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第4章 免責条項
免責条項とは,一定要件を具備した事故ないし損害について保険金が支払われないことを定める保険約款の条項を言う。
約款上積極的な保険金支払要件を定める条項に該当する事故であっても,それが同時に免責条項にも該当する場合は保険金は支払われないことになる(※ 積極的な保険金支払要件にすら該当しない事故については保険金支払の対象外であるという言い方はなされるが,このような事故について免責という言い方はあまり用いられない。
また,普通約款の条項の中には例えば保険事故の発生を保険会社に遅滞なく通知する義務など保険契約の当事者が保険契約手続上の義務を怠った場合に保険金が支払われない旨を定める条項も存するが,これらの条項が免責条項と呼ばれることもあまりない)。
D&O保険の普通約款上の免責条項は第5条から第8条までに規定されている。
第1節 普通約款第5条の免責条項
普通約款第5条は,次の通り定めた上で免責に該当するものとして第1号から第6号までの損害賠償請求を掲げている。
(てん補しない損害−その1)
第5条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。なお,各号の中で記載されている事由または行為が,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に本条の規定が適用されるものとし,その適用の判断は,被保険者ごとに個別に行われるものとします。
…
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第1款 真実であった場合のみの適用
なお書きに規定される通り,本条各号の中で記載されている事由または行為が,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限り本条の免責条項が適用される。
これはある意味で当然の規定ではあるが,普通約款6条1号から8号の免責条項が各号記載の事由が真実でない場合にも適用されうるように規定されていることから,これらの規定との関係で誤解が生じないように当然の原則をあえて規定したものであると考えられる。
例えば,会社役員に違法に報酬が支払われたことに起因する損害賠償請求は本条第4号により免責となるが,会社役員に違法に報酬が支払われたとの主張に基づいて株主代表訴訟が提起された場合であっても,審理の結果そのような違法な報酬支払はなかったことが明らかになれば本条第4号の免責条項は適用されないことになる(※ 勝訴によって損害賠償金の損害は生じないことになろうから,争訟費用に対して保険金が支払われることになる)。
本条各号が定める免責事由はいずれも被保険者の違法行為であり,違法行為を保険金支払対象とすることは会社役員の違法行為による放漫経営を助長しかねないという観点から免責とされているものである。
従って,客観的に適法な行為について違法であるとの言いがかり訴訟が提起されたに過ぎない場合は保険金支払対象とすることに問題はないから,違法行為が実際に生じまたは行われた場合に限って本条各号の免責条項を適用するとされたものである。
「実際に生じまたは行われた」か否かを誰がどのような手続で認めるのかについて約款は何も定めていないので,この点をいかに解するかが問題となる。特に第2号では犯罪行為を免責事由と定めており,犯罪行為に該当するかは通常は刑事裁判の手続において刑事裁判官によってのみ判断されていることから特に問題となる。
この点については,保険約款は保険契約の当事者間における民事的な権利義務関係を定める条項であるから,保険約款が定める各要件が充足されているか否かは保険契約の当事者間における民事的な事実認定の問題として判断されれば足るものと考えられる。
よって,本条各号の事由又は行為が実際に生じた又は行われたと認められるか否かについてもまずは保険契約当事者間の民事的な事実認定上の問題として取り扱うべきであると解する。
具体的には保険契約の当事者間で合意が成立すればまずはその合意に従うことになり,保険契約の当事者間で見解が対立した場合は民事裁判手続を終局的解決方法とする民事紛争処理手続における事実認定によるべきことになる。
第2款 被保険者ごとの個別適用
本条なお書きが規定する通り,本条の規定が適用されるか否かの判断は被保険者ごとに個別に行われるものとされる。
従って,例えばいわゆる株式のインサイダー取引を行ったことに起因する損害賠償請求は本条第5号によって免責とされるから,当該取引を行った会社役員本人について生じた損害に対しては保険金は支払われないことになる。
