|
第9章 保険契約の無効・解除及び保険料の返還・請求
第1節 保険契約の解除
第1款 保険会社からの解除
普通約款13条1項は,保険会社からの保険契約の解除権について次の通り規定している。
(保険契約の解除)
第13条 当会社は,次の各号の場合には,保険証券記載の保険契約者の住所にあてて発する書面による通知をもって,この保険契約を解除することができます。
(1) 第12条(通知義務)第1項第1号の通知を受けた場合において,当会社が危険の著しい増加を認めたとき
(2) 第12条(通知義務)第1項第2号の通知があったとき
(3) 保険金の請求に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の法定代理人に詐欺の行為があったとき
…
|
1号は危険著増による解除を定めたものである。保険契約締結後,保険契約申込書等または保険証券に記載された事項の変更があったとして保険契約者・被保険者から通知(普通約款12条1項1号)を受けた保険会社は,追加保険料を請求し(普通約款16条1項)又は請求しないで当該変更を承認することもできるが,当該変更によって危険が著しく増大し,もはや保険契約の引受を継続できないと判断されるに至った場合は,本号に基づき保険契約を解除することができることになる。
このような危険著増を理由とする保険会社の契約解除条項自体は,D&O保険に限らず損害保険商品全般において見られるのであるが,この条項を根拠として保険会社が保険契約を解除するという事態は実務上ほぼ発生しない。
保険会社はその収入の源となる保険契約をできる限り維持することをまず第一に考えるのであり,危険が増加したということであれば追加保険料を請求したり保険条件を一部変更したりすることにより何とか保険契約を維持できないか最大限の努力をするものである。
危険著増を理由として保険会社が保険契約を解除するという事態がありうるとすれば,例えば保険契約の同一性がほとんど失われる程度に大幅に事情が変化し,しかもその事情変化につき保険契約者・被保険者の保険金不正請求の意図が推認されるなどのようによほど極端な事情がある場合に限られるものと考えられる。
2号は重複保険契約の出現による解除を定めたものである。保険契約締結後,当該保険契約と重複する他の保険契約(重複保険契約)の締結があったとして保険契約者・被保険者から通知(普通約款12条1項2号)を受けた保険会社は,当該締結の事実を承認することもできるが(普通約款12条1項),本号に基づき保険契約を解除することもできる。
他の重複保険契約が出現は,保険会社の責任を加重するものではないが,同一損害をてん補する保険契約が多数存在することは一般に保険金の不正請求を誘引するおそれがあると考えられていることから,このような不正請求を阻止するために重複保険契約の出現による解除権が認められている。
このような他の重複保険契約の出現を理由とする保険会社の契約解除条項も,D&O保険に限らず損害保険商品全般において見られるのであるが,この条項についてもこれを根拠として保険会社が保険契約を解除するという事態は実務上ほぼ発生しない。
他の重複保険契約を締結しようとする動機が正当なものであるとすれば,それは現在加入している保険契約ではてん補限度額等において不満があると保険契約者が考えている場合であって,このような場合であれば保険契約者は現在加入している保険契約の保険会社にまずその旨相談するのが通常である。そして,相談を受けた保険会社は自社だけの保険契約という状態をできる限り維持しようとするのであり,てん補限度額が不足するということであれば保険期間中途でのてん補限度額の増額の可否を検討するなど最大限の努力をするものである。
その努力もかなわず自社が提供する保険カバーだけでは保険契約者を満足させられず保険契約者が他の重複保険契約を締結するに至ったとしても,その動機に特段不審な点がなければ,保険会社にとっての収入の源である保険契約を自ら解除することは考えにくい。
他の重複保険契約の出現を理由として保険会社が保険契約を解除するという事態がありうるとすれば,保険契約者が現在加入している保険契約の保険会社に対してことさらに秘して他の重複保険契約を締結した場合で,しかもその動機において保険契約者・被保険者の保険金不正請求の意図が推認されるなどのようによほど極端な事情がある場合に限られるものと考えられる。
3号は,保険金の請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺があったときの保険会社の解除権を定めたものである。保険金請求につき詐欺があれば当該保険金請求について保険会社が保険金を支払う義務を負うことはないのであるが,このような不正請求が行われたことによって保険会社と保険契約者・被保険者との間の信頼関係は失われることから,保険会社の意思に基づいて保険契約を終了させる手段を用意したものである。このような条項もD&O保険に限らず損害保険商品全般において見られる。
