|
第10章 保険金の請求
第1節 保険事故発生の通知
第1款 損害賠償請求等の通知義務
保険事故が発生した場合の保険契約者・被保険者の通知義務について,普通約款20条1項は次の通り定める。
(損害賠償請求等の通知)
第20条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対してなされたすべての損害賠償請求を遅滞なく当会社に対して書面にて,損害賠償請求者の氏名および被保険者が最初にその請求を知った時の状況を含め,申し立てられている行為および原因となる事実に関する情報を通知しなければなりません。
…
|
保険会社は,保険契約者・被保険者より保険事故発生の報告を受けた場合,当該事故について真に保険会社が填補責任を負うか否かを調査(普通約款24条2項)した上で保険金を支払うことになる。
また,被保険者は,あらかじめ保険会社の承認を受けない限り自己の損害賠償責任を承認したり争訟費用の支払ったりしてはならずこれに反する場合は保険金が支払われない(普通約款22条3項)。
また,保険会社が必要と認めたときは損害賠償請求の解決に先立って予め争訟費用を支払うことができるものとされている(普通約款22条1項)。
このように,保険事故が発生してから被保険者に対して保険金が支払われるまでの過程において,保険会社は様々な判断を行うのであるから,保険金の支払手続が滞りなくスムーズに進行するためには保険会社が様々な判断を行うための十分な情報が速やかに保険会社に対して提供される必要がある。
被保険者が保険金を請求するためには保険会社に対して事故発生を報告する必要があるから,保険会社は遅かれ早かれ保険事故の発生を知ることになる訳ではあるが,上記の通り情報を速やかに保険会社に提供するという観点から,本条のように保険事故の発生を保険契約者・被保険者が知った場合は遅滞なく保険会社に対して通知するよう義務付ける定めが設けられている。
第2款 通知すべき時期の修正
普通約款20条1項によれば,保険契約者・被保険者の保険事故に関する通知義務の発生時期は保険事故が現実に発生した後に限られるが,2項は次の通り一定要件の下での保険事故発生前の保険事故に関する通知義務を定めている。
(損害賠償請求等の通知)
第20条 …
2.保険契約者または被保険者が,保険期間中に,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況(ただし,損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限ります。)を知った場合には,その状況ならびにその原因となる事実および行為について,発生日および関係者等に関する詳細な内容を添えて,遅滞なく当会社に対し書面により通知しなければなりません。この場合において,通知された事実または行為に起因して,被保険者に対してなされた損害賠償請求は,通知の時をもってなされたものとみなします。
…
|
D&O保険では損害賠償請求ベースが採用されているから被保険者が保険期間中に損害賠償請求を受けることが保険事故になるのが原則である。
本項は,A保険契約者・被保険者が保険事故が発生するおそれを知ったときはこれを遅滞なく保険会社に通知すべきこと及びB当該通知後に実際にその通知にかかる損害賠償請求が発生したときは,損害賠償請求の発生時ではなく当該通知の時に保険事故が発生したものとみなす旨を規定したものである。
保険事故発生時についてこのような修正が施される理由は,保険事故発生のおそれが生じたことを受けて,保険契約者・被保険者において保険会社と交渉して以後のてん補限度額を拡大したり担保危険を拡張するなどの逆選択リスクが発生する事態が生じることを防止するためである。保険事故発生のおそれのある状況の典型例としては,株主代表訴訟の予告通知がなされた場合を挙げることができる。
保険事故発生時が損害賠償請求ベースの原則である損害賠償請求時から損害賠償請求のおそれある状況の通知時に修正されることによって,その保険事故については当該通知がなされた時のD&O保険契約の保険条件に従って保険金が支払われることになる。
そして,この保険事故は,次年度以降のD&O保険契約においては,「この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合」に該当するものとして免責として取扱われ(普通約款6条3号),同一の保険事故について複数のD&O保険が重複して適用されるという事態が回避されることになる。
1項の通知義務が発生するのは被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合であり明確である。これに対して本項の通知義務が発生するのは保険期間中に被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況が発生した場合であり,この状況とは損害賠償請求がなされることが合理的に予想される状況に限るものとされてはいるものの,具体的状況の下で本項の通知義務が発生するか否かを判断することは必ずしも容易ではない。