しかし,当該取引に関与しておらず,それについての監視・監督義務違反を問われただけの被保険者については免責とならず,この者について生じた損害に対しては保険金が支払われることになる。
普通約款5条から8条までの免責条項の中で,このように被保険者ごとに個別適用されることが規定されている条項はこの5条と7条である。
6条と8条には被保険者ごとの個別適用の定めはなく,各号に規定された損害賠償請求に該当するか否かによって全被保険者一律に免責条項が適用されるか否か判断されることになる。
第3款 違法であることの認識の要否
前述の通り,本条各号が定める免責事由はいずれも被保険者の違法行為であるが,免責条項の適用にあたり違法行為を行っていることにつき当該被保険者の認識を要するかは第3号とそれ以外の各号とで取扱いが異なる。
第3号は被保険者の認識ある違法行為に起因する損害賠償請求を免責と定め,違法行為についての被保険者の認識を要件としているが,その反面違法行為の範囲は限定されておらず全ての法令についての違反が免責の対象となりうる。
これに対し,第1号,第2号,第4号ないし第6号では違法行為の範囲が違法性の強い一定の類型に限定されているが,その反面被保険者において違法の認識があることは要件とされていないから,仮に被保険者が自らの行為を適法であると信じていたとしても客観的に各号の違法行為が認定できる限り免責として取り扱われることとなる。
第4款 第1号−違法な利益取得
普通約款5条1号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(1) 被保険者が私的な利益または便宜の供与を違法に得たことに起因する損害賠償請求
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本号が想定している典型例としては,取締役が商法265条の利益相反取引禁止の規定に違反して,自己と会社との取引によって利益を取得した場合が考えられる。
本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。
第5款 第2号−犯罪行為
普通約款5条2号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(2) 被保険者の犯罪行為(刑を科せられるべき違法な行為をいい,時効の完成等によって刑を科せられなかった行為を含みます。)に起因する損害賠償請求
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本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。
1 犯罪行為の意義
本号は,犯罪行為につき,「刑を科せられるべき違法な行為」と定義しているが,刑罰法規に基づいて刑を科せられるのは犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるから,結局本号の犯罪行為の意味は「犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為」と考えてよいだろう。
故意犯であると過失犯であるとを問わない。
「刑」については定義規定が置かれていないが,わが国における刑の種類は死刑,懲役,禁錮,罰金,拘留,科料及び付加刑としての没収とされており(刑法第9条),また,過料は刑ではなく行政罰であると解されているからわが国の法律が問題となる場合はこの定義に従うことになろう。
国民に対する処罰を規定する法規のあり方は国によって様々であるから,外国の法律が問題となる場合に何をもってD&O保険約款上の「刑」に該当するものとするかは個別に判断されることになろう。
2 犯罪行為の認定方法
次に,被保険者の行為が「犯罪行為」に該当するか否かの認定をどのように行うべきかが問題となる。
前述の通り,保険約款が定める各要件が充足されているか否かは保険契約の当事者間における民事的な事実認定の問題として判断されれば足るものと解されるから,被保険者の行為が本号の「犯罪行為」に該当するか否かについてもまずはこのような民事的な事実認定の問題として判断されるべきである。
ただ,少なくともわが国の法制度を前提とする限り,国民が刑を科せられるのは厳格な手続が法定された刑事裁判手続を通じて犯罪行為が認定された場合に限られるから,本号のように犯罪行為を「刑を科せられるべき…」と定義する以上,犯罪行為の定義そのものの中に刑事裁判手続を通じて認定されたことという要素が黙示的に包含されていると解する余地がある。
すなわち,犯罪行為とは刑事裁判手続を通じて認定された犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であって,D&O保険の約款適用に際してはこのような意味での犯罪行為があったか否かを民事的な事実認定として判断するという解釈の余地がある。