実際に保険金請求につき詐欺行為がなされたと認められる場合であれば保険会社がこれを理由として保険契約を解除する可能性は高いと考えられるが,詐欺行為が裁判によって認定されたり保険契約者・被保険者自身が詐欺を認めていたりするなど詐欺の事実が明白であるような場合でない限り,詐欺行為があったか否かについては確たる証拠もないのが普通であるから,保険会社の方から詐欺行為があったととして解除を主張することについては慎重な姿勢を取るのが一般的ではないかと思われる。
第2款 保険会社からの解除権についての日数制限
普通約款13条1項1号・2号に基づく保険会社からの解除権については,同条3項により次の通り制限されている。
(保険契約の解除)
第13条 …
…
3.第1項第1号または第2号に基づく当会社の解除権は,その通知を受領後30日以内に行使しなければ消滅します。
|
普通約款13条1項の規定に基づいて契約解除をするか否かの判断は保険会社に委ねられており,いつでも契約解除をなしうるとすると保険契約者・被保険者の地位があまりにも不安定になることから,同条1項1号又は2号に基づく解除権は,各号に定める通知を保険会社が受けてから30日以内に行使しなければ消滅するものとされている。
ただし,同項3号に基づく解除権(保険金請求に関して保険契約者・被保険者の詐欺があった場合の解除権)に対してはこの期間制限は適用されない。
第3款 保険契約者からの解除
普通約款13条2項は,保険契約者からの保険契約の解除権について次の通り規定している。
(保険契約の解除)
第13条 …
2.保険契約者は,当会社に対する書面による通知をもってこの保険契約を解除することができます。
…
|
保険期間の中途で保険会社が保険契約を解除するには所定の要件が具備されなければならないが,保険契約者の側からはいつでも任意に保険契約を解除することができるものとされている。このように,保険契約者側に一方的な任意の契約解除を認める条項もD&O保険に限らず損害保険商品全般において見られる。
本条項に基づいて保険契約が解除された場合は普通約款18条3項の規定に基づいて計算された所定の保険料が保険契約者に対して返戻されることになる。
第4款 保険契約解除の効力
普通約款14条は保険契約解除の効力につき次の通り定める。
(保険契約解除の効力)
第14条 保険契約の解除は,将来に向かってのみその効力を生じます。
|
本条は保険契約解除の将来効を定めるものである。
民法の原則によれば保険契約の解除は保険契約の遡及的無効をもたらすと一般的に考えられているが,損害保険にあっては本条が定めるように解除は将来に向かってのみその効力を生じるものとして約款上取扱うのが一般的である。
従って,保険契約が解除されたとしても解除までの保険契約は有効であり,解除時点までに発生した保険事故について保険会社は保険金を支払う責任があるのが原則であるが,告知義務違反により保険会社が契約解除した場合は解除前に発生した保険事故についても例外的に保険金は支払われない(普通約款11条3項)。
第2節 保険契約の無効
普通約款15条は,保険契約の無効事由について次の通り規定している。
(保険契約の無効)
第15条 保険契約締結の当時,次の事実があったときは,この保険契約は無効とします。
(1) 保険契約に関し,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人に詐欺の行為があったとき
(2) 保険契約者またはその代理人が他人のために保険契約を締結する場合において,その旨を保険契約申込書に記載しなかったとき
|
第1款 1号−保険契約に関する保険契約者・被保険者の詐欺
契約締結に当たって相手方又は第三者による詐欺が認められれば民法上は契約の取消権が発生しうることとなり(民法96条),取り消された契約は遡及的に無効となる(民法121条)。
しかし,損害保険約款では本条が定める通り詐欺の事実が認められるときは取消を待つことなく保険契約を無効として取扱うことが一般的である。
第2款 2号−他人のためにする保険契約の不告知
他人のための保険契約とは保険契約者と被保険者とが一致しない保険契約を言う(商法647条)。民法上は第三者のためにする契約(民法537条1項)に該当するが,被保険者の権利発生のための受益の意思表示(同2項)を要しないものとされている。
