を意味することになるから,記名法人の役員及び記名子会社の役員がD&O保険の被保険者となる。

    第1款 記名法人

    「会社」には記名法人と記名子会社の2種類があることになるが,記名法人はD&O保険の必須要素であり保険証券に明記されることで特定される。
    通常は記名法人と保険契約者は一致する(※ まれに記名法人の役員団が保険契約者となるケースもある)。
    約款上は記名法人の数が1社でなければならないという明確な限定はないが,「会社」には記名法人の他にその子会社の中から記名子会社を追加することができるという約款の規定自体が,記名法人の子会社に限って記名法人と同時にD&O保険となしうるという意味を包含しており,子会社でもない別の会社を記名法人に追加して記名法人を複数とすることはできない。

    1 記名法人となりうる法人の種類

    記名法人として想定されているのが主として株式会社であることは言うまでもない。
    しかし,記名法人となりうるのは株式会社だけとは限らず,法人の役員が株式会社における役員と同等のリスクを負担する法人についてはD&O保険の記名法人となりうるものがある。
    例えば,生命保険相互会社や信用金庫においては,株式会社の場合と同様に,社員による代表訴訟によって法人役員の責任を追及する手段が法的に認められており(保険業法第51条,信用金庫法第39条),株式会社の会社役員と同様のリスクを負担している。
    よって,生命保険相互会社や信用金庫を記名法人とするD&O保険は可能であり実際に存在する。
    ただし,株式会社以外の法人は,それに対する法的規制が株式会社と全く同一とは言えず,株式会社と同等であると評価するかどうかについてはD&O保険を引き受ける保険会社ごとに判断が分かれうること,株式会社以外の法人を記名法人とするためには,適用すべき保険約款について用語の読替規定を盛り込む等特段の配慮をする必要があることなど,株式会社以外の法人を記名法人として取り扱うことについてはイレギュラーな側面があるため,いかなる種類の法人を記名法人となしうるものとするかについては保険会社ごとに取り扱いが異なる可能性がある。
    有限会社については株式会社と類似の構造を有していることから,D&O保険の記名法人として取り扱うことも理屈上は可能と考えられるが,もともと有限会社は小規模閉鎖会社を念頭に置いた会社組織であるから,実需の観点からはD&O保険にはなじみにくく,有限会社を記名法人とするD&O保険は実務上見受けられない。

    2 記名法人となりうる法人の規模

    D&O保険の主要ターゲットは上場企業を中心とした株式を公開している大企業である。
    しかし,株式を公開していない小規模な会社であっても,D&Oリスクがないとは言えず,D&O保険により保険金が支払われる余地もあることから,小規模な会社であってもD&O保険に加入することは一応可能である。
    ただ,保険会社の側は記名法人が法を遵守し適正に経営されているのでなければリスク不良としてD&O保険の引受を謝絶するから,株主総会の開催,議事録の作成等商法の規定に従った会社経営が必ずしも実現されていない多くの中小零細企業が記名法人としてD&O保険に加入しようとしても保険会社は引受を拒否する可能性が高い。
    また,記名法人の規模がどんなに小さいものであったとしても,D&O保険の保険料は安くても年間数十万円程度の水準を下回ることはありえないのが一般的傾向であるし,この保険料水準との比較において,このような小規模な会社においてD&O保険で保険金が支払われるような事故が発生する可能性はかなり低いと考えられるから,一般的には小規模な会社にとってD&O保険はコスト的にあまり見合わないと考えられる。
    実際に,わが国の上場企業については7〜8割の会社がD&O保険に加入しているのではないかと言われているが,上場していない会社でD&O保険に独自に加入している会社は極めて少ない(※ 後述する記名子会社となっている場合を除く)。
    世間での知名度も高い大企業の中には,まれに株式を公開していない会社もあるが,このような会社もD&O保険に加入しうる。
    このような会社の場合,株主のほとんどが創業者一族等の大株主であるなどの理由により,株主代表訴訟に起因するD&O保険の発動がほとんど考えられないケースもあるが(※ 大株主からの損害賠償請求はD&O保険では免責とされている(普通約款6条10号)),D&O保険は株主代表訴訟のみを担保するものではなく,株主以外の第三者が会社役員に対して損害賠償を請求した場合も保険の対象としているから,株主代表訴訟のリスクが小さくてもD&O保険のニーズがないとは言えない。

    第2款 記名子会社

    D&O保険が主要ターゲットとしている大規模株式会社の中には,子会社を保有するものも珍しくない。
    そして,親会社を頂点として子会社を含めた企業グループを形成し,そのグループ内で役員人事交流がなされているケースもよく見受けられる。
    このような場合に,子会社の役員も親会社の役員とまとめて1つのD&O保険の被保険者とすることができれば便宜である。
    そこで,D&O保険では,記名法人の子会社の中で,保険証券の記名子会社欄に記載された法人を記名子会社とし,この記名子会社も「会社」に含めることとしている(普通約款3条1号[2])。
    すなわち,記名子会社の役員もD&O保険の被保険者として取扱われるということである。
    記名子会社に指定しうるのは当然のことながら子会社だけであり,子会社ではない関連会社等を記名子会社に指定することはできない。
    「子会社」の意義については,普通約款3条7号により次のとおり規定されている。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (7) 子会社
    直接であるとまたは他の子会社を通して間接であるとを問わず,記名法人が発行済株式(議決のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有している,または所有していた法人をいいます。

    商法上は,親会社に総株主の議決権の過半数を保有されている株式会社又は総社員の議決の過半数を保有されている有限会社を子会社というものとされ(商法第211条の2第1項),他の子会社を通じた議決権の間接保有の場合も同様とされているから(同第3項),D&O保険における子会社は商法上の子会社とほぼ同等の定義付けがなされているが,商法上の子会社が株式会社又は有限会社とされているのに対し,D&O保険では単に「法人」とされている。
    また,「所有している,または所有していた」とあるから,現在50%超の株式を所有していなくても,かつて所有していた会社は依然として子会社として取り扱われる。
    D&O保険では日本国内の子会社に限らず海外所在の子会社も記名子会社となしうる。
    よって,現地法に準拠して設立された法人も記名法人の子会社である限り記名子会社とすることができる。
    ただし,D&O保険の性質上,わが国の株式会社と同様の構造を有する法人であることは必要であると解される。
    なお,子会社を含めるか否かは基本的に保険契約者が自由に選択することができるが,海外子会社については,現地付保規制(※わが国で保険業を営もうとする者がわが国の保険業法に基づく規制に服しなければならないのと同様に,外国において保険業を営むにあたっては当該外国法による規制を受けるということ)との抵触の可能性を考慮して,海外子会社を記名子会社と指定してのD&O保険の引受をあまり積極的に行わないという姿勢を示す保険会社もあるようである。
    有限会社については記名法人の項で述べた通り,そもそもD&O保険の対象企業としてはなじみにくい側面があるから,有限会社を記名子会社とするD&O保険は実務上ほとんど見受けられない。

    1 子会社単位の自由選択

    記名子会社はD&O保険の必須要素ではないから,記名法人が子会社を保有していてもこれをD&O保険の記名子会社に指定しないことも可能である。
    「会社」に記名子会社を含めるか否かは保険契約締結時に保険契約者と保険会社との間の合意に基づいて定められる事項であるが,子会社を含める場合と含めない場合とで保険会社の引受姿勢が極端に変わるものではなく,通常は子会社を含めた場合にはその分保険料が高くなるという程度の相違が生じるに過ぎないから,子会社を含めるか否かは保険料との兼ね合いで保険契約者が自由に選択することができるのが普通である。
    ただし,海外所在の現地子会社については保険会社によってはこれを記名子会社に含める取扱いをしたがらないケースがある点につき前述した。
    記名法人が複数の子会社を有している場合に,保険契約者の選択によりそのうち一部の会社のみを記名子会社に指定し,その余の子会社については記名子会社には指定しないということも可能である。
    つまり,子会社の役員については子会社単位で任意に選択して被保険者に追加することができるということである。
    ただし,選択単位はあくまでも会社単位であり,記名子会社に指定した会社についてはその役員が無記名包括的に被保険者となる。
    D&O保険の実務上,記名法人の全ての子会社を記名子会社として指定している契約もあれば,一部の子会社のみを記名子会社として指定している契約もある。
    また,記名法人が多くの子会社を保有しているにもかかわらず全く記名子会社を指定していない契約もある。
    記名法人の子会社を全て記名子会社として指定する場合であっても,保険証券の記名子会社欄に「記名法人の全ての子会社」というような記載をして無記名包括方式とする取り扱いは実務上認められていない。
    記名子会社は全て個別具体的会社名をもって特定され,保険証券の記名子会社欄に明記される(※ 記名子会社欄に書ききれないほど多数である場合は記名子会社欄に「別紙明細書の通り」と記載して記名子会社を一覧表の形で表記した明細書が保険証券に添付される取り扱いとなる)。
    よって,D&O保険契約の締結時に全ての子会社を記名子会社として指定していた場合であっても,保険期間の中途で記名法人が新たな子会社を取得した場合,この子会社の役員はそのままではD&O保険の被保険者とはならない。
    この子会社の役員を被保険者に追加しようとする場合は,保険会社との間で当該子会社も記名子会社に追加する旨の契約内容変更手続を行う必要がある。
    この点,保険期間中途での新任役員が自動的に被保険者とされる取り扱いとは異なるため注意が必要である。

    2 記名子会社となるか独自にD&O保険契約をするか

    他の会社の子会社となっている会社であっても,自社が記名法人となり単独でD&O保険を契約することは可能である。
    よって,このような会社についてD&O保険を手配する方法としては,[1]親会社のD&O保険契約において当該会社を記名子会社に指定する方法と,[2]当該会社が自ら記名法人となり単独でD&O保険を契約する方法の2通りの方法があることになる。
    説明の便宜上,[1]を記名子会社方式,[2]を独自加入方式と呼ぶことにする。
    記名子会社方式と独自加入方式の最大の違いはてん補限度額の適用方法と保険料である。
    てん補限度額とは保険契約に基づき保険会社から支払われる保険金の限度額を言い,保険契約締結時に予め定められる。
    D&O保険におけるてん補限度額の取り扱いについては後に詳述するが,D&O保険のてん補限度額は当該契約に基づいて支払われる保険金の総限度額として定められる。
    すなわち,当該保険契約に基づいて保険金が支払われるべき保険事故が複数回発生したとしても,支払われる保険金はすべて合算しててん補限度額が限度となる。
    よって,記名子会社方式の場合,同一の保険契約において,記名法人の役員についての保険事故と記名子会社の役員についての保険事故が発生するケースや,ある記名子会社の役員についての保険事故と別の記名子会社の役員についての保険事故が発生するケースなど,同一の保険契約に基づいて保険金が支払われるべき保険事故が複数の会社について発生するケースが考えられるが,いかなるケースであれ,支払われる保険金は全て合算して当該D&O保険契約の締結時に定められたてん補限度額が限度となる。
    いわば,D&O保険契約のてん補限度額を,複数の会社の役員全員が共有しているということになる。これを記名子会社の役員個人の立場から見ると,別の会社の役員について発生した保険事故に伴う保険金支払いによって,自己について支払われるべき保険金の支払限度額が減少してしまうことを意味する。
    これに対して,独自加入方式の場合,別の会社の役員について生じた保険事故によって自社の役員について適用されるべきてん補限度額が減少するということがない。したがって,てん補限度額の適用方法という側面から見ると,独自加入方式の方が有利である。
    次に,保険料負担という側面から見ると,独自加入方式よりも記名子会社方式の方が圧倒的に有利である。
    双方の保険料水準がどの程度異なるかはケースによって大きく異なるが,一般的な目安として,当該子会社にとって,記名子会社方式とすれば,独自加入方式の場合と比較して10分の1程度の保険料負担で済むのが普通である。
    このように記名子会社方式には保険料負担の側面において大きなメリットがあることから,D&O保険実務上,グループ企業中の子会社が独自にD&O保険契約を締結している例はほとんど見受けられないが,グループ企業中の親会社が契約したD&O保険契約において数多くの子会社が記名子会社に指定されている例は多い。

    3 法律上の子会社でなくなった場合

    普通約款3条7号に規定される子会社の定義において,「所有している,または所有していた」とあるから,現在50%超の株式を所有していなくても,かつて所有していた会社は依然として子会社として取り扱われる。
    従って,例えば,D&O保険の保険期間の中途で,記名法人が記名子会社の株式を他者に全て譲渡した結果,法律上はこの記名子会社が法律上の子会社ではなくなったとしても,この会社はD&O保険契約上は依然として記名子会社として取扱われ,この会社の役員は被保険者であり続けることになる。
    ただし,記名子会社に指定された会社の役員が,継続して被保険者として取り扱われるためには,当該会社が法律上の子会社でなくなった後も継続して記名子会社として保険証券に明記される必要がある。
    法律上の子会社でなくなったからといって,記名子会社として指定することを失念すると,その役員は被保険者ではないことになり,当該役員が損害賠償請求を受けた場合が保険金支払対象外となってしまう。
    なお,法律上の子会社でなくなった後もその会社を記名子会社に指定することができるといっても,D&O保険の対象となるのは当該会社が法律上の子会社であった時になされた役員の行為のみであり,法律上の子会社でなくなった後になされた当該会社の役員の行為については保険金支払の対象外とされている(普通約款6条8号)。

  • 第4節 役員

    D&O保険の被保険者は会社のすべての「役員」であるが(普通約款3条3号),普通約款3条2号は役員を次の通り定義している。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (2) 役員
    商法上の取締役および監査役,ならびにこれらに準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載された地位にある者をいいます。

    この規定により,取締役及び監査役は当然に被保険者とされる。
    また,「これらに準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載された地位」にある者も「役員」としてD&O保険の被保険者として取扱われる。
    典型例として想定されているのは,米国に所在する子会社におけるofficerであり,当該会社を記名子会社として指定する際に,保険証券の被保険者欄に「officer」と記載することによりofficerの地位にある者がD&O保険契約上役員として取り扱われることになる。
    問題になるのは,典型例として想定されているofficer以外に,どのような地位が取締役・監査役に準ずると言い得るかであり,以下実務上問題となりうる地位ごとにその取り扱いについて述べることとする。
    なお,「これらに準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載された地位」という規定によって,取締役・監査役以外の者を被保険者に追加することができる訳であるが,追加の単位は「地位」単位であり,当該地位が保険証券に記載された場合には,当該地位にある者は無記名・包括的に役員として取扱われることになる。
    すなわち,特定の個人を役員に指定するという「個人」単位の追加はできない(※ このように,「地位」単位で取締役・監査役に準ずるかどうかを判断して追加しうるという取扱いからすれば,約款文言としては現行約款文言であるところの「準ずる者として」とするより「準ずるものとして」とする方が自然であるように思える)。

    第1款 委員会等設置会社における執行役

    D&O保険における普通保険約款として現在用いられている会社役員賠償責任保険普通保険約款は,平成14年5月の商法改正によって商法に委員会等設置会社(商法特例法1条の2第3項等)の規定が盛り込まれる前に開発されたものであり,委員会等設置会社に対応していないことから,委員会等設置会社における執行役を被保険者とする規定を欠く。
    しかし,委員会等設置会社における執行役は会社役員としてまさに会社の業務についての意思決定を行い(同21条の7第3項・同21条の12第1号),業務執行を担当し(同21条の12第2号),株主代表訴訟の対象にもなる(同21条の22第1項)。
    よって,その法的地位は米国法におけるofficerに類するものであって,まさにD&O(Director and Officer)保険にいうところのofficerに相当するものとして取締役・監査役に準じてD&O保険の被保険者となるにふさわしい地位であることは明白であることから,いずれの保険会社も執行役を取締役・監査役に準ずる地位として取り扱っている。
    取締役・監査役に準ずる地位であっても,現行約款上は保険証券の被保険者欄に記載されなければ「役員」として扱われないということになるが,委員会等設置会社を記名法人とするD&O保険契約においては,執行役の商法上の位置づけに鑑みると執行役は当然に「役員」として取扱われるべきものであって,執行役を「役員」に含めない取扱は好ましくないものと解する。

    第2款 商法上の根拠を持たない執行役員

    会社の中には委員会等設置会社における執行役とは法的には全く別個の「執行役員」という役職を設けている会社がある。
    この執行役員という役職は商法上の根拠を持たない役職であって,その実態は執行役員という役職を導入した会社ごとに千差万別であるが,概ね代表取締役に準ずる程度の広範な業務執行権限を付与された役職であると考えられる。
    ただし,その法的地位としては雇用契約を基本とする一種の重要な使用人(商法260条2項3号)と解するより他なく,会社の機関を構成する者として会社との間で委任の関係に立つ取締役,監査役,(委員会等設置会社における)執行役とは異なる。
    そこで,この執行役員という地位を取締役・監査役に準ずる地位であるとしてD&O保険上の「役員」に含め,執行役員の地位にある者をD&O保険上の被保険者として取り扱うべきかどうかが問題となる。
    考え方としては,法的に会社の機関でもなく代表訴訟の対象にもならない執行役員は取締役・監査役に準じる地位にあるとは評価できないからD&O保険の役員に含めるべきではないという考え方と,役員という名称が与えられ執務実態として代表取締役に準ずる広範な業務執行を行っているのであるから取締役に準じるものとしてD&O保険の役員に含めてもよいのではないかという考え方とがある。
    執行役員という役職を導入する会社が出始めたころは,保険会社によってこれをD&O保険における役員に含めることができるとする保険会社と役員に含めることはできないとする保険会社とがあったが,現在は執行役員をD&O保険における役員に含めることは全くできないとする保険会社はないように思われる。
    現在のD&O保険実務上は,保険契約者の希望があればほぼ無条件に執行役員をD&O保険における役員に含める取扱を認める保険会社と,保険契約者の希望があった場合には当該会社の執行役員についての権限を定めた規定を確認した上で,当該会社における執行役員が真に代表取締役に準じる程度の広範な業務執行権限を有している場合にはD&O保険における役員に含めることができるとする保険会社がある。
    執行役員は法律に根拠を持つ役職ではなく,その実体は執行役員を置く会社ごとにまちまちなのであるから,執行役員を真に取締役及び監査役に準ずると評価できるかについては,それぞれの会社における執行役員の職務内容に照らして判断するより他ないはずである。
    そうだとすると,保険会社側の取り扱いとしても,当該会社における執行役員の権限規定を確認した上で役員に含めうるかどうか判断する方が好ましいのではないかと思われる。
    なお,取締役・監査役に準ずる程度の権限を有する執行役員という役職を導入している会社であっても,あえて当該執行役員をD&O保険における役員に含めないという取扱いをすることは問題ない。

    第3款 海外子会社の役員

    海外の子会社を記名子会社に指定した場合,当該子会社は現地の法律に準拠して設立されるものであり,その会社役員は日本の商法における取締役・監査役ではないことになるから,その会社役員をD&O保険の被保険者として取り扱うために当該子会社における役員の地位の名称を取締役・監査役に「準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載」する必要がある(普通約款3条2号)。
    典型例としては米国法人におけるdirectorやofficerの地位が挙げられる。
    既に説明した通り,「地位」による指定であるから,保険証券の被保険者欄にはdirectorやofficer等の地位にある役員個人の名称を記載するのではなく,端的に「director」,「officer」等と記載することになり,それらの地位にある者が無記名包括的に被保険者として取り扱われることになる。
    ただし,海外子会社におけるどのような役職でも任意に役員になるべき地位として指定できるのという訳ではなく,あくまでも商法上の取締役,監査役に準ずる地位と評価できる役職である必要がある。

  • 第5節 会社の役員としての業務につき行った行為

    D&O保険では被保険者が「会社の役員としての業務につき行った行為」に起因する損害賠償請求のみが保険金支払の対象となる(普通約款1条)。
    行為には作為のみではなく不作為も含まれる(同)。
    そして,前述の通り,「会社」も「役員」も約款上その意味が厳格に定められているから,このような意味での「会社」の「役員」としての業務につき行った行為のみがD&O保険の対象になる。
    よって,被保険者の行為に起因する損害賠償請求であっても,被保険者の個人的な日常生活上の行為に起因する損害賠償請求は当然にD&O保険の対象外である。
    例えば,被保険者が居住するマンションの管理組合の役員として行った行為,ロータリークラブのメンバーとして行った行為等に起因して被保険者が損害賠償請求を受けたとしてもD&O保険では保険金は支払われない。

    第1款 「会社」の役員としての業務

    D&O保険の対象となる被保険者の行為は,「会社」の役員としての業務につき行った行為に限られる。
    そして,会社とは記名法人及び記名子会社を意味するから(普通約款3条1号),被保険者の行為であってもそれが記名法人又は記名子会社の役員としての行為でなければD&O保険の対象とならない。
    したがって,記名法人の役員が子会社の役員も兼務している場合において当該子会社が記名子会社でない場合は,この者が子会社の役員としての業務につき行った行為はD&O保険の対象外である(※ 理屈上は,記名法人の役員としての業務につき行った行為はD&O保険の対象となり,子会社の役員としての業務につき行った行為は対象外というように明確に区別できるが,実際上,被保険者に対する損害賠償請求なされた場合において,このような明確な区別が容易でない場合が生じることが考えられる。このような容易でない判断を回避する方法として,子会社も記名子会社に指定して子会社の役員としての業務につき行った行為についても保険の対象としておくことが考えられる)。
    同様に,記名法人の役員が子会社でない他の会社の役員を兼務している場合も,この者が当該他の会社の役員としての業務につき行った行為はD&O保険の対象外となる。

    第2款 「役員」としての業務

    D&O保険の対象となる被保険者の行為は,「役員」としての業務につき行った行為に限られる。
    そして,役員とは商法上の取締役及び監査役並びにこれらに準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載された地位にある者を言う(普通約款3条2号)。
    したがって,例えば被保険者が記名法人の従業員兼務取締役である場合,被保険者が記名法人の従業員と記名子会社の取締役とを兼務している場合などにおいては,取締役としての業務につき行った行為のみがD&O保険の対象となり,従業員としての業務につき行った行為は被保険者の行為ではあってもD&O保険の対象外となる。
    観念的には以上の通りであるが,実際上被保険者が行った具体的行為がその者の役員としての業務につき行った行為であるのか従業員としての業務につき行った行為であるのかについては明確に区別できない場合が生じることも考えられる。
    約款文言が役員としての業務につき行った行為であることを要件として保険の対象とする旨規定し,従業員としての業務につき行った行為であることを要件として保険の対象外とする規定を置いていないことから判断すると,少なくとも役員としての業務につき行った行為の性質と従業員としての業務につき行った行為の性質とを併有していると評価しうる被保険者の行為については保険金支払の対象になるというべきであろう。

  • 第6節 保険期間

    D&O保険では保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされたことが保険金支払の要件となる(普通約款1条)。
    普通約款4条は,保険期間について次の通り定めている。

    (保険期間)
    第4条 保険期間は,その初日の午後4時(保険証券にこれと異なる時刻が記載されているときは,その時刻)に始まり,末日の午後4時(保険証券にこれと異なる時刻が記載されているときは,その時刻)に終わります。
    2.前項の時刻は,保険証券発行地の標準時によるものとします。
    3.当会社は,保険期間が始まった後であっても,当会社所定の保険料領収前になされた損害賠償請求に起因する損害をてん補しません。
    第1款 保険始期・保険終期・期間の長短

    保険期間の開始時刻及び終了時刻は原則として午後4時であり,午後4時以外とする場合はその時刻が保険証券上に明記されることになる。
    ただし,開始時刻及び終了時刻を何時に設定するかが実務上問題になることはほとんどないから,大多数の契約は約款上の原則通り午後4時を開始時刻及び終了時刻としている。
    午後4時から1年後の応答日の午後4時までを保険期間とする取扱いは,D&O保険に限らずわが国の損害保険契約の一般的取扱いである(※ 保険期間の開始時刻及び終了時刻を何時に設定するかについては,明確に定められてさえいればそれが具体的に何時であるかというのは本来どうでもよい事柄ではあるが,わが国の損害保険契約の多くが開始時刻及び終了時刻につき午後4時という中途半端な時刻を採用している理由は,かつてわが国の損害保険会社の営業時間が午後4時までだったからであるという説明がなされることがある。ただし,その真偽のほどは定かでない)。
    保険始期から保険終期までの長さすなわち保険期間の長さは1年間とするのが実務上の原則的取扱いである。
    したがって,ほとんどのD&O保険契約の保険期間は,保険始期日の午後4時から1年後の応答日の午後4時までとなっている。
    普通約款4条からは保険期間を1年間とする取扱いが原則であることは読み取れないが,D&O保険の約款全体をながめると,1年間という保険期間を当然の大前提としていることを暗示する規定が置かれている。
    そのような規定として,普通約款において「初年度契約」という用語が使用されていること(普通約款3条9号等),普通約款に別表として掲げられている短期料率表(※ 保険契約者が保険期間の中途で任意にD&O保険を解約した場合に保険始期からの経過期間に応じてこの表に定められている割合を100%から減じた割合で保険料が保険契約者に返戻される)が1年までで100%と定めている点を挙げることができる。
    保険期間の開始時刻及び終了時刻を定める基準として,普通約款4条2項は保険証券発行地の標準時によるものと定めているが,このような定めはわが国における他の一般的な損害保険には見られない規定である。この規定は,D&O保険が日本国内のみでなく全世界を担保地域とすることを原則としていることの現れである。

    第2款 保険始期日・保険終期日を何月何日に設定するか

    保険始期日及び通常その1年後の応答日として設定する保険終期日を何月何日と設定するかは契約者が自由に選択しうるものであるが,D&O保険については7月1日を始期日及び終期日とする契約が一番多い。
    その理由は,D&O保険では保険料の一部を会社役員が自己負担する必要があるところ,わが国の多くの会社では毎年6月下旬の株主総会において役員改選がなされ,7月初めに就任する新年度の役員に新年度のD&O保険契約の保険料を負担させるという取扱いをしているからである。
    しかし,必ずしもこのような取扱いを要するものではなく,D&O保険の保険年度がいかなる日を起点として定められるかにかかわりなく,D&O保険契約が締結された時に在任している会社役員にその保険料の一部負担を課すといった取り扱いをすることも可能と解されるから,役員改選時期とは無関係にD&O保険の始期日及び終期日を設定しても差し支えない。

    第3款 1年間ではない保険期間の取扱い

    保険商品の中には,保険期間を複数年間の長期間に設定し,その保険料を当初に一括で支払うことにより,年間保険料を当該複数年分支払うよりも安い保険料で保険契約できるという取扱いが認められている場合がある。
    例えば,火災保険では広くこのような取り扱いが認められている。
    将来にわたって安定したリスク状況が継続することを前提とすることができるのであれば,将来の保険料を現在一括支払いすることにより利息分の保険料を割り引くという取扱いに合理性が認められる。
    しかし,将来長い年月にわたって保険の対象として設定したリスクの大小が安定的に推移するという保証はない。
    よって,保険期間が長くなればなるほど,保険会社は将来の収支について大きな不確定要素を抱え込むことになる。
    このような事態は保険会社が好むところではないから,特に保険の対象とするリスク状況が不安定であると考えられる場合は,保険期間が1年を超えるような長期契約は保険会社の側からは歓迎されないと考えて良い。
    D&O保険については,例えば平成5年の商法改正や当時の社会的情勢により株主代表訴訟の件数が急増したという事実が示すように,将来にわたって保険対象リスクが安定して推移するとは到底評価できない。
    よって,保険会社は保険期間1年間を超える長期のD&O保険を通常引き受けたがらない。
    逆に,保険期間が1年間よりも短い短期契約については保険会社にとってリスク評価の面からこれを謝絶すべき理由はあまりないから,保険契約者があえて希望すれば1年未満の保険期間によるD&O保険は可能であると考えられる。
    しかし,短期契約をした場合の保険料は年間保険料をベースとして保険期間の長短に応じた比例計算をした保険料よりも割高になるのが保険会社の一般的取扱いであることから(※ 保険料については後に詳述する),保険契約者にとって短期契約のメリットはあまりない。
    保険期間の開始後1年以内に別の会社と合併し,その時点で合併後の新会社を保険契約者としてD&O保険を付け直すことが保険契約締結時に予め判明しているような場合であっても,さしあたり1年契約でD&O保険契約を締結し,合併の時点で新しいD&O保険契約を締結すると同時にそれまでのD&O保険契約を解約する処理をするのが実務的な取扱いである。
    この場合において,新しいD&O保険契約を従来と同一の保険会社と締結し,かつ新しいD&O保険契約の担保範囲が従来のD&O保険契約の担保範囲よりも狭くなっていない限り,従来のD&O保険契約の保険料は解約時までの日割計算に基づいて保険契約者に返戻されるのが通常の取扱いであるから,予め合併時までの短期契約を締結するよりも契約者にとってメリットがある。

    第4款 保険料領収前の事故の取扱い−保険料即収の原則

    損害保険契約は法律上は諾成契約であり,保険契約者と保険会社との申込・承諾という意思表示の合致により保険契約が成立する(商法629条)。
    したがって,保険契約の成立により保険契約者は保険料を支払う義務を負うと同時に保険会社は保険事故による損害について保険金を支払うべき義務を負うことになる。両者の義務は同時履行(民法533条)の関係には立つとはいえ,保険会社は保険料を領収する前に発生した保険事故についても保険金を支払うべき義務を負うことになる。
    しかし,このような取扱いに委ねたのでは,もしも保険事故が発生したら保険料を支払うが,保険事故が発生しなければ保険料を支払わないという悪質な保険契約者が出現することを防止できないことになる。
    そこで,D&O保険に限らず,一般に保険約款上は保険料支払義務と保険金支払義務の同時履行を否定し,保険料が全額支払われるまでの間に発生した事故については保険金支払の対象としないという取扱いがなされる。
    このような取扱いを保険料即収の原則と呼んでいる。D&O保険の普通約款4条3項はこの保険料即収の原則の定めたものである。

  • 第7節 保険期間中の損害賠償請求−損害賠償請求ベース

    D&O保険では,被保険者に対して保険期間中に損害賠償請求がなされたことが保険金支払の要件とされている(普通約款1条)。
    このような取扱いを損害賠償請求ベース(claims-made basis)という。
    D&O保険は賠償責任保険の一種であるが,賠償責任保険の多くは損害賠償請求をもたらした原因事故が保険期間中に発生したことを保険金支払の要件としている。
    例えば,製造・販売した物に起因して身体障害・財物損壊が発生したことについて被保険者が賠償責任を負担したことによる損害を担保するPL保険(生産物賠償責任保険)においては,保険期間中に身体障害・財物損壊が発生したことをもって保険金支払の要件とするのが原則的取扱いである。
    このような取扱いを事故発生ベース(occurrence basis)という。
    保険会社が保険金を支払う義務を負う事故を保険事故と呼ぶが,損害賠償請求ベースでは被保険者が損害賠償請求を受けることが保険事故となり,事故発生ベースでは損害賠償請求をもたらした原因事故の発生(※ 例えばPL保険では身体障害又は財物損壊の発生)が保険事故となる。

    第1款 損害賠償請求ベースの採用理由

    事故発生ベースの下では,損害賠償請求をもたらした原因事故(※ PL保険であれば身体障害・財物損壊)が保険期間中に発生している限り,被保険者に対する損害賠償請求が保険期間経過後に発生したとしても保険会社は保険金を支払う義務がある。
    しかし,ケースによっては原因事故の発生時点から被保険者に対する損害賠償請求がなされる時点まで非常に長い時間的間隔が生じることがあり(※ このような状況を「しっぽが長い」(long tail)と呼んでいる),被保険者に対して損害賠償請求がなされるまでは被保険者も保険会社も原因事故が発生しているという事実を知らないことも少なくないから,保険期間が終了し相当長期間が経過した後になって初めて保険会社が保険事故の発生を認識するという事態が起こりうる。
    これでは保険会社にとって当該保険契約についての収支がいつまでたっても確定しないことになるから,保険会社としてはこのような事態をできる限り回避したいと考えることになる。
    これに対して,損害賠償請求ベースを採用すれば,被保険者が損害賠償請求を受けることなく保険期間が終了することによって保険事故が発生しなかったことが確定し(※ 被保険者は損害賠償請求を受けた場合はすみやかに保険会社に通知する義務を負うから,被保険者に対する損害賠償請求が生じた時点からこれを保険会社が認知する時点までの期間について長期のタイムラグが生じるおそれはない),当該保険契約の収支が速やかに確定するということになる。
    そこで,原因事故時点から被保険者に対する損害賠償請求時点までの間に類型的に長い時間的間隔が生じることが予想される場合には,保険会社は賠償責任保険を引き受けるに当たって損害賠償請求ベースで引き受けようとする傾向にある。
    例えば,事故発生ベースで引き受けられることが多い前記のPL保険についても,医薬品を対象とするPL保険では損害賠償請求ベースで引き受けられていることが多い。
    D&O保険においては,将来の損害賠償請求をもたらす原因事故が発生してから当該会社役員に対して損害賠償請求がなされるまでの間に,長い時間的間隔が生じることが少なくないことが予想されることから,D&O保険においては損害賠償請求ベースが採用されている。

    第2款 損害賠償請求ベースにおける遡及日

    損害賠償請求ベースの下では,将来的に損害賠償請求をもたらすおそれがある原因事由が発生したことを受けて,これを保険により担保すべく新規に保険に加入するという事態(※ このような保険加入の態様を「駆け込み契約」と呼んでいる)が発生する可能性がある。
    このように,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入しようとすることを逆選択と呼び,このような逆選択を許せば保険事故が多発し保険会社の収支が悪化するから(※ 理屈上は保険会社がリスクの高い者の加入を拒否したりリスクに見合った保険条件を設定するなどの措置を取れば問題ないはずであるが,リスクが高いか低いかを判断するにあたっての情報は保険会社よりも保険契約者の方が多く有しているのが通常であり,かかる情報の非対称性から保険会社がこのような措置を取ることは必ずしも容易でない),保険会社の側は保険の設計や引受に当たってできる限り逆選択が生じないように注意を払うことになる。
    そこで,損害賠償請求ベースを採用する場合は,このような逆選択に基づく駆け込み契約を回避するために,保険契約者が新規に保険契約を締結した日を遡求日(retroactive date)と定義し,損害賠償責任を生じさせる原因となった出来事が,この遡及日以降に生じた場合だけ保険金の支払い対象とする取扱いをするのが通常である。
    この遡及日は,次年度以降に継続される保険契約にそのままの日付で承継される取扱いになる。
    よって,このような遡及日が設定された損害賠償請求ベースの下では,保険期間中に被保険者に対して損害賠償が請求され,かつその原因事由が保険契約者が新規に保険契約を締結した日以降に発生したものである場合にのみ保険金が支払われることになる。

    第3款 D&O保険における遡及日の取扱い

    D&O保険における遡及日の取扱いは,次のような普通約款の規定を通じて定められている。
    まず,普通約款3条8号及び9号が継続契約及び初年度契約を次の通り定義している。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (8) 継続契約
    会社役員賠償責任保険普通保険約款に基づく当会社との保険契約(以下「会社役員賠償責任保険契約」といいます。)の保険期間の終了日(その会社役員賠償責任保険契約が終了日前に解除されていた場合にはその解除日)を保険期間の開始日とし,記名法人を同一とする会社役員賠償責任保険契約をいいます。
    (9) 初年度契約
    前号の継続契約以外の会社役員賠償責任保険契約をいいます。

    D&O保険において,初年度契約は次のような機能を有している。
    すなわち,初年度契約の保険期間の開始日より前に退任した会社役員は被保険者として取り扱われず(普通約款3条3号),初年度契約の保険期間の開始日より前に行われた会社役員の行為は保険金支払の対象とならず(普通約款6条1号),初年度契約の保険期間の開始日より前に会社に対して提起されていた訴訟およびこれらの訴訟の中で申し立てられた事実と同一または関連する事実に起因する損害賠償請求は保険金支払の対象とならない(普通約款6条2号)。
    このような取扱いを行う前提として普通約款3条9号が初年度契約の定義を定めている。
    他方,普通約款の中で「継続契約」という語はこの普通約款3条8号・9号でしか用いられていないから,普通約款上は継続契約の定義は初年度契約の定義を導く意味しかないと言える。
    このように,約款作成の技術上の問題から,継続契約を先に定義した上でそれ以外の契約を初年度契約と定めているためやや分かりにくいが,通常は記名法人が初めて締結したD&O保険契約が初年度契約であり,当該記名法人が初年度契約以降,保険期間のブランクを生じさせることなく間断なくD&O保険契約を締結し続けた場合はそれら後続の契約が継続契約ということになる。
    後続の契約であってもその前の保険契約との間で保険期間が連続しておらずブランクの期間が生じてしまっている場合は当該後続の契約は改めて初年度契約として取り扱われることになる。また,後続の契約であっても記名法人を変更した場合は初年度契約として取扱われることになるが,この場合は保険の対象リスクが全く変更されることになる訳であるからこれは当然であろう。
    問題になりそうなケースとして,後続の契約を従来の保険会社とは別の保険会社で締結する場合がある。普通約款3条8号の定義によれば,継続契約として取扱われるためには「当会社」との保険期間の終了日を保険期間の開始日とする必要があるから,前年度の保険契約を締結した保険会社とは別の保険会社で後続の契約を締結した場合,「当会社」の要件を充足せず,継続契約に該当しないのではないかという疑問が生じる。しかし,実務上は,後続の保険契約を締結する保険会社は,原則としてその契約を継続契約であるとして取り扱っている。
    以上のような初年度契約の意義を前提とした上で,普通約款は次のような免責条項を置いて,賠償責任を生じさせる原因となった事由が初年度契約の保険期間の開始日より前に発生した場合を免責としている。

    (てん補しない損害−その2)
    第6条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。なお,第1号ないし第8号の中で記載されている事由または行為については,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず,それらの事由または行為があったとの申し立てに基づいて被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合にも,本条の規定は適用されます。
    (1) 初年度契約の保険期間の開始日より前に行われた行為に起因する一連の損害賠償請求

    普通約款6条1号にいう「初年度契約の保険期間の開始日」というのが遡及日に該当する。
    そして,遡及日前に発生した原因事由たる行為に起因する損害賠償請求が免責とされている(※ このようなD&O保険上の取扱を先行行為免責=prior act exclusionと呼んでいる)。
    「行為」(普通約款6条1号)とは普通約款1条に定義されている通り,「被保険者が会社の役員としての業務につき行った行為」を指す。普通約款1条により,行為に起因して損害賠償請求を受けることが保険金支払の要件とされているわけであるが,遡及日の設定により遡及日前の行為に起因する損害賠償請求については普通約款1条にもかかわらず保険金が支払われないことになる。
    遡及日たる初年度契約の始期日がいつであるかは,普通約款3条8号及び9号に基づく初年度契約の定義により一義的に特定されることになり,平たく言えば同じ保険会社との間で間断なくD&O保険を継続していた場合における最初の保険契約の保険始期日ということになるが,初年度契約の時点から長年経過すると初年度契約の始期日が具体的に何年何月何日であったか次第に分からなくなってくるような事態も想定しえないではないから,実務上初年度契約の始期日は具体的な日付で保険証券上に明記されるのが通常である。
    このように,遡及日が保険証券上に具体的日付で明記される取扱いを前提にすると,普通約款3条8号及び9号による継続契約及び初年度契約の定義規定がなくても約款上は「保険証券記載の遡及日」と規定することで足る。
    実際に,遡及日を設定する損害賠償請求ベースの賠償責任保険の約款構成の多くは,「保険証券記載の遡及日」という規定で済ませ,遡及日を具体的にいつに設定するかは約款外で定める取扱いをしている。
    D&O保険を含め,遡及日を設定する損害賠償請求ベースの賠償責任保険において,実際上の必要から遡及日を初年度契約の始期日以外の日に設定するケースがある。
    このようなケースがありうることも想定すると,約款上は単に「保険証券記載の遡及日」と規定されている方が柔軟に対応可能であり,D&O保険の普通約款のように遡及日を一義的に定義してしまう約款は使い勝手が悪いとも言えるが,かかる遡及日の定義条項は,遡及日を初年度契約の始期日で定めるという原則的取扱を保険契約者に示す機能を有しているものと評価することはできよう。