客観的に見て本項の通知義務が発生すると認められる場合に,保険契約者・被保険者がその判断を誤って保険会社への通知を怠った場合,この判断誤りについて正当な理由がない限り当該通知すべき状況についての保険事故に対しては保険金は支払われないことになる(普通約款20条3項)。また,前述の通り,この保険事故については次年度以降も保険金支払対象にはならないことになる(普通約款6条3号)。
従って,保険契約者・被保険者が保険会社に対する通知を要するか否かの判断に迷うような状況が生じた場合は,とりあえずこのような状況が発生している旨を保険会社に対して通知して以後どのように取扱うべきかを保険会社と協議することが望ましい。
第3款 通知を怠った場合の保険金不払い
普通約款20条3項は,次の通り定めている。
(損害賠償請求等の通知)
第20条 …
3.保険契約者または被保険者が,正当な理由なく前2項の通知を行わないときは,当会社は,その損害をてん補しません。
|
本項は,1項,2項に定める保険契約者・被保険者の義務が履行されなかった場合に保険金が支払われない旨を規定することにより,間接的に当該義務が履行されることを促進するための規定である。
第2節 求償権保全行使義務・損害防止軽減義務
普通約款21条は,保険事故またはそのおそれが発生した場合の保険契約者・被保険者の義務につき次の通り定める。
(損害の防止軽減)
第21条 保険契約者または被保険者は,被保険者に対して損害賠償請求がなされたとき,または被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況を知ったときには,被保険者が第三者に対し求償できる場合の求償権の保全または行使に必要な手続,その他損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じなければなりません。
2.保険契約者または被保険者が正当な理由なく前項の規定に違反した場合には,当会社は,損害の額から防止軽減することができたと認められる額を控除した残額をてん補します。
|
第1款 求償権保全行使義務・損害防止軽減義務
保険契約者・被保険者は,被保険者が被るべき損害の発生をできる限り防止し,又は発生した損害をできる限り軽減するために相当な配慮をすべき信義則上の義務があるものと言える。
本条はこのような信義則上の義務を明文化したものであり,この義務を損害防止軽減義務と言う。
仮にこのような義務が認められないものとすると,損害が保険金により填補されることに被保険者が依存して,損害が発生し拡大するがままに放置されるというモラルハザードが生じるおそれもある。
被保険者が被害者に対して損害賠償責任を負う場合において,その原因がさらに別の第三者の不法行為による場合や,別の第三者との共同不法行為による場合など,被保険者が第三者に対して求償権を持つ場合がある。
このような求償権を保全し行使することは被保険者が最終的に被る損害を軽減するために有意義であることから,本条はかかる求償権の保全・行使に必要な手続を取る義務を認めている。
この義務を求償権保全行使義務という。求償権の保全の例としては,求償権が消滅時効にかかりそうな場合に時効中断のための措置を取ることが挙げられる。
なお,このような求償権が存在する場合,必ずしも被保険者自身による求償権の行使が保険金支払に先行する訳ではなく,将来求償が期待できる部分も含めて保険会社が先に保険金を支払った上で,その範囲内で保険会社が被保険者の求償権を代位取得する(普通約款27条1項)という処理がなされることが多い。
本条は,求償権保全行使義務の他,広く損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じるべき義務を認めている。この義務を損害防止軽減義務という。
求償権保全行使義務を損害防止軽減義務に含まれるものと捉えることも可能であるが,説明の便宜上損害防止軽減義務は求償権保全行使義務以外の義務を指すものとする。
求償権保全行使義務・損害防止軽減義務の実効性を確保するため,義務が怠られた場合にはそれによって軽減しえなかった損害に対しては保険金が支払われない旨が定められている(本条2項)。
第2款 保険契約者の義務
商法660条も被保険者の損害防止義務を認めているが,本条はさらに保険契約者にも損害防止軽減義務を認めている。
損害保険の一般論として述べれば保険契約者にも損害防止義務を認めるのが信義則上相当であると考えられ,本条のように保険契約者にも損害防止軽減義務を課す約款規定自体は損害保険約款として広く見受けられる一般的な定めであると言えるが,D&O保険についてこの点を検討すると多少注意すべき点がある。