商法上は,保険契約者が被保険者となるべき者からの委任を受けないで保険契約を締結する場合,その旨を保険会社に告げないと保険契約は無効とされるが(商法648条),損害保険約款では本号が定める通り委任の有無を問わずに他人のためにする旨の申告がなければ保険契約を無効として取扱うことが一般的である。
本号の定めは,被保険利益を持たない者が他人の物を保険の目的とする火災保険契約等を締結して保険金を不正に請求するような弊害を回避するための規定であるが,D&O保険においてはあまり意味のない規定であるように思われる。
D&O保険では記名法人及び記名子会社が会社として保険証券上明確に記載されることによって被保険者の範囲が明確に定義され(普通約款3条1号,2号,3号),誰のためにする保険であるかは保険契約の申込時において明らかであるから,それに加えて「他人のために保険契約を締結する場合」であることを保険会社に対して申告すべき場合というのを想定することは困難である。
結局,D&O保険における本号は損害保険契約の一般的取扱いに倣って盛り込まれた規定であるという以上の意味を持たないように思われる。
第3節 保険料の請求−告知・通知事項等の承認の場合
普通約款16条は,保険期間中途での追加保険料の請求につき次の通り定めている。
(保険料の請求−告知・通知事項等の承認の場合)
第16条 第8条(てん補しない損害−その4)第2項,第11条(告知義務)第2項第3号,または第12条(通知義務)第1項第1号の承認をする場合において,保険料を変更する必要があるときは,当会社は,その定めるところに従い,追加保険料を請求することができます。
2.前項の規定により追加保険料を請求する場合において,当会社の請求に対して保険契約者がその支払いを怠ったときは,当会社は,追加保険料領収前になされた損害賠償請求による損害をてん補しません。
|
普通約款8条2項の承認とは,記名法人についてA合併,B第三者への全資産の譲渡又はC第三者が記名法人の発行済株式総数(議決権のない株式を除く。)の50%を超える株式することのいずれかの事由が生じた場合において,これらの事由の後に生じた保険事故について保険金が支払われないという取扱い(普通約款8条1項)を適用しないための保険会社の承認をいう。
普通約款11条2項3号の承認とは,告知義務違反があった場合の保険会社からの解除及び保険金の不払いという取扱い(普通約款11条1項,3項)を適用しないための保険会社の承認をいう。
普通約款12条1項1号の承認とは,通知義務に従って保険契約者・被保険者から保険契約申込書等又は保険証券に記載された事実の変更の通知が保険会社に対してなされた場合において(普通約款12条1項1号),保険会社が保険契約を解除せず(普通約款13条1項1号),引き続き保険契約が有効に存続することを承認することをいう。
いずれの承認をなす場合でも,従前と比較して保険上のリスクが高まったため従前の保険料水準を維持することが妥当ではないことがありうるため,普通約款16条1項は保険会社が追加保険料を請求しうることを定めている。
また,同条2項は,追加保険料の請求権を実効あらしめるため,追加保険料領収前の保険事故を不担保とする旨定めている。
この種の追加保険料を定める規定も損害保険契約一般に広く見受けられるのであって,D&O保険固有の取扱いではない。
第4節 保険料の返還−保険契約の無効・失効の場合
普通約款17条は,保険契約が契約締結当初から無効である場合又は保険期間中途で効力を失った場合の保険料の返戻につき次の通り定めている。
(保険料の返還−保険契約の無効・失効の場合)
第17条 当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によるこの保険契約の無効または失効の場合には,保険料を返還しません。
2.当会社は,保険契約者,被保険者またはこれらの者の代理人の故意または重大な過失によらないこの保険契約の無効の場合には保険料の全額を,失効の場合には未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。
|
保険契約が無効であれば,保険会社が領収した保険料を保持しておくべき正当な根拠が失われるから,この保険料は不当利得として保険契約者に返戻すべきというのが民法上の原則である(民法703条)。
本条1項はこの原則に修正を加え,無効又は失効の原因が保険契約者・被保険者側の故意または重大な過失による場合は保険料は保険契約者に返戻されない旨を定めている(※ 故意による場合は本条項の適用を待たずとも非債弁済として民法705条により保険料返戻がなされないこともありうるだろう)。