    第4款 損害賠償請求発生時の修正

    保険金支払がなされるための時的要素として,保険期間中に損害賠償請求が発生することを要する。
    損害賠償請求の発生時とは通常は文字通り実際に損害賠償請求がなされた時であるが,普通約款20条2項はこれを一部修正するものとして次のように定めている。

    (損害賠償請求等の通知)
    第20条 …
    2.保険契約者または被保険者が,保険期間中に,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況(ただし,損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限ります。)を知った場合には,その状況ならびにその原因となる事実および行為について,発生日および関係者等に関する詳細な内容を添えて,遅滞なく当会社に対し書面により通知しなければなりません。この場合において,通知された事実または行為に起因して,被保険者に対してなされた損害賠償請求は,通知の時をもってなされたものとみなします。

    本項の通知義務に基づいて保険会社に対して通知がなされた事実または行為に起因する損害賠償請求は,当該通知日になされたものとみなされる。
    その結果,この損害賠償請求に対する保険金の支払は,当該通知がなされた日が属する保険期間の保険契約の保険条件に従うこととなる。
    損害賠償請求の発生時についてこのような修正が施される理由は,損害賠償請求がなされるおそれのある状況が発生し,保険上のリスクが高まったことを受けて,以降の保険条件を変更しててん補限度額を拡大するなどの逆選択リスクが発生する事態が生じることを防止するためである。
    ここで,損害賠償請求がなされるおそれのある状況の典型例としては,株主代表訴訟の予告通知がなされた場合を挙げることができる。

    第5款 損害賠償請求ベースでの注意点

    1 早めの加入による遡及日の確保

    将来的に損害賠償請求をもたらすべき原因事故の発生からそれに基づいて実際に損害賠償請求がなされるまでにはある程度の時間的間隔が生じるのが通常である。
    D&O保険について検討してみると,何らかの会社役員の不当な行為がなされた後数年以上経過した後に当該行為に起因する損害賠償請求が行われるという事態は十分に想定できるのでありむしろ数年程度を要するのが通常であると考えられる。
    しかるに,D&O保険では通常初年度契約の始期日が遡及日として設定され,遡及日前の会社役員の行為に起因する損害賠償請求は免責となる。
    したがって,上記の通り,会社役員の行為から損害賠償請求まで数年を要するのが通常であるとすれば,D&O保険に新規に加入して数年間は保険金が支払われることはあまりありえないということになる。
    そうすると,最初数年間のD&O保険契約は遡及日を確保することに意義があるということになる。
    遡及日が設定された損害賠償請求ベースの保険契約においては,遡及日ができる限り昔の日である方が保険金が支払われる範囲が広がるのであるから,早めにD&O保険に加入してできる限り昔の遡及日を確保することが大切である。

    2 遡及契約

    遡及日は初年度契約の始期日とするのが通常の取扱いであるが,初年度契約よりも前の日付けとして遡及日を設定したり,あるいは遡及日を設定せず損害賠償請求の原因となった出来事がいつであっても単に損害賠償請求が保険期間中に発生しさえすれば保険金支払の対象とする保険条件の設定も一応可能である。
    このように,損害賠償請求ベースにおいて初年度契約よりも前の原因事故についても保険金支払の対象としうる保険条件に基づく保険契約を遡及契約と呼んでいる。
    遡及契約は会社役員の不当な行為がなされた後に,これを前提としてD&O保険に駆け込みで新規加入して将来の損害賠償請求発生時に保険金を得ようという事態の発生を許しかねないから,保険会社の側からすれば好ましいものではなく,遡及契約は認めないという取扱が原則である。
    しかし,保険会社が遡及契約を認めている事例が見られないではない。
    遡及契約を引き受ける場合,保険会社は初年度契約の始期日よりも前に被保険者に対する将来的な損害賠償請求の原因となりうるような問題点を契約者が抱えているものではないかを詳細に調査したり,保険料を通常よりもかなり高めに設定したりして遡及日を設定する通常の契約引受の場合よりも慎重に対応している。

    3 他社移行契約

    遡及日を設定した損害賠償請求ベースの賠償責任保険においては,引受保険会社を別の会社に切り替える際に少々問題が生じる。
    従来A保険会社で契約してきたD&O保険が保険終期日を迎えるにあたり,次年度のD&O保険をB保険会社に切り替えて契約する場合を例にとって検討する。
    継続契約となるための要件として,「当会社との」保険契約の保険期間の終了日を保険期間の開始日としている必要があることから(普通約款3条8号),B保険会社のD&O保険は継続契約には該当せず初年度契約(普通約款3条9号)として取り扱われることになる。
    そして,A保険会社の保険の取扱いとして,仮に損害賠償請求の原因となった会社役員の行為がA保険会社の保険継続中に行われた場合であっても,A保険会社の保険期間終了日よりも後に生じた損害賠償請求については保険金支払の対象外である。
    他方,B保険会社の保険では,初年度契約の始期日としてB保険会社に切り替えて契約した日をもって遡及日とするから,この遡及日前の会社役員の行為に起因する上記損害賠償請求はB保険会社のD&O保険でも保険金支払の対象外である。
    このように,遡及日についての原則的取り扱いを貫くと,D&O保険の保険会社を他社へ切り替えた場合に,他社切り替えがなければ保険金支払の対象となったはずの損害賠償請求が保険金支払対象とならないケースが発生しうることとなり,保険カバーに穴が開いてしまうことになる。
    このような現象は遡及日を設定する損害賠償請求ベースに基づく保険契約特有のものであり,事故発生ベースに基づく保険契約や損害賠償請求ベースでも遡及日を設定しない保険契約についてはこのような現象は生じない。
    このように,引受保険会社を他社に切り替えることによって保険カバーに穴が開いてしまう事態は保険契約者にとって極めて不都合であるから,他社切り替えの障害になる。他方,保険会社にとっても,他の保険会社との競争の中でより多くのD&O保険契約を獲得しようと考えるから,他社から契約を奪うためにはこのような障害があることは不都合である。
    そこで,実務上は引受保険会社の切り替えによって新たに引受保険会社となろうとする保険会社は,直近他社の契約において設定されていた遡及日を同一日でそのまま承継して保険を引き受けるケースが多い。
    このような契約形態は新たな引受保険会社にとってみれば遡及契約ではあるが,他社契約とはいえ契約が存在していたのであるから,会社役員の不当行為後の駆け込み契約であるおそれは低いため,全くの無保険状態からの新規契約と比較すると遡及日の承継が認められるケースが多い。
    とはいえ,常に遡及日の承継が認められるとは限らないから,保険契約者側の注意点として,D&O保険契約の引受保険会社を変更する際には現行契約において設定されている遡及日が承継されるのか否かを新たな引受保険会社に確認する必要があると言える。

    4 テイルカバー

    損害賠償請求ベースの下では,損害賠償請求の原因となった原因事故(※ 例えば,D&O保険における会社役員の不当な行為)が保険契約の継続中に発生したとしても,それに基づく損害賠償請求が保険期間の終了後に発生した場合は保険金支払の対象外となる。
    よって,想定しうる事態として,保険会社側が会社役員の不当な行為がなされたことを認識し,これに基づいて将来損害賠償請求が発生することを予想した場合において,次年度以降のD&O保険契約を引き受けないという事態が発生しうる。
    引き受けないとまでは言わないにしても,例えば保険料を前年度の10倍以上の水準にしたり,てん補限度額を前年度よりも大幅に減少させたり,保険会社が認識した会社役員の当該不当な行為に起因する損害賠償請求は免責とする条件を付す等の保険条件でしか引き受けないということも考えられる(※ ただし,わが国の保険会社はどちらかというと長期安定的な保険取引を指向し,このようなビジネスライクでドライな態度を取ることはあまりないように思える)。
    そこで,このような事態をできる限り回避するために,もしも当該保険契約が継続されなかった場合は一定要件の下で保険契約終了後になされた損害賠償請求を保険金の支払対象とする特約条項を予め附帯するケースがある。
    保険期間終了後の損害賠償請求に対して与えられるこのような保険カバーをテイルカバー(tail cover)という(※ 原因事故の発生時点から被保険者に対する損害賠償請求がなされる時点までに非常に長い時間的間隔が生じる状況を「しっぽが長い」(long tail)と呼ぶことは前述したが,この長いしっぽに保険カバーを与えるのがテイルカバーである)。
    どのようなテイルカバーが付与されるかは実務上様々である。テイルカバーが付与されるためには保険契約終了時に一定の追加保険料の支払を要するとされている場合もあれば,このような追加保険料支払は不要とされている場合もある。
    テイルカバーが与えられる期間は保険期間終了後1,2年程度であるのが普通であるが,それよりも長い期間というケースも考えられる。このテイルカバーの期間内に発生した損害賠償請求が保険金支払の対象になる。
    ただし,通常の取扱いではテイルカバーは単純に保険期間が延長された場合とは異なり,保険契約が終了してテイルカバーが開始される時点までに発生した原因事故(※ 例えば,D&O保険における会社役員の不当な行為)に起因する損害賠償請求のみを保険金支払対象としており,テイルカバー開始後の原因事故に起因する損害賠償請求は保険金支払の対象外とされる。

    5 中途での担保範囲の拡大

    損害賠償請求ベースの契約に関して問題となる場合として,保険期間の中途で,あるいは保険期間終了後に継続して次年度の契約を締結する際に保険条件を変更して従来よりも保険カバーを広げる場合がある。
    てん補限度額(※ 保険事故が発生した場合の保険金の支払限度額)を従来よりも高額な金額に変更するような場合が典型である。
    保険カバーが従来よりも拡大した部分というのは,別の言い方をすれば従来は無保険状態であった部分という訳であるから,その部分だけに着目すれば新規に保険契約を締結したのと同じということになる。
    そうであれば,損害賠償請求ベースの賠償責任保険に関する新規契約の問題と同様の問題が生じるということになる。
    すなわち将来的に損害賠償請求をもたらすおそれがある原因事由が発生したことを受けて,これについて従来よりも保険カバーを拡大するという事態の発生である。
    このような弊害を回避するためには,損害賠償請求ベースの下で遡及日を導入するのと同様の考え方を導入する必要がある。
    具体的には,例えば,従来てん補限度額が3億円であったD&O保険契約についててん補限度額を5億円に増額する条件変更を行った場合,条件変更日より前になされた会社役員の行為に起因する損害賠償請求については条件変更後に損害賠償請求がなされた場合であっても従前の3億円のてん補限度額を適用し,条件変更日以降になされた会社役員の行為に起因する損害賠償請求についてのみ5億円のてん補限度額を適用するというような保険条件を設定することになる(※ その旨定める特約条項を作成・附帯することになろう)。
    これが保険カバーを拡大する場合の基本的取扱いである。
    ただ,全く無保険状態から保険契約を新規に締結する場合ほど弊害が顕著ではないので,保険カバーの拡大の程度等によっては,必ずしも上記取扱いをせず,単純に条件変更日以降の損害賠償請求については拡大された保険カバーで保険金を支払うという条件で保険が引き受けられるケースもある。

  • 第8節 保険事故の取扱い単位

    普通約款3条4号は,保険事故の取扱い単位につき次の通り定めている。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (4) 一連の損害賠償請求
    損害賠償請求がなされた時もしくは場所または損害賠償請求者の数等にかかわらず,同一の行為またはその行為に関連する他の行為に起因するすべての損害賠償請求をいいます。なお,一連の損害賠償請求は,最初の損害賠償請求がなされた時にすべてなされたものとみなします。
    第1款 一連の損害賠償請求

    上記の定義通り,会社役員に対する複数の損害賠償請求が同一の行為又は関連する行為に起因する場合,それらはまとめて一連の損害賠償請求として普通約款上取り扱われることになる。 これは,D&O保険が一連の損害賠償請求単位で1つの保険事故であると捉える考え方を採用したこと示すものである。 このように,同一原因または相互に関連する複数の損害賠償請求をとりまとめて一つの損害賠償請求のように取り扱う手法は損害賠償請求ベースの賠償責任保険において時折見受けられ,このようにとりまとめて一単位の損害賠償請求として取り扱う旨を定める条項をクレームシリーズクローズ(Claim Series Clause)と呼ぶ。 「損害賠償請求がなされた時もしくは場所または損害賠償請求者の数」はその後に「等」がある通り例示列挙であるから,例えば損害賠償請求を受けた会社役員が別々の者であったとしても一連の損害賠償請求として取り扱われうる。 また,「その行為」と「関連する他の行為」の行為主体が同一でなければならないという限定もないから,例えばある会社役員が行った行為によってトラブルが発生したため別の会社役員がその後始末をするための行為をしたというような場合も両者の行為は関連する行為として取扱われることになる。

    第2款 一連の損害賠償請求単位で取り扱われる事項

    D&O保険の普通約款上,一連の損害賠償請求単位で規定される事項としては次のものがある。

    1 損害賠償請求の発生時

    普通約款3条4号なお書きが規定する通り,一連の損害賠償請求はそれを構成する個々の損害賠償請求のうち最も早く発生した損害賠償請求の発生時に全て発生したものとみなされる。
    損害賠償請求ベースの下では損害賠償請求の発生時が保険期間中であることが保険金支払の要件となるから,複数の損害賠償請求が複数年にわたって発生した場合,これらが一連の損害賠償請求に該当すれば,最初に損害賠償請求が発生した時点の保険契約のみが発動されることになる。
    このように,一連の損害賠償請求につき最初の損害賠償請求の時に全て請求されたものとして取り扱う旨を定める条項をバッチクローズ(batch clause)と呼び,通常クレームシリーズクローズ(Claim Series Clause)とセットで用いられる。

    2 遡及日の適用

    遡及日より前に行われた行為に起因する損害賠償請求が免責であることは既に説明したが,この免責として取り扱われる損害賠償請求も一連の損害賠償請求が単位である(普通約款6条1号)。
    したがって,個々の損害賠償請求単位で見るとその原因事由となった会社役員の行為が遡及日後であるものが存在するとしても,これを含む一連の損害賠償請求を構成する全ての損害賠償請求の中で遡及日より前の会社役員の行為が原因事由となっているものがあれば,一連の損害賠償請求単位で保険上免責となると解される。 この解釈に対しては次のような異論がありうるところである。
    一連の損害賠償請求には「同一の行為」に起因する損害賠償請求だけでなく「その行為に関連する他の行為」に起因する損害賠償請求も含まれるから(普通約款3条4号),複数の行為に起因する損害賠償請求が混在しているケースが考えられる。
    そして,普通約款6条1号の免責条項は,遡及日前の「行為」に起因する一連の損害賠償請求を免責と定め,遡及日前の「行為又はそれに関連する他の行為」に起因する一連の損害賠償請求を免責と定めているわけではないことから,一連の損害賠償請求のうち普通約款6条1号により免責となるのは遡及日前の行為に起因する損害賠償請求部分だけであり,遡及日後になされた「関連する他の行為」に起因する損害賠償請求部分は免責とならないという解釈もありうる。
    しかし,そもそも遡及日が設定される趣旨は,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入したがるという逆選択が生じることを防止する点にあり,このような趣旨は関連する損害賠償請求を一くくりにした一連の損害賠償請求単位で妥当するものと言える。
    また,上記異論の通り各個の損害賠償請求単位で免責となるか否かを判断すべきと解するのであれば,普通約款6条1号の文言は「一連の損害賠償請求」でなくとも単に「損害賠償請求」としても同じ意味になるのであるから,同号があえて「一連の」という文言を付加していることに鑑みると,一連の損害賠償請求が遡及日前の行為を原因事由とする損害賠償請求を一部でも含んでいる場合はやはり全体として免責となると解すべきである。

    3 保険の重複適用回避のための規定

    一連の損害賠償請求単位で損害賠償請求発生日が定まり,最初になされた損害賠償請求時が発生日とされる結果,当該一連の損害賠償請求については最初になされた損害賠償請求の発生日が属する保険期間の保険契約のみが発動され,翌年度以降の保険契約での保険金支払対象とはならない。
    そこで,同一の損害賠償請求について複数の保険契約が適用され,保険会社が重複して保険金の支払いを余儀なくされるという重複適用という事態を回避するため,普通約款6条3号及び4号は次の通り定めている。

    (てん補しない損害−その2)
    第6条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。
    なお,第1号ないし第8号の中で記載されている事由または行為については,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず,それらの事由または行為があったとの申し立てに基づいて被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合にも,本条の規定は適用されます。

    (3) この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合(知っていたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)に,その状況の原因となる行為に起因する一連の損害賠償請求
    (4) この保険契約の保険期間の開始日より前に被保険者に対してなされていた損害賠償請求の中で申し立てられていた行為に起因する一連の損害賠償請求

    3号の損害賠償請求については,普通約款20条2項の適用により,被保険者が損害賠償請求がなされるおそれがある状況を知った時点でその状況等を保険会社に通知する義務が生じ,この通知時に一連の損害賠償請求が発生したものとみなされるから,この一連の損害賠償請求は当該通知時の属する保険期間の保険契約の保険金支払対象となり,その後に保険期間を開始した「この保険契約」の保険金支払対象とならない。
    4号の損害賠償請求についても,一連の損害賠償請求の発生時は「この保険契約」の保険期間の前であるから,その後に保険期間を開始した「この保険契約」の保険金支払対象とならない。
    以上の3号及び4号の定める事項は,一連の損害賠償請求の定義規定(普通約款3条4号)及び損害賠償請求発生時の修正規定(普通約款20条2項)から導かれる当然の規定であるが,一連の損害賠償請求を構成する個々の損害賠償請求が複数の保険年度にまたがって生じた場合において,複数の保険契約が重複適用されるのではないかという誤解が生じることを回避するため,念のために3号及び4号が定められているものと考えられる。

    4 免責金額の適用

    免責金額とは,保険金が支払われる場合に被保険者が自己負担しなければならない一定の金額を言う。
    損害額のうち免責金額を超過する部分のみが保険金支払の対象になる。そして,この免責金額の適用も普通約款9条1項が次の通り定めるように一連の損害賠償請求単位で適用される。

    (てん補責任限度額)
    第9条 当会社は,損害の額の合計額が,一連の損害賠償請求につき保険証券記載の免責金額を超過する場合に限り,その超過額に保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。

    このような免責金額の適用方法は,一連の損害賠償請求単位で1つの保険事故であると捉える考え方を反映したものである。
    一連の損害賠償請求に対して1回だけ免責金額が適用される方が一連の損害賠償請求を構成する個々の損害賠償請求ごとに免責金額が適用されるよりも被保険者にとって有利であると言える。

    第3款 D&O保険における事故の取扱いの考え方のまとめ

    以上述べてきたD&O保険における事故の取扱方法を簡単にまとめると次の通りである。
    まず,同一原因又は関連する損害賠償請求は全て取りまとめて一連の損害賠償請求として取り扱われる(普通約款3条4号,クレームシリーズクローズ)。
    直近のD&O保険契約に引き続いて間断なく継続されたD&O保険契約を継続契約と言い(普通約款3条8号),このような直近の契約のないD&O保険契約を初年度契約と言う(普通約款3条9号)。
    そして,一連の損害賠償請求の原因となった被保険者の行為が,初年度契約の始期日(=遡及日)よりも前である場合には,保険金は支払われない(普通約款第6条1号,先行行為免責)。
    次に,一連の損害賠償請求についてはそれを構成する個々の損害賠償請求のうち最初の損害賠償請求が発生した時をもって全ての損害賠償請求がなされたものとみなされる(普通約款3条4号なお書き,バッチクローズ)。
    よって,この一連の損害賠償請求については,最初の損害賠償請求の発生時点が属する保険期間のD&O保険契約のみが適用されることになる(普通約款1条,損害賠償請求ベース)。
    また,損害賠償請求の時点については一定の修正規定があり,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれがある状況を保険契約者・被保険者が知ったときは,これを保険会社に通知する義務があり,この場合において,その後実際に損害賠償請求がなされた場合は,その損害賠償請求は上記通知の時になされたものとみなされる(普通約款20条2項)。

  • 第9節 損害賠償請求がなされたこと

    D&O保険では被保険者に対して損害賠償請求がなされたことが保険金支払の要件となる(普通約款1条)。
    「損害賠償請求がなされた」には何らの限定も付されていないから,口頭での請求であるか文書での請求であるかを問わない。
    また,訴訟による請求であるか訴訟外の請求であるかも問わない。
    株主代表訴訟による請求は法的に訴訟による請求しかありえないことになるが,訴訟係属後に和解により終結することもありえ,その場合であっても保険金支払の対象となる。損害賠償を求める主体が誰であるかという点についても限定はないから,株主からの請求に限らず株主以外の第三者からの請求も保険金支払の対象となりうる。ただし,持株比率の高い大株主や他の被保険者からの請求など,個別の免責条項が設けられている場合はある。
    損害賠償請求がなされる限り,その請求に客観的に理由があるか否かも問わない。請求に理由がない場合,すなわちいわゆる言いがかり訴訟である場合,当該損賠償請求は認められないこととなるが,請求を受けた被保険者には争訟費用の損害が発生しうるのであり,この損害が保険によりてん補されることになる。
    「損害賠償請求」でなければならないから,仮に被保険者を被告とする訴訟が提起されたとしても,その訴訟の内容が確認訴訟であったり差止め訴訟であったりする場合は保険金支払の対象とならないことになる。

  • 第10節 被保険者が被る損害

    D&O保険は,被保険者が損害賠償請求を受けた場合の被保険者が被る損害をてん補する(普通約款1条)。
    この,「損害」は普通約款第2条により次のように定義されている。

    (損害の範囲)
    第2条 当会社が前条(当会社のてん補責任)の規定によりてん補する損害は,次の各号に掲げるものを被保険者が負担することによって生じる損害に限ります。
    (1) 法律上の損害賠償金
    (2) 争訟費用

    従って,会社役員が損害賠償請求を受けたことによって生じた損害であっても,法律上の損害賠償金・争訟費用以外の損害は保険金支払いの対象とならない。

    第1款 法律上の損害賠償金

    「法律上の損害賠償金」は普通約款3条5号により次の通り定義されている。

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (5) 法律上の損害賠償金
    法律上の損害賠償責任に基づく賠償金をいいます。ただし,税金,罰金,科料,過料,課徴金,懲罰的損害賠償金,倍額賠償金(これに類似するものを含みます。)の加重された部分ならびに被保険者と他人との間に損害賠償に関する特別の約定がある場合においてその約定によって加重された損害賠償金を含みません。

    「法律上の損害賠償金」とは必ずしも判決により支払が命じられた賠償金に限られず,和解,調停,示談等により支払義務が認められた賠償金でも良い。
    和解条項などにおいて,会社役員の法的責任があるか否かを必ずしも明らかにしないままに「解決金を支払う」等として玉虫色の決着を図ることがありうる。
    このように,債務負担の名目が「損害賠償金」でない場合であっても,会社役員が法律上の損害賠償請求を受けたことをその負担の契機とするものであって,損害賠償金を支払うことと実質的な同一性が認められる場合には「解決金」その他支出の名目にかかわらず「法律上の損害賠償金」に含まれるものと解される。
    ただし,和解・示談による解決を図る場合は,予め保険会社の書面による同意を得ておく必要があり,その同意がない部分については保険金が支払われないものとされている点に注意する必要がある(普通約款22条3項)。
    「法律上の損害賠償金」には,税金,罰金,科料,過料,課徴金,懲罰的損害賠償金,倍額賠償金(これに類似するものを含む。)の加重された部分は含まれない(普通約款3条5号但書)。
    懲罰的損害賠償金,倍額賠償金(これに類似するものを含む。)とは,被害者が現実に被った損害額以上に負担すべき賠償金であり,典型例としては米国各州で広く導入されているものである。
    現実の損害額以上の負担については悪質な加害者に対する制裁という意味が含まれているものとされている(※ その他の現実的な意味として,損害賠償金を獲得した場合に弁護士に支払うべき成功報酬は相手方に請求することができないことからこの報酬にあてる金額を確保するという意味もあるものとされる)。
    懲罰賠償のような被害者が現実に被った損害額を超える賠償金支払いを認める制度はわが国では採用されていないが,D&O保険は全世界を担保地域とすることを原則的形態であると想定して開発されていることから,懲罰賠償制度のようにわが国の法制度上存在しないものも前提とした約款になっている。
    悪質な加害者を制裁することにより将来的な加害行為を抑止するという意味合いを持つ懲罰賠償金等が保険によりてん補されるというのでは,懲罰賠償金の加害行為の抑制機能が阻害されてしまうことから,米国においては懲罰賠償金をてん補する保険約款は無効ではないかという議論がなされ,実際にこれを無効と判断する裁判例も現れたようであり,このような事情から賠償責任保険の取扱上は懲罰賠償等に基づく実損害額を超える部分の損害賠償金は保険金支払対象外とされるのが一般的取扱いである。
    D&O保険の約款もこのような一般的な取扱いに倣って作成されたものである。
    なお,わが国の一般的な賠償責任保険の約款には懲罰賠償等を保険金支払対象外とする定めはないが,これは担保地域が日本国内であることを前提としているためこのような定めが不要だからである。
    次に,「法律上の損害賠償金」には,被保険者と他人との間に損害賠償に関する特別の約定がある場合においてその約定によって加重された損害賠償金は含まないものとされている(普通約款3条5号但書)。
    例えば,会社が取引先との間で何らかの取引契約を締結する際に,この取引が原因で取引先に損害が生じた場合には会社役員個人が無条件でその損害を賠償する旨の約定をした場合において,この約定を根拠として当該会社役員個人が損害賠償請求されるケースを想定すると,この約定がなくても法的に損害賠償責任が認められる部分については保険金支払の対象となるが,それを超えて約定に基づいて損害賠償責任が認められる部分については保険金支払の対象外ということになる。
    このような約定による加重部分についても保険金が支払られるとすれば,保険で損害てん補されることを見越して安易な約定が結ばれるというモラルハザードが生じるおそれがある。
    また,かかる約定の内容は千差万別であるから,同種リスクを多数集積することで全体の収支安定を図ろうとする保険制度になじみにくい。
    そこで,このような約定による加重部分については保険金の支払対象外とされるのが賠償責任保険の一般的取扱いである。

    第2款 争訟費用
    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。

    (6) 争訟費用
    被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟(訴訟,仲裁,調停または和解等をいいます。)によって生じた費用(被保険者または会社の従業員の報酬,賞与または給与等を除きます。)で,当会社が妥当かつ必要と認めたものをいいます。

    損害賠償金の他,争訟費用も保険金支払対象とされるのは賠償責任保険における一般的取扱いである。
    争訟によって生じた費用とは,一般に裁判所等に手数料として支払う印紙代,郵券代,弁護士に支払う報酬,訴訟の準備のために要した調査費用等の出費などが考えられる。
    ただし,被保険者または会社の従業員の報酬,賞与または給与等は支払対象外であるから,訴訟準備のために会社の従業員を使用して資料作りをし(※ このようなこと自体がそもそも法的に認められるかどうかは問題となろうが,ここでは論じない),そのために従業員に残業代が生じたようなケースでは,この残業代は保険金支払の対象外ということになる。
    また,保険金支払対象となるのは,保険会社が妥当かつ必要と認めたものに限られる。被保険者の支出に対して保険金を支払うにあたり保険会社の承認を求める取扱いは賠償責任保険の一般的取扱いでありD&O保険だけの特別扱いではない。
    このような限定が設けられた趣旨は,保険金でまかなわれることを前提として,費用対効果を省みることなく無制約に訴訟のための出費がなされることを防止する点にある。
    もっとも,保険会社の承認が保険会社の全くの自由裁量に委ねられるならば明らかに不当な結果が生じるのであり,承認が必要とされた上記の趣旨に照らし,争訟費用の支出が当該争訟の内容に応じた合理的なものである限り保険会社はこれを承認すべき義務があるものと解する。

第3章 支払保険金の額

  • 第1節 概観

    D&O保険の保険金は被保険者たる会社役員が被った損害に対して支払われるが,支払われる金額は損害額の全額ではなく以下に述べる通り一定の範囲内に制限を受ける。
    この点につき,支払保険金の額について定める普通約款9条は以下の通り規定している。

    (てん補責任限度額)
    第9条 当会社は,損害の額の合計額が,一連の損害賠償請求につき保険証券記載の免責金額を超過する場合に限り,その超過額に保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。
    2.当会社がこの保険契約でてん補する金額は,すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。また,第20条(損害賠償請求等の通知)第2項の規定に従い,この保険契約の保険期間中になされたものとみなされる損害賠償請求についても,保険証券記載の総てん補限度額が適用されるものとします。
    3.当会社は,争訟費用を保険証券記載の総てん補限度額に加算して支払うものではありません。争訟費用は損害の一部であり,前2項の規定が適用されるものとします。
  • 第2節 免責金額

    第1款 免責金額の意義

    免責金額とは,保険事故が発生した場合において損害額のうち被保険者が自己負担しなくてはならない一定額の金額をいう。よって,免責金額を超える部分のみが保険金支払の対象となる。
    免責金額は保険契約締結の際に定められ,保険証券にその額が記載される。
    免責金額の機能として,多頻度で発生する傾向にある小額損害について逐一保険金請求手続を行うという煩雑を回避し,また被保険者に一定の自己負担を生じさせることで保険料の低廉化を図ることができるという合理的な機能があることから,損害保険契約全般において免責金額を設定するという取扱いは広く見受けられる。
    D&O保険においても9条1項が規定する通り免責金額が適用される。ただし,D&O保険では小額の損害が多頻度で発生するということはあまり考えられないから,免責金額を設定する趣旨は前述の免責金額設定の機能を期待した点にあるのではなく,会社役員の不適正経営による保険事故について会社役員に一定の自己負担額を負担させるという不利益を課すことによってD&O保険が放漫経営を助長することを防止しようとした点にあると考えられる。

    第2款 免責金額の適用単位

    まず,免責金額は損害の額の合計額に対して適用される(普通約款9条1項)。損害とは(1)法律上の損害賠償金及び(2)争訟費用であるから(普通約款2条),この2つの合算額が免責金額を超えた部分に対してのみ保険金が支払われることになる。
    賠償責任保険における免責金額の取扱いとしては,法律上の損害賠償金に対してのみ免責金額を適用し争訟費用には免責金額は適用しないという取扱いがされる例が多いので(※ この場合,例えば被保険者に対する言いがかり訴訟などによって争訟費用のみの損害が発生したとすれば,免責金額にかかわりなく争訟費用の全額に対して保険金が支払われることになる),D&O保険における上記免責金額の取扱いはやや特徴的である。
    次に,免責金額は一連の損害賠償請求につき適用される(普通約款9条1項)。
    賠償責任保険における免責金額の適用単位としては,「1事故につき○円」という定め方がされる例が多いが,D&O保険においては一連の損害賠償請求をもって保険事故の取扱単位としていることから,免責金額の適用単位も一連の損害賠償請求単位とされたものである。
    また,免責金額は「1事故につき3万円」というように単純な一定金額で定められるのが一般的な取扱いであるが,D&O保険では次の通りやや複雑な設定方法が採用されている。
    普通約款9条1項では「保険証券記載の免責金額」と定められているのみであるが,D&O保険の免責金額は例えば「被保険者1名につき20万円ただし一連の損害賠償請求について100万円を超えないようにする」というように「被保険者1名あたり」及び「一連の損害賠償請求について」の二段構えで設定されるのが一般的な取扱いとなっている。
    上記の例であれば,一連の損害賠償請求について損害賠償の請求を受けている被保険者が5名以下であれば20万円にその人数を乗じた金額が具体的に適用される免責金額となり,5名を超えた場合は100万円が具体的に適用される免責金額となる。
    なお,上記の例で被保険者が5名を超えた場合のように,損害賠償請求を受ける被保険者が多数存在する結果一連の損害賠償請求についての免責金額が適用される場合において,各被保険者がそれぞれいかなる金額を自己負担することになるのかという按分規定は普通約款に置かれていないから,特約条項等による手当てがなければ解釈にゆだねられることになる。

    第3款 実務上の免責金額の設定値

    実務上設定される免責金額の具体的金額としては,被保険者1名あたり概ね10万円から20万円の範囲内,一連の損害賠償請求について概ね100万円から200万円の程度の水準であるのが一般的である。
    D&O保険が放漫経営を助長することを防止するという免責金額設定の趣旨を尊重するならば,上記程度の水準よりも低い免責金額は妥当でないと考えられる。
    逆に免責金額を高額にする場合はそのような弊害がない上,その分保険料が安くなるという関係が一般的に認められるが,D&O保険において有意な差が生じるほど保険料を安くするためには,免責金額をかなり高額に設定する必要があると考えられ,高額な免責金額は保険契約者側に好まれないのが普通である。
    よって,結局のところ免責金額は上記程度の水準とされているケースが多い。
    ただし,リスクが高いなどの理由によって保険会社にとって引受が容易でないケースにおいては,比較的高額の免責金額が設定されるケースが見受けられる。

  • 第3節 縮小てん補割合

    第1款 縮小てん補割合の意義

    普通約款9条1項に規定される通り,損害額のうち免責金額を超過する部分に対し,さらに縮小てん補割合を乗じた額のみが保険金支払の対象となる。
    縮小てん補割合は保険契約締結の際に定められ,保険証券にその割合が記載される。
    免責金額が損害額のうち一定金額を被保険者の自己負担とする機能を持つのに対し,縮小てん補割合は損害額のうち一定割合を被保険者の自己負担とする機能を持つものと言える。
    このような縮小てん補割合を設定する取扱いはD&Oだけではなく,他の保険商品についても縮小てん補割合が設定されるケースは時折見受けられる。
    D&O保険において免責金額に加えて縮小てん補割合をも設定すべきものとされる理由は,損害額の大小にかかわらず必ず一定額かつ一定割合以上の被保険者自己負担部分を生じさせることにより,D&O保険手配による会社役員の放漫経営の招致というモラルハザードを回避しようとした点にある。

    第2款 実務上の縮小てん補割合の設定値

    縮小てん補割合は95%以下で定めるものとされている。
    95%以下の数値であれば特に問題はなく,保険料もほぼ比例的に安くなるから保険契約者側からの希望に基づいて95%を下回る数値で縮小てん補割合を定めている契約もたまに見受けられる。
    しかし,D&O保険では万一保険事故が発生すれば数億円規模の損害が予想されるのであるから,その5%の被保険者自己負担額も相当大きな金額になり実際上被保険者がその負担に耐えられないことも考えられる。
    よって,あまりに低い縮小てん補割合を設定することはD&O保険の保険としての有用性を阻害しかねない。また,保険契約者はできる限り大きい縮小てん補割合を設定することを希望するのが通常である。
    以上のような理由から,実務上は縮小てん補割合は95%とされている契約がほとんどである。

  • 第4節 てん補限度額

    第1款 てん補限度額の意義

    てん補限度額とは,保険事故が発生した場合に保険会社が被保険者に対して支払う保険金の限度額をいう。被保険者が被る損害額のうち,免責金額以下の部分は被保険者の自己負担となるが,同様にてん補限度額を超える部分も被保険者の自己負担になる。
    火災保険などのように,被保険者の被る損害の額の上限が保険価額(※ 保険事故が発生した時における保険の目的物の価額)によって画される保険商品の場合,保険会社が支払う保険金の支払限度額のことをてん補限度額ではなく保険金額と呼ぶことが多い。
    しかし,賠償責任保険の場合は発生する損害額に上限額はなく,可能性が高いか低いかという問題を別とすればいくらでも高額な損害が発生しうるという意味で保険価額という概念になじまない。
    そこで,賠償責任保険においては保険価額との関係を念頭に置いて用いられてきた保険金額という用語を用いずに,てん補限度額という用語が使用されることが多い。
    もっとも,賠償責任保険においてもてん補限度額と同じ意味で保険金額という用語が使用される場合もあるので,保険金額という用語とてん補限度額という用語とが必ずしも厳密に区別されて用いられている訳ではない。
    D&O保険では普通約款上てん補限度額という用語が用いられているから(普通約款9条),保険金の支払限度額を説明する際にはてん補限度額という用語が使用されることが多いが,仮に保険金額という用語が用いられたとしても気にする必要はなく同じ意味と考えておけば足りる。

    第2款 総てん補限度額

    賠償責任保険におけるてん補限度額の定め方として,1事故あたりについてのてん補限度額が定められ,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額についてはてん補限度額が定められないという取扱いがなされることは多い。
    このような取扱いがなされている場合は保険期間中に何度事故が発生しても,その事故ごとに当該てん補限度額を上限とする保険金が支払われるのであってその総額に上限はない。
    このような取扱いがなされる賠償責任保険商品として,企業活動遂行中に第三者に対する対人・対物事故を発生させた時の責任をカバーする施設賠償責任保険,請負業者賠償責任保険等がある。
    これに対して,1事故あたりについてのてん補限度額と併用し又は一事故あたりのてん補限度額を特に定めずに当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額に対する限度額としててん補限度額が定められる取扱いがなされることもある。このような取扱いがなされる賠償責任保険商品として,製造・販売した商品に起因して第三者に対する対人・対物事故を発生させた時の責任をカバーするPL保険(生産物賠償責任保険)等がある。
    保険契約に基づいて支払われる保険金の総額に対する限度額が設定される場合,保険期間中の保険事故発生により保険金が支払われると,てん補限度額から当該支払額を差し引いた金額が残存保険期間に生ずべき保険事故についての保険金支払限度額ということになる。
    このような残存保険期間についての保険金支払限度額を残存てん補限度額と呼ぶ。この残存てん補限度額を保険契約当初のてん補限度額にまで増加(復元)させるためには,追加保険料を支払って保険会社の承認を得る手続を要し,この手続をてん補限度額の復元と呼ぶ。
    保険契約に基づいて支払われる保険金の総額についてはてん補限度額が定められていない場合,てん補限度額の復元という手続を要せず,1つの事故についててん補限度額が適用された後いわば自動的に当初のてん補限度額に復元することになるので,このようなてん補限度額の適用のされ方をてん補限度額の自動復元と呼ぶ。
    このように,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額としてのてん補限度額が定められる場合と定められない場合がある。
    その他,被害者1名あたりのてん補限度額が定められる例もあるなど,てん補限度額の設定方法には保険商品によって様々なバリエーションがある。
    D&O保険で設定されるてん補限度額は,普通約款9条2項が,「当会社がこの保険契約でてん補する金額は,すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします」とする通り,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額の限度として定められる。 「すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で」とあるが,保険金は被保険者にしか支払われないのであるから,この部分は単に「合計で」という程度の意味しか持たないが,個々の被保険者ごとにてん補限度額が適用されるという誤解が生じないようにあえてこのような表現が取られたものと考えられる。
    また,普通約款9条2項第2文が,「第20条(損害賠償請求等の通知)第2項の規定に従い,この保険契約の保険期間中になされたものとみなされる損害賠償請求についても,保険証券記載の総てん補限度額が適用されるものとします」としているが,この損害賠償請求はこの保険契約の保険期間中になされたものとみなされこの保険契約に基づいて保険金が支払われる以上当然の規定であって創設的な意味はない。
    さらに,本条の規定するところではないが,普通約款で保険金支払対象とならず株主代表訴訟担保特約条項に基づいて支払われる保険金についても別枠で支払われるものではなく,このてん補限度額の枠内で支払われる旨が株主代表訴訟担保特約条項に規定されている。
    よって,記名法人の複数の役員が同時に損害賠償請求を受けた場合,株主代表訴訟であるとその他の損害賠償請求であるとを問わず保険期間中に複数の損害賠償請求がなされた場合,記名法人の役員と記名子会社の役員とが同時に損害賠償請求を受けた場合,保険期間中に別個の原因に由来する複数の損害賠償請求がなされた場合など,いずれの場合であっても,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総合計金額がてん補限度額を超えない範囲内で保険金が支払われることになる。
    保険期間中の保険事故発生により保険金が支払われると,てん補限度額から当該支払額を差し引いた金額が残存保険期間に生ずべき保険事故についての保険金支払限度額ということになり,てん補限度額の自動復元はない。
    なお,複数の保険事故についての損害額の合計がてん補限度額を超過した場合において,それぞれの保険事故に対して具体的にいかなる金額の保険金が支払われるかという按分規定は普通約款に置かれていないから,特約条項等による手当てがなければ解釈にゆだねられることになる。