D&O保険における保険契約者は通常は会社であり,被保険者は会社役員である。よって,保険契約者の損害防止軽減義務をD&O保険にあてはめて考えると,会社が会社役員個人の損害を防止軽減するために必要な手段を講じる義務があることになる。
そして,会社がこのような手段を講じるにあたって何らかの出費が生じたとすれば,会社が費用負担することによって会社役員が自身の損害軽減という利益を受ける関係が生じることになる。
ところが,このような関係は,会社と会社役員との利益相反取引を禁止する商法265条に抵触するおそれがある。
よって,会社が保険契約者である場合,保険契約者の損害防止軽減義務は商法265条に抵触しない限度でのみ認められるものと解すべきである。
第3款 義務履行のために要した費用に対する保険金支払
保険契約者・被保険者が求償権保全行使義務を履行するために要した費用を求償権保全行使費用という。また,保険契約者・被保険者が損害防止軽減義務を履行するために要した費用を損害防止軽減費用という。
これらの費用が発生した場合に,これらの費用が保険金支払の対象になるかが問題となる。
求償権保全行使費用のうち,保険会社が被保険者から代位取得(普通約款27条1項)する求償権について生じた費用については保険会社の負担とする旨の明文規定が置かれている(普通約款27条2項)。
しかし,その余の費用については明文がない(※ 一般的な損害賠償責任保険においては求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用が保険金支払の対象になる旨の明文規定が置かれている)。
しかし,明文がないからと言って普通約款27条2項以外の費用については一切保険金支払対象外であると解することも妥当でないように思える。
被保険者が現実に損害賠償請求を受け保険事故が発生した場合は,被保険者が支出する求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用の多くは「被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟によって生じた費用」(普通約款3条6号)として争訟費用に該当するものと考えられるから,このような費用については争訟費用として保険金の支払対象になるというべきである。
ただし,この解釈にも限界がある。まず,被保険者ではなく保険契約者が費用を支出した場合にはこれに対して保険金を支払うべき条文上の根拠は見出しがたい。
また,求償権保全行使義務・損害防止軽減義務は保険事故が現実に発生した場合に限られず,被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況が判明した場合にも認められるが,このような状況下で費用が支出されたが結果的に保険事故が発生しなかったという場合には,保険事故が発生していない以上その費用に対して保険金を支払うべき条文上の根拠は見出しがたい。
また,争訟費用に該当するものとして保険金支払対象になると解される費用についても,実際に支払われる保険金の額については免責金額及び縮小てん補割合の適用によって実際の出費の額から削減して支払われることとなると言う他ない。
求償権保全行使費用及び損害防止軽減費用の支出は,最終的に保険会社が支出すべき保険金の額を抑制する機能を有するのであるから,これらの費用支出については保険会社の負担とすることが合理的である。よって,これらの費用支出について保険会社が負担しない部分が生じるような解釈を余儀なくされる現行約款の規定の妥当性には疑問がある。
第3節 被保険者に対する損害賠償請求の解決手続
第1款 解決に先立つ争訟費用の支払い
普通約款22条1項は,被保険者に対する損害賠償請求の解決に先立つ争訟費用の支払いについて次の通り定める。
(争訟費用,法律上の損害賠償金)
第22条 当会社は,当会社が必要と認めたときは,損害賠償請求の解決に先立って,あらかじめ争訟費用を支払うことができるものとします。ただし,被保険者は,既に支払われた争訟費用の全額または一部について,この約款の規定によりてん補が受けられないこととなった場合には,支払われた額を限度として当会社へ返還しなければなりません。
…
|
本条にいう損害賠償請求とは被保険者に対する損害賠償請求を指す。被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟によって生じた費用については争訟費用(普通約款3条6号)として法律上の損害賠償金と並んで保険金支払対象となるが(普通約款2条2号),法律上の損害賠償金と異なり争訟費用は争訟が解決する前の支出を要するものである。なぜなら,損害賠償責任の有無およびその額は,争訟を遂行することにより確定されるより他ないからである。