本条1項の事由に基づかない保険契約の無効・失効の場合は保険契約者への保険料返戻がなされることになるが,その場合の返戻額は,無効である場合は全額,失効の場合は失効の時点から保険終期までの未経過期間の保険期間に対する割合に基づく日割計算により保険料返戻がなされるものと定められている(本条2項)。
本条は,保険契約の無効・失効という事態が生じた場合に適用されることを想定しているものであるところ,そもそも保険契約に効力が認められないものとされる場合に保険約款である本条が保険契約の当事者を法的に拘束する力を有しているといえるのかという疑問がないではないが,本条のような約款文言は損害保険商品全般で従来から広く用いられているところである。
第5節 保険料の返還−保険契約解除の場合
普通約款18条は,保険契約が保険期間中途で解除された場合の保険料の返戻につき次の通り定めている。
(保険料の返還−保険契約解除の場合)
第18条 第11条(告知義務)第1項の規定により当会社が保険契約を解除した場合,当会社は保険料を返還しません。
2.第13条(保険契約の解除)第1項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,未経過期間に対し日割をもって計算した保険料を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。
3.第13条(保険契約の解除)第2項の規定により保険契約者が保険契約を解除したとき,または第19条(当会社による調査)第2項の規定により当会社が保険契約を解除したときは,当会社は,領収した保険料から既経過期間に対し別表に掲げる短期料率によって計算した保険料を控除して,その残額を保険契約者に返還します。ただし,既経過期間中に保険金を支払うべき損害賠償請求がなされていたときは,保険料を返還しません。
|
まず,保険契約者・被保険者に告知義務違反があることにより保険会社が契約を解除した場合は(普通約款11条1項),既に支払われた保険料は一切返戻されない。
次に,保険契約者・被保険者が通知義務(普通約款12条1項)を履行した場合において,保険会社が保険契約を継続して引き受けるという判断をせず保険契約を解除した場合(普通約款13条1項1号,2号)又は保険金の請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺の行為があったとして保険会社が保険契約を解除した場合(普通約款13条1項3号)は,解除の時点から保険終期までの未経過期間の保険期間に対する割合に基づく日割計算により保険料返戻がなされるものと定められている(本条2項)。ただし,解除までの間に保険事故が発生している場合は解除の将来効(普通約款14条1項)により保険会社は保険金を支払う義務を負うから,保険金支払と対価的性質を有する保険料は一切返戻されないものとされている(本条2項但書)。
なお,保険金請求に関し保険契約者・被保険者に詐欺の行為があった場合でも保険料が返戻されると定められている理由は,その場合に保険契約者・被保険者を非難できるのは当該保険金請求の点に留まることが考慮されたものであると考えられる。
また,保険契約者が任意の解除権を行使して保険契約を解除した場合(普通約款13条2項)又は保険契約者・被保険者が保険会社が要求する調査に協力しなかったために保険会社が保険契約を解除した場合(普通約款19条2項)は,保険会社が既に領収した保険料に対して解除までの既経過期間に対応する別表に掲げられる短期料率を乗じた保険料を控除した残額が保険契約者に返戻される(本条3項)。
解除までの間に保険事故が発生している場合は保険料の返戻がない点は本条2項の場合と同様である。
普通約款別表の短期料率表は次の通りである。なお,この表は保険期間が1年間であることを当然の前提としている。
短期料率表
| 既経過期間 | 割合 |
| 7日まで | 10% |
| 15日まで | 15% |
| 1か月まで | 25% |
| 2か月まで | 35% |
| 3か月まで | 45% |
| 4か月まで | 55% |
| 5か月まで | 65% |
| 6か月まで | 70% |
| 7か月まで | 75% |
| 8か月まで | 80% |
| 9か月まで | 85% |
| 10か月まで | 90% |
| 11か月まで | 95% |
| 1年まで | 100% |
これによると,例えば保険始期日からちょうど6ヶ月を経過した時点で保険契約者が任意に保険契約を解除した場合,当初支払った保険料から70%が控除され,残りの30%分が保険契約者に返戻されることとなる。
この表の数値を見ればわかる通り,日割計算に比して保険契約者側に不利になっている。
|