    第3款 争訟費用内枠払い

    D&O保険においては,てん補限度額は損害額の合計金額について適用され(普通約款9条1項・2項),損害は法律上の損害賠償金と争訟費用であるから(普通約款2条),法律上の損害賠償金と争訟費用とを合算しててん補限度額の範囲内でのみ保険金が支払われるということになる。 このような取扱いを争訟費用内枠払い方式(cost inclusive)と呼んでいる。D&O保険がこの争訟費用内枠払い方式を採用していることは普通約款9条1項・2項及び2条により明らかであるが,あえて9条3項を置いてその旨を再言しているのは,一般に賠償責任保険において争訟費用内枠払い方式という取扱いがなされることは比較的少ないことから,誤解を避けるため重複を承知で念のための規定を置いたものと思われる。 争訟費用内枠払い方式以外の方式として,損害賠償金はてん補限度額の範囲内で支払われるが争訟費用はそれとは別個支払われるという争訟費用外枠払い方式があり,その中でも外枠比例払い方式と呼ばれている方式が広く利用されている。 外枠比例払い方式は,争訟費用はてん補限度額とは別個に支払われるが,常に全額支払われるのではなく,てん補限度額が損害賠償金に不足する場合,その不足する割合に応じて争訟費用も実際に生じた金額から削減して保険金が支払われるという方式である(※ 例えば,てん補限度額1000万円で損害賠償金が1000万円以下であれば,損害賠償金も争訟費用も保険金として全額支払われるが,損害賠償金が2000万円であれば,損害賠償金は1000万円のみ支払われる他,争訟費用はかかった金額の半分のみが保険金として支払われることになる)。 争訟費用内枠払い方式は,争訟費用が多額になることが予想されるようなケースで採用されることが多い。例えば,米国内に所在するリスクを対象とする損害賠償責任保険は争訟費用がかさむ典型例であって,ほぼ例外なく内枠払い方式により保険設計される。 D&O保険も訴額の大きい困難な訴訟が提起されることにより争訟費用が膨大なものとなるおそれが強いと言え,内枠払い方式になじみやすいと言えよう。

    第4款 実務上のてん補限度額の設定値

    賠償責任保険においててん補限度額を高額にすると保険料も高額になるが,保険契約者としては保険料の負担に耐えられる限りてん補限度額は高額である程好ましいものと言える。
    自動車保険では,対人・対物事故にかかる賠償責任を担保するものとしててん補限度額を無制限とする取扱いが用意されているが,このような無制限という取扱いは自動車保険の世界だけの特殊な取扱いであり,一般的な賠償責任保険ではかならず具体的な金額でてん補限度額を定めることを要する。 D&O保険においては,株主代表訴訟で何百億円もの損害賠償を求める訴訟が容易に提起でき,実際にそのような訴訟が発生している状況を念頭に置けば,保険契約者がこれに見合ったてん補限度額を希望することは自然なことであり,てん補限度額無制限という取扱いができないとしても数百億円規模のてん補限度額が欲しいところではある。
    しかし,現状においてD&O保険を引き受ける保険会社の側でこのようなニーズに応えることは難しい状況にある。日本よりも先行してD&O保険が普及した米国において,1980年代にD&O保険による事故が急増し,保険金の支払に耐え切れずD&O保険のマーケットから撤退した保険会社が続出したと言われる経緯があるように,D&O保険の引受は保険会社にとってもかなり危険を伴うものであると認識されており,高額なてん補限度額の契約は保険会社の好むところではない。
    保険会社の収支を考えると,一つの大きなリスクを引き受けるよりは,独立した小さなリスクを多数引き受けた方が大数の法則により収支は安定することになるから,D&O保険の引受保険会社としては,てん補限度額の大きい契約を少数引き受けるよりは,てん補限度額が小さい契約を多数引き受けることを好む。
    以上のような事情から,現状において保険会社が提供できるてん補限度額としては10億円程度が上限とされることが一般的である。10億円を超えるてん補限度額のD&O保険契約の例がないわけではないが事例数としては少ない。
    場合によっては保険会社が10億円を超えるてん補限度額での引受けを可能とする提示をしてくることも考えられるが,保険料が極端に高額になったりするなど,保険契約者側にとっても容易に契約締結を決断できない特殊な保険条件になる可能性があることを覚悟しておく必要がある。
    逆に,てん補限度額が低い場合,保険会社の側においてあまり不都合はないが,実務上のてん補限度額の下限は1億円程度である。
    以上より,実務上は多くのD&O保険契約において下限1億円から上限10億円の範囲内でてん補限度額が定められている。この1億円から10億円程度という実務的なてん補限度額をどのように評価し,どのように対処するかについては考えが分かれるところである。
    前述の通り現行のD&O保険においては必ず95%以下の縮小てん補割合が設定され,10億円以上の損害が発生した場合は縮小てん補によって5000万円以上の自己負担部分が生じるのであるから,高額てん補限度額を設定できないという問題を待つまでもなく巨大な損害に対する防御という面では現行のD&O保険には限界があると言えよう。
    そうすると,D&O保険の効能として巨額損害賠償責任への備えというよりも正当業務に対する言いがかり的な訴訟に対応するための訴訟費用を捻出する点に意義を見出し,それゆえ必要なてん補限度額としては1億円程度で十分ではないかという考え方も十分成り立つところである。
    もちろん,可能な限りのリスクヘッジという観点から,現実的に調達することができる最高金額のてん補限度額でD&O保険を契約するという考え方もありうるところである。
    実際の契約において設定されているてん補限度額を見ると,比較的小さい会社が大きめのてん補限度額を設定していたり,かなり大きな会社が小さいてん補限度額を設定している例も見受けられ,1億円程度から10億円程度という幅の中でてん補限度額をどのような金額で設定するかは結局のところ保険契約者の考え方次第であるとは思われるが,数の上ではてん補限度額10億円で設定している契約が一番多いように思われる。

  • 第5節 免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額の適用関係

    普通約款9条1項・2項により,免責金額,縮小てん補割合及びてん補限度額の適用関係は次の通りとなる。
    まず,一連の損害賠償請求単位でみて損害の額の合計が免責金額を超過しない場合はその損害に対しては一切保険金が支払われない。
    超過部分が生じた場合は当該超過額に対して保険金が支払われることになる。
    次に,当該保険契約で保険金支払対象になる全ての一連の損害賠償請求ごとの上記超過額を合算し,この合算額に対して縮小てん補割合を乗じた金額とてん補限度額とを比較していずれか低い方の金額が保険金として支払われることになる。
    具体例として,当該保険契約で保険金支払対象となる一連の損害賠償請求が2つある次のようなケースの保険金計算は次の通りとなる。

    (保険条件)
    てん補限度額1億円
    免責金額被保険者1名あたり20万円/一連の損害賠償請求について100万円
    縮小てん補割合95%

    (保険金支払対象となる一連の損害賠償請求)
    一連の損害賠償請求1請求を受けた被保険者3名/損害額の合計1500万円
    一連の損害賠償請求2請求を受けた被保険者8名/損害額の合計6000万円

    (支払保険金の計算)
    一連の損害賠償請求1に適用される免責金額60万円(免責金額超過額1440万円)
    一連の損害賠償請求2に適用される免責金額100万円(免責金額超過額5900万円)

    (1440万円+5900万円)×95%=6973万円 (<1億円)

    以上より,保険金として支払われる額は6973万円となる。

  • 第6節 他の保険契約との関係

    複数の保険会社で同時にD&O保険を契約している場合のように,同一の保険事故に対して保険金を支払うべき保険契約が複数存在する場合がありうる(※ 実際のケースとしては極めて少ない)。
    このような場合において,一方の保険契約から見た場合の他の保険契約を重複保険契約と言う。
    重複保険契約の存否にかかわりなく契約時の保険金額をそのまま支払えば足る生命保険と異なり,損害保険は被保険者が被った損害をてん補するためのものであるから,被保険者が被った損害額を超える保険金を支払うことはできない。
    そこで,損害保険契約では重複保険契約が存在する場合は支払保険金の額の合計が被保険者の被った損害額を超えないように調整するための按分規定が置かれる(※ 例外的に,傷害保険においては生命保険と同様の取扱いがなされ,このような按分規定が置かれていないことがある)。
    重複保険契約が存在する場合の支払保険金の額について,普通約款10条は次の通り定める。

    (他の保険契約との関係)
    第10条 当会社は,前条(てん補責任限度額)第1項の規定にかかわらず,他の有効な保険契約(以下「他の保険契約」といいます。)がある場合においては,損害の額が他の保険契約によりてん補されるべき金額とその免責金額の合計額,またはこの保険契約の保険証券記載の免責金額のいずれか大きい金額を超過する場合に限り,その超過額につき保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。ただし,他の保険契約が,この保険契約のてん補責任限度額の超過額に対して適用されると明記している場合はこの限りではありません。
    第1款 上乗せ保険

    本条本文の規定により,D&O保険において重複保険契約が存在する場合の保険金の支払方法は,原則として重複保険契約における支払保険金の額と免責金額の合計額では不足する損害部分に対してのみ保険金が支払われることになる。すなわち,本保険契約は他の保険契約の上乗せ保険として機能することになる。
    一般的な賠償責任保険においては,このような上乗せ保険方式ではなく,独立責任額按分方式と呼ばれる按分方式が採用されていることが多い。この方式は,それぞれ他の保険契約がないものとして計算した支払保険金の額(独立責任額)の合計が損害額を超過する場合は,合計で損害額分の保険金が支払われ,それぞれの保険契約での支払額は損害額をそれぞれの独立責任額の比率で按分した額となるとする方式である(※ 一般的な約款文言としては「この保険契約と重複する保険契約が他にある場合において,それぞれの保険契約について,他の保険契約がないものとして算定したてん補責任額の合計額が損害の額を超えるときは,当会社は,この保険契約によるてん補責任額の前記合計額に対する割合によって損害をてん補します。」というようなものである)。
    例えば,100万円の損害に対してA契約の独立責任額が30万円,B契約の独立責任額が90万円である場合,100万円を30対90(=1対3)で按分し,A契約では25万円,B契約では75万円の保険金が支払われることになる。
    D&O保険が独立責任額按分方式を採用せず上乗せ保険方式を採用した理由は明らかでないが,独立責任額按分方式による場合,免責金額設定による被保険者自己負担額の発生という効果が消滅する可能性があるため,これを回避しようとしたものと考えることができる。
    例えば,10万円の免責金額を設定した賠償責任保険契約を2本契約し100万円の損害が発生した場合,それぞれの独立責任額は90万円となるが,独立責任額按分規定に基づいてそれぞれの契約につき50万円,合計で100万円が保険金として支払われることになるから,結局免責金額を10万円と設定した効果が失われることになる(※ 独立責任額按分方式を定める約款の下でも,双方の保険契約で設定されている免責金額のうち低い方の免責金額分の被保険者自己負担が生じるように支払保険金の計算方法を解釈する実務運用も一部見受けられるようであるが,約款文言を見る限りかかる解釈・運用には無理があるものと思われる)。
    これに対し,D&O保険のような上乗せ保険方式を採用すれば,一方の契約で90万円が支払われれば,損害の額(100万円)は支払保険金の額(90万円)と免責金額(10万円)の合計額を超えないから,上乗せとなるべき別の契約においては保険金は支払われず10万円の免責金額設定が生きることになる。
    D&O保険では,保険手配が会社の放漫経営を招くことを防止するために必ず免責金額及び縮小てん補割合を設定することとされているから,免責金額設定の効果が阻害されかねない一般的な独立責任額按分方式は採用されなかったものと考えることができる。
    ただ,普通約款10条の規定する上乗せ方式の採用により免責金額設定の効果は維持されるものの,重複保険の存在によって縮小てん補割合設定の効果は失われることがある。
    すなわち,本条は損害の額が「他の保険契約によりてん補されるべき金額とその免責金額の合計額」を超過する部分を保険金支払対象にすると規定しており,超過されるべき部分に「免責金額」を算入してはいるものの「縮小てん補割合の効果により被保険者の自己負担となった金額」は算入していない。よって,「他の保険契約」での縮小てん補割合設定の効果により保険金が支払われなかった部分が,本保険契約での保険金支払対象になるという現象が発生しうる。
    例えば,免責金額10万円,縮小てん補割合90%を設定したD&O保険契約を2本契約し210万円の損害が発生した場合,一方の契約では免責金額(10万円)を越える部分(200万円)に対して縮小てん補割合(90%)を乗じた180万円が支払われることとなるが,他方の契約では損害の額(210万円)のうち,「他の保険契約によりてん補されるべき金額」(180万円)とその免責金額(10万円)の合計額(190万円)を超過する部分(20万円)が保険金支払対象となりこの金額に縮小てん補割合(90%)を乗じた18万円が支払われることになるから,2つの保険契約で合計198万円の保険金が支払われることになり,10万円の免責金額設定の効果は生きているが,90%の縮小てん補割合設定の効果は減殺されてしまうことになる。
    よって,会社の放漫経営を招くことを防止するために必ず免責金額及び縮小てん補割合を設定するというD&O保険の考え方を貫くという観点からは,現行の普通約款10条の按分規定は不徹底であると言える。

    第2款 他の保険契約の定めとの関係

    普通約款10条但書は,「ただし,他の保険契約が,この保険契約のてん補責任限度額の超過額に対して適用されると明記している場合はこの限りではありません」としており,他の保険契約における定め如何によっては,本文の場合と逆にこの保険契約が第一次的な保険契約となり,他の保険契約の方が上乗せ保険として機能することを定めている。
    具体的にどのように支払いがなされるのかという点については当該他の保険契約の定めによるべきことになる。
    この但書の規定は,複数のD&O保険契約の条項が相互に矛盾・抵触することを回避するために設けられたものであると推測され意味のある規定であるとは思われるが,相互の矛盾・抵触防止という観点からは以下に述べるとおり本条の定めでも不足しているように思われる。
    そもそも重複関係に立つ2つのD&O保険契約がいずれも特約条項等による保険金按分規定を何ら定めず,按分規定としては普通約款10条の規定しか有していない場合にどのように取扱われるかが問題である。この場合,いずれの保険契約も他の契約の上乗せ保険として機能することを互に等しく主張しあう関係となり,この矛盾・抵触を解消するための規定が設けられていない(※ 前述した独立責任額按分方式の約款であればこのような問題は生じない)。
    よって,重複関係に立つD&O保険契約が生じる場合には,特約条項を付帯する等の方法により保険金の按分方法について定める規定を盛り込む必要がある。
    もっとも,D&O保険契約を締結する際は,既に重複関係に立つD&O保険契約が存在するか否かを保険会社は保険契約者に対して質問し,これを告知義務(普通約款11条)の対象とするのが通常の取扱いであるし,保険期間の中途で重複関係に立つD&O保険契約が生じれば,この事実は保険会社に対する通知義務の対象とされており(普通約款12条),保険会社としては重複保険契約の存在を知りうる立場にあるから,実務上は重複関係に立つD&O保険契約が出現した段階で相互の関係を調整するための特約条項を附帯する等の手当てがなされるものと思われる。

第4章 免責条項

免責条項とは,一定要件を具備した事故ないし損害について保険金が支払われないことを定める保険約款の条項を言う。
約款上積極的な保険金支払要件を定める条項に該当する事故であっても,それが同時に免責条項にも該当する場合は保険金は支払われないことになる(※ 積極的な保険金支払要件にすら該当しない事故については保険金支払の対象外であるという言い方はなされるが,このような事故について免責という言い方はあまり用いられない。
また,普通約款の条項の中には例えば保険事故の発生を保険会社に遅滞なく通知する義務など保険契約の当事者が保険契約手続上の義務を怠った場合に保険金が支払われない旨を定める条項も存するが,これらの条項が免責条項と呼ばれることもあまりない)。
D&O保険の普通約款上の免責条項は第5条から第8条までに規定されている。

  • 第1節 普通約款第5条の免責条項

    普通約款第5条は,次の通り定めた上で免責に該当するものとして第1号から第6号までの損害賠償請求を掲げている。

    (てん補しない損害−その1)
    第5条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。なお,各号の中で記載されている事由または行為が,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に本条の規定が適用されるものとし,その適用の判断は,被保険者ごとに個別に行われるものとします。
    第1款 真実であった場合のみの適用

    なお書きに規定される通り,本条各号の中で記載されている事由または行為が,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限り本条の免責条項が適用される。
    これはある意味で当然の規定ではあるが,普通約款6条1号から8号の免責条項が各号記載の事由が真実でない場合にも適用されうるように規定されていることから,これらの規定との関係で誤解が生じないように当然の原則をあえて規定したものであると考えられる。
    例えば,会社役員に違法に報酬が支払われたことに起因する損害賠償請求は本条第4号により免責となるが,会社役員に違法に報酬が支払われたとの主張に基づいて株主代表訴訟が提起された場合であっても,審理の結果そのような違法な報酬支払はなかったことが明らかになれば本条第4号の免責条項は適用されないことになる(※ 勝訴によって損害賠償金の損害は生じないことになろうから,争訟費用に対して保険金が支払われることになる)。
    本条各号が定める免責事由はいずれも被保険者の違法行為であり,違法行為を保険金支払対象とすることは会社役員の違法行為による放漫経営を助長しかねないという観点から免責とされているものである。
    従って,客観的に適法な行為について違法であるとの言いがかり訴訟が提起されたに過ぎない場合は保険金支払対象とすることに問題はないから,違法行為が実際に生じまたは行われた場合に限って本条各号の免責条項を適用するとされたものである。
    「実際に生じまたは行われた」か否かを誰がどのような手続で認めるのかについて約款は何も定めていないので,この点をいかに解するかが問題となる。特に第2号では犯罪行為を免責事由と定めており,犯罪行為に該当するかは通常は刑事裁判の手続において刑事裁判官によってのみ判断されていることから特に問題となる。
    この点については,保険約款は保険契約の当事者間における民事的な権利義務関係を定める条項であるから,保険約款が定める各要件が充足されているか否かは保険契約の当事者間における民事的な事実認定の問題として判断されれば足るものと考えられる。
    よって,本条各号の事由又は行為が実際に生じた又は行われたと認められるか否かについてもまずは保険契約当事者間の民事的な事実認定上の問題として取り扱うべきであると解する。
    具体的には保険契約の当事者間で合意が成立すればまずはその合意に従うことになり,保険契約の当事者間で見解が対立した場合は民事裁判手続を終局的解決方法とする民事紛争処理手続における事実認定によるべきことになる。

    第2款 被保険者ごとの個別適用

    本条なお書きが規定する通り,本条の規定が適用されるか否かの判断は被保険者ごとに個別に行われるものとされる。
    従って,例えばいわゆる株式のインサイダー取引を行ったことに起因する損害賠償請求は本条第5号によって免責とされるから,当該取引を行った会社役員本人について生じた損害に対しては保険金は支払われないことになる。
    しかし,当該取引に関与しておらず,それについての監視・監督義務違反を問われただけの被保険者については免責とならず,この者について生じた損害に対しては保険金が支払われることになる。
    普通約款5条から8条までの免責条項の中で,このように被保険者ごとに個別適用されることが規定されている条項はこの5条と7条である。
    6条と8条には被保険者ごとの個別適用の定めはなく,各号に規定された損害賠償請求に該当するか否かによって全被保険者一律に免責条項が適用されるか否か判断されることになる。

    第3款 違法であることの認識の要否

    前述の通り,本条各号が定める免責事由はいずれも被保険者の違法行為であるが,免責条項の適用にあたり違法行為を行っていることにつき当該被保険者の認識を要するかは第3号とそれ以外の各号とで取扱いが異なる。
    第3号は被保険者の認識ある違法行為に起因する損害賠償請求を免責と定め,違法行為についての被保険者の認識を要件としているが,その反面違法行為の範囲は限定されておらず全ての法令についての違反が免責の対象となりうる。
    これに対し,第1号,第2号,第4号ないし第6号では違法行為の範囲が違法性の強い一定の類型に限定されているが,その反面被保険者において違法の認識があることは要件とされていないから,仮に被保険者が自らの行為を適法であると信じていたとしても客観的に各号の違法行為が認定できる限り免責として取り扱われることとなる。

    第4款 第1号−違法な利益取得

    普通約款5条1号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (1) 被保険者が私的な利益または便宜の供与を違法に得たことに起因する損害賠償請求

    本号が想定している典型例としては,取締役が商法265条の利益相反取引禁止の規定に違反して,自己と会社との取引によって利益を取得した場合が考えられる。
    本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。

    第5款 第2号−犯罪行為

    普通約款5条2号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (2) 被保険者の犯罪行為(刑を科せられるべき違法な行為をいい,時効の完成等によって刑を科せられなかった行為を含みます。)に起因する損害賠償請求

    本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。

    1 犯罪行為の意義

    本号は,犯罪行為につき,「刑を科せられるべき違法な行為」と定義しているが,刑罰法規に基づいて刑を科せられるのは犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるから,結局本号の犯罪行為の意味は「犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為」と考えてよいだろう。
    故意犯であると過失犯であるとを問わない。
    「刑」については定義規定が置かれていないが,わが国における刑の種類は死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留,科料及び付加刑としての没収とされており(刑法第9条),また,過料は刑ではなく行政罰であると解されているからわが国の法律が問題となる場合はこの定義に従うことになろう。
    国民に対する処罰を規定する法規のあり方は国によって様々であるから,外国の法律が問題となる場合に何をもってD&O保険約款上の「刑」に該当するものとするかは個別に判断されることになろう。

    2 犯罪行為の認定方法

    次に,被保険者の行為が「犯罪行為」に該当するか否かの認定をどのように行うべきかが問題となる。
    前述の通り,保険約款が定める各要件が充足されているか否かは保険契約の当事者間における民事的な事実認定の問題として判断されれば足るものと解されるから,被保険者の行為が本号の「犯罪行為」に該当するか否かについてもまずはこのような民事的な事実認定の問題として判断されるべきである。
    ただ,少なくともわが国の法制度を前提とする限り,国民が刑を科せられるのは厳格な手続が法定された刑事裁判手続を通じて犯罪行為が認定された場合に限られるから,本号のように犯罪行為を「刑を科せられるべき…」と定義する以上,犯罪行為の定義そのものの中に刑事裁判手続を通じて認定されたことという要素が黙示的に包含されていると解する余地がある。
    すなわち,犯罪行為とは刑事裁判手続を通じて認定された犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であって,D&O保険の約款適用に際してはこのような意味での犯罪行為があったか否かを民事的な事実認定として判断するという解釈の余地がある。
    しかし,D&O保険約款の開発者や現在の保険会社は,犯罪行為とは必ずしも刑事裁判手続を通じて認定されたことを要しないという解釈を取っている。
    このような約款開発者の解釈意図は,犯罪行為の定義において「時効の完成等によって刑を科せられなかった行為を含みます」としている点からもうかがうことができる。
    公訴時効が完成すれば訴訟条件が欠如し刑事裁判所は犯罪の実体審理に入ることができないから犯罪事実を認定することができない。
    このような場合でもD&O保険上は犯罪行為に該当するものとして免責の対象としているのであるから,少なくともこのような場合には刑事裁判による認定がなくてもD&O保険上は犯罪行為であると認定せざるを得ない。
    かかる場合がありうることを想定すると,被保険者の行為が本号の「犯罪行為」に該当するか否かは被保険者の行為が犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるかを保険契約の当事者間の民事的な事実認定として判断するより他ないのではないかと解する。
    このように犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるかを民事的に認定するという考え方に対しては疑問を投げかける見解もある。
    もともと裁判外でも実現されうる民事実体法と異なり,刑事実体法は刑事訴訟法に定める手続下においてのみ実現されうることに鑑みればこのような疑問にも理由があると言えるだろう。
    しかし,刑事実体法の実現が刑事訴訟法の定めに基づく厳格な手続下においてのみ認められている理由は,刑事実体法の実現により刑罰という人権に対する極めて重大な制約が課されるからであるところ,D&O保険において犯罪行為を認定する目的は刑罰を科すことにはなく,保険金が支払われるか否かという単に民事上の権利義務の存否を画することを目的としているに過ぎないから,そのための事実認定手続において刑事訴訟法の定めに則った事実認定が必須であるとまでは言えないように思われる。

    3 刑を科せられなかった行為の範囲

    このような犯罪行為の認定手続に関する問題は差し置くとしても,「時効の完成等によって刑を科せられなかった行為」における「等」とはどの範囲までを含むのかは別問題である。
    最も広く解するならば,およそ犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であると民事的に認定されれば足りるのであり,単なる例示として時効の完成が示されているに過ぎないという解釈が成り立つであろう。
    この見解によれば,捜査段階において犯罪の嫌疑が十分あることを前提になされる微罪処分,起訴猶予処分の場合はもちろん嫌疑不十分のための不起訴処分となった場合も含まれ,さらに極端な場合は刑事裁判で無罪であると認定された場合であっても理論的にはD&O保険上の独自認定として犯罪行為と認定されうることになる。
    また,刑事裁判の途中で被告人であった被保険者が死亡し公訴棄却(刑事訴訟法339条4号)となった場合も考えられる。
    社会的事実としては全く同一の事実が民事裁判と刑事裁判とで異なって認定されることもありうるという点は一般的に承認されていることであり,前述の通りD&O保険における犯罪行為の認定を刑事訴訟手続とは別個に民事的に判断すべきものと解する立場を前提とするならば,このように広く解するのが自然であろう。
    もっとも,実務上は被保険者の行為がD&O保険上の「犯罪行為」に該当するか否かの判断の際には,刑事司法当局が当該行為に対してどのような事件処理をしたかが大いに参考にされるであろうから,D&O保険上の事実認定において,刑事手続における取扱いないし事実認定と大きな齟齬が生じるような認定がなされるケースは少ないのではないかと考えられる。

    第6款 第3号−認識ある法令違反

    普通約款5条3号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (3) 法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)行った行為に起因する損害賠償請求

    損害保険の約款には被保険者の故意によって生じた事故を免責とする免責条項が盛り込まれるのが普通であるが,D&O保険の普通約款にはこの故意免責条項が規定されておらず,これは極めて異例である。D&O保険の普通約款に故意免責条項が盛り込まれなかった理由は,被保険者に故意がある場合は本号により免責となるものと考えられたからではないかと思われる。

    1 法令の種類

    「法令」が法律及び命令を含むことは当然である。法律とは国の立法機関が定める法規範であり,命令とは国の行政機関が定める法規範である。
    命令には政令,省令などの種類がある。
    さらに,「法令」には法律・命令の他,憲法,裁判所規則,条例,条約など被保険者を名宛人とする全ての一般的・抽象的法規範が含まれる。諸外国の法令についても同様に解される。
    「法令」は個別・具体的権利義務を定める条項のみに限定されるものではないから,信義則(民法1条2項),公序良俗(民法90条),善管注意義務(民法644条),忠実義務(商法254条の3)等を定める一般条項も「法令」に含まれる。
    よって,被保険者が自ら善管注意義務違反であることを認識しながら行った行為に起因する損害賠償請求は免責となる。

    2 認識の有無

    以上の通り,本号の「法令」の範囲は無限定で極めて広範であるが,その反面,本号の免責に該当するためには法令に違反することについての被保険者の認識を要する。「認識しながら」行ったことを要するから,行為当時に違法であることの認識が必要なのであって,行為の後になって違法であることを認識したのでは足りない。
    従って,被保険者の行為が客観的に法令に違反することが明白であったとしても,その行為当時,法令違反であることを被保険者が認識していなかった場合(そのような法令の存在そのものを知らなかった場合のほか,法令の存在はしっていたが自分の行為がそれに反するものであるとは知らなかった場合)には本号の免責には該当しないことになる。
    被保険者が善管注意義務違反により会社に対して損害賠償責任を負うことになったとしても,当該被保険者に善管注意義務違反の認識がなかった場合には免責とならない。
    約款文言が,「法令に違反すると認識しながら」ではなく,「法令に違反することを認識しながら」とあることから,「法令に違反すること」すなわち客観的な法令違反があることを本号は当然の前提としていると考えられるから,被保険者本人が違法であると信じ込んでいたとしても客観的に判断して違法でなければ本号の免責には該当しないものと考えられる(※ 実際上はあまり発生しそうにないケースではある)。

    3 法令違反の認識の判断方法

    本号は,法令違反の認識がある場合に該当するものとして,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合」を含めており,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合」とはどのような場合を指すのかが大きな問題となる。
    このような場合をも法令違反の認識がある場合として約款上取り扱うこととした約款開発者の動機が,法令違反の認識の有無を巡って被保険者と保険会社との間に争いが生じた場合を想定し,保険会社側の立証を容易にしようと考えたことにあるのは間違いないであろう。
    つまり,保険事故の発生を根拠に保険金請求を受ける保険会社が,免責条項を適用して保険金の支払いを拒むためには自ら免責事由の存在を立証する必要があるところ,法令違反の認識という主観的要素は立証困難であるから,それを直接立証できなくても間接的に「認識していたと判断できる合理的な理由」を立証することで同様の結果を得る手段を用意したものであると考えられる。
    ところで,民事上の事実認定は,当事者間に争いがある場合,終局的には民事裁判における証拠に基づく立証活動の結果によることになるが,証拠に基づく立証の方法には直接証拠によるものと間接証拠によるものとがある。
    直接証拠とは証明主題を直接に証明しうる証拠であり,法令違反の認識が証明主題であるとすれば,例えば「私は法令違反であると認識していました。」という本人の供述などが直接証拠に該当する。直接証拠があれば,その信用性に問題がない限り直ちに証明主題を認定することができる。
    しかし,法令違反の認識があったか否かという人の内心状態についての事実を立証しうる直接証拠は本人の供述以外にはありえないから,かかる事実の存否について争いがあるということは取りも直さず直接証拠が存在しないということを意味するのであり,このような場合には次の間接証拠による立証を図るより他ない。
    間接証拠とは間接事実を証明するための証拠を言い(※ 証拠の信用性を証明する証拠も間接事実と呼ばれる),間接事実とは証明主題を推認させる事実を言う。
    例えば,昨夜自宅付近で雨が降ったことを証明主題とする場合において,翌朝自宅前の道路が濡れていたという事実は間接事実となりうるであろう。
    間接事実からの証明主題の推認は経験則に基づく蓋然性の判断であるから,各間接事実の持つ証明主題についての推認の程度は蓋然性の程度に応じて様々である。
    よって,1つの間接事実が証明されただけでは未だ推認の程度が低く証明主題が立証されたとは言えない場合もある。このような場合でも複数の間接事実を積み上げて証明し推認の程度を高めることによって証明主題を立証することができる。
    以上の,直接証拠による立証と間接証拠による立証について,「A法違反について被保険者が認識していた」という事実を証明主題とする場合を例にとって図示すると次の通りである。

    1 直接証拠による立証

    「私はA法に違反していると認識していました。」という被保険者の供述(直接証拠)

    認定

    A法違反について被保険者が認識していた(証明主題)

    2 間接証拠による立証

    • 当時の社員名簿(間接証拠)→認定→被保険者は当時○○部の部長職を兼任していた(間接事実)
    • 当時の社内権限規定(間接証拠)→認定→○○部はA法と密接に関連する業務を担当していた(間接事実)
    • 問題となった行為についての打ち合わせのメモ(間接証拠)→認定→問題となった行為の中心人物は被保険者であった(間接事実)
    • ………………………………(その他の間接証拠)→認定→……………………………(その他の間接事実)


    認定

    A法違反について被保険者が認識していた(証明主題)

    このように,必ずしも直接証拠によらなくても間接証拠による間接事実の積み重ねにより証明主題を立証することは可能なのである。
    よって,保険会社側としては,法令違反の認識についての直接証拠(本人の供述)が得られなかったとしても,法令違反の認識があったことを推認させる種々の間接事実を立証することによって法令違反の認識があったことを立証して保険金の支払を拒むことができる。
    ここで改めて被保険者に法令違反の認識があったと「判断できる合理的な理由がある場合」について検討する。
    「判断できる合理的な理由がある場合」とは,前述した直接証拠による立証又は間接証拠による立証のいずれによっても立証が不可能な場合を含みうるのであろうか。
    これらの立証が不可能ということは,法令違反の認識があったか否かについて証明の程度が不十分であって真偽不明の状態にあることを意味する。
    このように,法令違反の認識については真偽不明の状態にあるのだとすれば,法令違反の認識があったと合理的に判断することはできないと言うべきである。
    このように考えると,「法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます)」とは,結局直接証拠又は間接証拠によって法令違反についての被保険者の認識が立証された場合を指すのであり,あえて,「判断できる合理的な理由がある場合」を含むと明示したのは立証の方法として間接証拠による間接事実の積み重ねによる推認により立証することも可能であることを注意的に規定したものであると捉えるのが妥当ではないかと思われる。
    これに対し,本号は被保険者に法令違反についての認識がなくても,認識の可能性がある場合には免責となる旨を規定したものであるとする見解もあるが,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます」という文言を根拠として,法令違反の認識なくともその可能性があれば足るという解釈を導き出すのは困難ではなかろうか。
    また,同じく本号の文言からは,法令違反の認識についての証明の程度は,民事裁判において通常要求される証明の程度よりも低いもので足る旨を規定したものであるとする解釈(※ わが国の民事裁判において通常要求される証明の程度は,通常人が疑いを差し挟まない程度の高度な蓋然性が認められる程度であることが求められるが,この証明の程度を緩めて例えば双方の証拠を比較して優越している側について証明があったものと認める等と解釈することなどが考えられる)を導き出すのも困難であると思われる。
    以上の通り,本号の免責が適用されるためにはあくまでの法令違反の認識があることが直接証拠・間接証拠により立証されることを要すると解するときは,約款中の「(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます)」という部分は不要であるとも言える。
    しかし,被保険者と保険会社との間の争いが裁判に持ち込まれる前に,自ら法令違反の認識はなかったと主張する被保険者を前にして保険会社が裁判外の交渉を行う際には,例え本人が否定している場合であっても間接事実の積み重ねにより法令違反の認識を立証することは可能である旨を被保険者に対して主張するにあたり,約款中のこの部分が一定の説得材料となる可能性はあるだろう。

    第7款 第4号−違法な報酬・賞与

    普通約款5条4号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (4) 被保険者に報酬または賞与等が違法に支払われたことに起因する損害賠償請求

    被保険者たる会社役員に対して報酬を支払うためには定款の定め又は株主総会の決議が必要であり(商法第269条,279条等),賞与を支払うためには所定の利益配当の手続(商法281条以下)が必要である。
    このような手続が適法になされずに報酬や賞与等が支払われたことに起因する損害賠償請求は本号により免責となる。
    本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。

    第8款 第5号−インサイダー取引等

    普通約款5条5号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (5) 被保険者が,公表されていない情報を違法に利用して,株式,社債等の売買等を行ったことに起因する損害賠償請求

    本号が想定している典型例としては,証券取引法に違反するいわゆるインサイダー取引がなされた場合が考えられる。
    本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。

    第9款 第6号−贈賄行為等

    普通約款5条6号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (6) 次の者に対する違法な利益の供与に起因する損害賠償請求 [1]政治団体,公務員または取引先の会社役員,従業員等(それらの者の代理人,代表者または家族およびそれらの者と関係のある団体等を含みます。) [2]利益を供与することが違法とされるその他の者

    本号が想定している典型例としては,政治資金規制法に反する政治献金,公職選挙法に反する利益供与がなされた場合が考えられる。刑法上の贈賄行為に該当する行為も含め,本号に該当する行為は同時に普通約款5条2号にも該当することが多いと考えられる。 本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。

  • 第2節 普通約款第6条の免責条項

    普通約款第6条は,次の通り定めた上で免責に該当するものとして第1号から第10号までの損害賠償請求を掲げている。

    (てん補しない損害−その2)
    第6条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。なお,第1号ないし第8号の中で記載されている事由または行為については,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず,それらの事由または行為があったとの申し立てに基づいて被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合にも,本条の規定は適用されます。
    第1款 申立が真実でない場合にも適用(1号〜8号)

    本条1号から8号までの免責事由については,当該免責事由の性質上,なお書きに規定される通りそれが真実でなかった場合にも免責条項が適用される。
    この点は,第5条の免責条項の適用方法とは異なるので注意を要する。

    第2款 第1号−遡及日前の行為

    普通約款6条1号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (1) 初年度契約の保険期間の開始日より前に行われた行為に起因する一連の損害賠償請求

    本条の意義は,損害賠償請求ベースの賠償責任保険において,損害賠償請求の原因事由が遡及日よりも前に生じた場合を免責として取り扱うことを定めたものである。
    D&O保険におけるこのような取扱いについては「第2章第7節 保険期間中の損害賠償請求−損害賠償請求ベース」において既に説明した通りである。
    また,本号で免責として取り扱われる単位となっている「一連の損害賠償請求」についても「第2章 保険金の支払要件 第8節 保険事故の取扱い単位」において既に説明した通りである。
    本号の免責条項は被保険者に対する損害賠償請求の申立が遡及日前の行為を根拠とする限り適用されるから(「実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず」),結果的にそのような行為がなかったものと認定されて被保険者が勝訴した場合であってもそのために要した争訟費用は保険金支払の対象とならない。
    なお,「行為」とは被保険者が行った行為に限定されており(普通約款1条),かつ初年度契約の始期日前に退任した役員は被保険者に含まれないから(普通約款3条3号),かかる退任役員の行為は本号の「行為」には該当しない。
    従って,かかる退任役員の行為に起因して被保険者に対する損害賠償請求がなされた場合には,かかる退任役員の行為に関連して当該被保険者がいかなる行為をどの時点で行ったことにより損害賠償請求がなされたのかを問題とした上で,当該被保険者の行為が行われた時点に基づいて本号の免責条項の適用の有無が判断されることになろう。
    この免責条項に関連して,被保険者が遡及日前の行為を根拠とする損害賠償請求を受けた場合において,結果的に当該行為の時期が遡及日後であることが判明したケースにおいても保険金が支払われないと解釈するとすれば不当ではないかという疑問が投げかけられることがある。
    確かに,真実被保険者の行為が遡及日後になされたのであれば,その行為に起因する損害に対して保険金支払を拒む理由はないというべきであるから,上記のような解釈を取ることは不当であろう。そこで,この点については次のように考えるべきではないだろうか。
    結果的に当該行為の時期が遡及日後であることが判明した場合というのは,当該行為の時期は遡及日後であるという主張が損害賠償請求者の側から仮定的ないし予備的に行われていることが通常であると考えることができる。
    このように考えると,当該仮定的ないし予備的主張については本号の免責条項は適用されず保険金支払の対象になるものと考えられる。
    よって,前記の疑問が投げかけられたケースについては本号の免責条項は適用されないものと解する。
    ただし,例外的に損害賠償請求者の側ではあくまでも遡及日前の行為のみを主張しているとしか解釈できないようなケースでは本号の免責条項が適用されると言わざるを得ないだろう。

    第3款 第2号−遡及日前の会社に対する訴訟

    普通約款6条2号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (2) 初年度契約の保険期間の開始日より前に会社に対して提起されていた訴訟およびこれらの訴訟の中で申し立てられた事実と同一または関連する事実に起因する損害賠償請求

    本号の免責の趣旨は,1号と同様である。
    損害賠償請求ベースの賠償責任保険において,損害賠償請求の原因事由が遡及日よりも前に生じた場合を免責として取り扱う趣旨は,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入しようとする逆選択が生じることを防止しようとする点にある。
    会社に対して何らかの訴訟が提起されている場合は,その訴訟で問題とされている事実又は関連する事実に起因して将来的に会社役員に対して損害賠償請求が提起されるリスクが類型的に増加するものと考えられる。
    そうすると,このようなリスク増加を基礎とする逆選択が生じる可能性があるから,この可能性を排除するために本号の免責条項が置かれたものであると考えられる。
    なお,遡及日前に会社に対して提起されていた訴訟が仮に被保険者の行為に起因するものであれば本号の適用を待つことなく普通約款6条1号により当然に免責となる。
    よって,本号の存在意義は被保険者の行為に起因しない訴訟であっても会社に対する訴訟提起があれば免責となりうることを定めた点にあるものと言える。