そこで,本条項は損害賠償請求の解決前に保険会社が予め争訟費用を支払うことができる旨を定めたものである。
紛争解決前段階での支払いであるから,後ほど精査してみたところ保険金の支払対象外であることが判明するということが起こりうる。
そこで,このような場合には本項但書により本来支払対象外であった部分については保険会社に対して返還することを要することになる。
「当会社が必要と認めたとき」とあることから,保険会社の側に認めるか否かの一応の判断権があるものと言えるが,当該判断権の行使につき保険会社に完全な自由裁量があると言うべきではない。
かかる判断権が保険会社に与えられた趣旨は,保険金によってまかなわれることをあてこんで不要・不急・過大な争訟費用が支出されることを防止しようとする点にある。
紛争の実態に照らして客観的に見て適正・妥当な争訟費用は当然に保険金支払対象になるのであるから,このような適正・妥当な訴訟費用の支出については保険会社はこれを認める義務があるというべきである。なお,保険会社側の承認権については3項にも同種の規定がある。
第2款 保険会社の防御義務−示談代行の可否
普通約款22条2項は,保険会社の防御義務について次の通り定める。
(争訟費用,法律上の損害賠償金)
第22条 …
2.当会社は,この保険契約によって防御の義務を負担するものではありません。
…
|
被保険者が損害賠償請求を受けた場合であっても,保険会社はこれに対して被保険者を防御する義務を負わない。
保険会社は自ら必要と認めたときは被保険者の防御に乗り出す権利は有しているが(普通約款23条1項),これはあくまでも権利であるにとどまる。
自動車保険の多くは,事故が発生した場合の保険会社の示談代行制度を有しており,紛争解決の大部分が保険会社に委ねられている。
世間一般の事故処理に対するイメージも,このような保険会社による示談代行による事故処理を当然視しているように思われるが,保険会社による示談代行による事故処理は自動車保険特有の形態である。
弁護士法72条は,弁護士・弁護士法人でない者が報酬を得る目的で他人の法律事務を取扱うことを業としてはならない旨を定めており,保険会社が被保険者の示談を代行することはこの弁護士法72条に抵触するおそれがある。
自動車保険では被害者から保険会社に対する直接請求権を約款で規定することによって保険会社の当事者性を確保した上で日弁連との協議に基づいて保険会社による示談代行が合法的に実施されているが,自動車保険以外の保険商品においてはこのような手当はなされておらず保険会社による示談代行は原則として行われていない(※ 輸出製品による海外でのPL事故を対象とするPL保険である海外PL保険では,日本国外での事故処理でありわが国の弁護士法の適用が問題とならないことから,約款上保険会社の示談代行義務が定められ,実際に保険会社が示談代行を実施している)。
第3款 損害についての保険会社の同意
普通約款22条3項は,損害についての保険会社の同意について次の通り定める。
(争訟費用,法律上の損害賠償金)
第22条 …
3.被保険者は,あらかじめ当会社の書面による同意がない限り,損害賠償責任の全部もしくは一部を承認し,または争訟費用の支払いを行ってはなりません。この保険契約においては,当会社が同意した法律上の損害賠償金および争訟費用のみが損害としててん補の対象となります。
…
|
被保険者が被る損害が保険金により填補されるという関係は,保険金による填補を見越して被保険者が損害額を抑えようとする努力を怠り,損害額が過大になるという事態を招くおそれがある。
このような事態を回避するため損害賠償責任保険では本条項のように損害を確定する前に保険会社の同意を要するという定めが盛り込まれることが一般的である。
本条項に基づく保険会社の同意権は保険会社の自由裁量と考えるべきではない。本条項の趣旨は,損害額が本来あるべき額よりも過大になることを防止する点にあるのだから,過大でない損害については保険会社はこれに対して同意する義務があるものと言える。
よって,被保険者に対する損害賠償責任が適正・妥当である場合及び争訟費用が争訟を解決するために必要かつ相当な費用である場合には保険会社はこれに対して同意する義務があるものと解する。
第4款 会社と被保険者とのいずれもが損害賠償請求を受けた場合の調整
普通約款22条4項は,会社と被保険者のいずれもが損害賠償請求を受けた場合の損害額の配分について次の通り定める。
(争訟費用,法律上の損害賠償金)
第22条 …
4.当会社が,会社および被保険者に対してなされた損害賠償請求に関する争訟費用と会社および被保険者が連帯して負担する法律上の損害賠償金について同意した場合には,保険契約者,被保険者および当会社は,会社および被保険者各々が負担すべき金額の公正にして妥当な配分を決定するために協力するものとします。