しかし,D&O保険約款の開発者や現在の保険会社は,犯罪行為とは必ずしも刑事裁判手続を通じて認定されたことを要しないという解釈を取っている。
このような約款開発者の解釈意図は,犯罪行為の定義において「時効の完成等によって刑を科せられなかった行為を含みます」としている点からもうかがうことができる。
公訴時効が完成すれば訴訟条件が欠如し刑事裁判所は犯罪の実体審理に入ることができないから犯罪事実を認定することができない。
このような場合でもD&O保険上は犯罪行為に該当するものとして免責の対象としているのであるから,少なくともこのような場合には刑事裁判による認定がなくてもD&O保険上は犯罪行為であると認定せざるを得ない。
かかる場合がありうることを想定すると,被保険者の行為が本号の「犯罪行為」に該当するか否かは被保険者の行為が犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるかを保険契約の当事者間の民事的な事実認定として判断するより他ないのではないかと解する。
このように犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であるかを民事的に認定するという考え方に対しては疑問を投げかける見解もある。
もともと裁判外でも実現されうる民事実体法と異なり,刑事実体法は刑事訴訟法に定める手続下においてのみ実現されうることに鑑みればこのような疑問にも理由があると言えるだろう。
しかし,刑事実体法の実現が刑事訴訟法の定めに基づく厳格な手続下においてのみ認められている理由は,刑事実体法の実現により刑罰という人権に対する極めて重大な制約が課されるからであるところ,D&O保険において犯罪行為を認定する目的は刑罰を科すことにはなく,保険金が支払われるか否かという単に民事上の権利義務の存否を画することを目的としているに過ぎないから,そのための事実認定手続において刑事訴訟法の定めに則った事実認定が必須であるとまでは言えないように思われる。
3 刑を科せられなかった行為の範囲
このような犯罪行為の認定手続に関する問題は差し置くとしても,「時効の完成等によって刑を科せられなかった行為」における「等」とはどの範囲までを含むのかは別問題である。
最も広く解するならば,およそ犯罪構成要件に該当し違法かつ有責な行為であると民事的に認定されれば足りるのであり,単なる例示として時効の完成が示されているに過ぎないという解釈が成り立つであろう。
この見解によれば,捜査段階において犯罪の嫌疑が十分あることを前提になされる微罪処分,起訴猶予処分の場合はもちろん嫌疑不十分のための不起訴処分となった場合も含まれ,さらに極端な場合は刑事裁判で無罪であると認定された場合であっても理論的にはD&O保険上の独自認定として犯罪行為と認定されうることになる。
また,刑事裁判の途中で被告人であった被保険者が死亡し公訴棄却(刑事訴訟法339条4号)となった場合も考えられる。
社会的事実としては全く同一の事実が民事裁判と刑事裁判とで異なって認定されることもありうるという点は一般的に承認されていることであり,前述の通りD&O保険における犯罪行為の認定を刑事訴訟手続とは別個に民事的に判断すべきものと解する立場を前提とするならば,このように広く解するのが自然であろう。
もっとも,実務上は被保険者の行為がD&O保険上の「犯罪行為」に該当するか否かの判断の際には,刑事司法当局が当該行為に対してどのような事件処理をしたかが大いに参考にされるであろうから,D&O保険上の事実認定において,刑事手続における取扱いないし事実認定と大きな齟齬が生じるような認定がなされるケースは少ないのではないかと考えられる。
第6款 第3号−認識ある法令違反
普通約款5条3号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(3) 法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)行った行為に起因する損害賠償請求
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損害保険の約款には被保険者の故意によって生じた事故を免責とする免責条項が盛り込まれるのが普通であるが,D&O保険の普通約款にはこの故意免責条項が規定されておらず,これは極めて異例である。D&O保険の普通約款に故意免責条項が盛り込まれなかった理由は,被保険者に故意がある場合は本号により免責となるものと考えられたからではないかと思われる。
1 法令の種類
「法令」が法律及び命令を含むことは当然である。法律とは国の立法機関が定める法規範であり,命令とは国の行政機関が定める法規範である。