    第4款 第3号,第4号−保険の重複適用の回避

    普通約款6条3号及び4号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (3) この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合(知っていたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)に,その状況の原因となる行為に起因する一連の損害賠償請求
    (4) この保険契約の保険期間の開始日より前に被保険者に対してなされていた損害賠償請求の中で申し立てられていた行為に起因する一連の損害賠償請求

    この2つの免責条項は,「この保険契約の」という文言を用いており,1号及び2号における「初年度契約の」という文言ではないことからも分かる通り,1号及び2号とは趣旨が異なり,同一の保険事故について複数のD&O保険契約が重複して適用される事態を回避するために設けられた免責条項である。
    このような重複適用回避の取扱いについては,「第2章 保険金の支払要件 第8節 保険事故の取扱い単位 第2款 一連の損害賠償請求単位で取り扱われる事項 3 保険の重複適用回避のための規定」において既に述べた通りである。

    第5款 第5号−環境汚染

    普通約款6条5号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (5) 直接であると間接であるとを問わず,次の事由に起因する損害賠償請求
    [1] 汚染物質の排出,流出,いっ出,漏出またはそれらが発生するおそれがある状態
    [2] 汚染物質の検査,監視,清掃,除去,漏出等の防止,処理,無毒化または中和化の指示または要請
    汚染物質とは固体状,液体状もしくは気体状のまたは熱を帯びた有害な物質または汚染の原因となる物質をいい,煙,蒸気,すす,酸,アルカリ,化学物質および廃棄物等を含みます。廃棄物には再生利用される物質を含みます。

    損害保険制度は,個々の独立したリスクを多数集積することによって全体としての収支の安定を図るという技術の上に成立している制度であり,収支を安定させるためにはリスクの評価が困難であるにもかかわらず巨大な損害を発生させるおそれのあるリスクなどの個性の強い特殊なリスクを排除してできる限り等質なリスクを集めることが要請される。
    このような観点から,保険約款には特殊なリスクを保険金支払対象から除外するために免責規定が置かれる場合がある。
    この第5号の免責事由も,特殊リスクを排除するという観点から置かれたものである。環境汚染に起因する事故を免責とする取扱いは賠償責任保険において広く見受けられる手法であり,D&O保険だけの特異な取扱いではない。
    企業が抱える環境汚染についての賠償リスクを担保する保険として環境汚染賠償責任などが一応存在するが,D&O保険における本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段として用いることができるような保険商品ではない。

    第6款 第6号−原子力

    普通約款6条6号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (6) 直接であると間接であるとを問わず,核物質の危険性またはあらゆる形態の放射能汚染に起因する損害賠償請求 核物質とは,核原料物質,特殊核物質または副生成物をいいます。危険性には,放射性,毒性または爆発性を含みます。

    本号の免責事由も,5号と同様に特殊リスクを排除するという観点から設けられたものである。原子力に起因する事故を免責とする取扱いは賠償責任保険における原則的手法であり,D&O保険だけの特異な取扱いではない。
    原子力関連施設が抱える原子力についての賠償リスクを担保する保険として原子力損害賠償責任が一応存在するが,D&O保険における本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段として用いることができるような保険商品ではない。

    第7款 第7号−身体障害・財物損壊・人格権侵害

    普通約款6条7号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (7) 次に掲げるものに対する損害賠償請求
    [1] 身体の障害(疾病または死亡を含みます。)または精神的苦痛
    [2] 財物の滅失,き損,汚損,紛失または盗難(それらに起因する財物の使用不能損害を含みます。)
    [3] 口頭または文書による誹謗,中傷または他人のプライバシーを侵害する行為による人格権侵害

    5号,6号に規定される事由と比較すると,本号が列記する事由は特殊な事由ではなくむしろ企業活動に伴って頻繁に生じうるごくありふれた事由であると言える。
    企業が抱えるこの種の事由に起因する損害賠償リスクに対しては,施設賠償責任保険,生産物賠償責任保険(PL保険),請負業者賠償責任保険等の一般的賠償責任保険,企業包括賠償責任保険(アンブレラ保険),労働災害総合保険,自動車保険等の様々な保険商品が従来から用意されている。
    わが国においては,通常この種の事由に起因して損害賠償請求を受けるのは会社のみであり,会社役員が損害賠償請求を受けるという事態はあまり生じない。
    例えば,食品会社から購入した食品によって食中毒になった被害者がPL法に基づいて損害賠償訴訟を提起する場合,被告とされるのは会社であって,会社役員を被告とすることはわが国ではあまり考えられない。ところが,米国においては企業と合わせて会社役員も損害賠償請求を受けるという事態がしばしば発生し,この種の損害賠償リスクに対応するPL保険等の保険商品の側でも会社と合わせて会社役員を被保険者とする取扱いが一般化していることから,会社役員はかかる保険商品を利用することによってこの種の損害賠償リスクに対応することができる。
    そこで,本号が列記する事由に起因する損害賠償リスクについては前記の一般的賠償責任保険等によって対応すべきであるとの観点から設けられたのが本号の免責条項である。
    また,この種のリスクはどちらかと言えば企業活動そのものに内在するリスクであるところ,D&O保険はそのような企業活動を会社役員としてどのようにコントロールするかという企業経営のリスクに対応した保険であって,企業活動そのものに内在するリスクを対象とするものではないという説明も妥当すると考えられる。
    そこで,この種のリスクが会社役員による企業経営のリスクにまで発展した場合にはD&O保険の対象として捉えることが可能であるから,本号の免責条項は適用されない。
    この旨を示すため,本号では5号,6号で用いられている「…に起因する」損害賠償請求という文言ではなく,「…に対する」損害賠償請求という文言が用いられている。その意味は,身体の障害,財物の滅失等の被害を被った被害者からの直接的な損害賠償請求は免責であるが,これらの事由に起因して会社役員に対してなされたその他の損害賠償請求は免責とならないということである。
    例えば,PL事故の被害者から会社役員に対する損害賠償請求は免責となるが,PL事故が多発した結果,会社の経営状況が悪化したことについて事故管理体制の不備を理由として株主が会社役員に対して提起した株主代表訴訟は免責とならない。
    なお,上記の通りわが国では本号が列記する事由に起因して会社役員が損害賠償請求を受けるという事態はあまり生じないことから,一般の賠償責任保険等は必ずしも会社と合わせて会社役員も被保険者にするという取扱いをしていないことがあり,PL保険等一般の賠償責任保険等が本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段とならない場合があることに注意しなければならない。
    この問題点については,将来的には一般の賠償責任等において会社役員も被保険者に追加するという取扱いを原則とすることによって解消されるべきであろう。

    第8款 第8号−子会社でない間の役員の行為

    普通約款6条8号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (8) 記名子会社の役員に対する損害賠償請求のうち,記名法人が直接であると他の子会社を通して間接であるとを問わず,その記名子会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有していなかった間に行われた行為に起因する損害賠償請求

    「第2章 保険金の支払要件 第3節 会社 第2款 記名子会社」において既に述べた通り,D&O保険では,記名法人の子会社を記名子会社として指定することによりその役員を被保険者として含めることが可能である。
    D&O保険における子会社とは,「直接であるとまたは他の子会社を通して間接であるとを問わず,記名法人が発行済株式(議決のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有している,または所有していた法人」と定義されており(普通約款3条7号),現在は法律上の子会社でなくても,かつて法律上の子会社であった会社はD&O保険上は子会社として取り扱われ,記名子会社に指定することができる。すなわち,その会社の役員をD&O保険の被保険者として取り扱うことができる。
    しかし,その場合であっても,保険の対象となる記名子会社の役員の行為は,当該会社が記名法人の法律上の子会社であった時の行為に限られるのであって,本号はその旨を規定するものである。

    第9款 第9号−被保険者間請求・会社からの請求

    普通約款6条9号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (9) 他の被保険者または記名法人もしくはその子会社からなされた損害賠償請求,ならびに株主代表訴訟であるか否かを問わず,被保険者または記名法人もしくはその子会社が関与して,記名法人もしくはその子会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求

    会社の支配権を巡って会社役員間で紛争が生じることは珍しくない。
    かかる紛争が激化した結果役員どうしの間で損害賠償請求がなされることも考えられるし,一方の会社役員が会社を代表することによって会社から他方の対立役員に対して損害賠償請求がなされることも考えられる。
    このような紛争は小規模閉鎖的企業,同族支配企業等において多く見受けられ,お家騒動型の紛争と呼ばれる。
    この種の紛争に基づく損害賠償リスクは紛争の当事者である会社役員にとっては切実なリスクとして感じられるであろうが,会社の外部者である保険会社の側がこのようなリスクを事前に正確に評価することはかなり困難である。
    よって,この類のリスクに関しては,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入しようとする逆選択による弊害が顕著に生じることになる。
    そこで,かかる弊害を排除すべく本号は会社役員たる被保険者間の損害賠償請求,記名法人又はその子会社からなされた損害賠償請求を免責としている。
    本号は「記名子会社」ではなく「子会社」と規定していることから,記名子会社を指定せず子会社の役員を被保険者に追加していない場合であっても,子会社からの損害賠償請求については免責となる。
    また,形式的には被保険者,記名法人又はその子会社からの損害賠償請求でない紛争形態であっても,裏で被保険者,記名法人又はその子会社が関与し,実質的なお家騒動型の紛争がそのような形態を借用して具現化されているに過ぎず,実際は被保険者,記名法人又はその子会社がその損害賠償請求を裏から実質的にコントロールしている場合も考えられるから,本号はこのような場合も想定して,株主代表訴訟であるか否かを問わず,被保険者または記名法人もしくはその子会社が関与して,記名法人もしくはその子会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求も免責としている。
    「有価証券」の意味およびなぜ有価証券を所有する者に限定しているのかという趣旨は明らかでないが,本条の趣旨としては,結局のところ会社や役員が別の者の名義を借りて訴訟提起する場合を免責とする点にあるものと言える。

    第10款 第10号−大株主からの請求

    普通約款6条10号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。

    (10) 会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数につき,保険証券記載の割合(会社が複数である場合には,個々にその割合を算出するものとします。)以上を直接であると間接であるとを問わず所有する者(株主権行使の指示を与える権限を有する者を含みます。以下「大株主」といいます。)からなされた損害賠償請求,または株主代表訴訟であるか否かを問わず,大株主が関与して,会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求

    本条9号で想定されているようなお家騒動型の紛争は,会社役員間や会社から会社役員に対する損害賠償請求の形態だけではなく,会社の創業者一族にその典型例を見ることができるような大株主からの訴訟という形態によってももたらされうる。
    そこで,本号は9号と同様にお家騒動型の紛争を免責とすべく大株主からの損害賠償請求を免責と規定している。
    そして,9号の場合と同様に,形式的には大株主以外の者からの損害賠償請求という紛争形態であっても,裏で大株主が関与し,実際は大株主がその損害賠償請求を裏から実質的にコントロールしている場合も考えられるから,本号はこのような場合も想定して,株主代表訴訟であるか否かを問わず,大株主が関与して,会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求も免責としている。 本号により,「大株主」とは議決権のない株式を除く会社の発行済株式総数につき,保険証券記載の割合以上を直接であると間接であるとを問わず所有する者とされるから,大株主として取扱われるための持株割合(大株主割合)はD&O保険契約の締結時に定められ保険証券上に記載されることになる。
    大株主割合は高いほうが本号の大株主免責に該当するケースが少なくなるから保険契約者・被保険者の側にとっては有利である。
    具体的な数値としては5%で設定されるのが実務上の原則であるが時折例外が見られないではない。 大株主割合は,「会社が複数である場合には,個々にその割合を算出するものとします」とされているから,例えば記名法人1社と記名子会社1社があり,大株主割合が5%として設定されているD&O保険契約において,ある者が記名法人の株式の20%を保有し記名子会社の株式を3%保有している場合,2つの会社の株式数を合算して計算するとこの者が5%を超える株式を保有している計算になるような場合であっても,その者は記名法人との関係では大株主であるが,記名子会社との関係では大株主ではないことになる。
    また,大株主とされるための株式所有については「株主権行使の指示を与える権限を有する者を含みます」とされているから,他人名義の株式であっても当該他人に対してどのように株主権を行使すべきか指示を与える権限を持っている者は本号との関係では株式の所有者であるものとして取扱われるものとなる。

  • 第3節 普通約款第7条の免責条項−株主代表訴訟敗訴

    普通約款7条は次の通り規定している。

    (てん補しない損害−その3)
    第7条 当会社は,被保険者に対して株主代表訴訟等による損害賠償請求がなされ,その結果,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害をてん補しません。
    2.前項の規定は,法律上の損害賠償責任を負担することとなった被保険者以外の被保険者については,これを適用しません。

    D&O保険は会社役員を被保険者とするものであるが,その保険料を会社役員ではなく会社が負担することが果たして適法であるかどうかを巡って議論がある。特に会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースに対応する保険料を会社が負担することの適法性に対して強い疑問が投げかけられた。
    そこで,このような問題点を解消するため,D&O保険では会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払に対応する保険料と,それ以外のケースについての保険金支払に対応する保険料とを明確に区分し,前者については会社が負担することを許さず,被保険者たる会社役員が自己負担すべきものとする取扱いとした。
    そして,このような取扱いを可能とするために,会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払は普通約款から切り離して株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金を支払うという約款構成を採用した上で,この特約条項についての保険料は会社役員が自己負担すべきであるという取扱いをするものとした(※ 以上のようなD&O保険の適法性を巡る議論及びこれに対するD&O保険の側での対応については「第1章 会社役員賠償責任保険(D&O保険)の概要 第3節 D&O保険の沿革 第5款 D&O保険の問題点の顕在化」以下において既に述べた)。
    本条の免責条項は,会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払を普通約款から切り離すために設けられたものである。
    本条は被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を免責としている。他方,D&O保険契約に必ず附帯される株主代表訴訟担保特約条項第1条は,「当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第7条(てん補しない損害—その3)の規定にかかわらず,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を,当会社所定の保険料の支払いを条件にてん補します。」と定めており,普通約款7条の免責条項で保険金支払対象から除外されている部分につき改めて保険金支払対象とする旨定めている(※ このように,約款上の原則として保険金支払対象外とされているものにつき特則をもって保険金支払対象とする取扱いを復活担保と呼んでいる)。
    また,この特約条項の文言においてこの特約条項に対応する保険料を別途支払うべきことを要することが明示されている。
    「株主代表訴訟担保特約条項」というタイトルから,株主代表訴訟による損害賠償請求については普通約款では全く保険金が支払われずこの特約条項に基づいて支払われるとの誤解が生じがちであるが,普通約款7条とこの特約条項の文言を見ればわかる通り,特約条項の守備範囲とされているのは被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担した場合の損害についてのみである。従って,被保険者が株主代表訴訟を提起された場合であっても結果的に勝訴し会社に対する損害賠償責任を負担しないことになった場合の争訟費用の損害は株主代表訴訟担保特約条項ではなく普通約款に基づいて保険金支払対象となる。
    この点を含め,D&O保険における被保険者に対する各種訴訟の取扱いを図示すると次の通りである。

    会社訴訟(会社が訴訟提起した場合)株主代表訴訟第三者訴訟(左以外)
    被保険者勝訴の場合保険金支払対象外(普通約款6条9号)普通約款で保険金支払対象普通約款で保険金支払対象
    被保険者敗訴の場合保険金支払対象外(普通約款6条9号)株主代表訴訟担保特約条項で保険金支払対象普通約款で保険金支払対象

    普通約款7条2項が規定するとおり,本条の免責条項は被保険者ごとに個別に適用される。よって,一つの株主代表訴訟において複数の被保険者が訴えられ一部の被保険者のみが敗訴した場合は,敗訴した被保険者についてのみ本条の免責条項が適用され勝訴した被保険者については本条の免責条項は適用されないことになる。
    つまり,敗訴した被保険者には株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金が支払われ,勝訴した被保険者には普通約款に基づいて保険金が支払われるということになる(※ ただ,このような区別は全く観念的なものである。
    普通約款による保険カバーと株主代表訴訟担保特約条項による保険カバーは被保険者が会社に対して損害賠償責任を負担する場合であるか否かという点で区別されているに過ぎず,その他の保険カバーの面において相違する点は皆無であり,全く同等の条件下で保険金が支払われる)。

  • 第4節 普通約款第8条の免責条項−会社の合併等

    普通約款8条は次の通り規定している。

    (てん補しない損害−その4) 第8条 当会社は,保険期間中に次の各号に定める取引(以下「取引」といいます。)が行われた場合には,取引の発効日の後に行われた行為に起因する損害賠償請求がなされたことにより,被保険者が被る損害をてん補しません。なお,この場合においても当会社は保険料を返還しません。
    (1) 記名法人が第三者と合併すること,または記名法人の資産のすべてを第三者に譲渡すること。
    (2) 第三者が,記名法人の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を取得すること。
    2.保険契約者または被保険者が,前項に規定する取引が行われた事実を遅滞なく当会社に対して書面により通知し,当会社が前項の規定を適用しないことを書面により承認した場合は,この限りではありません。

    本条第1号により,保険期間中に次のいずれかの事由が発生した場合は,その後に行われた行為に起因する損害賠償請求については免責となる。
    (1) 記名法人が第三者と合併した場合
    (2) 記名法人がその資産をすべて第三者に譲渡した場合
    (3) 第三者が記名法人の発行済み株式(議決権のない株式を除く。)総数の50%を超える株式を取得した場合
    これらの事由は,会社経営の根幹に関わる重要事項の変化であり,D&O保険上のリスクを著しく変化させるおそれがあるため,本条はその後の無条件での保険カバーの提供を行わない旨を定めたものである。
    これらの事由があるにもかかわらず,保険会社の側で引き続き保険カバーの提供が可能であると判断すれば,継続して保険カバーを提供できる途が用意されている(本条2項)。
    すなわち,これらの事由が発生した事実を遅滞なく保険会社に書面にて通知し,保険会社が書面により本条の免責条項を適用しないことを承認すれば引き続き保険カバーが提供されることになる。保険会社はこの承認を行うにあたって,追加保険料を徴し,附帯特約条項を追加して保険条件を一部変更するなどの措置を取ることもありうる。
    本条により免責となるのは,前述の3種類の事由が生じた後に行われた行為に起因する損害賠償請求である。したがって,これらの事由の後に生じた損害賠償請求であっても,その原因行為がこれらの事由の前に行われた場合であれば免責とはならない。
    よって,本条によって保険カバーが全く失われるわけではない。本条1項なお書きが保険料を返還しないと定めているのはこのような点も踏まえたものであると考えられる。
    本条が定める3つの事由が発生する場合,D&O保険実務上は,本条が規定するようにこれらの事由が生じた後に事後的に通知・承認手続を行うのではなく,これらの事由が発生する前に保険契約者と保険会社と協議の上で,これらの事由の後のD&O保険をどのようにするかを定めておくのが通常の取扱いであると思われる。
    具体的な手続としては,会社合併の場合であれば合併の日をもって従来からのD&O保険契約を解約し,同日付で合併後の新会社を保険契約者とするD&O保険契約を締結する方法が一般的であると思われる(※ その他,従来からの保険契約者であった会社が存続する場合は,従来からのD&O保険契約を維持しつつ,合併の日をもって従来からの保険条件を変更する方法もありうる)。
    会社合併に伴い新しいD&O保険契約を締結し直す場合,その新契約の保険条件は保険契約者と保険会社との間の協議・交渉によって定めることになるが,その際には次のような点に注意する必要がある。 まず,合併前の複数の会社がいずれもD&O保険契約を締結していることもあるから,特に合併により消滅する会社のD&O保険契約により被保険者とされていた者が新しいD&O保険でも従来と同様に被保険者の地位を保つのかどうかには注意を払うべきである。
    また,新しいD&O保険において従来のD&O保険から保険条件の変更があった場合,その変更はどの損害賠償請求から適用されるのかという基準時にも注意すべきである。
    合併前になされた行為についてもこれに起因して合併後になされた損害賠償請求については新条件が適用されるのか,それとも新条件が適用されるのは合併後になされた行為に起因する損害賠償請求に限られるのかという点である。
    その他,従来それぞれの会社が締結していたD&O保険契約における遡及日が相違する場合,新しいD&O保険契約の遡及日をどのように定めるのかも注意すべきである。
    方法としては,古い日付けに統一する方法(保険契約者有利),新しい日付けに統一する方法(保険会社有利),それぞれの会社ごとに遡及日を別々に残しておく方法(内容的には無難な方式であるが,その旨の特約条項を作成して附帯する等契約方式がやや複雑になる)が考えられる。

第5章 担保地域・管轄裁判所・準拠法

  • 第1節 原則として全世界担保

    D&O保険は,株式を公開している大規模企業を主要な契約者として想定しており,このような大企業は世界規模で活動していることが多いことから,D&O保険の担保地域(※ 保険適用地域ないし証券適用地域などとも呼ばれる)は全世界とするのが基本形である。
    すなわち,被保険者たる会社役員の行為が世界中のどこでなされた場合であっても,また会社役員に対する損害賠償請求が世界中のどこでなされようとも保険金支払の対象になるということである。
    このことは普通約款の明示するところではないが,普通約款中に「懲罰的損害賠償金」「倍額賠償金」といったわが国の法制度の下では存在しない用語が使用されていたり(普通約款3条5号),「保険証券発行地の標準時」(普通約款4条2項)という文言が用いられていたりすることから,D&O保険は全世界担保を暗黙の前提としているものと言える。

  • 第2節 日本国内のみ担保の保険条件

    D&O保険の契約者の中には,全世界展開はしておらず,もっぱら日本国内でのみ活動している会社もあり,そのような会社の中には日本国内における事故のみ保険の対象とすれば足ると考える会社もありうる。
    そこで,担保地域を日本国内のみに限定してD&O保険を設計することも可能とされている。この場合,担保地域を日本国内のみに限定する旨の特約条項を附帯するのが一般的な取扱いである。
    保険契約者側にとって,担保地域を日本国内のみに限定するメリットは保険料が安くなるという点のみである。ただ,もともと日本国内のみでしか活動していない会社は,海外でのリスクはほとんど抱えていないため,保険条件を全世界担保とする場合と日本国内のみ担保とする場合とでさほど保険料が変わるものではない。
    よって,双方の保険料を比較した上で保険料がさほど変わらないというのであれば,万一の事故に備えるという保険の意味からも,保険事故発生時にそれが日本国内での事故であるのか海外での事故であるのかの判別を巡って保険会社との間でトラブルを抱えずに済むという意味からも全世界担保の保険条件としておくことが好ましい。
    日本国内のみ担保の保険条件の下で,具体的にどのような事故をもって日本国内の事故と定義して保険金支払の対象とするかについては様々な定め方がありうる。
    従って,保険契約者としてはその定義の内容を十分に検討して,自らが希望する保険カバーが真にその定義によって得られるのかどうかを慎重に検討する必要がある。
    例えば,日本国内のみ担保の保険条件として,損害賠償請求の原因となる会社役員の行為が行われた場所及び損害賠償請求がなされた場所のいずれもが日本国内である場合が日本国内の事故として取り扱われ,この場合にのみ保険金が支払われるという定め方がある。
    このような定め方の下において,会社役員の何らかの行為がなされ,その行為が原因で会社役員に対して損害賠償請求がなされた場合に,それら行為の場所や損害賠償請求がなされた場所を決定することは必ずしも容易ではない。
    社長が休暇中に海外旅行に行き,その途中で仕事を思い出して海外から電子メールによって日本国内の会社の従業員に指示を出した場合この社長の行為がなされた場所は海外ということになるのか,公海上を航海する船の中からの指示であった場合はどうか,また,日本の会社と取引した外国人が本国に帰国した後で,日本に住む当該会社の役員に対して損害賠償を求める手紙を出してこの役員にもとに到達した場合この損害賠償請求がなされた場所は海外ということになるのか,といった具体的事例を想定してみれば,役員の行為や損害賠償請求の場所を決定することが必ずしも容易でないことが分かるであろう。
    このような判別困難なケースがありうることを考えると,やはり前述の通り担保地域は全世界としておくことが望まれる。
    また,ほとんど日本国内のみでしか活動していない会社であれば,担保地域を全世界にした場合の保険料と担保地域を日本国内のみにした場合の保険料との差はそれほど大きくないはずであるから,そのような意味からも万一の事態を想定して担保地域を全世界としておくことは有力な選択肢であると考えられる。
    なお,全世界担保ではなく日本国内のみ担保でもないという担保地域を設定することも一応可能であるが,実務上そのようなニーズはほとんどないようである。

  • 第3節 管轄裁判所

    普通約款28条はD&O保険契約に関する訴訟の際の管轄裁判所について次の通り定める。

    (管轄裁判所)
    第28条 この保険契約に関する訴訟については,日本国の裁判所を合意による管轄裁判所とします。

    保険契約上の権利義務を巡って,保険契約者・被保険者と保険会社との間で訴訟が起きることが考えられる。
    訴訟の関係当事者が日本人だけであれば外国の裁判所に訴訟が提起されることはまず考えられないが,D&O保険は全世界担保を原則としており海外子会社の役員を被保険者とすることもあるから,海外に在住する会社役員である被保険者と保険会社との間で訴訟が起きることも考えられる。
    本条は,そのような場合の管轄裁判所を日本国の裁判所と定めるものである。
    本条が適用されるのは,D&O保険上の権利義務を巡る訴訟についてのみであるから,保険事故としての訴訟すなわち被保険者が被害者から損害賠償請求を受ける訴訟については本条の適用対象外である。
    よって,海外子会社の役員が現地の裁判所において損害賠償請求を受けた場合であっても問題なく保険金支払対象になる。

  • 第4節 準拠法

    普通約款29条はD&O保険契約に関する準拠法について次の通り定める。

    (準拠法)
    第29条 この約款の解釈およびこの約款に規定のない事項については,日本国の法令に準拠するものとします。

    本条も前条の管轄裁判所に関する規定と同様に,保険契約上の権利義務を巡る保険契約者・被保険者と保険会社との間の紛争について適用される規定である。
    これにより,約款解釈及び約款上規定のない事項については日本国の民事に関する法令が適用されることになる。
    適用される代表的な法令としては民法及び商法中の損害保険に関する規定が挙げられる。これらの法令の定めは強行規定でない限り,D&O保険に適用される約款における定めの趣旨に反しない限度で適用されることになろう。

第6章 特約条項

  • 第1節 概観

    特約条項とは,普通保険約款とは別に必要に応じて追加的に附帯される契約条款をいう。
    D&O保険では,定型の特約条項として株主代表訴訟担保特約条項及び会社補償担保特約条項が用意されている。この2つの特約条項はD&O保険が開発された時に同時に開発された特約条項であり,すべての保険会社が同じ特約条項を使用している。
    この2つの特約条項の他にも,D&O保険では各保険会社の判断に基づき必要に応じて特約条項を作成した上で個別のD&O保険契約に任意に附帯してよいものとされており,実際にも各保険会社はそれぞれ工夫を凝らした特約条項を作成し状況に応じて使い分けている。
    保険会社が販売する保険商品と言えば,保険業法による法的規制や金融庁(かつては大蔵省)による行政的規制により事前に認可を受けた定型的な約款しか用いることができないというイメージを持たれることがあるが,このようなイメージがあてはまるのは自動車保険や住宅対象の火災保険など一般消費者向けに大量販売される保険商品であり,現在企業向けに販売される保険商品の多くは規制緩和の影響を受け保険会社が自由に判断できる広い裁量幅を具備するものが多い。
    D&O保険もそのような企業向け保険商品の1つに位置づけられ,各保険会社は特約条項を任意に作成し個々の契約に附帯することができるという取扱いになっている。
    かかる取扱いをすることについて金融庁への認可申請や届出等の行政的手続は不要であって,各保険会社独自の判断で実施することができる。なお,このような特約条項の取扱いを特約自由と呼ぶ。

  • 第2節 株主代表訴訟担保特約条項

    株主代表訴訟担保特約条項は,第1条(当会社のてん補責任)から第3条(普通約款との関係)までから成る特約条項であって,普通約款7条に規定される免責条項の効力を否定し,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害をてん補する旨を定める特約条項であり,D&O保険の全契約にこの特約条項が附帯される。
    全契約に附帯するのであれば,普通約款の中に盛り込んでしまえばよいはずであるが,あえて特約条項という形態で規定している理由については,普通約款7条についての説明の部分で述べたが,かいつまんで説明すると,この特約条項に基づく保険カバーに対応する保険料を会社が負担することは違法ではないかという疑義があったため,この部分の保険料を被保険者たる会社役員が個人負担することを前提に,その余の部分の保険料から切り離して保険料提示することを可能とするため,この部分の保険カバーを特約条項の形態で独立させたというものである。

    第1款 免責条項該当部分の復活担保

    株主代表訴訟担保特約条項第1条は次の通り定めている。

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第7条(てん補しない損害—その3)の規定にかかわらず,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を,当会社所定の保険料の支払いを条件にてん補します。

    この規定は,普通約款7条1項の「当会社は,被保険者に対して株主代表訴訟等による損害賠償請求がなされ,その結果,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害をてん補しません」という文言と表裏一体となっており,株主代表訴訟担保特約条項が普通約款7条1項による免責条項該当部分について復活担保する旨定めたものである。
    他の部分から切り離されたこの特約条項部分の保険料を被保険者たる会社役員が負担することを念頭に置いているため,「当会社所定の保険料の支払いを条件に」という文言が挿入されている。
    この特約条項が発動されるのは,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に限られるから,たとえ被保険者が株主代表訴訟を受けた場合であっても結果的に勝訴して会社に対して損害賠償責任を負担せずに済んだ場合の損害(争訟費用)はこの特約条項の支払対象外である(普通約款に基づいて支払われる)。

    第2款 普通約款と共有のてん補限度額

    株主代表訴訟担保特約条項第2条は次の通り定めている。

    (てん補責任限度額)
    第2条 当会社がこの保険契約でてん補する金額は,普通約款,この特約条項およびその他の特約条項でてん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。

    D&O保険のてん補限度額は当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額の限度として定められるが,株主代表訴訟担保特約条項に基づいて支払われる保険金もこのてん補限度額とは別個に支払われるのではなく,普通約款その他の条項に基づいて支払われる保険金と合算してこのてん補限度額の枠内でのみ支払われることになる。

    第3款 普通約款との関係

    株主代表訴訟担保特約条項第3条は次の通り定めている。

    (普通約款との関係)
    第3条 この特約条項に規定しない事項については,この特約条項に反しない限り,普通約款の規定を適用します。

    株主代表訴訟担保特約条項は,普通約款7条の免責該当部分を復活担保するという以上の独自の意義を有するものではないから,普通約款で規定されている7条以外の免責条項その他の条項は,本条が規定する通り株主代表訴訟担保特約条項に対しても適用されることになる。

  • 第3節 会社補償担保特約条項

    会社補償担保特約条項は,第1条(当会社のてん補責任)から第4条(普通約款との関係)までから成る特約条項であって,会社役員が職務遂行に起因して損害賠償請求を受けたことによって被る損害を会社が契約,定款等に基づいて補償することによって会社が被る損害をてん補する旨を定める特約条項である。
    D&O保険がこのような会社の損害をてん補する取扱いを用意している理由及びこの取扱いが特約条項によって実現されている理由については「第1章 会社役員賠償責任保険(D&O保険)の概要 第3節 D&O保険の沿革 第6款 改定後のD&O保険の対応 1 和文約款」において既に述べた。
    会社が会社役員に対して上記のような補償を行うことを会社補償と言うが,わが国において会社がこのような会社補償を実施することは違法であると解する見解が圧倒的多数である。
    よって,わが国の会社の役員のみを被保険者とするD&O保険契約においては会社補償担保特約条項は無用である。
    この特約条項が意味を持つのは会社補償を実施することが法的に許される国・法域に所在する会社を記名子会社として指定する場合のみである。
    このような場合であっても,この特約条項が強制的に附帯されるものではなく会社補償担保特約条項を附帯するか否かは一応選択の余地があるが,会社役員の損害を保険で直接てん補するのか,それとも会社役員の損害を補償した会社の損害を保険でてん補するのかという点にリスク上の相違はほとんどなく実質的には同じリスクを担保するのであるから,会社補償が適法である可能性のある記名子会社が存在する場合はこの特約条項を附帯することが一般的である。

    第1款 会社補償担保

    会社補償担保特約条項第1条は次の通り定めている。

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第1条(当会社のてん補責任)の規定のほか,役員が会社の役員としての業務につき行った行為(不作為を含みます。)に起因して保険期間中に損害賠償請求がなされた場合において,会社が,法律,契約または定款等に基づいて適法に,普通約款およびその他の特約条項によっててん補すべき損害の補償を役員に対して行ったことによって生じる損失(以下「損失」といいます。)をてん補します。

    「普通約款およびその他の特約条項によっててん補すべき損害」という文言から分かる通り,この特約条項は会社補償がなされなければD&O保険の普通約款等によって被保険者たる会社役員に対して支払われたであろう保険金に相当する損害に対してのみ保険金が支払われることを規定している。
    会社が補償したことによる会社の損失に対して保険金が支払われるのであるから,理論的にはこの特約条項における被保険者は会社ということになるが,実質的には損害を被った会社役員に対して会社を通じて保険金を支払うという構造になっている。
    会社が補償したことによる会社の不利益のことを本条は「損失」と定義しているが,これは既に「損害」という用語が会社役員の不利益を指すものとして普通約款1条で定義されて用いられていることから用語を変えたものであると考えられる。

    第2款 読替規定

    会社補償担保特約条項第2条は次の通り定めている。

    (読み替え規定)
    第2条 この特約条項の適用にあたっては,次の通り普通約款を読み替えて適用します。
    (1) 普通約款第22条(争訟費用,法律上の損害賠償責任)第1項,第24条(保険金の請求),第25条(保険金の支払い),第26条(評価人および裁定人)および第27条(代位)の規定中「被保険者」とあるのを「会社」
    (2) 第9条(てん補責任限度額),第10条(他の保険契約との関係),第24条(保険金の請求)および第27条(代位)の規定中「損害」とあるのを「損失」

    前述の通り会社補償担保特約条項についての被保険者が理論的には会社であること及び会社の不利益を指すものとして「損害」という用語を避けて「損失」という用語を使用したことに伴い,普通約款を適用する際に必要となる読み替えを本条は定めたものである。

    第3款 普通約款と共有のてん補限度額

    会社補償担保特約条項第3条は次の通り定めている。

    (てん補責任限度額)
    第3条 当会社がこの保険契約でてん補する金額は,普通約款,この特約条項およびその他の特約条項でてん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。

    本条の文言は,株主代表訴訟担保特約条項第2条と全く同一であり,その意図するところも全く同じである。
    すなわち,D&O保険のてん補限度額は当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額の限度として定められるが,会社補償担保特約条項に基づいて支払われる保険金もこのてん補限度額とは別個に支払われるのではなく,普通約款その他の条項に基づいて支払われる保険金と合算してこのてん補限度額の枠内でのみ支払われることになる。
    ただし,免責金額については普通約款や株主代表訴訟担保特約条項に基づいて支払われる保険金について適用される免責金額とは別個に,この会社補償担保特約条項に基づく支払保険金についてのみ適用される免責金額が設定されることが一般的であり,その免責金額の水準は500万円,1000万円といった比較的高い水準であることが多い。

    第4款 普通約款との関係

    会社補償担保特約条項第4条は次の通り定めている。

    (普通約款との関係)
    第4条 この特約条項に規定しない事項については,この特約条項に反しない限り,普通約款の規定を適用します。

    本条はその文言も意図するところも株主代表訴訟担保特約条項第3条と全く同じであり,普通約款で規定されている条項は本特約条項に対しても適用されることになる。

  • 第4節 その他の特約条項

    D&O保険においては,特約自由という取扱いによって,定型約款である株主代表訴訟担保特約条項及び会社補償担保特約条項の他,各保険会社が独自に作成した特約条項を附帯することができることは前述した。独自作成であるからその内容は保険会社ごとにまちまちであり,各保険契約ごとに当該契約にのみ適合するいわばオーダーメイドの特約条項を作成・附帯することもできるから,特約自由に基づいて作成される特約条項は千差万別であって,その全てを説明することは不可能である。 そこで,様々な特約条項をある程度類型化し,実務においてしばしば用いられている特約条項についてその大まかな内容を説明する。 もちろん,その詳細かつ正確な内容は実際に使用される特約条項の具体的文言に即して検討されるべきである。

    第1款 保険会社の一般的引受スタンスに由来する免責条項

    保険会社がD&O保険を引き受けるにあたっての一般的な引受スタンスに基づき,個々の契約ごとのリスク実態とは無関係におよそ一般的に保険カバーを提供したくないと考えるリスクを免責とする趣旨で特約条項を附帯していることがある。
    これは特約条項という形態をとるが,実質的には当該保険会社における普通保険約款としての意味を持つものである。これに該当するものとして,例えば次のような特約条項がある。

    1 保険手配を失敗したことに起因する損害を免責とする特約条項

    会社は事業活動を営むにあたり偶然の事故による収支の大変動を抑制するために保険を利用することがある。
    例えば,工場建物に火災保険を手配したり自社保有車両に自動車保険を手配したりする場合などが典型的である。
    会社役員がこのような保険手配を怠り又は不適切な保険手配をしたために偶然の事故によって会社が大きく損害を被った場合,保険手配を失敗した会社役員に対して株主代表訴訟によって損害賠償請求がなされるおそれがある。
    このような損害賠償請求をD&O保険でカバーするということになると,結局のところD&O保険が火災保険や自動車保険等の別の保険の代用として機能するということになり,これを見越して保険契約者の側で適切な保険手配を軽視するというモラルハザードが発生しかねない。
    そこで,このようなモラルハザードを防止する観点から,適切な保険手配がなされなかったことに起因する損害はD&O保険の保険金支払対象外とする特約条項が附帯されることがある。

    2 キャプティブの運営を失敗したことに起因する損害を免責とする特約条項

    キャプティブとは自家保険会社を意味する。
    会社が保険を手配するにあたり,完全に外部の保険会社から保険を調達するのではなく,自社の子会社等として設立した保険会社から保険を調達することにより,保険手配に要するコストをできる限り低く抑えようとする手法があり,そのために設立される子会社等の形態による保険会社を自家保険会社(captive)と呼んでいる(※ 実際の仕組みは次の通りもう少し複雑である。
    国内で保険会社を設立して運営するのは容易でないことから,法人に対する税率も安く規制も緩やかな海外にキャプティブとなる再保険会社を設立し,自社の保険を国内の一般の元受保険会社にいったん引き受けてもらった上で,その引受分の全部又は一部を再保険の形で海外キャプティブに引き受けさせるという仕組が一般的なキャプティブの形態である)。 このキャプティブの運営を失敗したことによる損害賠償請求をD&O保険でカバーするとなると,前述の保険手配を失敗したことに起因する損害賠償請求をカバーする場合と同様の弊害が生じることから,キャプティブの運営を失敗したことに起因する損害はD&O保険の保険金支払対象外とする特約条項が附帯されることがある。

    3 コンピュータの日付誤認識に起因する損害を免責とする特約条項

    かつて西暦2000年を迎える際に,コンピュータの日付処理が正常に行われずコンピュータが誤作動することによって社会に大混乱が生じ様々な事故による損害が生じるのではないかという問題がいわゆる2000年問題(※ year2kiroの頭文字を取ってY2K問題とも呼ばれる)として社会的に問題となった。
    結果的に西暦2000年を迎えた時はさしたる混乱も生じなかったのであるが,この問題が生じたことを契機として保険会社が保険を引き受けるにあたりコンピュータの日付誤認識に起因する損害を免責とする扱いが広く見受けられるようになり,D&O保険でもこの種の損害を保険金支払対象外とする特約条項が附帯されることがある。