|
D&O保険の被保険者は会社役員であり会社は被保険者ではないから,会社及び会社役員の双方が同時に損害賠償請求を受けている場合においては会社役員の被った損害のみが保険填補の対象となり会社が被った損害は保険填補の対象とならない。
この場合において,会社が被った損害と会社役員が被った損害を明確に区別できれば問題ないが,例えば会社と会社役員の双方が同じ弁護士に訴訟委任し弁護士費用が生じた場合や会社と会社役員とが被害者に対しては連帯責任を負うべきものとされたが双方の内部的な負担割合については明らかでない場合(※ 連帯責任となる場合,会社役員は被害者から請求を受ければその損害賠償金の全額を支払う義務があるものと言え,全額について保険金支払対象となりうるが,被害者に対して全額支払った会社役員は会社に対してその負担部分を求償することができ,仮に全額に対して保険金が支払われればその求償権は保険会社が代位取得して(普通約款27条1項)会社に対して行使することになるから,最終的には会社と会社役員との間で内部的な負担割合を定める必要がある。)など,双方が各自負担すべき損害の範囲が必ずしも明確でないケースが生じうる。
本条項はこのようなケースを想定して,保険契約者,被保険者及び保険会社の三者の協議によって各自が負担すべき損害の範囲を公正・妥当に定めようとするものである。
第4節 損害賠償請求解決のための保険会社の協力
普通約款23条は,損害賠償請求を解決するための保険会社の協力について次の通り定める。
(損害賠償請求解決のための協力)
第23条 当会社は,当会社が必要と認めたときは自己の費用をもって,被保険者に対する損害賠償請求についての調査,調停,仲裁,和解もしくは訴訟につき,被保険者に協力することができるものとします。この場合において,被保険者は,当会社の求めに応じ,当会社に協力し必要な情報を提供しなければなりません。
2.被保険者が正当な理由なく前項の当会社の求めに応じないときは,当会社は,損害をてん補しません。
|
普通約款22条2項において,被保険者に対する損害賠償請求について保険会社は防御の義務を負わないことを明らかにされているが,本条において,保険会社は被保険者を防御する権利は有しており,保険会社がこの防御権を行使する場合は被保険者が保険会社に対して協力すべき義務があることが定められている。
賠償責任保険において,被保険者に対する損害賠償請求がどのように解決されるかは被保険者が被る損害の額ひいては保険会社が支払う保険金の額に大きく影響するため,当然のことながら保険会社は強い関心を持っている。
そこで,保険会社は被保険者が損害賠償請求を受けた場合は助言,弁護士の紹介,防御のための資料の収集・提供等を通じて被保険者による損害賠償請求の解決を積極的に手助けをしている。
このような解決のための協力に要する費用は1項に「自己の費用をもって」とある通り保険会社の負担となる。この費用負担は,法律上の損害賠償金及び争訟費用を被保険者が負担することによって生じる損害に対する保険金支払とは別の負担であると考えられるから,てん補限度額,免責金額,縮小てん補割合の適用はなく,てん補限度額の外枠において全額が保険会社の負担になるものと解される。
被保険者に対する損害賠償請求の解決は被保険者と保険会社との相互協力の下に解決されるべきものであるから,解決に協力しようとしている保険会社に対して万一被保険者が協力を拒むようなことがあれば,保険金は支払われないものとされ(本条2項),間接的に相互協力を促している。
第5節 保険金請求のための被保険者の手続
普通約款24条は,保険金請求のための被保険者の手続について次の通り定める。
(保険金の請求)
第24条 被保険者が,この保険契約によって損害のてん補を受けようとするときは,保険金請求書ならびにその損害および損害額を証明する書類を保険証券に添えて,損害額が確定した日から30日以内または当会社が承認した猶予期間内に当会社に提出しなければなりません。
2.当会社はそのてん補責任の調査のために必要な書類の提出を求め,その他必要な調査を行うことができ,被保険者はこれに協力しなければなりません。
3.被保険者が前2項の書類について故意に不実の記載をし,もしくは事実を隠したときまたは前2項の義務に違反したときは,当会社は損害をてん補しません。
|
証明責任についての一般的な考え方によれば,一定の法律効果を主張する者が,その効果の発生を基礎づける要件事実について証明責任を負うものとされるから(法律要件分類説),保険金を請求しようとする者は保険金請求権を基礎付ける事実について証明責任を負うものと言える。
よって,本条1項は被保険者に対して保険金請求権を証明すべき書類の提出を求め,2項は未だその証明が不十分である場合に被保険者に対してさらなる証明を求め,必要に応じて保険会社が調査を行う権利を定めている。