    4 テロ・戦争に起因する損害を免責とする特約条項

    2001年9月11日,ニューヨークワールドトレードセンターへの航空機突入という空前の大規模テロが発生したが,この事件はテロによる大規模損害の発生という可能性を顕在化して見せた結果,全世界の保険会社の間でテロ行為に起因する損害を免責とする扱いが広く見受けられるようになった。
    そこで,D&O保険でもテロに起因する損害を保険金支払対象外とする特約条項が附帯されることがある。 また,多くの保険商品は甚大な損害を生じさせる可能性のある戦争リスクを普通約款において免責とする取扱いをしているが,D&O保険の普通約款には戦争リスクを免責とする条項が含まれないため(※ 戦争に起因する損害について会社役員が責任追及される事態はあまり生じないと考えられたためではないかと思われる),戦争に起因する損害についても保険金支払対象外とする特約条項が付帯されることがある。

    5 米国で多発する形態の事故を免責とする特約条項

    米国が訴訟社会であることはつとに知られており,会社役員に対する損害賠償請求訴訟も例外ではない。このような米国社会の環境を受け,米国において高頻度で発生するおそれのある事故形態による損害をD&O保険の保険金支払対象外とする特約条項が附帯されることがある。
    免責とされる事故形態としては,米国従業員退職基金補償法,米国証券法,米国証券取引所法,米国組織犯罪取締法等の法令違反に起因する損害賠償請求などがある。

    第2款 原則的ではない保険条件を設定するための特約条項

    D&O保険の普通約款が想定している原則的な保険条件とは異なる保険条件でD&O保険を設計するために特約条項が附帯されることがある。
    これに該当するものとして,例えば次のような特約条項がある。

    1 共同保険による引受を規定する特約条項

    共同保険とは,1つの保険契約について複数の保険会社が引受保険会社となり,それぞれの引受割合(シェア)に応じて保険料を受領しかつ保険金支払責任を負うという保険契約形態をいう。
    各引受保険会社ごとの引受割合はその合計額が100%となるように契約締結時に定められる。
    事務的には複数の引受保険会社のうちの1社(※ 通常は引受割合が最も高い保険会社のうちの1社)が幹事会社となり,その幹事会社が全引受保険会社を代表して保険契約の締結手続,保険証券発行手続,保険金請求手続等の事務手続を行う。
    そこで,D&O保険を共同保険とする場合は,以上のような保険料収受,保険金支払,事務手続等を定める特約条項を付帯する場合がある。
    共同保険方式を用いれば,個々の引受保険会社の保険引受能力(capacity)を集積することによって大きな保険金額・てん補限度額を実現することが可能になる。
    例えば,てん補限度額50億円のD&O保険契約を単独で引き受けることができる保険会社を探すことは困難であるが,保険会社5社が20%ずつの引受割合となる共同保険方式とすれば各社の責任額は10億円ずつということになるから,これを引き受けることができる保険会社が出現する可能性が高まる。

    2 証券適用地域を全世界担保以外とすることを規定する特約条項

    D&O保険の普通約款は特に担保地域を限定しておらず,懲罰的損害賠償金(普通約款3条5号)等わが国には存在しない制度を前提とする用語を使用するなどむしろ日本国外で発生する事故に対しても保険金を支払うことを前提とした約款になっている。
    そこで,D&O保険の保険設計にあたり,日本国内のみの保険事故を担保する等のように,担保地域を全世界以外の保険条件とする場合に,具体的にどのような要件を備えた事故のみを担保するかといった事項を規定する特約条項を附帯する場合がある。

    3 先行行為を担保することを規定する特約条項

    D&O保険では,初年度契約の始期日よりも前に行われた会社役員の行為に起因する損害賠償請求は原則として免責とされている。
    そこで,例外的に先行行為(prior act)すなわち初年度契約の始期日よりも前に行われた会社役員の行為に起因する損害賠償請求を担保する保険設計とする場合に,いかなる条件の下で先行行為を保険金支払の対象とするかを規定する特約条項を附帯する場合がある。

    4 保険料の分割払いを規定する特約条項

    D&O保険では,保険料は保険契約締結時の一括全額払いが原則である。
    そこで,例外的に保険料の分割払いを認める保険設計とする場合に,いかなる条件の下で分割払いを認めるかを規定する特約条項を附帯する場合がある。

    5 保険期間終了後の損害賠償請求を担保する旨を規定する特約条項

    D&O保険は損害賠償請求ベースで設計され,原則として保険期間中に発生した損害賠償請求のみが保険金支払の対象となり,保険会社側からの更新拒絶その他の理由により保険期間が終了した後に発生した損害賠償請求は保険金支払対象外である。
    そこで,例外的に保険期間終了後の損害賠償請求を保険金支払対象とする保険設計とする場合に,いかなる条件の下で保険金支払対象とするかを規定する特約条項を附帯する場合がある。

    第3款 保険契約ごとの個別的事情に応じた保険条件を設定するための特約条項

    保険会社は,個々のD&O保険契約締結にあたって当該保険契約についてのリスクを評価した上で保険会社として引受可能な保険条件を設定することになるが(※ このような判断行為をアンダーライティングと呼ぶ。),その際に当該契約ごとの個別的事情に応じた保険条件を定めるために特約条項が附帯されることがある。これに該当するものとして,例えば次のような特約条項がある。

    1 特定の者からの損害賠償請求を免責とする旨を規定する特約条項

    例えば,現在は会社役員の地位から引退し株主の地位にとどまっている創業者一族と現経営陣との関係が不安定で対立が予想される場合に,創業者一族からの損害賠償請求については免責とするような保険設計がなされることがあり,このように特定の者からの損害賠償請求を免責とする場合にその旨を規定する特約条項が附帯される場合がある。

    2 倒産に起因する損害賠償請求を免責とする旨を規定する特約条項

    会社の規模が小規模であったり財務内容が良好でないなどの理由で将来的に安定的に会社が存続しえない事態が生じることも予想できる場合に,会社が倒産したことに起因する損害賠償請求については免責とするような保険設計がなされることがあり,その旨を規定する特約条項が附帯される場合がある。

    3 特定の事案に起因する損害賠償請求を免責とする旨を規定する特約条項

    例えば,現在会社が独占禁止法違反の疑いをかけられて捜査の対象になっている場合など,会社が将来の争訟の火種となりそうな事案を抱えている場合がある。このような場合に,紛争の原因になりそうな特定の事案に起因する損害賠償請求を免責とする旨規定する特約条項が附帯される場合がある。

    第4款 D&O保険に自社独自の特長を盛り込むための特約条項

    各保険会社はD&O保険を販売するにあたり他社にはない自社独自の特長をD&O保険商品に盛り込んで,これをセールスポイントとする場合がある。 例えば,普通約款では免責とされている事由について一定要件の下で免責条項を適用しないものとしたり,普通約款では保険金支払対象となっていない費用に対して一定要件の下で保険金を支払うものとしたりすることなどが考えられる。 そこで,このような特長を具現化するためにその旨を規定する特約条項が附帯される場合がある。

第7章 保険料

  • 第1節 D&O保険における保険料決定の仕組み

    損害保険会社の営業活動は保険業法による規制を受け,保険会社が販売する保険商品については内閣総理大臣の認可等による規制を受けているが,規制の程度は保険商品ごとに差がありD&O保険についての規制は緩やかであって各保険会社の自主的・裁量的判断に委ねられている領域が広い。
    D&O保険の保険料について言えば,諸般の要素を考慮した上での保険会社の個別判断に基づいて自由に保険料を定めることができるものとされている。
    保険会社側には保険料を提示すべき義務すらなく,保険会社がD&O保険を引き受けたくないと判断する場合は保険料見積依頼があったとしてもこれに応じないことも可能である。
    他方,D&O保険の保険契約者になろうとする者の側にしても,保険会社が提示する保険料で納得する場合は保険契約締結に至ることになろうが,納得しなければ保険契約締結を拒否するということになる。 すなわち,D&O保険の保険料見積りから契約締結に至る過程は民法上の原則である契約自由の原則が支配しており,その実態は企業間の一般的商取引とあまり変わらない(※ 損害保険契約の中でこのような契約自由の原則が支配している領域と対極にあるのが,一般的に強制保険,自賠責保険と呼ばれている自動車賠償責任保険の契約がある。
    自動車賠償責任保険の保険料は対象とする自動車の車種等に応じた保険料が予め定められており,この保険の申込があった場合は法律上保険会社に引受義務が認められている)。

  • 第2節 保険会社によって異なる保険料

    上記の通り,D&O保険の保険料は保険会社の個別判断に基づいて自由に定めることができるのであるから,複数の保険会社が全く同じ情報を与えられてD&O保険料の見積りをする場合であっても,各社ごとの判断の相違により結果として提示される保険料も異なってくることが十分考えられる。
    生命保険,自動車保険,住宅向け火災保険などのように,保険料決定の際に参考とすべき過去の統計データがある程度利用できる保険商品であれば,これに基づいて保険料を決定するのが基本になるから,どの保険会社が提示する保険料もそれほど大きな差は生じないであろうが,D&O保険についてはそのような利用可能な過去の統計データはほとんど存在せず,未来に対する不確かな予測及びそれに対する評価に基づいて保険料を決定せざるをえないという要素が強いことから,予測・評価の相違により各保険会社が提示する保険料に大きな差が生じることも稀ではない。
    従って,D&O保険の保険料見積りを保険会社から取り付ける場合は,複数の保険会社から見積りを取り付けるという方法も有力な選択肢となる。
    ただし,D&O保険の保険料見積りや契約締結にあたっては,企業秘密に属するような事項についてまで保険会社に対して申告することを求められるので,社内の情報をみだりに外部に流出させたくないという観点から,保険会社は普段取引のある保険会社に決めた上で当該保険会社との交渉によりできる限り有利な保険条件を引き出すという方法も考えられるところである。

  • 第3節 保険会社との交渉

    前述の通り,D&O保険の保険料見積りから契約締結に至る過程が企業間の一般的商取引とあまり変わらないというのであれば,一般的商取引において当事者間の商談次第で取引条件が変わるように,D&O保険の保険条件も保険会社と保険契約者との間の交渉によって変化しうるはずであり,実際にこのような側面はある。自動車保険や住宅向け火災保険のような一般大衆向けの保険については交渉によって保険条件が変わるという事態はまず発生しないが,D&O保険のように保険会社側の自由裁量の余地が大きい保険商品についてはこのような交渉の余地がある。
    保険会社も営利企業であり,保険契約を多く獲得することで利益を上げていることから,特定の優良な保険契約者を巡って複数の保険会社でD&O保険契約の奪い合いになれば,他社対抗上値引きをするというケースもありうる(※ 自社として許容しうる最低限度の保険料水準は下回らない範囲でという限定はもちろんある)。
    ただ,保険契約者の側からしても,単年度の保険料水準の低さのみに過度に執着することも妥当でないと思われる。D&O保険に限らず損害保険契約の保険期間は一般的に1年間という短い期間であり,1年ごとに更新されて継続されることを想定している。
    よって,保険契約者が将来にわたって安定的な保険カバーを獲得しようと考えるならば,単年度の保険条件のみに目を奪われることなく,当該保険条件が保険会社の側から今後も安定的に得られるかどうかという点も考慮すべきである。あまりに保険会社側にとって余裕のない保険条件である場合,将来の事情変更により容易に保険条件が変動したり保険会社の側が引受を謝絶したりする可能性が高まる。
    このような事態は長期にわたるコスト負担の平準化を図るという保険の機能に照らせば決して好ましいものではない。

  • 第4節 保険料の決定要素

    どのような要素に基づいてD&O保険の保険料を決定するかは,保険会社ごとの独自判断に委ねられているであり,保険料決定にあたって従わなければならないルールが存在するわけではない。
    しかし,一般的に保険会社がどのような要素に着目し逆にあまり着目せずに保険料を決定しているかという大まかな傾向は認められる。
    一般的にD&O保険の保険料水準に影響を与える主な要素としては次のようなものがある。

    • 記名法人の業種,規模,株式の公開程度,財務状況
    • (記名)子会社の有無,数,業種,規模,株式の公開程度,財務状況,所在地域等
    • 北米地域における活動の有無,程度
    • 設定される保険条件によって提供される保険カバーが広いか狭いか
    • 再保険状況
    • 最低保険料規定

    以下,実務上重視され又は問題となるいくつかの要素につきコメントする。

    第1款 記名法人の業種,規模,株式の公開程度,財務状況等

    記名法人の業種としては,メーカーの場合は保険料が安く,銀行,証券,ノンバンク,保険会社,信用金庫等の金融機関では保険料が高くなる傾向にある。
    商社,サービス業等はその中間に位置づけられる。 また,当然のことであるが,記名法人の会社としての規模が大きいほど保険料が高くなる傾向にある。 次に,会社の株式については不特定多数人に広く行き渡っている場合の方が株主代表訴訟リスクが高いことから保険料が高くなる傾向にある。
    よって,一般に上場企業の方が非上場企業よりも保険料水準が高い。
    特定少数の株主しか存在しない場合は,安定株主である場合が多いので株主代表訴訟リスクは一般的に低いと考えられるし,仮に株主代表訴訟が提起されたとしても大株主免責(普通約款6条10号)に該当して保険金支払の対象とならない可能性も高いことからD&O保険上はやはりリスクが低いと見ることができる。
    したがって,特定少数の株主しか存在しない会社については保険料水準が低くなる傾向にある。
    会社の財務状況については,財務状況が良好である場合は会社が対外的にトラブルを抱える可能性が低く,株主も会社経営に対して不満を抱く可能性が低くなるので会社役員が責任を追及されるシーンが少なくなると考えられることから,保険料水準が低くなる傾向にある。
    これに対し,財務状況が悪化している場合は対外的なトラブルの可能性が高くなると共に,株主が会社経営に対して不満を抱く可能性も高くなるので会社役員が責任を追及される可能性が強くなるので保険料水準が高くなる傾向にある。

    第2款 (記名)子会社の有無,数,業種,規模,株式の公開程度,財務状況,所在地域等

    記名子会社があれば,その役員が損害賠償請求を受ける可能性の分だけD&O保険上のリスクが増大することから保険料水準は高くなる。
    記名子会社の数が多くなればその分保険料水準も上がる。記名子会社の業種,規模,株式の公開程度,財務状況等については記名法人についてのそれらの要素について述べたのと同様に保険料に影響しうることになる。
    記名子会社は記名法人とは異なり国内のみにあるとは限らず,海外に所在することもあるので,D&Oリスクが高いと考えられる国(法域)に記名子会社がある場合は保険料水準が高くなる。典型的には北米地域(米国,カナダ)に記名子会社がある場合は保険料水準が高くなる傾向にある。
    また,金融機関は一般的にD&Oリスクが高いと考えられているから,記名子会社に金融機関を含む場合には保険料水準が相応に高くなる可能性がある。
    ただし,一般的には記名子会社は記名法人と比較して圧倒的に小規模であることのほうが多いから,記名子会社の各種属性が保険料に与える影響力は記名法人のそれと比較してかなり小さい。
    よって,記名子会社の構成が金融機関でもない国内子会社が主体である場合,記名子会社の数が多少増減しても全体の保険料水準はほとんど変わらないこともある。
    なお,記名子会社の指定がない場合であっても,子会社がある場合には子会社の運営の当否等を巡って親会社である記名法人の役員の責任が追及される可能性があることから保険料に影響が及びうる。

    第3款 北米地域における活動の有無,程度

    米国が訴訟社会であるという事実は広く知られている。
    米国において損害賠償請求を受けるリスクは極めて高く,米国で賠償責任保険を調達しようとする場合,日本国内で同種同等の損賠償責任保険を調達する場合に要する保険料の3倍から10倍程度の保険料を用意しなければならないことも稀ではない。
    米国と隣接するカナダにおいてはその実態において米国ほど高度な損害賠償リスクはないようであるが,地域的に米国と一体に捉えられ北米地域としてリスクが高めに評価されるのが一般的傾向である。
    よって,北米地域(米国,カナダ)における損害賠償リスクを抱える場合はD&O保険の保険料も高くなる傾向にある。
    例えば,北米地域に支店を保有していたり,北米地域に子会社(記名子会社であると否とを問わない。)を保有していたり,北米地域で財産を保有していたり,北米マーケットをターゲットとして営業活動を展開していたりする場合などではD&O保険の保険料が高くなる傾向がある。

    第4款 てん補限度額

    てん補限度額は事故が発生した場合の保険金の支払い限度額であり,てん補限度額が高額であるほど保険料も高くなる。
    ただし,いくらてん補限度額を大きく設定してみたとしても実際に生じた損害額を超える保険金は支払われないから,てん補限度額を2倍にしたからといって受け取る保険金の額が2倍になるとは限らない。
    よって,てん補限度額を上げることは確実に保険料上昇に結びつくが,てん補限度額を上げても比例的に保険料が上がるわけではなく,てん補限度額を上げた比率よりも保険料の上昇率の方が低くなる。例えば,てん補限度額を3倍にしても保険料水準は2倍程度にしかならないということが起こる。

    第5款 免責金額

    免責金額を高額にすれば事故発生時の被保険者自己負担額が増加し支払保険金の額が少なくなるから理屈上は保険料が安くなる。
    しかし,D&O保険において設定される実務的な免責金額の水準は数十万円・数百万円というレベルであり,保険事故発生時に想定される10億円規模の損害額の水準と比べて極めて低い水準で設定されていることから,免責金額を多少上下させても保険料に与える影響はそれほど大きくない。
    実務的ではないが,仮に数千万円,数億円という水準の免責金額を設定すれば保険料はかなり安くなるものと考えられる。

    第6款 縮小てん補割合

    D&O保険における支払保険金の額の計算方法によれば,損害額のうち免責金額を超過する部分に対して縮小てん補割合を乗じた額がてん補限度額を超過しない限り,縮小てん補割合は支払われる保険金の額に直接的に影響を及ぼすから,縮小てん補割合を小さくすれば相当な割合で保険料も安くなることになる。
    しかし,縮小てん補割合は実務上95%で設定されることが圧倒的に多く,保険料を安くするために縮小てん補割合を95%よりも低くするという選択肢は実際上好まれないように思われる。

    第7款 担保地域

    担保地域設定についての実務上の選択肢は全世界担保と日本国内のみ担保のほぼ2種類であるが,当然のことながら他の条件が同じであれば全世界担保とした場合の方が保険料は高くなる。
    いずれの担保地域設定にするかによってどの程度の保険料の差が生じるかは記名法人・記名子会社が現実にどのような地域的範囲で活動しているかによる。
    全く海外進出しておらずもっぱら日本国内のみで活動している会社であれば,もともと海外での保険事故はほとんど考えられないのであるから,担保地域をいずれに設定するかによって保険が発動される程度はあまり相違はなく,従って保険料にもあまり差が生じないことになる。
    これに対して現実にワールドワイドで活動している企業であれば,海外での保険事故が発生する可能性は高いのであるから,担保地域を全世界担保とする方が保険が発動される程度が高くなり,従って保険料も担保地域を日本国内のみとした場合と比較して相当に高くなるものと考えられる。

    第8款 附帯される特約条項

    まず,株主代表訴訟担保特約条項については基本的に全てのD&O保険契約に必ず附帯されると言って差し支えないから,この特約条項を附帯した場合と附帯しない場合の保険料を比較する意味はない。
    次に,会社補償担保特約条項が附帯されたD&O保険契約については,会社補償の対象とならない会社役員の損害は普通約款に基づいて保険で直接てん補され,会社補償の対象となる会社役員の損害は会社が補償を実施した上でその会社の損失が会社補償担保特約条項に基づいててん補されるという構成の相違があるだけで,保険によってカバーされる範囲に実質的な差異は認められない。
    従って,会社補償制度がないため会社補償担保特約条項が付帯されない契約と,会社補償制度があるため会社補償担保特約条項が附帯される契約とではその他の条件が同じである限り保険カバーの範囲に実質的な相違点はなく保険料も同等ということになる。
    仮に,会社補償制度があるにもかかわらず会社補償担保特約条項を附帯しない場合はこれを附帯した場合と比較して保険カバーの範囲が実質的に狭くなることから保険料もそれに応じて安くなることになろうが,会社補償制度がありながら会社補償担保特約条項を附帯しないという選択肢は実務的ではないと考えられる。 上記2つの特約条項以外の特約条項には様々な種類があるが,普通約款に基づく保険カバーを拡張するか縮小するかという観点から特約条項の規定を見た場合に,保険カバーを拡張するような特約条項を附帯している場合はその分保険料が高くなり,逆に保険カバーを縮小するような特約条項を附帯している場合はその分保険料が安くなる。
    どの程度保険料が高くなったり安くなったりするかは,当該特約条項によりどの程度保険カバーを拡張,縮小しているかに依存する。保険カバーを大幅に拡張するような特約条項を附帯すれば保険料は大幅にアップすることになるし,極めてまれにしか想定できないような特殊なケースを免責とするために附帯されているような特約条項を附帯する場合にはあまり保険料は下がらないということになる。

    第9款 保険期間

    D&O保険の保険期間は通常1年間であり,1年間以外の保険期間を設定することはほとんど考えられないが,仮に1年以外の保険期間を設定するとすれば,以下の通りその期間の長短に応じて保険料の額も変わることになる。
    一般に,保険期間が1年未満である場合,保険期間が1年の場合と比較して保険料が安くなるのであるが,その安くなる比率は日割り計算などの単純に期間の長短に比例させる方法ではなく,普通約款別表にも記載されている短期料率表の割合によるのが保険業界の一般的考え方である。下に短期料率表を掲げる。

    短期料率表
    既経過期間割合
    7日まで10%
    15日まで15%
    1か月まで25%
    2か月まで35%
    3か月まで45%
    4か月まで55%
    5か月まで65%
    6か月まで70%
    7か月まで75%
    8か月まで80%
    9か月まで85%
    10か月まで90%
    11か月まで95%
    1年まで100%

    これによると,例えば保険期間が6ヶ月の契約をする場合は,年間保険料の70%の保険料水準ということになる。
    よって,短期料率による場合,日割計算・月割計算による保険料水準と比較すると保険契約者の側に不利な保険料水準になる。
    もともと普通約款別表の短期料率表は,普通約款13条2項の規定に基づいて保険期間の中途で保険契約者の側が任意に保険契約を解除した場合の解約返戻金(※ 解約した場合に保険契約者に返還される保険料)を計算するための表である(普通約款18条3項)。
    例えば,1年契約をしていた場合に保険始期から6ヶ月を経過した時点で任意に解約した場合,保険料から70%を控除した残額,すなわち30%相当額を保険契約者に返戻することになる。
    そこで,この保険期間の中途における保険契約者側からの任意解約の場合との均衡を保つため,保険契約当初から1年未満の短期契約をする場合にもこの短期料率表に基づいて保険料計算がなされる。
    では,保険期間が1年間よりも長い場合はどうか。
    保険期間が1年間を超える契約を長期契約という。例えば,火災保険などでは長期契約を締結し保険料を一括払いする場合,年間保険料に保険期間の年数を乗じた額よりも保険料がかなり割引きされるような保険料体系が用意されている。
    しかし,「第2章 保険金の支払要件 第6節 保険期間」において既に説明した通り,保険会社はD&O保険の長期契約を一般的に好まない傾向にある。
    したがって,保険会社の側では1年間を超える長期契約は引き受けないという対応をすることが多いと思われるが,仮に何らかの事情により2年契約,3年契約といった長期契約になる場合も,火災保険などに見られる割引扱いはなされず単純に期間に比例した保険料とされるのが一般的取扱いであると考えられる。

    第10款 大株主割合

    大株主割合は通常5%で設定されるが,理屈の上ではこの割合を小さく設定すればより多くの株主が大株主として取扱われ,この大株主からの損害賠償請求はD&O保険上免責ということになるから,保険料水準は低くなる。逆に大株主割合を大きく設定すれば保険料水準が高くなることになる。
    ただ,実務上は大株主割合を5%以外で設定しているケースは少なく,特に5%よりも小さく設定するケースはまず見受けられない。また,いくら大株主割合を5%より大きく設定したとしても,現実にその会社の株主構成において5%を超える持株割合の者がいないのであれば,基本的にはリスクに変わりはないから(※ 保険期間の中途で株主構成が変化した場合であっても大株主となる株主が出現しにくくなるという影響はある),保険料水準にはあまり影響を及ぼさないものと考えられる。

    第11款 最低保険料

    保険会社が保険料を算出するにあたっては,保険の対象とするリスクがいかに低いと評価される場合であっても最低保険料として定めた最低限の保険料水準は確保できるように保険料を定めるという取扱いをすることが通常である。
    最低保険料の水準は保険商品の種類により異なるが,例えば,一般大衆向けの保険商品では1保険契約あたり数千円程度の最低保険料水準とされていることが多い。
    D&O保険の最低保険料をどのように設定するかは各保険会社の判断次第ではあるが,数千円・数万円程度の低い最低保険料水準としている保険会社はあまりないのではないかと思われる。
    年間保険料ベースで100万円を下回るようなD&O保険契約は時折見受けられるが,10万円を下回るような保険契約はまず見受けられず,実務的なD&O保険の保険料の最低水準としては数十万円程度であることから推測すると,D&O保険の最低保険料水準は1保険契約あたり数十万円程度であると考えられる。
    また,賠償責任保険における最低保険料の定め方としては,上記のように1保険契約あたりの定額の保険料水準を定める方法ではなく又はこの方法と併用して利用される方法として,設定されるてん補限度額に対する一定割合の保険料をもって最低保険料と定める方法もある。
    例えば,てん補限度額の2‰という最低保険料が定められている保険商品において,てん補限度額を1億円に設定すると最低保険料は20万円となる。
    以上のような最低保険料の定めによる制約を受け,保険上のリスクが極めて低いと評価される場合であってもその低い評価には必ずしも見合わないように思われる保険料になる場合がある。

    第12款 会社役員の数

    保険契約者の関心事として,被保険者である会社役員の数が保険料に影響するかという質問がなされることは多い。
    原則としてD&O保険の保険料の1割は会社役員の個人負担とされ,その個人負担分の保険料は複数の会社役員間で頭割りや報酬比例等の方式により各会社役員に割り振られることになるが,会社のリストラ等で会社役員が減少したにもかかわらずD&O保険の保険料が変わらないのだとすると,会社役員1名あたりの保険料負担額は増額することになる。
    そこで,会社役員の人数の減少に応じて保険料は下がらないのかという趣旨で上記質問が保険会社に対してなされることになるのである。
    被保険者の数が多ければそれだけ損害賠償請求の相手方となりうる者の数が増え保険事故が発生する確率も高くなることから保険料も高くなり被保険者の数が少なければ逆に保険料も安くなるという考え方にはそれなりの根拠があると言えよう。
    しかし,会社の規模や対外的活動内容が同じであれば,それをいかなる人数の会社役員で運営していようが全体としてのリスクは同じではないかという理屈もまた成り立つと言える。
    すなわち役員の数が多いということは全体のリスクを多人数に分散しているだけであるという考え方である。この考え方によれば,被保険者の数は保険料水準に影響がないことになる。
    いずれの考え方が正しいというよりも,会社役員の人数が増減するに至った個々の会社ごとの事情ないし実態次第ということであろうが,保険会社側からの評価としては,少なくとも現職の会社役員数の増減に応じて比例的に保険料を上下させるという考え方は一般的でないように思える。
    そもそも,D&O保険の被保険者は当該保険契約の保険期間中に在任している会社役員だけに限られず,D&O保険の初年度契約以降に在任していた会社役員は現時点で既に退任済みであっても被保険者とされるし,保険契約締結後に新たに会社役員に就任した者も自動的に被保険者となるのであって(普通約款3条3号),このような取扱いがなされるにあたって保険料の追徴・返戻がなされるものではない。
    D&O保険における被保険者の範囲は,当該D&O保険契約締結時の会社役員と一致するものではない。よって,現在のD&O保険契約の保険料が現在の会社役員のリスクに完全対応しているものでもないから,現在の会社役員数と現在のD&O保険の保険料を直接的に結びつけることには理論的にもやや無理がある。
    従って,リストラ等による会社役員数の減少がストレートに保険料の減少に結びつくことはないと考えておいたほうが良いだろう。

  • 第5節 実務上の保険料水準

    D&O保険の保険料というのは,以上に述べた通り様々な要素を各保険会社がそれぞれの考え方に基づいて保険契約者ごとに個別に算出することとなるから,それが具体的にいくらになるかはまさにケースバイケースとしか言いようがない。
    しかしながら,例えば日本の産業界を代表するような一部上場企業が標準的保険条件でD&O保険を契約した場合の年間保険料が50万円以下であったり,経営堅調だが非上場の小規模メーカーのそれが1000万円を超えたりするということは通常考えられないのであって,実務上はそれなりの常識的水準というものがあるように思われる。
    まず,保険料水準が最も高くなるケースは,会社が銀行,証券,ノンバンクその他の金融機関であって,会社の規模が大きい,経営状況があまり良好とは言えない,てん補限度額が高めである等の保険料が高額になる条件のいずれかを備えているような場合である。
    この場合,年間保険料は1000万円を超えるような水準になりうる。金融機関以外の会社で年間保険料が1000万円を超えるとすれば,ワールドワイドに活動を展開しているような大企業であり,その他にも保険料が高額になる条件を複数具備しているような場合に限られるだろう。
    その次に保険料水準が高くなるケースは,中程度の規模の金融機関であって経営状況に特に問題がないような会社が標準的な契約条件で契約するような場合である。この場合,年間保険料は500万円から1000万円程度の水準になりうる。
    金融機関以外の会社で年間保険料がこのレンジになるとすれば,かなりの大企業で保険料が高額になる条件のいずれかを備えているような場合であろう。
    以上の通り,年間保険料が500万円を超える場合というのはそれなりの条件を具備している契約であるから,そのような契約がD&O保険契約全体に占める割合は低い。
    多くのD&O保険契約は年間保険料100万円から500万円程度のレンジに収まっており,この程度の保険料水準がD&O保険の標準的保険料水準ではないかと思われる。
    現在わが国の上場企業の約8割がD&O保険に加入していると言われているが,D&O保険の主要ターゲットはこれら上場企業であるから,前述した年間保険料が500万円を超えるような条件を具備しない標準的な上場企業が標準的な保険条件でD&O保険に加入すればその年間保険料は概ね100万円から500万円程度の範囲内になることが多いと言える。
    年間保険料が100万円を下回るようなD&O保険契約は皆無ではないがごく少数である。このような保険料水準になるのは,非上場の小規模企業であり経営状況に特段の問題はなく,てん補限度額も小さいなど保険料が安くなる条件を多数具備しているような場合に限られよう。
    以上かなり大雑把に保険料の目安のようなものを示したが,先にも述べた通り個々具体的な契約の保険料は保険会社ごとのケースバイケースの判断に基づくから,諸般の事情に基づき必ずしも上記の目安には該当しない例外的ケースも存在しうることは念頭に置くべきである。

  • 第6節 株主代表訴訟担保特約条項保険料の役員個人負担

    第1款 主契約保険料と特約保険料

    D&O保険の保険料を全額会社が支払うことは違法ではないかという見解が少なくなかったことから,このような問題点を解消するため,会社役員が株主代表訴訟を提起され会社に対して責任を負うケースに対する保険カバーを普通約款から切り離して株主代表訴訟担保特約条項で担保することとし,株主代表訴訟担保特約条項についての保険料は会社役員が自己負担すべきとの取扱いをしている。
    よって,D&O保険による保険カバーは普通約款による保険カバー部分(以下,「主契約部分」と言う。)と株主代表訴訟担保特約条項による保険カバー部分(以下,「特約部分」と言う。)という2つの部分に大きく分けることができる。そして,保険会社は,D&O保険の保険料見積りを提示するにあたっては,主契約部分に対応する保険料(以下,「主契約保険料」と言う。)と特約部分に対応する保険料(以下,「特約保険料」と言う。)とを分けてそれぞれの保険料を別個に提示する取扱いにしている(※ 株主代表訴訟担保特約条項第1条の「当会社所定の保険料の支払いを条件にてん補します」という文言がこのような取扱いを暗示している。)。
    よって,これらの保険料を合算した額がD&O保険契約全体の保険料ということになる。一例を示せば次の通りである。

    主契約保険料2,700,000円
    特約保険料300,000円
    合計保険料3,000,000円

    保険会社は,このように保険料を分けて見積り提示した上で,特約保険料は会社役員が個人的に負担すべきである旨説明した上で保険契約を締結している。
    主契約保険料についても会社役員が個人負担して差し支えないが,通常は主契約保険料は保険契約者である会社が負担している。

    第2款 特約保険料の支払方法

    株主代表訴訟担保特約条項は普通約款とは別個の契約ではなく,あくまでも1つの保険契約に付随する特約条項であるに過ぎないから,D&O保険の契約者は株主代表訴訟担保特約条項部分も含めて通常は会社である。
    よって,特約保険料も含め保険会社に対して保険料を支払う法的な義務を負う者は直接的には保険契約の当事者である保険契約者すなわち通常は会社である。
    保険料領収書も保険料全額について会社宛に発行されることになる(※ 会社宛の領収書ではあるが,主契約保険料相当額と特約保険料相当額との2枚に分けて保険料領収書を発行する取扱いがなされる場合はあるようである)。
    従って,保険料支払の事務処理については,保険会社に対して会社が保険料全額を支払い,会社役員は特約保険料に相当する額を会社に対して支払うという方法が取られるのが一般的である。
    以上のような保険料支払の事務処理をするにあたって注意すべき点は,会社が会社役員分の保険料を立替払したという状態が一時的にも生じないようにすることである。
    会社役員にとって,会社に保険料部分を立て替えて貰うということは会社に対して借金をしていることと同じ状態であり,これは会社と取締役との利益相反取引を禁ずる商法265条1項に抵触する可能性が高い。
    したがって,会社が保険料を支払う場合はまず会社役員からその自己負担となる特約保険料相当額部分を徴収した上で,会社負担となる主契約保険料相当額を加えてその保険料全額を保険会社に支払うという順序を守るべきである。
    保険契約締結直前のあわただしい時期に多くの会社役員から保険料を徴収するのが手間であるということであれば,予め会社役員同士でお金を出し合って資金をプールしておき,そのプールした資金から会社役員全員分の特約保険料相当額を支出した上で,事後的に会社役員間で個別に精算するというような方法も考えられる。

    第3款 特約保険料の割合

    主契約保険料と特約保険料との割合は実務上9対1とされるのが通例であり,ほぼ例外はないと言って差し支えない。
    例えば,D&O保険契約全体の保険料が300万円であれば,主契約保険料が270万円で特約保険料が30万円ということになる。
    このようになるのは,保険会社がD&O保険の保険料を算出する際は,主契約保険料と特約保険料とを別個に算出して積み上げ計算によって全体の保険料を算出しているのではなく,全体の保険料をまず決めてからそのうちの1割相当額を特約保険料として定めているからである。
    9対1という比率に理論的な根拠はなく(※ ほとんど数字遊びに近い説明ではあるという前提の下に,会社役員に対する損害賠償請求の約半数(50%)が株主代表訴訟であり,そのうち約半数(25%)で会社役員が敗訴し,その場合D&O保険の免責に該当する可能性が高いからその他の場合の約半数(12.5%)のケースのみが保険金支払対象になることから,端数を丸めて全体の10%が特約保険料となるという説明がなされることはある。
    結局,理論的にはこの程度に根拠薄弱ということである。),また過去の事故についての統計データに基づく数値でもない。わが国よりも先にD&O保険が普及した米国においてもかつて保険料の一部を会社役員が自己負担していた時期があり(※ 現在は会社役員が個人負担をせず会社が全額を負担しても問題ないように立法的に解決されている),その際の自己負担の割合が通例10%とされていたことから,わが国においてもこのような取扱いに倣ったものである。

    第4款 特約保険料の役員間の配分

    被保険者である会社役員が負担すべき特約保険料の額は保険会社が具体的な金額で提示するが,会社役員は複数存在するのが通常であるから,特約保険料をさらに個々の会社役員間で配分する必要がある。この会社役員間の具体的配分についてまでは保険会社は行わない。
    特約保険料を会社役員が個人負担すべきものとされた理由は,これを会社負担とするとD&O保険の適法性に疑義が生じるからという点にある。
    よって,この適法性の問題は,特約保険料部分を会社に負担させなければ解決するのであり,個々の会社役員間の分配をどのようにしようとD&O保険の適法性との関係では問題がない。
    極端な例としては,特約保険料の全額を社長1人が負担したり,会社でも会社役員でもない第三者が負担したりしても上記D&O保険の適法性の問題には直接の影響はない訳である。
    特約保険料の会社役員間の配分を適正に行わなければならない理由はもっぱら税務上の問題からである。
    すなわち,保険カバーによる利益を享受する者がその享受する利益の大小に見合った保険料の負担をせず,別の者がこれを負担したとすれば,この負担者から保険カバーによる利益を享受する者に対して利益の移転があったとみなされ,贈与税が賦課される可能性があるという問題が生じることになる。
    よって,このような税務上の問題が生じないようにするためには,個々の会社役員がそれぞれ享受する保険カバーによる利益に見合った保険料負担をすれば良いということになる。
    とは言え,どの被保険者が保険カバーによる利益をどの程度の享受しているかを正確に知ることは困難である。
    そこで,基本的には各被保険者が享受している保険カバーによる利益の大きさを考慮するものであるとしても,あまり厳密に理論的な正しさを追及するのではなく実務的な取扱い上の便宜にもある程度配慮した簡易な方式を採用することも許されるのではないかと考える。
    厳密に考えると,D&O保険の被保険者は初年度契約以降に会社役員に就任していた者は,現在の会社役員ではないとしても現在のD&O保険契約においても被保険者とされるから,既に退任した歴代の会社役員からも延々と保険料を徴収し続けるべきということになろうが,これはあまりに煩瑣な取扱いであり現実の運用としてこのような取扱いをしているというケースは聞いたことがない。
    そこで,現実の実務がそうであるように,現在のD&O保険契約を締結した時点で既に会社役員ではなくなった者からは当該D&O保険契約の特約保険料相当分を徴収しないするという取扱いを行えば足ると解される。
    このように,D&O保険契約を締結する時点での会社役員のみが特約保険料相当分を負担するものとして,それをさらに役員個人間でどのように配分するかについて実務上考えられるものとして,大きく分けて頭割方式,報酬比例方式,その他の方式の3種類の方法がある。
    頭割方式はどの会社役員も等しくD&O保険カバーによる利益を享受しているという考え方に基づくものであって,ある程度の合理性が認められる上,単純な頭割計算によって各自の自己負担額が簡明に算出できることから実務上最も広く利用されている保険料分配方式である。
    報酬比例方式は,各会社役員が会社から受け取る報酬に比例させて各自の負担額を決定する方式である。この方式は,会社から受領する報酬額に比例してその者の会社役員としての活動量が増加するからそれに呼応してD&O保険カバーによる利益享受量も増加するという考え方に基づくものであって合理性の認められる分配方法であると言えよう。この報酬比例方式は頭割方式に次いで多く利用されている保険料分配方式である。
    その他の分配方式としては,代表権の有無,取締役・監査役といった商法上の役職別,又は常務・専務といった各会社が独自に定めた役職別に各会社における各役職が持つ役割の重要性に応じて保険料分担額を定めるという方法などが考えられる。
    この役職別の保険料分担額決定方式にも合理性が認められるが,難点としては各役職ごとの役割の重要度合いを判断することに困難が伴うことや,実際の具体的保険料を分配する段階で分配計算が複雑になるおそれがある点が挙げられる。
    よって,これらの方法はあまり利用されていない。
    結局どのような分配方式を採用したとしても,その分配方法が当該会社の実態に照らして特に不合理と言えるようなものではない限り問題はないものと考えられる。
    特に不合理と言えるような例としては,特約保険料の全額を社長1人が負担するという方式などが挙げられるだろう。以下,実務上問題になりそうなケースにつき検討する。
    まず,会社役員と会社との関係は委任の関係にあり,委任契約は報酬を要素としていないから,無報酬の会社役員は法的に許されるのであり,実際上も無報酬の会社役員は存在する。
    そして,無報酬であっても法的に会社役員である以上地位に応じた法的責任は負担するし,D&O保険の被保険者にも当然に含まれることになる。
    しかし,無報酬である者から保険料を徴収するのは実際的ではないことから,無報酬の会社役員からはD&O保険の特約保険料部分を徴収する必要はないものとされている。
    次に,保険期間の中途で新たに会社役員に選任された者や,保険期間の中途で会社役員でなくなった者についてどのように取扱うかが問題となる。
    典型的な状況として,保険期間の中途において定時株主総会が開催され会社役員の改選が行われた場合が考えられる。
    保険期間の中途で会社役員の人数が増減したとしても,保険会社との関係では保険料の追徴・返戻は生じない。よって,最も簡明な取扱いは,これらの会社役員についても一切保険料の追徴・返戻は行わないという取扱いであって,このような取扱いで問題はないものと考える。
    もっとも,在任期間に応じて適宜保険料を定めて追徴・返戻し,会社役員間で調整するという取扱いルールを定めこのようなルールに従って処理することも可能であろう。
    ただ,特定の会社役員についてのみ恣意的に保険料の追徴・返戻を行うというような取り扱いは不合理であるから許されない。
    また,法律上の取締役,監査役,執行役ではない執行役員については法的に見て株主代表訴訟の被告となることは考えられないから,株主代表訴訟に敗訴した場合の損害に対応する株主代表訴訟担保特約条項の保険料であるところの特約保険料を負担する必要はないと考えられる(※ 誰を被告として訴えるかは訴える者の自由であるから,商法上の取締役,監査役,執行役でなくても執行役員は株主代表訴訟の被告たりうるという独自の法的見解に基づいて執行役員に対して株主代表訴訟が提起される可能性は理屈上は否定できず,提起されれば何らかの防御活動は余儀なくされるだろうが,実際はこのような事態はほぼありえないと言って差し支えないであろう)。
    なお,この特約保険料の役員間配分の取り扱いについては,ある程度国税局の見解が明らかにされており,この見解については後に紹介する(「第8節 D&O保険の保険料についての国税庁見解」)。

  • 第7節 記名子会社がある場合の保険料

    D&O保険の被保険者に記名法人の会社役員だけでなく,記名子会社も指定してその会社役員も加えた場合は,保険料見積りの際に記名法人及び個々の記名子会社ごとの内訳保険料が保険会社より示されることになっていることから,それぞれの会社が内訳として示された金額を負担すれば足りる。
    また,個々の記名子会社の役員が自己負担すべき特約保険料の金額も保険会社より示されるであろうから,これに従って記名子会社の役員も記名法人の役員と同様に自己負担すれば足る。
    ただし,記名子会社については記名法人がその株式の全てを保有している場合(完全子会社である場合)など特約保険料を負担しなくても良いとされるケースがある。
    例えば,記名子会社が記名法人の完全子会社である場合,記名法人を含む3社の共同出資による会社であって,その持株比率が記名法人60%,残りの2社が20%ずつである場合,記名子会社の株主が全て記名法人または記名法人の子会社である場合などは,いずれもD&O保険で担保されるような株主代表訴訟が発生しえないケースである。
    なぜなら,通常5%で設定される大株主割合の比率を超える持株割合を有する者からの損害賠償請求は約款上免責とされるし(普通約款6条10号),記名法人又はその子会社からの損害賠償請求も約款上免責とされるからである(同条9号)(※ 理論的な可能性としては,保険期間の中途の株式移転により少数持株の純粋に第三者である株主が生じ,この株主が代表訴訟を提起することが考えられるが,その可能性は実務上無視しうるほど小さいと考えられる)。
    よって,このような状態にある記名子会社の会社役員については株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金が支払われる可能性がないため,特約保険料は負担しなくても良いものとされる。
    従って,記名子会社についてはその役員が特約保険料を自己負担しなければならない会社と自己負担しなくてもよい会社との2種類がありうることになる。
    そして,特約保険料を会社役員が自己負担しなければならない会社について,その特約保険料は通常記名子会社分の保険料とされる金額の10%である。具体的な保険料配分例を次に示す。

    主契約保険料特約保険料合計
    記名法人3,420,000円380,000円3,800,000円
    記名子会社A315,000円35,000円350,000円
    記名子会社B200,000円0円200,000円
    記名子会社C150,000円0円150,000円
    合計保険料4,085,000円415,000円4,500,000円

    この例では,記名子会社B及び記名子会社Cが記名法人の完全子会社である等の理由により特約保険料の負担がないものとされている。
    よって,この2社の会社役員は保険料を自己負担する必要がない。そして,記名法人の会社役員は全員で総額38万円を負担すべきことになり,記名子会社Aの会社役員は全員で総額3万5000円を負担すべきことになる。
    この例で分かるとおり,記名子会社の中に記名法人の完全子会社等が含まれている場合は保険料全体を見た場合に主契約保険料と特約保険料の比率は9対1にはならないことになる。
    しかし,特約保険料の負担をすべきものとされる会社ごとに見ると,その主契約保険料と特約保険料の比率は9対1となっている。
    なお,記名子会社は日本法人であるとは限らないから,例えば記名子会社が米国に所在し,その州法によればD&O保険の保険料を会社が全額負担しても違法とはされていないということであれば,保険会社が特約保険料を提示したとしてもその保険料も含めて全額を当該記名子会社が負担しても差し支えない。

  • 第8節 D&O保険の保険料についての国税庁見解

    D&O保険の保険料に関する税務上の取扱いについては,現行D&O保険が発売された直後の平成6年1月19日付けで社団法人日本損害保険協会より国税庁に対して書面による照会がなされ,これに対して平成6年1月20日付で国税庁から社団法人日本損害保険協会に対して回答がなされ,同日付で国税庁長官より国税局長及び沖縄国税事務所長宛に上記回答を行った旨の通達が出状され,全国的にこの回答に基づく税務上の取り扱いが現在定着しているものと考えられる。
    それによれば,具体的取扱いは次の通りである。
    まず,主契約保険料に関しては,被保険者を会社役員個人とするものであるが,この保険料を会社が負担したとしても役員に対する経済的利益の供与はないものとして給与課税はなされない。
    次に特約保険料に関しては,前述の通りこれは会社役員個人が負担すべきものとされているが,仮にこの保険料部分を会社が負担した場合は役員に対して経済的利益の供与があったものとして給与課税がなされる(※ ここでは税務上の取扱いだけが問題となっていることからこのような回答になっているが,課税以外の法的問題として,そもそも商法上の観点からD&O保険の適法性について疑義が生じるという重大問題が生じるため会社負担は避けるべきであることは言うまでもない)。
    また,特約保険料の役員間の配分については,合理的な基準により配分を行った場合には,課税上問題ないとした上で,具体的な合理的基準による配分方法として頭割方式,報酬比例方式及び被保険者の商法上の役割区分に応じた額をもって配分する方法という3つの方法が例示されている。
    また,記名子会社を指定し,子会社の会社役員も被保険者としている場合は,記名法人,記名子会社ごとの保険料の内訳を保険会社が示すことになっているので,契約者においては,これに従って処理すれば課税上の問題は生じないものとされる。
    以下,平成6年1月19日付けで社団法人日本損害保険協会より国税庁に対して出状された照会書面,これに対して平成6年1月20日付で国税庁から社団法人日本損害保険協会に対して出状された回答書面及び同日付で国税庁長官より国税局長及び沖縄国税事務所長宛に出状された通達の内容を引用する(※ 平成17年5月,国税庁のホームページより)。

    課法8−2
    課所4−2
    平成6年1月20日

    国税局長
                     殿
    沖縄国税事務所長

    国税庁長官

    会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて

    標題のことについて,社団法人日本損害保険協会から別紙2のとおり照会があり,これに対し当庁課税部長名をもって別紙1のとおり回答したから了知されたい。


    別紙1

    課法8−1
    課所4−1
    平成6年1月20日

    社団法人 日本損害保険協会
    常務理事 ○ ○  ○ ○ 殿

    国税庁 課税部長
     ○ ○ ○ ○

    会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて
    (平成6年1月19日付協火新93−46号照会に対する回答)

    標題のことについては,貴見のとおり解して差し支えありません。
    なお,照会事項2に例示された「保険料負担の配分方法」は,経営活動等の状況からみて,その法人にとっての合理性があり,かつ,課税上の弊害も生じない場合に限り認められるものであることを,念のため申し添えます。


    別紙2

    協火新93−46号
    平成6年1月19日

    国税庁 課税部長
     ○ ○ ○ ○ 殿

    社団法人 日本損害保険協会
    常務理事 ○ ○ ○ ○

    会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて(照会)

    拝啓 時下ますますご隆昌のこととお慶び申し上げます。
    弊業界につきましては,毎々格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。
    さて,損害保険各社は,3年前より大蔵省のご認可をいただき会社役員賠償責任保険を販売してまいりました。開発の当時は主に海外において事業活動を行っている企業の役員が,海外で訴訟に巻き込まれる危険を想定しておりました。特に,役員訴訟がわが国とは比較にならない程多数提起されている米国におけるリスクを考え,英文にて約款を作成いたしました。その結果,わが国においては株主代表訴訟の提起が極めて稀であったことと相まって,本保険に対する関心はあまり高くなく,事実契約数も少数に留まっておりました。
    しかしながら,平成5年の商法改正を機に,特に,株主代表訴訟で役員敗訴のケースに対するリスクを担保する保険料を会社が負担することは,商法上問題ではないかとの指摘が出てまいりました。
    そこで,損害保険各社としては,かかる商法上の問題に配慮し,契約者の自由な選択に応え得る商品を提供すべく,このたび新たな和文約款及び英文約款にもとづく会社役員賠償責任保険の認可を取得いたしました。
    この新約款では,株主代表訴訟で被保険者が損害賠償責任を負う場合は普通保険約款では免責とし,このリスクの担保を契約者が希望する場合は,別途保険料を領収して特約条項を付すことと致しました。これにより,契約者は,普通保険約款で担保するリスクに相当する保険料と特約保険料とを明確に区分して保険会社に支払うことも可能となるなど,商法問題に配慮した契約を行うことが可能となりました。
    つきましては,この新約款による会社役員賠償責任保険の保険料の税務上の取扱いについて,下記の通り取り扱われるものと解して差し支えないかどうかご照会申し上げます。

    敬具

    1 支払保険料の税務処理
    (1) 基本契約(普通保険約款部分)の保険料
    基本契約に係る保険料を会社が負担した場合の当該保険料については,役員個人に対する給与課税を行う必要はないものとする。
    (理由)
    [1] 第三者から役員に対し損害賠償請求がなされ役員が損害賠償責任を負担する場合の危険を担保する部分の保険料は,所得税基本通達36−33及び法人税基本通達9−7−16の趣旨に照らし,この部分の保険料を会社が負担した場合であっても,役員に対する経済的利益の供与はないものとして給与課税を行う必要はない。
    [2] 役員勝訴の場合の争訟費用を担保する部分の保険料は,役員が適正な業務執行を行い損害賠償責任が生じない場合にその争訟費用を担保する保険料であり,この部分の保険料を会社が負担した場合であっても,役員に対する経済的利益の供与はないものとして給与課税を行う必要はない。
    (2) 株主代表訴訟担保特約の保険料(特約保険料)
    この特約保険料について,契約者は商法上の問題を配慮し役員個人負担又は役員報酬から天引きとすることになると考えられるが,これを会社負担とした場合には,役員に対して経済的利益の供与があったものとして給与課税を要する。
    2 保険料負担の配分方法
    (1) 特約保険料の役員間の配分について
    取締役の報酬の総額及び監査役の報酬の総額は定款又は株主総会の決議により定めることになっているが,通常その配分は取締役会及び監査役の協議に委ねられている。したがって,特約保険料の役員間の配分もまた取締役会及び監査役の協議において合理的な配分方法を定め得るものと考えるが,実務上は,次のいずれかの方法など合理的な基準により配分を行った場合には,課税上許容される。
    [1] 役員の人数で均等に分担する方法
    役員は会社に対し連帯して責任を負うものとされていることを考慮し,役員全員において均等に負担する方法(無報酬あるいはごくわずかな役員報酬しか得ていない取締役にまで均等に負担させることが適当でないと認められる場合には,その者への配分割合を縮小もしくは配分しない方法を含む。)
    [2] 役員報酬に比例して分担する方法
    役員と会社との関係は有償の委任及び準委任と解されており,報酬に差がある以上危険負担も同程度の差があると考えられることから,報酬額に比例して保険料を負担する方法
    [3] 商法上の区分別に分担する方法
    商法に定められた代表取締役,取締役,監査役ごとにそれぞれの役割に応じた額を定める方法
    (2) 保険料の会社間の配分方法について
    子会社を含めた契約を契約者が希望する場合は,保険料は一括して算定されることになるが,契約に当たっては,保険会社からそれぞれの子会社ごとの保険料を内訳として示すこととしていることから,契約者においては,これに従って各社ごとの配分額を決定する。

    以上

  • 第9節 保険料の分割払い

    普通約款4条3項において保険料即収の原則が明示されていることから,D&O保険の保険料は保険契約時の一括払いが原則である。
    しかし,D&O保険で保険料を毎月の12回払いとするような分割払いとすることも不可能ではなく,普通約款4条3項の保険料即収の原則を修正する特約条項を附帯して保険料を分割払いとすることも可能である。
    よって,保険契約者の希望に基づいて保険料の分割払いを認めるか否かは各保険会社の判断に委ねられることになるが,希望があれば通常は分割払いに応じる取扱いが一般的である。
    保険料を分割払いとする場合の分割回数,支払間隔,それぞれの支払金額,分割払いとすることによる割増保険料等の具体的分割方法についても保険会社ごとの定めによることになるが,一般的には最多分割で毎月払いの12分割までで割増保険料は不要とされるか最大でも一括払い保険料の1割程度であると考えられる。
    ただし,一般消費者を対象とする保険商品であれば,年間保険料全額を一括払いするのは負担が大きいので少額に分割して支払う方が好まれることも多いという事情があることから分割払い方式も良く利用されているが,D&O保険においてはあまりこのような事情はなく,保険料の分割払いにはかえって事務処理上煩瑣な面もあることから保険料が分割払い方式とされている契約はさほど多くない。

第8章 保険契約者または被保険者の義務

  • 第1節 告知義務

    第1款 告知義務違反の効果

    告知義務とは,保険契約締結の際に,保険会社に対して真実を申告し不実を申告してはならない義務を言う。 保険契約者・被保険者の告知義務について普通約款11条1項は,次の通り定めている。

    (告知義務) 第11条 保険契約締結の当時,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が,故意または重大な過失によって,保険契約申込書およびその付属書類(以下「保険契約申込書等」といいます。)の記載事項中重要な事項について,当会社に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げた場合には,当会社は,保険証券に記載された保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。

    保険契約締結後の通知義務を定める12条では通知義務があることを直接的に規定しているが,本条は「告知義務」というタイトルでありながら,告知義務違反があった場合の効果を定めることにより間接的に告知義務があることを示唆するに留まっている。これは,告知義務が保険契約が未だ成立する前の義務であり厳密に言えば「保険契約者」「被保険者」の義務とは言えないことに由来するものであろう。
    保険会社は具体的な保険契約の申し込みを受け,その保険契約を引き受けるか否か,引き受けるとしてどのような保険条件で引き受けるかを判断する際に,判断材料とするための情報を必要とするが,その情報の多くは保険契約者・被保険者から入手することになる。
    この情報が誤っていれば保険会社が判断を誤ることになり本来であれば引受を謝絶すべきであると考える保険契約を引き受けたり,本来はより高い保険料で引き受けるべきであった保険契約を安い保険料で引き受けたりするという事態が生じることになる。
    しかし,このような事態を放置して保険会社が引き受けた通りの保険契約に基づく保険金支払義務をそのまま認めるならば不都合な結果が生じる。
    そこで,損害保険の一般的取扱いとして,保険契約が有効に存続しうるための要件として,保険契約者・被保険者となるべき者に保険契約締結にあたって保険会社に対して正確な情報を告知すべき義務(告知義務)を認め,告知義務違反があった場合は保険会社の側に保険契約に基づく保険金支払義務を免れる手段を与えるという取扱いが採用されている(※ 商法644条及び645条にも告知義務違反に関する規定が置かれているが,告知義務違反については「重要ナル事実ヲ告ケス又ハ重要ナル事項ニ付キ不実ノ事ヲ告ケタルトキハ」という抽象的な表現が用いられるなど不十分な規定に留まっている)。 本条項に基づく告知義務違反の効果として,保険会社には保険契約の解除権が認められることになる。なお,この解除権が行使された場合,保険料は一切返戻されない(普通約款18条1項)。

    第2款 告知義務違反の例外規定

    普通約款11条2項は,同1項の例外として次の通り定めている。

    (告知義務)
    第11条 …
    2.前項の規定は,次の各号の場合には適用しません。
    (1) 前項の告げなかった事実または告げた不実のことがなくなった場合
    (2) 当会社が保険契約締結の当時,前項の告げなかった事実もしくは告げた不実のことを知り,または過失によってこれを知らなかった場合
    (3) 保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が,損害賠償請求がなされる前に保険契約申込書等の記載事項中重要な事項について,書面をもって更正を当会社に申し出て,当会社がこれを承認した場合。なお,当会社は,更正の申し出を受けた場合において,保険契約締結の当時,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が更正すべき事実を当会社に告げたとしても当会社が保険契約を締結していたと認めるときに限り,これを承認するものとします。
    (4) 当会社が前項の告げなかった事実または告げた不実のことを知った日から保険契約を解除せずに30日を経過した場合

    告知義務違反があったとしても,その後の事情変更により告知しなかった事実または告知した不実のことが結果的になくなれば告知義務違反による弊害は消滅することから保険会社の契約解除権は認められない(第1号)。
    また,保険契約締結時に告知義務違反の事実を保険会社が知り又は知り得べきであった場合は,保険会社は保険契約締結を拒否したり相応の保険条件を定めるなどの適切な措置を取りうるのであるから,仮にそのような適切な措置を取らずに保険契約を締結したとしても保険会社の契約解除権は認められない(第2号)。
    次に,告知義務違反による保険会社の契約解除権は保険会社の利益のために認められたものであるから,保険事故が発生する前に告知しなかった事実または告知した不実のことが訂正され,これを保険会社自身が不利益がないものとして承認した場合には保険会社の契約解除権は認められない(第3号)。
    なお,保険会社はこの承認を行うに際して必要に応じて追加保険料を請求することができる(普通約款16条1項)。
    また,告知義務違反があったことを保険会社が保険契約締結後に知った場合において,いつでも任意の時期に保険会社が契約解除しうるならば保険契約者の地位があまりにも不安定になることから,告知義務違反を知った日から30日を経過した場合は保険会社の契約解除権は認められない(第4号)。

    第3款 告知義務違反による解除前の事故

    普通約款11条3項は,告知義務違反による解除前に発生した保険事故について次の通り規定している。

    (告知義務)
    第11条 …
    3.損害賠償請求がなされた後に第1項の解除がなされた場合でも,当会社は,第14条(保険契約解除の効力)の規定にかかわらず損害をてん補しません。すでに損害をてん補していたときは,当会社は,その返還を請求することができます。

    本項にいう「損害賠償請求」とは被保険者に対する損害賠償請求を指す。
    D&O保険における保険契約解除は,将来に向かってのみその効力を生じるのが原則である(普通約款14条)。
    しかし,告知義務違反に基づく契約解除についてまでこの原則を適用すると,被保険者に対する損害賠償請求が発生した後に告知義務違反のあったことが発覚した場合,その後に保険会社が保険契約を解除したとしてもその効力は当該損害賠償請求時点には及ばず保険会社は保険金を支払う義務を負うことになり,告知義務違反に基づく契約解除の効果が阻害されることになる。
    そこで,普通約款11条3項は,告知義務違反に基づく契約解除がなされた場合は解除の将来効を定めた普通約款14条にもかかわらず解除前に発生した被保険者に対する損害賠償請求についても保険会社は保険金支払義務を負わないこととしている。
    そして,既に保険金を支払っていた場合は,保険会社はその返還を請求することができるものとされている。

  • 第2節 通知義務

    第1款 通知義務の内容

    通知義務とは,保険契約締結後,保険条件として定められた事項や保険上の危険に影響を及ぼす重要な事項に変更があった場合に,その変更があった事実を保険会社に申告する義務を言う。
    保険契約者・被保険者の告知義務について普通約款12条1項は,次の通り定めている。

    (通知義務)
    第12条 保険契約締結後,次の各号の事実が発生した場合には,保険契約者または被保険者は,事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ,責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後,遅滞なく,書面によりその旨を当会社に通知し,保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。ただし,その変更の事実がなくなった後はこの限りではありません。
    (1) 保険契約申込書等または保険証券に記載された事項の変更
    (2) この保険契約と重複する他の保険契約の締結 …

    保険期間の中途における事情変更により保険事故が発生するおそれが著しく増大した場合は,保険契約締結当時の保険条件を保険会社に強要し続けることが公平性を欠く場合が考えられる。
    また,保険期間の中途で重複保険契約が出現するに至った場合は,この事実が保険会社に対して伝えられないと,重複保険相互間での支払保険金の調整がなされないままに同一の損害に対して複数の保険契約から保険金が支払われる結果,被保険者が被った損害額を超える保険金が支払われる可能性が生じる。このような事態は保険金の不正請求も誘引するおそれがある。
    以上のような理由により,損害保険では一般に本条項のように保険期間の中途で保険証券記載事項その他の重要事項についての事情変更があった場合や重複保険の締結がなされた場合には保険契約者・被保険者に通知義務を課し,保険会社が必要な措置を取るための機会を与えている。
    保険会社は本条項1号の事由に対して承認をするにあたっては,必要に応じて追加保険料を請求することができ(普通約款16条1項),追加保険料を徴収しても保険契約を維持できないほど著しく危険が増加したと判断するときは保険契約を解除することもできる(普通約款13条1項1号)。
    また,保険会社は本条項2号の事由があったときは保険契約を解除することができる(普通約款13条1項2号)。

    第2款 通知義務違反の効果

    通知義務違反の効果について普通約款12条2項は,次の通り定めている。

    (通知義務)
    第12条 …
    2.前項の手続を怠った場合には,当会社は,前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時から当会社が前項の承認裏書請求書を受領するまでの間になされた損害賠償請求に起因する損害をてん補しません。ただし,前項第1号の事実が発生した場合において,変更後の保険料が変更前の保険料より高くならないと当会社が認めたときは,この限りではありません。

    本項は,通知義務が発生してから通知が実際に履行されるまでの間に発生した保険事故については保険金を支払わない旨を定めるものである。
    よって,「前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時」とは,事実の発生が保険契約者または被保険者の責めに帰すべき事由によるときは事実が発生した時であり,責めに帰すことのできない事由によるときは保険契約者または被保険者がその発生を知った時の意味に解すべきである。
    また,本項の損害賠償請求とは被保険者に対する損害賠償請求の意味である。
    前項1号において,保険期間の中途における事情変更を通知義務の対象とした趣旨は,保険事故が発生するおそれが著しく増大した場合に保険会社が必要な措置を取る機会を与える点にあるから,保険事故発生のおそれが増大していない場合は通知義務違反として取扱う必要はない。
    そして,保険事故発生のおそれが増大していないのであれば,それについて追加保険料を徴収する必要もない。そこで,本項但書は前項の承認を保険会社がするにあたっての追加保険料の請求(普通約款16条1項)が生じない場合は,通知がなされるまでの保険事故についての保険金不払いという取扱いをしない旨を定めたものである。

  • 第3節 保険会社の調査への協力義務

    普通約款19条は,保険会社による調査について次の通り定めている。

    (当会社による調査)
    第19条 当会社は,保険期間中いつでも,保険契約者または被保険者の同意を得て,保険契約申込書等に記載された事項ならびに第8条(てん補しない損害−その4)第2項および第12条(通知義務)第1項の規定により通知された事項に関して必要な調査をすることができます。
    2.保険契約者または被保険者が,正当な理由なく前項の調査に協力しなかったときは,当会社は,保険証券に記載された保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。

    保険会社は保険契約引受時にも引受の可否及び引き受ける場合の保険条件をどのように設定すべきかを判断するために保険契約者・被保険者から申告を受けた事項その他の事項について調査をするが,本条は保険期間中であっても保険会社が必要に応じて調査することができることを規定したものである。
    調査対象事項は,A保険契約申込書等に記載された事項,B普通約款8条2項により通知された事項(a記名法人の第三者との合併,b記名法人の資産全ての第三者への譲渡又はc第三者が記名法人の発行済株式総数の50%を超える株式を取得すること)及びC普通約款12条1項により通知された事項(a保険契約締結後の保険契約申込書等又は保険証券に記載された事項の変更又はb保険契約締結後の重複保険契約の締結)である。
    本条に基づいて保険会社が調査を行うに際しては,保険契約者又は被保険者の同意が必要であるから(1項),保険会社の職員が無断で保険契約者の事務所や施設に入り込んで調査をするようなことはできないが,保険契約者又は被保険者が正当な理由なく調査に協力しなかった場合には保険会社は保険契約を解除することができる(2項)。

第9章 保険契約の無効・解除及び保険料の返還・請求

  • 第1節 保険契約の解除

    第1款 保険会社からの解除

    普通約款13条1項は,保険会社からの保険契約の解除権について次の通り規定している。

    (保険契約の解除)
    第13条 当会社は,次の各号の場合には,保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。
    (1) 第12条(通知義務)第1項第1号の通知を受けた場合において,当会社が危険の著しい増加を認めたとき
    (2) 第12条(通知義務)第1項第2号の通知があったとき
    (3) 保険金の請求に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人に詐欺の行為があったとき

    1号は危険著増による解除を定めたものである。保険契約締結後,保険契約申込書等または保険証券に記載された事項の変更があったとして保険契約者・被保険者から通知(普通約款12条1項1号)を受けた保険会社は,追加保険料を請求し(普通約款16条1項)又は請求しないで当該変更を承認することもできるが,当該変更によって危険が著しく増大し,もはや保険契約の引受を継続できないと判断されるに至った場合は,本号に基づき保険契約を解除することができることになる。
    このような危険著増を理由とする保険会社の契約解除条項自体は,D&O保険に限らず損害保険商品全般において見られるのであるが,この条項を根拠として保険会社が保険契約を解除するという事態は実務上ほぼ発生しない。
    保険会社はその収入の源となる保険契約をできる限り維持することをまず第一に考えるのであり,危険が増加したということであれば追加保険料を請求したり保険条件を一部変更したりすることにより何とか保険契約を維持できないか最大限の努力をするものである。
    危険著増を理由として保険会社が保険契約を解除するという事態がありうるとすれば,例えば保険契約の同一性がほとんど失われる程度に大幅に事情が変化し,しかもその事情変化につき保険契約者・被保険者の保険金不正請求の意図が推認されるなどのようによほど極端な事情がある場合に限られるものと考えられる。
    2号は重複保険契約の出現による解除を定めたものである。保険契約締結後,当該保険契約と重複する他の保険契約(重複保険契約)の締結があったとして保険契約者・被保険者から通知(普通約款12条1項2号)を受けた保険会社は,当該締結の事実を承認することもできるが(普通約款12条1項),本号に基づき保険契約を解除することもできる。
    他の重複保険契約が出現は,保険会社の責任を加重するものではないが,同一損害をてん補する保険契約が多数存在することは一般に保険金の不正請求を誘引するおそれがあると考えられていることから,このような不正請求を阻止するために重複保険契約の出現による解除権が認められている。
    このような他の重複保険契約の出現を理由とする保険会社の契約解除条項も,D&O保険に限らず損害保険商品全般において見られるのであるが,この条項についてもこれを根拠として保険会社が保険契約を解除するという事態は実務上ほぼ発生しない。
    他の重複保険契約を締結しようとする動機が正当なものであるとすれば,それは現在加入している保険契約ではてん補限度額等において不満があると保険契約者が考えている場合であって,このような場合であれば保険契約者は現在加入している保険契約の保険会社にまずその旨相談するのが通常である。そして,相談を受けた保険会社は自社だけの保険契約という状態をできる限り維持しようとするのであり,てん補限度額が不足するということであれば保険期間中途でのてん補限度額の増額の可否を検討するなど最大限の努力をするものである。
    その努力もかなわず自社が提供する保険カバーだけでは保険契約者を満足させられず保険契約者が他の重複保険契約を締結するに至ったとしても,その動機に特段不審な点がなければ,保険会社にとっての収入の源である保険契約を自ら解除することは考えにくい。
    他の重複保険契約の出現を理由として保険会社が保険契約を解除するという事態がありうるとすれば,保険契約者が現在加入している保険契約の保険会社に対してことさらに秘して他の重複保険契約を締結した場合で,しかもその動機において保険契約者・被保険者の保険金不正請求の意図が推認されるなどのようによほど極端な事情がある場合に限られるものと考えられる。
    3号は,保険金の請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺があったときの保険会社の解除権を定めたものである。保険金請求につき詐欺があれば当該保険金請求について保険会社が保険金を支払う義務を負うことはないのであるが,このような不正請求が行われたことによって保険会社と保険契約者・被保険者との間の信頼関係は失われることから,保険会社の意思に基づいて保険契約を終了させる手段を用意したものである。このような条項もD&O保険に限らず損害保険商品全般において見られる。
    実際に保険金請求につき詐欺行為がなされたと認められる場合であれば保険会社がこれを理由として保険契約を解除する可能性は高いと考えられるが,詐欺行為が裁判によって認定されたり保険契約者・被保険者自身が詐欺を認めていたりするなど詐欺の事実が明白であるような場合でない限り,詐欺行為があったか否かについては確たる証拠もないのが普通であるから,保険会社の方から詐欺行為があったととして解除を主張することについては慎重な姿勢を取るのが一般的ではないかと思われる。

    第2款 保険会社からの解除権についての日数制限

    普通約款13条1項1号・2号に基づく保険会社からの解除権については,同条3項により次の通り制限されている。

    (保険契約の解除)
    第13条 …

    3.第1項第1号または第2号に基づく当会社の解除権は,その通知を受領後30日以内に行使しなければ消滅します。

    普通約款13条1項の規定に基づいて契約解除をするか否かの判断は保険会社に委ねられており,いつでも契約解除をなしうるとすると保険契約者・被保険者の地位があまりにも不安定になることから,同条1項1号又は2号に基づく解除権は,各号に定める通知を保険会社が受けてから30日以内に行使しなければ消滅するものとされている。
    ただし,同項3号に基づく解除権(保険金請求に関して保険契約者・被保険者の詐欺があった場合の解除権)に対してはこの期間制限は適用されない。

    第3款 保険契約者からの解除

    普通約款13条2項は,保険契約者からの保険契約の解除権について次の通り規定している。

    (保険契約の解除)
    第13条 …
    2.保険契約者は,当会社に対する書面による通知をもってこの保険契約を解除することができます。

    保険期間の中途で保険会社が保険契約を解除するには所定の要件が具備されなければならないが,保険契約者の側からはいつでも任意に保険契約を解除することができるものとされている。このように,保険契約者側に一方的な任意の契約解除を認める条項もD&O保険に限らず損害保険商品全般において見られる。
    本条項に基づいて保険契約が解除された場合は普通約款18条3項の規定に基づいて計算された所定の保険料が保険契約者に対して返戻されることになる。

    第4款 保険契約解除の効力

    普通約款14条は保険契約解除の効力につき次の通り定める。

    (保険契約解除の効力)
    第14条 保険契約の解除は,将来に向かってのみその効力を生じます。

    本条は保険契約解除の将来効を定めるものである。
    民法の原則によれば保険契約の解除は保険契約の遡及的無効をもたらすと一般的に考えられているが,損害保険にあっては本条が定めるように解除は将来に向かってのみその効力を生じるものとして約款上取扱うのが一般的である。
    従って,保険契約が解除されたとしても解除までの保険契約は有効であり,解除時点までに発生した保険事故について保険会社は保険金を支払う責任があるのが原則であるが,告知義務違反により保険会社が契約解除した場合は解除前に発生した保険事故についても例外的に保険金は支払われない(普通約款11条3項)。

  • 第2節 保険契約の無効

    普通約款15条は,保険契約の無効事由について次の通り規定している。

    (保険契約の無効)
    第15条 保険契約締結の当時,次の事実があったときは,この保険契約は無効とします。
    (1) 保険契約に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人に詐欺の行為があったとき
    (2) 保険契約者またはその代理人が他人のために保険契約を締結する場合において,その旨を保険契約申込書に記載しなかったとき
    第1款 1号−保険契約に関する保険契約者・被保険者の詐欺

    契約締結に当たって相手方又は第三者による詐欺が認められれば民法上は契約の取消権が発生しうることとなり(民法96条),取り消された契約は遡及的に無効となる(民法121条)。
    しかし,損害保険約款では本条が定める通り詐欺の事実が認められるときは取消を待つことなく保険契約を無効として取扱うことが一般的である。

    第2款 2号−他人のためにする保険契約の不告知

    他人のための保険契約とは保険契約者と被保険者とが一致しない保険契約を言う(商法647条)。民法上は第三者のためにする契約(民法537条1項)に該当するが,被保険者の権利発生のための受益の意思表示(同2項)を要しないものとされている。
    商法上は,保険契約者が被保険者となるべき者からの委任を受けないで保険契約を締結する場合,その旨を保険会社に告げないと保険契約は無効とされるが(商法648条),損害保険約款では本号が定める通り委任の有無を問わずに他人のためにする旨の申告がなければ保険契約を無効として取扱うことが一般的である。
    本号の定めは,被保険利益を持たない者が他人の物を保険の目的とする火災保険契約等を締結して保険金を不正に請求するような弊害を回避するための規定であるが,D&O保険においてはあまり意味のない規定であるように思われる。
    D&O保険では記名法人及び記名子会社が会社として保険証券上明確に記載されることによって被保険者の範囲が明確に定義され(普通約款3条1号,2号,3号),誰のためにする保険であるかは保険契約の申込時において明らかであるから,それに加えて「他人のために保険契約を締結する場合」であることを保険会社に対して申告すべき場合というのを想定することは困難である。
    結局,D&O保険における本号は損害保険契約の一般的取扱いに倣って盛り込まれた規定であるという以上の意味を持たないように思われる。

  • 第3節 保険料の請求−告知・通知事項等の承認の場合

    普通約款16条は,保険期間中途での追加保険料の請求につき次の通り定めている。

    (保険料の請求−告知・通知事項等の承認の場合)
    第16条 第8条(てん補しない損害−その4)第2項,第11条(告知義務)第2項第3号,または第12条(通知義務)第1項第1号の承認をする場合において,保険料を変更する必要があるときは,当会社は,その定めるところに従い,追加保険料を請求することができます。
    2.前項の規定により追加保険料を請求する場合において,当会社の請求に対して保険契約者がその支払いを怠ったときは,当会社は,追加保険料領収前になされた損害賠償請求による損害をてん補しません。

    普通約款8条2項の承認とは,記名法人についてA合併,B第三者への全資産の譲渡又はC第三者が記名法人の発行済株式総数(議決権のない株式を除く。)の50%を超える株式することのいずれかの事由が生じた場合において,これらの事由の後に生じた保険事故について保険金が支払われないという取扱い(普通約款8条1項)を適用しないための保険会社の承認をいう。
    普通約款11条2項3号の承認とは,告知義務違反があった場合の保険会社からの解除及び保険金の不払いという取扱い(普通約款11条1項,3項)を適用しないための保険会社の承認をいう。
    普通約款12条1項1号の承認とは,通知義務に従って保険契約者・被保険者から保険契約申込書等又は保険証券に記載された事実の変更の通知が保険会社に対してなされた場合において(普通約款12条1項1号),保険会社が保険契約を解除せず(普通約款13条1項1号),引き続き保険契約が有効に存続することを承認することをいう。
    いずれの承認をなす場合でも,従前と比較して保険上のリスクが高まったため従前の保険料水準を維持することが妥当ではないことがありうるため,普通約款16条1項は保険会社が追加保険料を請求しうることを定めている。
    また,同条2項は,追加保険料の請求権を実効あらしめるため,追加保険料領収前の保険事故を不担保とする旨定めている。
    この種の追加保険料を定める規定も損害保険契約一般に広く見受けられるのであって,D&O保険固有の取扱いではない。

  • 第4節 保険料の返還−保険契約の無効・失効の場合

    普通約款17条は,保険契約が契約締結当初から無効である場合又は保険期間中途で効力を失った場合の保険料の返戻につき次の通り定めている。

    (保険料の返還−保険契約の無効・失効の場合)
    第17条 当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によるこの保険契約の無効または失効の場合には,保険料を返還しません。
    2.当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によらないこの保険契約の無効の場合には保険料の全額を,失効の場合には未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。

    保険契約が無効であれば,保険会社が領収した保険料を保持しておくべき正当な根拠が失われるから,この保険料は不当利得として保険契約者に返戻すべきというのが民法上の原則である(民法703条)。
    本条1項はこの原則に修正を加え,無効又は失効の原因が保険契約者・被保険者側の故意または重大な過失による場合は保険料は保険契約者に返戻されない旨を定めている(※ 故意による場合は本条項の適用を待たずとも非債弁済として民法705条により保険料返戻がなされないこともありうるだろう)。
    本条1項の事由に基づかない保険契約の無効・失効の場合は保険契約者への保険料返戻がなされることになるが,その場合の返戻額は,無効である場合は全額,失効の場合は失効の時点から保険終期までの未経過期間の保険期間に対する割合に基づく日割計算により保険料返戻がなされるものと定められている(本条2項)。
    本条は,保険契約の無効・失効という事態が生じた場合に適用されることを想定しているものであるところ,そもそも保険契約に効力が認められないものとされる場合に保険約款である本条が保険契約の当事者を法的に拘束する力を有しているといえるのかという疑問がないではないが,本条のような約款文言は損害保険商品全般で従来から広く用いられているところである。

  • 第5節 保険料の返還−保険契約解除の場合

    普通約款18条は,保険契約が保険期間中途で解除された場合の保険料の返戻につき次の通り定めている。

    (保険料の返還−保険契約解除の場合)
    第18条 第11条(告知義務)第1項の規定により当会社が保険契約を解除した場合,当会社は保険料を返還しません。
    2.第13条(保険契約の解除)第1項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。
    3.第13条(保険契約の解除)第2項の規定により保険契約者が保険契約を解除したとき,または第19条(当会社による調査)第2項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,領収した保険料から既経過期間に対し別表に掲げる短期料率によって計算した保険料を控除して,その残額を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。

    まず,保険契約者・被保険者に告知義務違反があることにより保険会社が契約を解除した場合は(普通約款11条1項),既に支払われた保険料は一切返戻されない。
    次に,保険契約者・被保険者が通知義務(普通約款12条1項)を履行した場合において,保険会社が保険契約を継続して引き受けるという判断をせず保険契約を解除した場合(普通約款13条1項1号,2号)又は保険金の請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺の行為があったとして保険会社が保険契約を解除した場合(普通約款13条1項3号)は,解除の時点から保険終期までの未経過期間の保険期間に対する割合に基づく日割計算により保険料返戻がなされるものと定められている(本条2項)。ただし,解除までの間に保険事故が発生している場合は解除の将来効(普通約款14条1項)により保険会社は保険金を支払う義務を負うから,保険金支払と対価的性質を有する保険料は一切返戻されないものとされている(本条2項但書)。
    なお,保険金請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺の行為があった場合でも保険料が返戻されると定められている理由は,その場合に保険契約者・被保険者を非難できるのは当該保険金請求の点に留まることが考慮されたものであると考えられる。
    また,保険契約者が任意の解除権を行使して保険契約を解除した場合(普通約款13条2項)又は保険契約者・被保険者が保険会社が要求する調査に協力しなかったために保険会社が保険契約を解除した場合(普通約款19条2項)は,保険会社が既に領収した保険料に対して解除までの既経過期間に対応する別表に掲げられる短期料率を乗じた保険料を控除した残額が保険契約者に返戻される(本条3項)。
    解除までの間に保険事故が発生している場合は保険料の返戻がない点は本条2項の場合と同様である。
    普通約款別表の短期料率表は次の通りである。なお,この表は保険期間が1年間であることを当然の前提としている。