そして,これら1項・2項の定めに実効性を持たせるため,保険金請求権の証明書類への不実記載,真実の不告知その他1項・2項に対する違反があった場合には保険会社は保険金を支払わないものとしている。
第6節 保険会社からの保険金支払手続
普通約款25条は,保険会社からの保険金支払手続について次の通り定める。
(保険金の支払い)
第25条 当会社は,被保険者が前条(保険金の請求)第1項の手続を完了した日から30日以内に保険金を支払います。ただし,当会社がこの期間内に必要な調査を完了することができないときは,これを完了した後,遅滞なく保険金を支払います。
2.当会社は,被保険者からの請求に基づき,第2条(損害の範囲)第1号に掲げる損害をてん補するにあたり,被保険者の書面による指示がある場合には,被保険者より法律上の損害賠償金の支払いを受けるべき者に対して直接に保険金を支払うことができるものとします。
|
第1款 保険会社による調査完了後の保険金支払い
保険会社が保険事故に対して保険金を支払うに際しては,保険事故についての事実関係・法律関係を確認した上で,それが保険約款上の保険金を支払う場合に該当しかつ免責に該当しないことを調査する必要がある。
このような調査のためにはある程度の期間がかかることが予想されることから,本条1項本文は原則として普通約款24条の規定に基づいて必要資料を収集し終えた日から30日以内の調査期間を設けているが,但書において30日間では不足する場合には調査を完了した後に遅滞なく保険金を支払うものとしている。
保険会社の怠慢によって調査期間が延び,保険金の支払が遅延することは許されないというべきであるから,調査期間が30日を超える場合には,事案が複雑である,調査にあたって検討すべき資料が膨大である,専門家による鑑定が必要である等,調査期間が長期に及ぶことがやむを得ない事情があることが必要であると解する。
第2款 被害者に対する保険金の直接支払い
被保険者が被る損害のうち,法律上の損害賠償金は被保険者が被害者に対して支払うべき金銭であるから,被保険者が被害者に対して賠償金を支払う前に保険金が支払われる場合には最終的な支払先である被害者に対して直接支払われることが便宜である。
そこで,本条2項では被保険者からの書面による指示があることを条件に保険金を被害者に対して直接支払う旨を規定している。
これによって,保険金は直接的には被害者に対して支払われるが,あくまでも被保険者は加害者たる会社役員であり,加害者が被った法律上の損害賠償金という損害が保険金により填補されるという位置づけは不変である。
保険会社は被保険者に支払うべき保険金の支払方法として被害者に対する直接支払いを被保険者から指示され,これを履行するに過ぎないから保険金の請求権者は被保険者であり,被害者が保険会社に対する保険金請求権を有するものではない。
第7節 保険金の額についての争いの解決
普通約款26条は,保険会社が支払うべき保険金の額について争いが生じた場合の解決手続について次の通り定める。
(評価人および裁定人)
第26条 当会社のてん補すべき金額の決定について,当会社と被保険者との間に争いが生じたときは,当事者双方は,書面をもって各1名ずつの公正な評価人を選定し,これをその判断に任せます。評価人の間で意見が一致しないときは,評価人双方が選定する1名の裁定人がこれを裁定するものとします。
2.当会社および被保険者は,自己の選定した評価人の費用(報酬を含みます。)を各自負担し,評価人の判断に要した共通費用および裁定人の費用(報酬を含みます。)については半額ずつ負担するものとします。
|
本条は,保険会社と被保険者との間に争いが生じた場合の裁判外の解決手続を定めたものであるが,本条が対象としている争いは,保険会社が「てん補すべき金額の決定」についての争いに限定されている。
よって,被保険者に対する損害賠償請求が保険金支払の対象になるか否か,それについて何らかの免責条項が適用されるか否か,通知義務違反があったか否かといった争いについては本条の適用対象外であるし,保険会社と保険契約者との間の争いについても本条の適用対象外である。このように,本条が適用される場面は限られている。
商法638条2項は,損害額を計算するために必要な費用は保険会社が負担すべき旨を規定するが,普通約款26条2項はこれを修正して評価人の費用はこれを選定した各自の負担とし,評価人の判断に要した共通費用及び裁定人の費用は折半としている。
これらの費用についての保険会社負担は保険金の支払とは全く別の処理であるから,費用負担につき免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額等は適用されない。
第8節 保険による代位
普通約款27条は,保険会社が保険金を支払った場合の代位について次の通り定める。