    短期料率表
    既経過期間割合
    7日まで10%
    15日まで15%
    1か月まで25%
    2か月まで35%
    3か月まで45%
    4か月まで55%
    5か月まで65%
    6か月まで70%
    7か月まで75%
    8か月まで80%
    9か月まで85%
    10か月まで90%
    11か月まで95%
    1年まで100%

    これによると,例えば保険始期日からちょうど6ヶ月を経過した時点で保険契約者が任意に保険契約を解除した場合,当初支払った保険料から70%が控除され,残りの30%分が保険契約者に返戻されることとなる。
    この表の数値を見ればわかる通り,日割計算に比して保険契約者側に不利になっている。

第10章 保険金の請求

  • 第1節 保険事故発生の通知

    第1款 損害賠償請求等の通知義務

    保険事故が発生した場合の保険契約者・被保険者の通知義務について,普通約款20条1項は次の通り定める。

    (損害賠償請求等の通知)
    第20条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対してなされたすべての損害賠償請求を遅滞なく当会社に対して書面にて,損害賠償請求者の氏名および被保険者が最初にその請求を知った時の状況を含め,申し立てられている行為および原因となる事実に関する情報を通知しなければなりません。

    保険会社は,保険契約者・被保険者より保険事故発生の報告を受けた場合,当該事故について真に保険会社が填補責任を負うか否かを調査(普通約款24条2項)した上で保険金を支払うことになる。
    また,被保険者は,あらかじめ保険会社の承認を受けない限り自己の損害賠償責任を承認したり争訟費用の支払ったりしてはならずこれに反する場合は保険金が支払われない(普通約款22条3項)。
    また,保険会社が必要と認めたときは損害賠償請求の解決に先立って予め争訟費用を支払うことができるものとされている(普通約款22条1項)。
    このように,保険事故が発生してから被保険者に対して保険金が支払われるまでの過程において,保険会社は様々な判断を行うのであるから,保険金の支払手続が滞りなくスムーズに進行するためには保険会社が様々な判断を行うための十分な情報が速やかに保険会社に対して提供される必要がある。
    被保険者が保険金を請求するためには保険会社に対して事故発生を報告する必要があるから,保険会社は遅かれ早かれ保険事故の発生を知ることになる訳ではあるが,上記の通り情報を速やかに保険会社に提供するという観点から,本条のように保険事故の発生を保険契約者・被保険者が知った場合は遅滞なく保険会社に対して通知するよう義務付ける定めが設けられている。

    第2款 通知すべき時期の修正

    普通約款20条1項によれば,保険契約者・被保険者の保険事故に関する通知義務の発生時期は保険事故が現実に発生した後に限られるが,2項は次の通り一定要件の下での保険事故発生前の保険事故に関する通知義務を定めている。

    (損害賠償請求等の通知)
    第20条 …
    2.保険契約者または被保険者が,保険期間中に,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況(ただし,損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限ります。)を知った場合には,その状況ならびにその原因となる事実および行為について,発生日および関係者等に関する詳細な内容を添えて,遅滞なく当会社に対し書面により通知しなければなりません。この場合において,通知された事実または行為に起因して,被保険者に対してなされた損害賠償請求は,通知の時をもってなされたものとみなします。

    D&O保険では損害賠償請求ベースが採用されているから被保険者が保険期間中に損害賠償請求を受けることが保険事故になるのが原則である。
    本項は,A保険契約者・被保険者が保険事故が発生するおそれを知ったときはこれを遅滞なく保険会社に通知すべきこと及びB当該通知後に実際にその通知にかかる損害賠償請求が発生したときは,損害賠償請求の発生時ではなく当該通知の時に保険事故が発生したものとみなす旨を規定したものである。
    保険事故発生時についてこのような修正が施される理由は,保険事故発生のおそれが生じたことを受けて,保険契約者・被保険者において保険会社と交渉して以後のてん補限度額を拡大したり担保危険を拡張するなどの逆選択リスクが発生する事態が生じることを防止するためである。保険事故発生のおそれのある状況の典型例としては,株主代表訴訟の予告通知がなされた場合を挙げることができる。
    保険事故発生時が損害賠償請求ベースの原則である損害賠償請求時から損害賠償請求のおそれある状況の通知時に修正されることによって,その保険事故については当該通知がなされた時のD&O保険契約の保険条件に従って保険金が支払われることになる。
    そして,この保険事故は,次年度以降のD&O保険契約においては,「この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合」に該当するものとして免責として取扱われ(普通約款6条3号),同一の保険事故について複数のD&O保険が重複して適用されるという事態が回避されることになる。
    1項の通知義務が発生するのは被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合であり明確である。これに対して本項の通知義務が発生するのは保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況が発生した場合であり,この状況とは損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限るものとされてはいるものの,具体的状況の下で本項の通知義務が発生するか否かを判断することは必ずしも容易ではない。
    客観的に見て本項の通知義務が発生すると認められる場合に,保険契約者・被保険者がその判断を誤って保険会社への通知を怠った場合,この判断誤りについて正当な理由がない限り当該通知すべき状況についての保険事故に対しては保険金は支払われないことになる(普通約款20条3項)。また,前述の通り,この保険事故については次年度以降も保険金支払対象にはならないことになる(普通約款6条3号)。
    従って,保険契約者・被保険者が保険会社に対する通知を要するか否かの判断に迷うような状況が生じた場合は,とりあえずこのような状況が発生している旨を保険会社に対して通知して以後どのように取扱うべきかを保険会社と協議することが望ましい。

    第3款 通知を怠った場合の保険金不払い

    普通約款20条3項は,次の通り定めている。

    (損害賠償請求等の通知)
    第20条 …
    3.保険契約者または被保険者が,正当な理由なく前2項の通知を行わないときは,当会社は,その損害をてん補しません。

    本項は,1項,2項に定める保険契約者・被保険者の義務が履行されなかった場合に保険金が支払われない旨を規定することにより,間接的に当該義務が履行されることを促進するための規定である。

  • 第2節 求償権保全行使義務・損害防止軽減義務

    普通約款21条は,保険事故またはそのおそれが発生した場合の保険契約者・被保険者の義務につき次の通り定める。

    (損害の防止軽減)
    第21条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対して損害賠償請求がなされたとき,または被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況を知ったときには,被保険者が第三者に対し求償できる場合の求償権の保全または行使に必要な手続,その他損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じなければなりません。
    2.保険契約者または被保険者が正当な理由なく前項の規定に違反した場合には,当会社は,損害の額から防止軽減することができたと認められる額を控除した残額をてん補します。
    第1款 求償権保全行使義務・損害防止軽減義務

    保険契約者・被保険者は,被保険者が被るべき損害の発生をできる限り防止し,又は発生した損害をできる限り軽減するために相当な配慮をすべき信義則上の義務があるものと言える。
    本条はこのような信義則上の義務を明文化したものであり,この義務を損害防止軽減義務と言う。
    仮にこのような義務が認められないものとすると,損害が保険金により填補されることに被保険者が依存して,損害が発生し拡大するがままに放置されるというモラルハザードが生じるおそれもある。
    被保険者が被害者に対して損害賠償責任を負う場合において,その原因がさらに別の第三者の不法行為による場合や,別の第三者との共同不法行為による場合など,被保険者が第三者に対して求償権を持つ場合がある。
    このような求償権を保全し行使することは被保険者が最終的に被る損害を軽減するために有意義であることから,本条はかかる求償権の保全・行使に必要な手続を取る義務を認めている。
    この義務を求償権保全行使義務という。求償権の保全の例としては,求償権が消滅時効にかかりそうな場合に時効中断のための措置を取ることが挙げられる。
    なお,このような求償権が存在する場合,必ずしも被保険者自身による求償権の行使が保険金支払に先行する訳ではなく,将来求償が期待できる部分も含めて保険会社が先に保険金を支払った上で,その範囲内で保険会社が被保険者の求償権を代位取得する(普通約款27条1項)という処理がなされることが多い。
    本条は,求償権保全行使義務の他,広く損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じるべき義務を認めている。この義務を損害防止軽減義務という。
    求償権保全行使義務を損害防止軽減義務に含まれるものと捉えることも可能であるが,説明の便宜上損害防止軽減義務は求償権保全行使義務以外の義務を指すものとする。
    求償権保全行使義務・損害防止軽減義務の実効性を確保するため,義務が怠られた場合にはそれによって軽減しえなかった損害に対しては保険金が支払われない旨が定められている(本条2項)。

    第2款 保険契約者の義務

    商法660条も被保険者の損害防止義務を認めているが,本条はさらに保険契約者にも損害防止軽減義務を認めている。
    損害保険の一般論として述べれば保険契約者にも損害防止義務を認めるのが信義則上相当であると考えられ,本条のように保険契約者にも損害防止軽減義務を課す約款規定自体は損害保険約款として広く見受けられる一般的な定めであると言えるが,D&O保険についてこの点を検討すると多少注意すべき点がある。
    D&O保険における保険契約者は通常は会社であり,被保険者は会社役員である。よって,保険契約者の損害防止軽減義務をD&O保険にあてはめて考えると,会社が会社役員個人の損害を防止軽減するために必要な手段を講じる義務があることになる。
    そして,会社がこのような手段を講じるにあたって何らかの出費が生じたとすれば,会社が費用負担することによって会社役員が自身の損害軽減という利益を受ける関係が生じることになる。
    ところが,このような関係は,会社と会社役員との利益相反取引を禁止する商法265条に抵触するおそれがある。
    よって,会社が保険契約者である場合,保険契約者の損害防止軽減義務は商法265条に抵触しない限度でのみ認められるものと解すべきである。

    第3款 義務履行のために要した費用に対する保険金支払

    保険契約者・被保険者が求償権保全行使義務を履行するために要した費用を求償権保全行使費用という。また,保険契約者・被保険者が損害防止軽減義務を履行するために要した費用を損害防止軽減費用という。
    これらの費用が発生した場合に,これらの費用が保険金支払の対象になるかが問題となる。
    求償権保全行使費用のうち,保険会社が被保険者から代位取得(普通約款27条1項)する求償権について生じた費用については保険会社の負担とする旨の明文規定が置かれている(普通約款27条2項)。
    しかし,その余の費用については明文がない(※ 一般的な損害賠償責任保険においては求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用が保険金支払の対象になる旨の明文規定が置かれている)。
    しかし,明文がないからと言って普通約款27条2項以外の費用については一切保険金支払対象外であると解することも妥当でないように思える。
    被保険者が現実に損害賠償請求を受け保険事故が発生した場合は,被保険者が支出する求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用の多くは「被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟によって生じた費用」(普通約款3条6号)として争訟費用に該当するものと考えられるから,このような費用については争訟費用として保険金の支払対象になるというべきである。
    ただし,この解釈にも限界がある。まず,被保険者ではなく保険契約者が費用を支出した場合にはこれに対して保険金を支払うべき条文上の根拠は見出しがたい。
    また,求償権保全行使義務・損害防止軽減義務は保険事故が現実に発生した場合に限られず,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況が判明した場合にも認められるが,このような状況下で費用が支出されたが結果的に保険事故が発生しなかったという場合には,保険事故が発生していない以上その費用に対して保険金を支払うべき条文上の根拠は見出しがたい。
    また,争訟費用に該当するものとして保険金支払対象になると解される費用についても,実際に支払われる保険金の額については免責金額及び縮小てん補割合の適用によって実際の出費の額から削減して支払われることとなると言う他ない。
    求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用の支出は,最終的に保険会社が支出すべき保険金の額を抑制する機能を有するのであるから,これらの費用支出については保険会社の負担とすることが合理的である。よって,これらの費用支出について保険会社が負担しない部分が生じるような解釈を余儀なくされる現行約款の規定の妥当性には疑問がある。

  • 第3節 被保険者に対する損害賠償請求の解決手続

    第1款 解決に先立つ争訟費用の支払い

    普通約款22条1項は,被保険者に対する損害賠償請求の解決に先立つ争訟費用の支払いについて次の通り定める。

    (争訟費用,法律上の損害賠償金)
    第22条 当会社は,当会社が必要と認めたときは,損害賠償請求の解決に先立って,あらかじめ争訟費用を支払うことができるものとします。ただし,被保険者は,既に支払われた争訟費用の全額または一部について,この約款の規定によりてん補が受けられないこととなった場合には,支払われた額を限度として当会社へ返還しなければなりません。

    本条にいう損害賠償請求とは被保険者に対する損害賠償請求を指す。被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟によって生じた費用については争訟費用(普通約款3条6号)として法律上の損害賠償金と並んで保険金支払対象となるが(普通約款2条2号),法律上の損害賠償金と異なり争訟費用は争訟が解決する前の支出を要するものである。なぜなら,損害賠償責任の有無およびその額は,争訟を遂行することにより確定されるより他ないからである。
    そこで,本条項は損害賠償請求の解決前に保険会社が予め争訟費用を支払うことができる旨を定めたものである。
    紛争解決前段階での支払いであるから,後ほど精査してみたところ保険金の支払対象外であることが判明するということが起こりうる。
    そこで,このような場合には本項但書により本来支払対象外であった部分については保険会社に対して返還することを要することになる。
    「当会社が必要と認めたとき」とあることから,保険会社の側に認めるか否かの一応の判断権があるものと言えるが,当該判断権の行使につき保険会社に完全な自由裁量があると言うべきではない。
    かかる判断権が保険会社に与えられた趣旨は,保険金によってまかなわれることをあてこんで不要・不急・過大な争訟費用が支出されることを防止しようとする点にある。
    紛争の実態に照らして客観的に見て適正・妥当な争訟費用は当然に保険金支払対象になるのであるから,このような適正・妥当な訴訟費用の支出については保険会社はこれを認める義務があるというべきである。なお,保険会社側の承認権については3項にも同種の規定がある。

    第2款 保険会社の防御義務−示談代行の可否

    普通約款22条2項は,保険会社の防御義務について次の通り定める。

    (争訟費用,法律上の損害賠償金)
    第22条 …
    2.当会社は,この保険契約によって防御の義務を負担するものではありません。

    被保険者が損害賠償請求を受けた場合であっても,保険会社はこれに対して被保険者を防御する義務を負わない。
    保険会社は自ら必要と認めたときは被保険者の防御に乗り出す権利は有しているが(普通約款23条1項),これはあくまでも権利であるにとどまる。
    自動車保険の多くは,事故が発生した場合の保険会社の示談代行制度を有しており,紛争解決の大部分が保険会社に委ねられている。
    世間一般の事故処理に対するイメージも,このような保険会社による示談代行による事故処理を当然視しているように思われるが,保険会社による示談代行による事故処理は自動車保険特有の形態である。
    弁護士法72条は,弁護士・弁護士法人でない者が報酬を得る目的で他人の法律事務を取扱うことを業としてはならない旨を定めており,保険会社が被保険者の示談を代行することはこの弁護士法72条に抵触するおそれがある。
    自動車保険では被害者から保険会社に対する直接請求権を約款で規定することによって保険会社の当事者性を確保した上で日弁連との協議に基づいて保険会社による示談代行が合法的に実施されているが,自動車保険以外の保険商品においてはこのような手当はなされておらず保険会社による示談代行は原則として行われていない(※ 輸出製品による海外でのPL事故を対象とするPL保険である海外PL保険では,日本国外での事故処理でありわが国の弁護士法の適用が問題とならないことから,約款上保険会社の示談代行義務が定められ,実際に保険会社が示談代行を実施している)。

    第3款 損害についての保険会社の同意

    普通約款22条3項は,損害についての保険会社の同意について次の通り定める。

    (争訟費用,法律上の損害賠償金)
    第22条 …
    3.被保険者は,あらかじめ当会社の書面による同意がない限り,損害賠償責任の全部もしくは一部を承認し,または争訟費用の支払いを行ってはなりません。この保険契約においては,当会社が同意した法律上の損害賠償金および争訟費用のみが損害としててん補の対象となります。

    被保険者が被る損害が保険金により填補されるという関係は,保険金による填補を見越して被保険者が損害額を抑えようとする努力を怠り,損害額が過大になるという事態を招くおそれがある。
    このような事態を回避するため損害賠償責任保険では本条項のように損害を確定する前に保険会社の同意を要するという定めが盛り込まれることが一般的である。
    本条項に基づく保険会社の同意権は保険会社の自由裁量と考えるべきではない。本条項の趣旨は,損害額が本来あるべき額よりも過大になることを防止する点にあるのだから,過大でない損害については保険会社はこれに対して同意する義務があるものと言える。
    よって,被保険者に対する損害賠償責任が適正・妥当である場合及び争訟費用が争訟を解決するために必要かつ相当な費用である場合には保険会社はこれに対して同意する義務があるものと解する。

    第4款 会社と被保険者とのいずれもが損害賠償請求を受けた場合の調整

    普通約款22条4項は,会社と被保険者のいずれもが損害賠償請求を受けた場合の損害額の配分について次の通り定める。

    (争訟費用,法律上の損害賠償金)
    第22条 …
    4.当会社が,会社および被保険者に対してなされた損害賠償請求に関する争訟費用と会社および被保険者が連帯して負担する法律上の損害賠償金について同意した場合には,保険契約者,被保険者および当会社は,会社および被保険者各々が負担すべき金額の公正にして妥当な配分を決定するために協力するものとします。

    D&O保険の被保険者は会社役員であり会社は被保険者ではないから,会社及び会社役員の双方が同時に損害賠償請求を受けている場合においては会社役員の被った損害のみが保険填補の対象となり会社が被った損害は保険填補の対象とならない。
    この場合において,会社が被った損害と会社役員が被った損害を明確に区別できれば問題ないが,例えば会社と会社役員の双方が同じ弁護士に訴訟委任し弁護士費用が生じた場合や会社と会社役員とが被害者に対しては連帯責任を負うべきものとされたが双方の内部的な負担割合については明らかでない場合(※ 連帯責任となる場合,会社役員は被害者から請求を受ければその損害賠償金の全額を支払う義務があるものと言え,全額について保険金支払対象となりうるが,被害者に対して全額支払った会社役員は会社に対してその負担部分を求償することができ,仮に全額に対して保険金が支払われればその求償権は保険会社が代位取得して(普通約款27条1項)会社に対して行使することになるから,最終的には会社と会社役員との間で内部的な負担割合を定める必要がある。)など,双方が各自負担すべき損害の範囲が必ずしも明確でないケースが生じうる。
    本条項はこのようなケースを想定して,保険契約者,被保険者及び保険会社の三者の協議によって各自が負担すべき損害の範囲を公正・妥当に定めようとするものである。

    第4節 損害賠償請求解決のための保険会社の協力

    普通約款23条は,損害賠償請求を解決するための保険会社の協力について次の通り定める。

    (損害賠償請求解決のための協力)
    第23条 当会社は,当会社が必要と認めたときは自己の費用をもって,被保険者に対する損害賠償請求についての調査,調停,仲裁,和解もしくは訴訟につき,被保険者に協力することができるものとします。この場合において,被保険者は,当会社の求めに応じ,当会社に協力し必要な情報を提供しなければなりません。
    2.被保険者が正当な理由なく前項の当会社の求めに応じないときは,当会社は,損害をてん補しません。

    普通約款22条2項において,被保険者に対する損害賠償請求について保険会社は防御の義務を負わないことを明らかにされているが,本条において,保険会社は被保険者を防御する権利は有しており,保険会社がこの防御権を行使する場合は被保険者が保険会社に対して協力すべき義務があることが定められている。
    賠償責任保険において,被保険者に対する損害賠償請求がどのように解決されるかは被保険者が被る損害の額ひいては保険会社が支払う保険金の額に大きく影響するため,当然のことながら保険会社は強い関心を持っている。
    そこで,保険会社は被保険者が損害賠償請求を受けた場合は助言,弁護士の紹介,防御のための資料の収集・提供等を通じて被保険者による損害賠償請求の解決を積極的に手助けをしている。
    このような解決のための協力に要する費用は1項に「自己の費用をもって」とある通り保険会社の負担となる。この費用負担は,法律上の損害賠償金及び争訟費用を被保険者が負担することによって生じる損害に対する保険金支払とは別の負担であると考えられるから,てん補限度額,免責金額,縮小てん補割合の適用はなく,てん補限度額の外枠において全額が保険会社の負担になるものと解される。
    被保険者に対する損害賠償請求の解決は被保険者と保険会社との相互協力の下に解決されるべきものであるから,解決に協力しようとしている保険会社に対して万一被保険者が協力を拒むようなことがあれば,保険金は支払われないものとされ(本条2項),間接的に相互協力を促している。

  • 第5節 保険金請求のための被保険者の手続

    普通約款24条は,保険金請求のための被保険者の手続について次の通り定める。

    (保険金の請求)
    第24条 被保険者が,この保険契約によって損害のてん補を受けようとするときは,保険金請求書ならびにその損害および損害額を証明する書類を保険証券に添えて,損害額が確定した日から30日以内または当会社が承認した猶予期間内に当会社に提出しなければなりません。
    2.当会社はそのてん補責任の調査のために必要な書類の提出を求め,その他必要な調査を行うことができ,被保険者はこれに協力しなければなりません。
    3.被保険者が前2項の書類について故意に不実の記載をし,もしくは事実を隠したときまたは前2項の義務に違反したときは,当会社は損害をてん補しません。

    証明責任についての一般的な考え方によれば,一定の法律効果を主張する者が,その効果の発生を基礎づける要件事実について証明責任を負うものとされるから(法律要件分類説),保険金を請求しようとする者は保険金請求権を基礎付ける事実について証明責任を負うものと言える。
    よって,本条1項は被保険者に対して保険金請求権を証明すべき書類の提出を求め,2項は未だその証明が不十分である場合に被保険者に対してさらなる証明を求め,必要に応じて保険会社が調査を行う権利を定めている。
    そして,これら1項・2項の定めに実効性を持たせるため,保険金請求権の証明書類への不実記載,真実の不告知その他1項・2項に対する違反があった場合には保険会社は保険金を支払わないものとしている。

  • 第6節 保険会社からの保険金支払手続

    普通約款25条は,保険会社からの保険金支払手続について次の通り定める。

    (保険金の支払い)
    第25条 当会社は,被保険者が前条(保険金の請求)第1項の手続を完了した日から30日以内に保険金を支払います。ただし,当会社がこの期間内に必要な調査を完了することができないときは,これを完了した後,遅滞なく保険金を支払います。
    2.当会社は,被保険者からの請求に基づき,第2条(損害の範囲)第1号に掲げる損害をてん補するにあたり,被保険者の書面による指示がある場合には,被保険者より法律上の損害賠償金の支払いを受けるべき者に対して直接に保険金を支払うことができるものとします。
    第1款 保険会社による調査完了後の保険金支払い

    保険会社が保険事故に対して保険金を支払うに際しては,保険事故についての事実関係・法律関係を確認した上で,それが保険約款上の保険金を支払う場合に該当しかつ免責に該当しないことを調査する必要がある。
    このような調査のためにはある程度の期間がかかることが予想されることから,本条1項本文は原則として普通約款24条の規定に基づいて必要資料を収集し終えた日から30日以内の調査期間を設けているが,但書において30日間では不足する場合には調査を完了した後に遅滞なく保険金を支払うものとしている。
    保険会社の怠慢によって調査期間が延び,保険金の支払が遅延することは許されないというべきであるから,調査期間が30日を超える場合には,事案が複雑である,調査にあたって検討すべき資料が膨大である,専門家による鑑定が必要である等,調査期間が長期に及ぶことがやむを得ない事情があることが必要であると解する。

    第2款 被害者に対する保険金の直接支払い

    被保険者が被る損害のうち,法律上の損害賠償金は被保険者が被害者に対して支払うべき金銭であるから,被保険者が被害者に対して賠償金を支払う前に保険金が支払われる場合には最終的な支払先である被害者に対して直接支払われることが便宜である。
    そこで,本条2項では被保険者からの書面による指示があることを条件に保険金を被害者に対して直接支払う旨を規定している。
    これによって,保険金は直接的には被害者に対して支払われるが,あくまでも被保険者は加害者たる会社役員であり,加害者が被った法律上の損害賠償金という損害が保険金により填補されるという位置づけは不変である。
    保険会社は被保険者に支払うべき保険金の支払方法として被害者に対する直接支払いを被保険者から指示され,これを履行するに過ぎないから保険金の請求権者は被保険者であり,被害者が保険会社に対する保険金請求権を有するものではない。

  • 第7節 保険金の額についての争いの解決

    普通約款26条は,保険会社が支払うべき保険金の額について争いが生じた場合の解決手続について次の通り定める。

    (評価人および裁定人)
    第26条 当会社のてん補すべき金額の決定について,当会社と被保険者との間に争いが生じたときは,当事者双方は,書面をもって各1名ずつの公正な評価人を選定し,これをその判断に任せます。評価人の間で意見が一致しないときは,評価人双方が選定する1名の裁定人がこれを裁定するものとします。 2.当会社および被保険者は,自己の選定した評価人の費用(報酬を含みます。)を各自負担し,評価人の判断に要した共通費用および裁定人の費用(報酬を含みます。)については半額ずつ負担するものとします。

    本条は,保険会社と被保険者との間に争いが生じた場合の裁判外の解決手続を定めたものであるが,本条が対象としている争いは,保険会社が「てん補すべき金額の決定」についての争いに限定されている。
    よって,被保険者に対する損害賠償請求が保険金支払の対象になるか否か,それについて何らかの免責条項が適用されるか否か,通知義務違反があったか否かといった争いについては本条の適用対象外であるし,保険会社と保険契約者との間の争いについても本条の適用対象外である。このように,本条が適用される場面は限られている。
    商法638条2項は,損害額を計算するために必要な費用は保険会社が負担すべき旨を規定するが,普通約款26条2項はこれを修正して評価人の費用はこれを選定した各自の負担とし,評価人の判断に要した共通費用及び裁定人の費用は折半としている。
    これらの費用についての保険会社負担は保険金の支払とは全く別の処理であるから,費用負担につき免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額等は適用されない。

  • 第8節 保険による代位

    普通約款27条は,保険会社が保険金を支払った場合の代位について次の通り定める。

    (代位)
    第27条 当会社がこの保険契約に基づいて損害のてん補をしたときに,被保険者が第三者(他の被保険者を含みます。以下本条において同様とします。)に対し求償することができる場合には,当会社は,そのてん補した金額を限度として,かつ被保険者の権利を害さない範囲内で,被保険者が第三者に対して有する求償権を代位取得します。
    2.保険契約者または被保険者は,当会社が取得する前項の権利の保全および行使ならびにそのために当会社が必要とする証拠および書類の入手に協力しなければなりません。このために必要な費用は,当会社の負担とします。
    第1款 保険による代位

    被保険者が被害者に対して損害賠償責任を負う場合において,その原因がさらに別の第三者の不法行為による場合や,別の第三者との共同不法行為による場合など,被保険者が被害者に対して負担する損害賠償額について第三者に対して求償権を持つ場合がある。
    このような場合に,まず被保険者が第三者に対してこのような求償権を行使するのであれば,これによって被保険者の被る損害額は減少するのであるから,保険会社はその減少した後の実質的損害額に対して保険金を支払えば足ることになる。
    しかし,第三者に対する求償権の行使は第三者の資力が十分でない場合は奏効しない可能性があることや第三者が自己の責任を否定して争う場合には相当の手続的負担を伴う。
    また,そもそも被保険者は被害者との関係では第三者に対する求償権が存することを抗弁とすることはできず,被害者から請求がなされる限り損害額の全額について支払う義務があるのが通常であるから,被保険者が第三者に対する求償権を行使する前に損害額の全額について保険金の支払いが先行するケースも多い。
    このように,被保険者による第三者に対する求償権行使に先立って保険金の支払が先行した場合,損害の填補を受けた被保険者としてはもはや第三者に対して求償権を行使すべき理由がなくなると言えるが,その反面で本来責任を負うべきはずの第三者が責任を免れることは第三者に対して不当な利得を与えることになる。また,本来被保険者の実質的な損害は,被害者に対する損害賠償責任から第三者に対して求償権を行使しうる分を控除した部分であり,保険会社としてはこの実質的な損害について填補責任を負えば良いはずである。
    そこで,公平の観点から保険金の先行払いがなされた場合には,被保険者が第三者に対して有していた求償権は保険会社が支払った保険金の額を限度として,かつ被保険者の権利を害さない範囲内で保険会社が代位取得するものと普通約款27条は定めている。このような保険による代位は商法662条も認めるところである。

    第2款 求償権保全行使手続

    普通約款27条2項は,1項が規定する保険による代位が有効に機能するために代位の対象となるべき求償権の保全及び行使のために必要な手続をすべき義務を保険契約者,被保険者に課している。
    ところで,普通約款21条1項は「保険契約者または被保険者は,被保険者に対して損害賠償請求がなされたとき,または被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況を知ったときには,被保険者が第三者に対し求償できる場合の求償権の保全または行使に必要な手続,その他損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じなければなりません。」と定めており,普通約款27条2項による義務と一部重複している。
    しかし,普通約款27条2項においては保全,行使されるべき求償権は保険会社が1項により代位取得するものに限定されており,保険会社が代位行使することを前提としていることから保険会社が必要とする証拠及び書類の入手に対する保険契約者・被保険者の協力義務が明定されているという相違点がある。

    第3款 求償権保全行使手続のための費用負担

    保険契約者・被保険者が普通約款27条2項の義務を履行するために必要な費用は同条項により保険会社の負担とされている。
    本条項と同種の義務を定める普通約款21条1項の手段を保険契約者・被保険者が取ったことに要する費用についてはこれを保険会社が負担するとの定めがなく,争訟費用に該当すると解釈しうる費用に対してのみ保険金が支払われると解するより他ないことについては前述した。
    しかし,本条項においては要した費用を保険会社の負担とする旨の明文の定めがあることから,被保険者が要した費用のみならず契約者が要した費用も支払われ争訟費用に該当するとは評価できない費用についても本条項の費用に該当する限り保険会社が負担することになる。
    また,この保険会社の費用負担につき免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額が適用されると解すべき条文上の根拠もないことから,免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額とは無関係に本条項に該当する限り費用の全額が保険会社により支払われることになる。

第11章 D&O保険契約の締結,管理の手続

  • 第1節 D&O保険契約締結の手続

    D&O保険の契約締結に至るまでの手続は,基本的には一般的な損害保険商品と同一であり,保険契約者が保険会社に対して保険料の見積り依頼をすると共に見積りに必要な情報を提供し,これを受けて保険会社が保険条件を設定して保険料を見積り,この見積り条件にて保険契約者が満足すればその条件にて契約締結となる。
    保険会社が提示する見積り条件に保険契約者が不満を持った場合には保険会社との折衝を重ねることにより保険契約者と保険会社との双方が納得できる保険条件による見積りが可能であるかを探ることになる。
    ただし,自動車保険や住宅向けの火災保険のような一般大衆向けに広く販売されている保険商品と異なり,特殊分野の保険商品に位置づけられるD&O保険の保険契約締結に至るまでの手続においては次のような特徴が認められる。

    1 見積りのため多量の情報提出を必要とすること

    「第7章 保険料 第4節 保険料の決定要素」において既に述べた通り,D&O保険の保険料算出のために考慮される要素は多岐にわたる。
    よって,D&O保険の見積りを保険会社に依頼した場合,保険会社の側からは様々な情報の提供を要求されることになる。
    いったん提供された情報に基づいて保険会社がさらに追加の資料・情報を提供するよう要求する場合もまれではない。

    2 見積りの作成のためにある程度の時間がかかること

    保険会社はD&O保険の見積りを作成するために保険契約者から提供された大量の資料・情報を分析,検討する必要があるし,必ずしも定型的ではない判断を行う必要がある。
    また,そのような判断をする前提として場合によっては再保険会社との連絡・折衝を要する場合もありうる。
    そのため,保険会社が見積り作成のための必要資料・情報を入手した後即座に見積りを作成することができるとは限らず,保険契約者が見積り依頼をしてから実際に見積りが提示されるまでの間に1〜2週間程度の時間がかかることがある。

    3 保険会社の側から保険契約の引受を謝絶する場合もまれではないこと

    保険会社は契約自由の原則に基づき保険契約者からの保険引受の要請を断ることができるのが原則であるが,実際上一般大衆向けに広く販売されているような保険商品で保険会社が保険の引受を謝絶するケースは稀である。
    保険契約者が要請する保険条件による引き受けは不可能である場合であっても,保険会社は代替的な提案として引受可能な保険条件による見積りを行うのが普通である。
    しかし,D&O保険においては,保険契約者から提出された資料・情報をもとに保険会社が判断した結果,いかなる保険条件であれ当該保険契約者のD&O保険契約を引き受けることはできないという結論に達することも稀ではない。

    4 保険会社によって提示される見積りの内容が大幅に相違する場合があること

    近時は保険業界も規制緩和の影響により自由化が進み,自動車保険や住宅向け火災保険などの一般大衆向けの保険商品においても各保険会社が様々な内容の保険見積りを行っているが,それでもほぼ同等の担保範囲とする保険条件で見積りを取り付けた場合の保険料が保険会社によって極端に違うというようなケースは考えにくい。
    しかし,D&O保険においては,保険条件をどのように設定するかは各保険会社の自主的・裁量的判断に委ねられている部分が多いことから,同一の資料・情報に基づく見積りであっても,保険会社からの提示内容が保険会社ごとに大きく相違していることがある。その結果,保険会社によって提示してくる保険料が2倍以上も違うケースや,ある保険会社は見積りを提示したが別の保険会社は引受を謝絶するというケースも稀ではない。
    よって,D&O保険の見積りを取る際は,複数の保険会社から見積りを取るということも有力な選択肢となる。

  • 第2節 D&O保険見積りのために提供すべきデータ

    保険会社がD&O保険の見積りを行うにあたって保険契約者に対してどのような資料・情報の提供を求めるかは保険会社によって相違するが,次のような資料・情報の提供が要請されるのが一般的である。

    1 直近の有価証券報告書等

    記名法人となるべき会社について,有価証券報告書が作成されている場合はその提出が求められる。 有価証券報告書を作成していない会社については直近2期分の決算報告書など決算内容が分かる資料の提出が求められる。
    決算時期から有価証券報告書の完成までにはある程度の時間がかかることから,その間にD&O保険の見積りを依頼する場合には決算短信の提出が求められる場合もある。

    2 告知書

    D&O保険の見積りを依頼するにあたっては告知書の提出が求められるのが一般的である(※ 告知書の提出がない段階で便宜上保険会社が概算見積りを提示することはあるが,正式見積りのためにはやはり告知書の提出が求められる)。
    保険契約者・被保険者の故意・重過失によって告知書に虚偽の事項が記載されている場合には,告知義務違反として保険会社からの契約解除権が発生する可能性も生じるので(普通約款11条),告知書の記載は慎重に行う必要がある。
    実際上,告知書の作成は会社の中でD&O保険の契約締結手続を担当するセクションの者が作成することが多いと考えられるが,複数存在する被保険者の1人でもその告知書記載事項が誤りであることを知っていた場合には告知義務違反となる可能性がある。
    よって,保険会社に提出する告知書の記載内容を確定するにあたっては少なくとも現職の会社役員全員の了解を取り付ける程度の慎重さが欲しいところである。
    告知書においてどのような事項の記載が要求されるかは保険会社毎に異なるが,概ね次のような事項の記載が求められる。
    (1) 会社に関する基本的情報
    記名法人及び記名子会社の名称,所在地,国籍,事業の内容,設立年月日,株式上場の有無・上場している市場名,現在の会社役員の役職・人数等の基本的情報の記載が求められる。有価証券報告書や決算報告書を提出していない記名子会社については総資産等の基本的な財務データの記載が求められる。
    (2) 株式に関する事項
    発行済株式総数,株主総数,会社役員による持株比率,大株主の名称・持株割合等の株式に関する事項の記載が求められる。
    (3) 北米地域での活動実態
    北米地域(※ 具体的には米国及びカナダ)は保険上のリスクが非常に高いとされていることから,北米地域において支店その他の設備を所有しているか,現地子会社を有しているか,北米地域において資金調達行為をしているか等の活動実態の記載が求められる。
    (4) 会社についての重要事項の変更
    過去及び近い将来の予定として,会社の名称変更,会社の合併・分割,子会社の譲渡・取得,営業譲渡,新株発行があるか否かについての記載が求められる。
    (5) クレームに関する事項
    現在又は過去における会社・会社役員に対する損害賠償請求訴訟の有無・内容,将来的な損害賠償請求につながる可能性のあるトラブルの有無・内容等の記載が求められる。
    (6) 別のD&O保険契約
    現在別のD&O保険契約に加入しているか否か及びその契約条件の記載が求められる。

    3 その他

    英文のアニュアルレポートや会社概要を作成している場合は,その提出が求められる場合がある。

  • 第3節 保険料見積書の見方

    以下にD&O保険の見積書の一例を示す。内容はもちろん架空の保険契約であり,書式も特定の保険会社の見積書の書式によるものではないが,保険会社が提示する保険料見積書には概ねこの見積書に含まれているような要素が盛り込まれているはずである。

    平成○○年○○月○○日

    ○○株式会社 御中

    △△損害保険株式会社

    D&O保険お見積り書

    D&O保険の保険料を下記のとおりお見積りさせていただきましたので宜しくご検討ください。


    記名法人○○株式会社
    記名子会社なし
    被保険者となる役員の範囲取締役及び監査役
    保険期間平成17年7月1日〜平成18年7月1日(1年間)
    初年度契約の始期日(遡及日)平成6年7月1日
    証券適用地域全世界
    てん補限度額10億円
    免責金額被保険者1名につき200,000円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について,1,000,000円
    縮小てん補割合95%
    大株主割合5%
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款および次の特約条項
    [1]株主代表訴訟担保特約条項
    [2]保険契約に関する損害賠償請求不担保特約条項
    [3]テロ・戦争免責特約条項
    [4]キャプティブ保険会社に関する損害賠償請求不担保特約条項
    [5]原子力損害不担保特約条項
    [6]2000年問題に関する免責特約条項
    [7]テロ・戦争免責特約条項

    保険料:

    会社負担分4,500,000円
    役員負担分500,000円
    合計5,000,000円

    (解説)

    • 「記名法人」…記名法人の役員は全員被保険者になる。通常はこの記名法人が保険契約者となる。
    • 「記名子会社」…記名法人が子会社を保有している場合,これを記名子会社に指定することができ,記名子会社に指定された会社の役員も全員被保険者になる。子会社を保有していても記名子会社に指定しないことは差し支えなく,複数の子会社のうちの一部の会社のみを記名子会社に指定することも可能である。
    • 「被保険者となる役員の範囲」…D&O保険の被保険者となるのは記名法人・記名子会社の役員であるが,その役員の範囲を定めるものである。取締役及び監査役は必ず役員の範囲に含まれるが,さらに執行役,執行役員,海外子会社のofficerなどが指定されうる。
    • 「保険期間」…通常1年間であり,保険期間中に被保険者に対してなされた損害賠償請求のみが保険金支払対象となる。
    • 「初年度契約の始期日(遡及日)」…この日よりも前に行われた会社役員の行為に起因する損害賠償請求はたとえ保険期間中になされた損害賠償請求であっても保険金の支払対象外となる。
    • 「証券適用地域」…通常は全世界担保か日本国内のみ担保のいずれかである(その他の定め方ができない訳ではない)。全世界担保ではない場合,いかなる場合が保険金支払の対象とされるのかを確認しておく必要がある。例えば,日本国内のみ担保の場合,損害賠償請求が日本国内でなされれば足りるのか,原因となる役員の行為も日本国内でなされることを要するかなどを確認する必要がある(通常は附帯特約条項により定められるものと考えられる)。
    • 「てん補限度額」…保険事故が発生した場合の保険金の支払い限度額である。
    • 「免責金額」…保険事故により発生した損害額のうち被保険者自身が自己負担しなければならない金額である。
    • 「縮小てん補割合」…保険事故により発生した損害額のうちこの割合部分のみが保険金支払対象となる(その他の部分は被保険者の自己負担となる)。
    • 「大株主割合」…この割合以上の持株割合となる株式を保有している株主が提起した損害賠償請求は保険金支払対象外となる。
    • 「適用約款」…会社役員賠償責任保険普通保険約款及び株主代表訴訟担保特約条項は必ず適用される。その他にどのような特約条項が附帯されるかは場合による。会社役員賠償責任保険普通保険約款,株主代表訴訟担保特約条項及び会社補償担保特約条項以外の約款(特約条項)は基本的に各保険会社の独自作成によるものであるから,具体的にどのような内容を定める約款であるかを知るにはそれを作成・附帯した各保険会社に照会するより他ない。
    • 「保険料」…保険金の掛け金である。会社負担分とされている金額は通常保険契約者となる記名法人が負担して差し支えないが,役員負担分とされている金額は被保険者となる会社役員が個人負担しなければならないとされている。役員負担分の金額表示は,複数の役員が負担すべき合計金額としての表示であり,役員1名あたりの負担額ではない。
  • 第4節 代理店扱い・直扱い

    一般に,損害保険契約は保険会社との間で代理店委託契約を締結した損害保険代理店が保険会社を代理して保険契約者と締結する形態で募集されることが多い。
    このような契約の取扱いを代理店扱いと呼ぶ。
    保険会社は,締結された保険契約の保険料に一定割合を乗じて得られた金額を代理店手数料として代理店に支払う。
    この一定割合を代理店手数料割合と言い,当該保険契約の種類等に応じて定められている。
    保険会社は,このような代理店扱いによることなく保険会社自ら直接保険契約締結の当事者となる形態で保険契約を募集することも可能である。
    代理店を介さない保険契約の募集を直扱い(※ 保険会社によって「じきあつかい」と読んだり「ちょくあつかい」と読んだりするようである)と言う。
    損害保険会社は幅広い客層に対して保険商品を販売したいと考えていることから,販路拡張の観点に基づいて多数の優良な損害保険代理店を通じて保険契約を募集することを志向している。
    よって,損害保険商品の取扱いは従来から代理店扱いとされるのが原則的な募集形態であり,保険会社は代理店に対して自社の損害保険商品をより多く販売してもらうことを依頼する立場にある。
    このような状況の中で損害保険会社が自ら直扱い契約をしたのでは,代理店から顧客を奪ってしまうことにもなりかねないし,保険契約手続や保険契約の管理等を保険会社自ら行う必要が生じることから,保険会社は保険商品の取扱いをあまり直扱いとしたがらない傾向にある。
    D&O保険の取扱いにおいても,代理店扱いと直扱いの2通りが可能であるが,D&O保険については,他の保険契約と比較して直扱いである契約の比率が高いように思われる。
    というのは,代理扱いにすると保険契約締結に際して保険契約者が保険会社に対して提出する資料が代理店の目に触れることになり,また実際に保険契約をした際の保険条件も当然代理店が知るところとなるから,D&O保険の調達および当該D&O保険の保険条件をできる限り秘密にしておきたい契約者にとっては,代理店に知られずD&O保険を調達するためには直扱いの方が都合が良いからである。
    また,D&O保険のように,保険会社が引受の可否,引き受け条件について個別に審査・決定する類の保険商品については,代理店が自らの裁量に基づいて保険条件を決定して保険契約者に保険商品を提案するという余地が少なく(※ 法的な概念としての代理においては,代理人に意思決定権限があり,授与された代理権の範囲内という制約はあるものの,その中で一定の裁量権が認められるとされる。),代理店扱いとする意義が小さいということも直扱いが多い理由として挙げられよう。
    代理店扱いとしても直扱いとしても保険契約締結の当事者は保険契約者と保険会社であるから,両者の間に保険カバーの差は全くない。
    保険料については2通りの考え方がある。
    直扱いの場合は保険会社が代理店に支払う代理店手数料が不要となるが,他方で保険会社自ら保険契約の締結手続を行い,保険契約を管理しなければならないという手間がかかることから,いずれの扱いであっても保険契約者が支払うべき保険料は同じであるという考え方が1つである。
    もう1つは,D&O保険の場合,代理店任せにできる部分が少なく,代理店扱いにしたとしても保険会社が自ら契約をコントロールしなければならない側面も多く,直扱いにする場合と大差がないことから,直扱いの場合は代理店手数料に相当する金額の限度で事実上保険料を割り引くことができるとする考え方である。

  • 第5節 共同保険

    保険会社の保険引受能力(引受キャパシティー)が有限であることを前提に,できる限り高額なてん補限度額の保険契約を調達する手法として,共同保険という手法がある。
    共同保険とは,1つの保険契約について複数の保険会社が引受保険会社となり,それぞれの引受割合(シェア)に応じて保険料を収受し保険金支払責任を負うという保険契約形態をいう。
    各引受保険会社ごとの引受割合はその合計額が100%となるように契約締結時に定められ,保険事故発生時には各引受保険会社は生じた損害額に自社の引受割合を乗じた金額を保険金として支払うことになる。事務的には複数の引受保険会社のうちの1社が幹事会社となり,その幹事会社が引受保険会社を代表して保険契約の締結手続,保険証券発行手続,保険金請求手続を行うという形が取られる。
    このような共同保険方式を用いれば,例えばてん補限度額50億円の契約であったとしても,保険会社5社が20%ずつの引受割合により共同保険方式で引き受けることにより各社の責任額は10億円ずつということになり,各社の引受能力の範囲内として引受可能になる可能性が高まる。
    しかし,D&O保険において,このような共同保険の利用のされ方はあまりなされていない。
    D&O保険の引受に際して,保険会社は契約者になろうとする会社から様々な情報の提供を求め,その情報に基づいて保険引受可否の判断及び保険条件の決定を行っている。
    そして,D&O保険の引受の際に提供を求められる情報の種類は,会社が合併,営業との予定を有しているか,株主代表訴訟の火種となりかねない紛争を現に抱えていないかといった,会社にとってはトップシークレットに近い情報の提供を求められる。
    また,D&O保険の契約締結の事実やそのD&O保険の具体的保険条件なども会社としてはあまり開示したがらない傾向にある。共同保険方式により引受保険会社を増やすことは,それだけ情報を提供しなければならない保険会社が増加することを意味する訳であり,極秘情報を秘密のまま保持したい会社にとっては,情報の提供先が増加することはできる限り避けたいと考えるのが自然であり,普段取引のない損害保険会社に情報を提供することには躊躇されることがある。
    他方,保険会社の側としても,自社が幹事保険会社である場合は契約締結の手続その他契約者との折衝を行う関係上,契約者との間に緊密な関係を保つことができ情報の入手が容易であるが,幹事保険会社以外の保険会社は,契約者との間の直接的接触の機会が乏しく,契約者に関する情報入手が困難であるため,保険会社側にとっては好ましくない。よって,D&O保険については共同保険方式の引受はあまり利用されていない。
    ところで,D&O保険を離れて損害保険商品全般に目を転ずると,共同保険方式による引受は時折見受けられ,特に大企業が保険契約者となる契約においては共同保険方式による引受例も多いが,共同保険方式とした動機は複数保険会社の引受能力を集積することによる保険責任限度額の増大を目的とするものではないことが多い。
    大企業には数多くの保険ニーズがあり,多数の損害保険契約を締結していることが多いが,その全てを1つの損害保険会社だけで締結していることは少なく,複数の損害保険会社を使い分けていることが多い。そのような場合に,保険料の大きい契約については1社単独の契約とするのではなく,他の取引損害保険会社の顔も立てるという意味で共同保険方式として複数の取引損害保険会社を引受保険会社とする例が良く見られる。
    損害保険実務上共同保険方式による引受がなされている場合の大半が,このような事情に基づく共同保険である。D&O保険についてもこの種の共同保険がなされている場合はある。
    てん補限度額がそれほど高額ではないのに共同保険方式となっている場合は大体これである。

  • 第6節 上乗せ保険方式

    複数の損害保険会社の引受能力を集積することによって高額なてん補限度額を実現する方法としては,上記の共同保険方式の他に,上乗せ保険方式(エクセス=excess方式)がある。
    これは,1つの保険契約のてん補限度額を超過する損害についてのみ保険金支払対象とする別の保険契約を締結することにより,複数の保険契約を併せて高額なてん補限度額を実現する方式をいう。下積みとなる保険契約を第一次保険(アンダーライイング・ポリシー,上乗せとなる保険契約を超過額保険(エクセス・ポリシー)と呼ぶ。
    例えば,第一次保険としててん補限度額10億円のD&O保険契約を締結し,同時に超過額保険として,10億円を超える損害額についてのみ保険金支払対象とするてん補限度額15億円のD&O保険契約を締結すれば,2つの保険契約を合わせて合計25億円のてん補限度額のD&O保険契約を締結したのと同じ効果が得られる。
    保険会社によっては,D&O保険についてこのような超過額保険を積極的に販売しているところもある。

  • 第7節 保険期間中途での保険条件変更

    保険期間の中途でてん補限度額を増額したり,保険の対象とする記名子会社を追加したりしたい場合がある。
    D&O保険の保険期間は1年間であるから,その1年間が終了して次の年度の契約を締結する際にこのような保険条件の変更をすることも可能であるが,保険契約者と保険会社との合意が成立する限り保険期間中とでこのような条件変更をすることも可能であるし,実際に変更されているケースはある。
    変更する場合の方法は大きく分けて2通りある。
    1つ目は異動処理と呼ばれる方法であり,これは現在有効な保険契約に条件変更の裏書処理をすることによって保険契約の同一性を保ったまま以後の保険条件を変更する方法である。
    もう1つは中途更改処理と呼ばれる方法であり,これは現在有効な保険契約を保険期間の中途で解約し,解約時をもって保険条件を変更した新たな別の保険契約を締結する方法である。
    保険料については,異動処理の場合,異動後の残存保険期間の長短及び異動後の担保危険の拡大・縮小に応じた保険料が追徴または返還されることとなり,中途更改処理の場合,解約された契約について残存保険期間に応じた保険料が返還され,新たな保険契約について条件に見合った保険料が徴収されることになる。
    異動処理,中途更改処理のいずれの方式によるかに基づく本質的な差異はなく,いずれの方式によるにせよ,変更後の保険条件をどのように設定するかは保険契約者及び保険会社の合意に基づいて自由に決定しうる。
    両方式の実務上の相違点としては中途更改方式の場合は保険期間が元の契約の保険期間とずれるという程度の差があるのみである。
    保険条件を従来よりも拡張する場合,拡張部分に着目すればこの部分は新たにD&O保険を契約するのと同様の性質を有していることになる。
    よって,この部分についてはD&O保険の新規契約を締結する場合と同様の問題が生じることになる。
    例えば,低いてん補限度額で契約してきたが,今般社内でトラブルが発生したため将来の保険事故にそなえててん補限度額を増額するといったモラルハザードが混入するおそれがある。
    そこで,保険会社は保険期間中途での保険条件変更の際にも保険契約締結の場合と同様に告知書やその時点での財務諸表等の提出を保険契約者に対して求めることがある。
    変更後の保険条件について確認しておくべき点として,どの時点の役員の行為に起因する損害賠償請求についてその新条件が適用されるのかという点がある。
    条件設定の仕方として,変更後に発生した損害賠償請求については全て新条件が適用されるという取扱いもありうるが,場合によっては変更後の役員の行為に起因する損害賠償請求についてのみ新条件が適用され,変更後に発生した損害賠償請求であってもその原因となる役員の行為が変更前の行為である場合は旧条件が適用されるという取扱いもありうる。

第12章 D&O保険契約モデル

  • 第1節 位置づけ

    D&O保険の契約条件の要素を個々に取り出して抽象的に説明するだけでは保険契約のイメージを把握しがたいと考えられるので,本章では具体的な契約モデルを示すこととした。
    ここに示すD&O保険契約モデルは,いくつかのモデル会社を想定した上で,現在のわが国におけるD&O保険の取扱い実務を前提として,一般的ないし標準的と思われる保険条件を設定した架空の保険契約例である。
    想定しているモデル会社の財務状況は可もなく不可もない普通の状態で,近い将来訴訟に発展する可能性があるようなトラブルは抱えていないことを前提としている。
    てん補限度額,免責金額,附帯特約条項その他の保険条件設定は,実務上しばしば見受けられるような条件という観点から適当に設定した。
    なお,当然のことながら,ここに示す保険契約モデルはあくまでも架空のものであって,実在する会社,保険契約とは全く無関係である。また,ここに示す保険契約モデルは現実にあり得べき契約例として示すものではあるが,現実にはここに示すモデル会社に類似した会社であっても,様々な要因によってここに示す保険契約モデルとは大幅に相違した保険条件となる可能性もあるのでその旨ご了承頂きたい。

  • 第2節 契約モデル

    第1款 モデル1(総資産80億円のメーカー)
    契約者=記名法人甲山製造工業株式会社
    契約者概要海外資産,海外子会社を持たずほぼ日本国内のみで活動する上場メーカー(総資産80億円)
    被保険者の範囲記名法人の全ての役員
    てん補限度額1億円
    免責金額被保険者1名につき10万円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について100万円
    縮小てん補割合95%
    大株主の範囲5%以上の株主
    担保地域日本国内のみ
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款及び次の特約条項
    ●株主代表訴訟担保特約条項
    ●保険契約の締結または維持に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●コンピューターの日付誤認識に関する免責特約条項
    ●証券適用地域に関する特約条項
    保険期間1年間

    保険料:

    会社負担分630,000円
    役員負担分70,000円
    合計700,000円
    第2款 モデル2(総資産2兆円の地方銀行)
    契約者=記名法人株式会社乙海銀行
    契約者概要日本国内の地方銀行(総資産2兆円)
    被保険者の範囲記名法人の全ての役員
    てん補限度額5億円
    免責金額被保険者1名につき50万円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について300万円
    縮小てん補割合95%
    大株主の範囲5%以上の株主
    担保地域全世界
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款及び次の特約条項
    ●株主代表訴訟担保特約条項
    ●保険契約の締結または維持に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●キャプティブ保険会社に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●コンピューターの日付誤認識に関する免責特約条項
    ●金融機関に関する特約条項
    保険期間1年間

    保険料:

    会社負担分5,130,000円
    役員負担分570,000円
    合計5,700,000円
    第3款 モデル3(総資産1000億円のメーカー)
    契約者=記名法人丙空製造株式会社
    契約者概要世界的規模で展開している大規模メーカー(総資産1000億円)
    被保険者の範囲記名法人及び次の子会社の役員
    ●株式会社丙空トレーディングス(日本所在,総資産50億円)
    ●株式会社丙空不動産(日本所在,記名法人の完全子会社,総資産3億円)
    ●Heiku Machinery USA, Inc.(USA所在,総資産80億円)
    ●Heiku Machinery Canada, Inc.(カナダ所在,記名法人の完全子会社,総資産30億円)
    ●Heiku Intermational, Inc.(イギリス所在,記名法人の完全子会社,総資産2億円)
    ●Heiku Systems Canada, Inc.(カナダ所在,記名法人の完全子会社,総資産2000万円)
    ●Heiku Europe GmbH(ドイツ所在,記名法人の完全子会社,総資産15億円)
    ●Heiku technology Co., Ltd.(マレーシア所在,記名法人の完全子会社,総資産5000万円)
    てん補限度額10億円
    免責金額被保険者1名につき20万円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について100万円
    縮小てん補割合95%
    大株主の範囲5%以上の株主
    担保地域全世界
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款及び次の特約条項
    ●株主代表訴訟担保特約条項
    ●保険契約の締結または維持に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●キャプティブ保険会社に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●コンピューターの日付誤認識に関する免責特約条項
    保険期間1年間

    保険料:

    会社名会社負担分役員負担分合計
    記名法人(丙空製造株式会社)2,763,000円307,000円3,070,000円
    株式会社丙空トレーディングス153,330円0円153,330円
    株式会社丙空不動産8,280円920円9,200円
    Heiku Machinery USA, Inc.662,380円73,600円735,980円
    Heiku Machinery Canada, Inc.275,990円0円275,990円
    Heiku Intermational, Inc6,130円0円6,130円
    Heiku Systems Canada, Inc. 1,840円0円1,840円
    Heiku Europe GmbH46,000円0円46,000円
    Heiku technology Co., Ltd. 1,530円0円1,530円
    合計3,918,480円381,520円4,300,000円
    第4款 モデル4(総資産500億円の建設会社)
    契約者=記名法人H建設株式会社
    契約者概要海外資産,海外子会社を持たずほぼ日本国内のみで活動する建設会社(総資産500億円)
    被保険者の範囲記名法人の全ての役員
    てん補限度額5億円
    免責金額被保険者1名につき20万円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について100万円
    縮小てん補割合95%
    大株主の範囲5%以上の株主
    担保地域全世界
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款及び次の特約条項
    ●株主代表訴訟担保特約条項
    ●保険契約の締結または維持に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●キャプティブ保険会社に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●原子力損害不担保特約条項
    ●コンピューターの日付誤認識に関する免責特約条項
    保険期間1年間

    保険料:

    会社負担分2,610,000円
    役員負担分290,000円
    合計2,900,000円
    第5款 モデル5(総資産3000億円の商社)
    契約者=記名法人株式会社AB商事
    契約者概要海外に営業所を有する商社(総資産3000億円)
    被保険者の範囲記名法人及び次の子会社の役員
    ●株式会社A商システムズ(日本所在,総資産100億円)
    ●A商不動産開発株式会社(日本所在,記名法人の完全子会社,総資産3億円)
    ●A商運送株式会社(日本所在,記名法人の完全子会社,総資産2億円)
    てん補限度額5億円
    免責金額被保険者1名につき20万円/同一の行為に基づく全ての損害賠償請求について100万円
    縮小てん補割合95%
    大株主の範囲5%以上の株主
    担保地域日本国内のみ
    適用約款会社役員賠償責任保険普通保険約款及び次の特約条項
    ●株主代表訴訟担保特約条項
    ●保険契約の締結または維持に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●キャプティブ保険会社に関する損害賠償請求不担保特約条項
    ●コンピューターの日付誤認識に関する免責特約条項
    ●金融機関に関する特約条項
    ●行政法令違反に関する損害賠償請求不担保特約条項
    保険期間1年間

    保険料:

    会社名会社負担分役員負担分合計
    記名法人(株式会社AB商事)4,086,000円454,000円4,540,000円
    株式会社A商システムズ137,140円15,240円152,380円
    A商不動産開発株式会社4,570円0円4,570円
    A商運送株式会社3,050円0円3,050円
    合計4,230,760円469,240円4,700,000円

第13章 約款集

  • 第1節 会社役員賠償責任保険普通保険約款

    会社役員賠償責任保険普通保険約款

    第1章 当会社のてん補責任

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,被保険者が会社の役員としての業務につき行った行為(不作為を含みます。以下「行為」といいます。)に起因して保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされたことにより,被保険者が被る損害(以下「損害」といいます。)を,この約款に従って,てん補します。

    (損害の範囲)
    第2条 当会社が前条(当会社のてん補責任)の規定によりてん補する損害は,次の各号に掲げるものを被保険者が負担することによって生じる損害に限ります。
    (1) 法律上の損害賠償金
    (2) 争訟費用

    (用語の定義)
    第3条 この約款において,次の各号に掲げる用語は,それぞれ以下の定義に従います。
    (1) 会社
    次に掲げるものをいいます。
    [1] 保険証券の記名法人欄に記載された法人(以下「記名法人」といいます。)
    [2] 記名法人の子会社の中で,保険証券の記名子会社欄に記載された法人(以下「記名子会社」といいます。)
    (2) 役員
    商法上の取締役および監査役,ならびにこれらに準ずる者として保険証券の被保険者欄に記載された地位にある者をいいます。
    (3) 被保険者
    会社のすべての役員をいい,既に退任している役員およびこの保険契約の保険期間中に新たに選任された役員を含みます。ただし,初年度契約の保険期間の開始日より前に退任した役員を除きます。 また,役員が死亡した場合にはその者とその相続人または相続財産法人を,役員が破産した場合にはその者とその破産管財人を同一の被保険者とみなします。
    (4) 一連の損害賠償請求
    損害賠償請求がなされた時もしくは場所または損害賠償請求者の数等にかかわらず,同一の行為またはその行為に関連する他の行為に起因するすべての損害賠償請求をいいます。
    なお,一連の損害賠償請求は,最初の損害賠償請求がなされた時にすべてなされたものとみなします。
    (5) 法律上の損害賠償金
    法律上の損害賠償責任に基づく賠償金をいいます。ただし,税金,罰金,科料,過料,課徴金,懲罰的損害賠償金,倍額賠償金(これに類似するものを含みます。)の加重された部分ならびに被保険者と他人との間に損害賠償に関する特別の約定がある場合においてその約定によって加重された損害賠償金を含みません。
    (6) 争訟費用
    被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟(訴訟,仲裁,調停または和解等をいいます。)によって生じた費用(被保険者または会社の従業員の報酬,賞与または給与等を除きます。)で,当会社が妥当かつ必要と認めたものをいいます。
    (7) 子会社
    直接であるとまたは他の子会社を通して間接であるとを問わず,記名法人が発行済株式(議決のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有している,または所有していた法人をいいます。
    (8) 継続契約
    会社役員賠償責任保険普通保険約款に基づく当会社との保険契約(以下「会社役員賠償責任保険契約」といいます。)の保険期間の終了日(その会社役員賠償責任保険契約が終了日前に解除されていた場合にはその解除日)を保険期間の開始日とし,記名法人を同一とする会社役員賠償責任保険契約をいいます。
    (9) 初年度契約
    前号の継続契約以外の会社役員賠償責任保険契約をいいます。

    (保険期間)
    第4条 保険期間は,その初日の午後4時(保険証券にこれと異なる時刻が記載されているときは,その時刻)に始まり,末日の午後4時(保険証券にこれと異なる時刻が記載されているときは,その時刻)に終わります。
    2.前項の時刻は,保険証券発行地の標準時によるものとします。
    3.当会社は,保険期間が始まった後であっても,当会社所定の保険料領収前になされた損害賠償請求に起因する損害をてん補しません。

    第2章 当会社のてん補しない損害

    (てん補しない損害−その1)
    第5条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。
    なお,各号の中で記載されている事由または行為が,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に本条の規定が適用されるものとし,その適用の判断は,被保険者ごとに個別に行われるものとします。
    (1) 被保険者が私的な利益または便宜の供与を違法に得たことに起因する損害賠償請求
    (2) 被保険者の犯罪行為(刑を科せられるべき違法な行為をいい,時効の完成等によって刑を科せられなかった行為を含みます。)に起因する損害賠償請求
    (3) 法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)行った行為に起因する損害賠償請求
    (4) 被保険者に報酬または賞与等が違法に支払われたことに起因する損害賠償請求
    (5) 被保険者が,公表されていない情報を違法に利用して,株式,社債等の売買等を行ったことに起因する損害賠償請求
    (6) 次の者に対する違法な利益の供与に起因する損害賠償請求
    [1]政治団体,公務員または取引先の会社役員,従業員等(それらの者の代理人,代表者または家族およびそれらの者と関係のある団体等を含みます。)
    [2]利益を供与することが違法とされるその他の者

    (てん補しない損害−その2)
    第6条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。
    なお,第1号ないし第8号の中で記載されている事由または行為については,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず,それらの事由または行為があったとの申し立てに基づいて被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合にも,本条の規定は適用されます。
    (1) 初年度契約の保険期間の開始日より前に行われた行為に起因する一連の損害賠償請求
    (2) 初年度契約の保険期間の開始日より前に会社に対して提起されていた訴訟およびこれらの訴訟の中で申し立てられた事実と同一または関連する事実に起因する損害賠償請求
    (3) この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合(知っていたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)に,その状況の原因となる行為に起因する一連の損害賠償請求
    (4) この保険契約の保険期間の開始日より前に被保険者に対してなされていた損害賠償請求の中で申し立てられていた行為に起因する一連の損害賠償請求
    (5) 直接であると間接であるとを問わず,次の事由に起因する損害賠償請求
    [1]汚染物質の排出,流出,いっ出,漏出またはそれらが発生するおそれがある状態
    [2]汚染物質の検査,監視,清掃,除去,漏出等の防止,処理,無毒化または中和化の指示または要請 汚染物質とは固体状,液体状もしくは気体状のまたは熱を帯びた有害な物質または汚染の原因となる物質をいい,煙,蒸気,すす,酸,アルカリ,化学物質および廃棄物等を含みます。廃棄物には再生利用される物質を含みます。
    (6) 直接であると間接であるとを問わず,核物質の危険性またはあらゆる形態の放射能汚染に起因する損害賠償請求
    核物質とは,核原料物質,特殊核物質または副生成物をいいます。
    危険性には,放射性,毒性または爆発性を含みます。
    (7) 次に掲げるものに対する損害賠償請求
    [1]身体の障害(疾病または死亡を含みます。)または精神的苦痛
    [2]財物の滅失,き損,汚損,紛失または盗難(それらに起因する財物の使用不能損害を含みます。)
    [3]口頭または文書による誹謗,中傷または他人のプライバシーを侵害する行為による人格権侵害
    (8) 記名子会社の役員に対する損害賠償請求のうち,記名法人が直接であると他の子会社を通して間接であるとを問わず,その記名子会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有していなかった間に行われた行為に起因する損害賠償請求
    (9) 他の被保険者または記名法人もしくはその子会社からなされた損害賠償請求,ならびに株主代表訴訟であるか否かを問わず,被保険者または記名法人もしくはその子会社が関与して,記名法人もしくはその子会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求
    (10)会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数につき,保険証券記載の割合(会社が複数である場合には,個々にその割合を算出するものとします。)以上を直接であると間接であるとを問わず所有する者(株主権行使の指示を与える権限を有する者を含みます。以下「大株主」といいます。)からなされた損害賠償請求,または株主代表訴訟であるか否かを問わず,大株主が関与して,会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求

    (てん補しない損害−その3)
    第7条 当会社は,被保険者に対して株主代表訴訟等による損害賠償請求がなされ,その結果,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害をてん補しません。
    2.前項の規定は,法律上の損害賠償責任を負担することとなった被保険者以外の被保険者については,これを適用しません。

    (てん補しない損害−その4)
    第8条 当会社は,保険期間中に次の各号に定める取引(以下「取引」といいます。)が行われた場合には,取引の発効日の後に行われた行為に起因する損害賠償請求がなされたことにより,被保険者が被る損害をてん補しません。
    なお,この場合においても当会社は保険料を返還しません。
    (1) 記名法人が第三者と合併すること,または記名法人の資産のすべてを第三者に譲渡すること。
    (2) 第三者が,記名法人の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を取得すること。
    2.保険契約者または被保険者が,前項に規定する取引が行われた事実を遅滞なく当会社に対して書面により通知し,当会社が前項の規定を適用しないことを書面により承認した場合は,この限りではありません。

    第3章 当会社のてん補責任限度額

    (てん補責任限度額)
    第9条 当会社は,損害の額の合計額が,一連の損害賠償請求につき保険証券記載の免責金額を超過する場合に限り,その超過額に保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。
    2.当会社がこの保険契約でてん補する金額は,すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。また,第20条(損害賠償請求等の通知)第2項の規定に従い,この保険契約の保険期間中になされたものとみなされる損害賠償請求についても,保険証券記載の総てん補限度額が適用されるものとします。
    3.当会社は,争訟費用を保険証券記載の総てん補限度額に加算して支払うものではありません。争訟費用は損害の一部であり,前2項の規定が適用されるものとします。

    (他の保険契約との関係)
    第10条 当会社は,前条(てん補責任限度額)第1項の規定にかかわらず,他の有効な保険契約(以下「他の保険契約」といいます。)がある場合においては,損害の額が他の保険契約によりてん補されるべき金額とその免責金額の合計額,またはこの保険契約の保険証券記載の免責金額のいずれか大きい金額を超過する場合に限り,その超過額につき保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。ただし,他の保険契約が,この保険契約のてん補責任限度額の超過額に対して適用されると明記している場合はこの限りではありません。

    第4章 保険契約者または被保険者の義務

    (告知義務)
    第11条 保険契約締結の当時,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が,故意または重大な過失によって,保険契約申込書およびその付属書類(以下「保険契約申込書等」といいます。)の記載事項中重要な事項について,当会社に知っている事実を告げずまたは不実のことを告げた場合には,当会社は,保険証券に記載された保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。
    2.前項の規定は,次の各号の場合には適用しません。
    (1) 前項の告げなかった事実または告げた不実のことがなくなった場合
    (2) 当会社が保険契約締結の当時,前項の告げなかった事実もしくは告げた不実のことを知り,または過失によってこれを知らなかった場合
    (3) 保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が,損害賠償請求がなされる前に保険契約申込書等の記載事項中重要な事項について,書面をもって更正を当会社に申し出て,当会社がこれを承認した場合。なお,当会社は,更正の申し出を受けた場合において,保険契約締結の当時,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人が更正すべき事実を当会社に告げたとしても当会社が保険契約を締結していたと認めるときに限り,これを承認するものとします。
    (4) 当会社が前項の告げなかった事実または告げた不実のことを知った日から保険契約を解除せずに30日を経過した場合
    3.損害賠償請求がなされた後に第1項の解除がなされた場合でも,当会社は,第14条(保険契約解除の効力)の規定にかかわらず損害をてん補しません。すでに損害をてん補していたときは,当会社は,その返還を請求することができます。

    (通知義務)
    第12条 保険契約締結後,次の各号の事実が発生した場合には,保険契約者または被保険者は,事実の発生がその責めに帰すべき事由によるときはあらかじめ,責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後,遅滞なく,書面によりその旨を当会社に通知し,保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。ただし,その変更の事実がなくなった後はこの限りではありません。
    (1) 保険契約申込書等または保険証券に記載された事項の変更
    (2) この保険契約と重複する他の保険契約の締結
    2.前項の手続を怠った場合には,当会社は,前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時から当会社が前項の承認裏書請求書を受領するまでの間になされた損害賠償請求に起因する損害をてん補しません。ただし,前項第1号の事実が発生した場合において,変更後の保険料が変更前の保険料より高くならないと当会社が認めたときは,この限りではありません。

    第5章 保険契約の無効または解除および保険料の返還または請求

    (保険契約の解除)
    第13条 当会社は,次の各号の場合には,保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。
    (1) 第12条(通知義務)第1項第1号の通知を受けた場合において,当会社が危険の著しい増加を認めたとき
    (2) 第12条(通知義務)第1項第2号の通知があったとき
    (3) 保険金の請求に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人に詐欺の行為があったとき
    2.保険契約者は,当会社に対する書面による通知をもってこの保険契約を解除することができます。
    3.第1項第1号または第2号に基づく当会社の解除権は,その通知を受領後30日以内に行使しなければ消滅します。

    (保険契約解除の効力)
    第14条 保険契約の解除は,将来に向かってのみその効力を生じます。

    (保険契約の無効)
    第15条 保険契約締結の当時,次の事実があったときは,この保険契約は無効とします。
    (1) 保険契約に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人に詐欺の行為があったとき
    (2) 保険契約者またはその代理人が他人のために保険契約を締結する場合において,その旨を保険契約申込書に記載しなかったとき

    (保険料の請求−告知・通知事項等の承認の場合)
    第16条 第8条(てん補しない損害−その4)第2項,第11条(告知義務)第2項第3号,または第12条(通知義務)第1項第1号の承認をする場合において,保険料を変更する必要があるときは,当会社は,その定めるところに従い,追加保険料を請求することができます。
    2.前項の規定により追加保険料を請求する場合において,当会社の請求に対して保険契約者がその支払いを怠ったときは,当会社は,追加保険料領収前になされた損害賠償請求による損害をてん補しません。

    (保険料の返還−保険契約の無効・失効の場合)
    第17条 当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によるこの保険契約の無効または失効の場合には,保険料を返還しません。
    2.当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によらないこの保険契約の無効の場合には保険料の全額を,失効の場合には未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。

    (保険料の返還−保険契約解除の場合)
    第18条 第11条(告知義務)第1項の規定により当会社が保険契約を解除した場合,当会社は保険料を返還しません。
    2.第13条(保険契約の解除)第1項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。
    3.第13条(保険契約の解除)第2項の規定により保険契約者が保険契約を解除したとき,または第19条(当会社による調査)第2項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,領収した保険料から既経過期間に対し別表に掲げる短期料率によって計算した保険料を控除して,その残額を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。

    (当会社による調査)
    第19条 当会社は,保険期間中いつでも,保険契約者または被保険者の同意を得て,保険契約申込書等に記載された事項ならびに第8条(てん補しない損害−その4)第2項および第12条(通知義務)第1項の規定により通知された事項に関して必要な調査をすることができます。
    2.保険契約者または被保険者が,正当な理由なく前項の調査に協力しなかったときは,当会社は,保険証券に記載された保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。

    第6章 保険金の請求

    (損害賠償請求等の通知)
    第20条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対してなされたすべての損害賠償請求を遅滞なく当会社に対して書面にて,損害賠償請求者の氏名および被保険者が最初にその請求を知った時の状況を含め,申し立てられている行為および原因となる事実に関する情報を通知しなければなりません。
    2.保険契約者または被保険者が,保険期間中に,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況(ただし,損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限ります。)を知った場合には,その状況ならびにその原因となる事実および行為について,発生日および関係者等に関する詳細な内容を添えて,遅滞なく当会社に対し書面により通知しなければなりません。この場合において,通知された事実または行為に起因して,被保険者に対してなされた損害賠償請求は,通知の時をもってなされたものとみなします。
    3.保険契約者または被保険者が,正当な理由なく前2項の通知を行わないときは,当会社は,その損害をてん補しません。

    (損害の防止軽減)
    第21条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対して損害賠償請求がなされたとき,または被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況を知ったときには,被保険者が第三者に対し求償できる場合の求償権の保全または行使に必要な手続,その他損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じなければなりません。
    2.保険契約者または被保険者が正当な理由なく前項の規定に違反した場合には,当会社は,損害の額から防止軽減することができたと認められる額を控除した残額をてん補します。

    (争訟費用,法律上の損害賠償金)
    第22条 当会社は,当会社が必要と認めたときは,損害賠償請求の解決に先立って,あらかじめ争訟費用を支払うことができるものとします。ただし,被保険者は,既に支払われた争訟費用の全額または一部について,この約款の規定によりてん補が受けられないこととなった場合には,支払われた額を限度として当会社へ返還しなければなりません。
    2.当会社は,この保険契約によって防御の義務を負担するものではありません。
    3.被保険者は,あらかじめ当会社の書面による同意がない限り,損害賠償責任の全部もしくは一部を承認し,または争訟費用の支払いを行ってはなりません。この保険契約においては,当会社が同意した法律上の損害賠償金および争訟費用のみが損害としててん補の対象となります。
    4.当会社が,会社および被保険者に対してなされた損害賠償請求に関する争訟費用と会社および被保険者が連帯して負担する法律上の損害賠償金について同意した場合には,保険契約者,被保険者および当会社は,会社および被保険者各々が負担すべき金額の公正にして妥当な配分を決定するために協力するものとします。

    (損害賠償請求解決のための協力)
    第23条 当会社は,当会社が必要と認めたときは自己の費用をもって,被保険者に対する損害賠償請求についての調査,調停,仲裁,和解もしくは訴訟につき,被保険者に協力することができるものとします。この場合において,被保険者は,当会社の求めに応じ,当会社に協力し必要な情報を提供しなければなりません。
    2.被保険者が正当な理由なく前項の当会社の求めに応じないときは,当会社は,損害をてん補しません。

    (保険金の請求)
    第24条 被保険者が,この保険契約によって損害のてん補を受けようとするときは,保険金請求書ならびにその損害および損害額を証明する書類を保険証券に添えて,損害額が確定した日から30日以内または当会社が承認した猶予期間内に当会社に提出しなければなりません。
    2.当会社はそのてん補責任の調査のために必要な書類の提出を求め,その他必要な調査を行うことができ,被保険者はこれに協力しなければなりません。
    3.被保険者が前2項の書類について故意に不実の記載をし,もしくは事実を隠したときまたは前2項の義務に違反したときは,当会社は損害をてん補しません。

    (保険金の支払い)
    第25条 当会社は,被保険者が前条(保険金の請求)第1項の手続を完了した日から30日以内に保険金を支払います。ただし,当会社がこの期間内に必要な調査を完了することができないときは,これを完了した後,遅滞なく保険金を支払います。
    2.当会社は,被保険者からの請求に基づき,第2条(損害の範囲)第1号に掲げる損害をてん補するにあたり,被保険者の書面による指示がある場合には,被保険者より法律上の損害賠償金の支払いを受けるべき者に対して直接に保険金を支払うことができるものとします。

    (評価人および裁定人)
    第26条 当会社のてん補すべき金額の決定について,当会社と被保険者との間に争いが生じたときは,当事者双方は,書面をもって各1名ずつの公正な評価人を選定し,これをその判断に任せます。評価人の間で意見が一致しないときは,評価人双方が選定する1名の裁定人がこれを裁定するものとします。
    2.当会社および被保険者は,自己の選定した評価人の費用(報酬を含みます。)を各自負担し,評価人の判断に要した共通費用および裁定人の費用(報酬を含みます。)については半額ずつ負担するものとします。

    (代位)
    第27条 当会社がこの保険契約に基づいて損害のてん補をしたときに,被保険者が第三者(他の被保険者を含みます。以下本条において同様とします。)に対し求償することができる場合には,当会社は,そのてん補した金額を限度として,かつ被保険者の権利を害さない範囲内で,被保険者が第三者に対して有する求償権を代位取得します。
    2.保険契約者または被保険者は,当会社が取得する前項の権利の保全および行使ならびにそのために当会社が必要とする証拠および書類の入手に協力しなければなりません。このために必要な費用は,当会社の負担とします。

    第7章 管轄裁判所および準拠法

    (管轄裁判所)
    第28条 この保険契約に関する訴訟については,日本国の裁判所を合意による管轄裁判所とします。

    (準拠法)
    第29条 この約款の解釈およびこの約款に規定のない事項については,日本国の法令に準拠するものとします。


    短期料率表
    既経過期間割合
    7日まで10%
    15日まで15%
    1か月まで25%
    2か月まで35%
    3か月まで45%
    4か月まで55%
    5か月まで65%
    6か月まで70%
    7か月まで75%
    8か月まで80%
    9か月まで85%
    10か月まで90%
    11か月まで95%
    1年まで100%
  • 第2節 会社補償担保特約条項

    会社補償担保特約条項

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第1条(当会社のてん補責任)の規定のほか,役員が会社の役員としての業務につき行った行為(不作為を含みます。)に起因して保険期間中に損害賠償請求がなされた場合において,会社が,法律,契約または定款等に基づいて適法に,普通約款およびその他の特約条項によっててん補すべき損害の補償を役員に対して行ったことによって生じる損失(以下「損失」といいます。)をてん補します。

    (読み替え規定)
    第2条 この特約条項の適用にあたっては,次の通り普通約款を読み替えて適用します。
    (1) 普通約款第22条(争訟費用,法律上の損害賠償責任)第1項,第24条(保険金の請求),第25条(保険金の支払い),第26条(評価人および裁定人)および第27条(代位)の規定中「被保険者」とあるのを「会社」
    (2) 第9条(てん補責任限度額),第10条(他の保険契約との関係),第24条(保険金の請求)および第27条(代位)の規定中「損害」とあるのを「損失」

    (てん補責任限度額)
    第3条 当会社がこの保険契約でてん補する金額は,普通約款,この特約条項およびその他の特約条項でてん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。

    (普通約款との関係)
    第4条 この特約条項に規定しない事項については,この特約条項に反しない限り,普通約款の規定を適用します。

  • 第3節 株主代表訴訟担保特約条項

    株主代表訴訟担保特約条項

    (当会社のてん補責任)
    第1条 当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第7条(てん補しない損害—その3)の規定にかかわらず,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を,当会社所定の保険料の支払いを条件にてん補します。

    (てん補責任限度額)
    第2条 当会社がこの保険契約でてん補する金額は,普通約款,この特約条項およびその他の特約条項でてん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。

    (普通約款との関係)
    第3条 この特約条項に規定しない事項については,この特約条項に反しない限り,普通約款の規定を適用します。