(代位)
第27条 当会社がこの保険契約に基づいて損害のてん補をしたときに,被保険者が第三者(他の被保険者を含みます。以下本条において同様とします。)に対し求償することができる場合には,当会社は,そのてん補した金額を限度として,かつ被保険者の権利を害さない範囲内で,被保険者が第三者に対して有する求償権を代位取得します。
2.保険契約者または被保険者は,当会社が取得する前項の権利の保全および行使ならびにそのために当会社が必要とする証拠および書類の入手に協力しなければなりません。このために必要な費用は,当会社の負担とします。
|
第1款 保険による代位
被保険者が被害者に対して損害賠償責任を負う場合において,その原因がさらに別の第三者の不法行為による場合や,別の第三者との共同不法行為による場合など,被保険者が被害者に対して負担する損害賠償額について第三者に対して求償権を持つ場合がある。
このような場合に,まず被保険者が第三者に対してこのような求償権を行使するのであれば,これによって被保険者の被る損害額は減少するのであるから,保険会社はその減少した後の実質的損害額に対して保険金を支払えば足ることになる。
しかし,第三者に対する求償権の行使は第三者の資力が十分でない場合は奏効しない可能性があることや第三者が自己の責任を否定して争う場合には相当の手続的負担を伴う。
また,そもそも被保険者は被害者との関係では第三者に対する求償権が存することを抗弁とすることはできず,被害者から請求がなされる限り損害額の全額について支払う義務があるのが通常であるから,被保険者が第三者に対する求償権を行使する前に損害額の全額について保険金の支払いが先行するケースも多い。
このように,被保険者による第三者に対する求償権行使に先立って保険金の支払が先行した場合,損害の填補を受けた被保険者としてはもはや第三者に対して求償権を行使すべき理由がなくなると言えるが,その反面で本来責任を負うべきはずの第三者が責任を免れることは第三者に対して不当な利得を与えることになる。また,本来被保険者の実質的な損害は,被害者に対する損害賠償責任から第三者に対して求償権を行使しうる分を控除した部分であり,保険会社としてはこの実質的な損害について填補責任を負えば良いはずである。
そこで,公平の観点から保険金の先行払いがなされた場合には,被保険者が第三者に対して有していた求償権は保険会社が支払った保険金の額を限度として,かつ被保険者の権利を害さない範囲内で保険会社が代位取得するものと普通約款27条は定めている。このような保険による代位は商法662条も認めるところである。
第2款 求償権保全行使手続
普通約款27条2項は,1項が規定する保険による代位が有効に機能するために代位の対象となるべき求償権の保全及び行使のために必要な手続をすべき義務を保険契約者,被保険者に課している。
ところで,普通約款21条1項は「保険契約者または被保険者は,被保険者に対して損害賠償請求がなされたとき,または被保険者に対して損害賠償請求がなされるおそれのある状況を知ったときには,被保険者が第三者に対し求償できる場合の求償権の保全または行使に必要な手続,その他損害を防止軽減するために必要な一切の手段を講じなければなりません。」と定めており,普通約款27条2項による義務と一部重複している。
しかし,普通約款27条2項においては保全,行使されるべき求償権は保険会社が1項により代位取得するものに限定されており,保険会社が代位行使することを前提としていることから保険会社が必要とする証拠及び書類の入手に対する保険契約者・被保険者の協力義務が明定されているという相違点がある。
第3款 求償権保全行使手続のための費用負担
保険契約者・被保険者が普通約款27条2項の義務を履行するために必要な費用は同条項により保険会社の負担とされている。
本条項と同種の義務を定める普通約款21条1項の手段を保険契約者・被保険者が取ったことに要する費用についてはこれを保険会社が負担するとの定めがなく,争訟費用に該当すると解釈しうる費用に対してのみ保険金が支払われると解するより他ないことについては前述した。
しかし,本条項においては要した費用を保険会社の負担とする旨の明文の定めがあることから,被保険者が要した費用のみならず契約者が要した費用も支払われ争訟費用に該当するとは評価できない費用についても本条項の費用に該当する限り保険会社が負担することになる。
また,この保険会社の費用負担につき免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額が適用されると解すべき条文上の根拠もないことから,免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額とは無関係に本条項に該当する限り費用の全額が保険会社により支払われることになる。
|