命令には政令,省令などの種類がある。
さらに,「法令」には法律・命令の他,憲法,裁判所規則,条例,条約など被保険者を名宛人とする全ての一般的・抽象的法規範が含まれる。諸外国の法令についても同様に解される。
「法令」は個別・具体的権利義務を定める条項のみに限定されるものではないから,信義則(民法1条2項),公序良俗(民法90条),善管注意義務(民法644条),忠実義務(商法254条の3)等を定める一般条項も「法令」に含まれる。
よって,被保険者が自ら善管注意義務違反であることを認識しながら行った行為に起因する損害賠償請求は免責となる。
2 認識の有無
以上の通り,本号の「法令」の範囲は無限定で極めて広範であるが,その反面,本号の免責に該当するためには法令に違反することについての被保険者の認識を要する。「認識しながら」行ったことを要するから,行為当時に違法であることの認識が必要なのであって,行為の後になって違法であることを認識したのでは足りない。
従って,被保険者の行為が客観的に法令に違反することが明白であったとしても,その行為当時,法令違反であることを被保険者が認識していなかった場合(そのような法令の存在そのものを知らなかった場合のほか,法令の存在はしっていたが自分の行為がそれに反するものであるとは知らなかった場合)には本号の免責には該当しないことになる。
被保険者が善管注意義務違反により会社に対して損害賠償責任を負うことになったとしても,当該被保険者に善管注意義務違反の認識がなかった場合には免責とならない。
約款文言が,「法令に違反すると認識しながら」ではなく,「法令に違反することを認識しながら」とあることから,「法令に違反すること」すなわち客観的な法令違反があることを本号は当然の前提としていると考えられるから,被保険者本人が違法であると信じ込んでいたとしても客観的に判断して違法でなければ本号の免責には該当しないものと考えられる(※ 実際上はあまり発生しそうにないケースではある)。
3 法令違反の認識の判断方法
本号は,法令違反の認識がある場合に該当するものとして,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合」を含めており,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合」とはどのような場合を指すのかが大きな問題となる。
このような場合をも法令違反の認識がある場合として約款上取り扱うこととした約款開発者の動機が,法令違反の認識の有無を巡って被保険者と保険会社との間に争いが生じた場合を想定し,保険会社側の立証を容易にしようと考えたことにあるのは間違いないであろう。
つまり,保険事故の発生を根拠に保険金請求を受ける保険会社が,免責条項を適用して保険金の支払いを拒むためには自ら免責事由の存在を立証する必要があるところ,法令違反の認識という主観的要素は立証困難であるから,それを直接立証できなくても間接的に「認識していたと判断できる合理的な理由」を立証することで同様の結果を得る手段を用意したものであると考えられる。
ところで,民事上の事実認定は,当事者間に争いがある場合,終局的には民事裁判における証拠に基づく立証活動の結果によることになるが,証拠に基づく立証の方法には直接証拠によるものと間接証拠によるものとがある。
直接証拠とは証明主題を直接に証明しうる証拠であり,法令違反の認識が証明主題であるとすれば,例えば「私は法令違反であると認識していました。」という本人の供述などが直接証拠に該当する。直接証拠があれば,その信用性に問題がない限り直ちに証明主題を認定することができる。
しかし,法令違反の認識があったか否かという人の内心状態についての事実を立証しうる直接証拠は本人の供述以外にはありえないから,かかる事実の存否について争いがあるということは取りも直さず直接証拠が存在しないということを意味するのであり,このような場合には次の間接証拠による立証を図るより他ない。
間接証拠とは間接事実を証明するための証拠を言い(※ 証拠の信用性を証明する証拠も間接事実と呼ばれる),間接事実とは証明主題を推認させる事実を言う。
例えば,昨夜自宅付近で雨が降ったことを証明主題とする場合において,翌朝自宅前の道路が濡れていたという事実は間接事実となりうるであろう。
間接事実からの証明主題の推認は経験則に基づく蓋然性の判断であるから,各間接事実の持つ証明主題についての推認の程度は蓋然性の程度に応じて様々である。
よって,1つの間接事実が証明されただけでは未だ推認の程度が低く証明主題が立証されたとは言えない場合もある。このような場合でも複数の間接事実を積み上げて証明し推認の程度を高めることによって証明主題を立証することができる。
以上の,直接証拠による立証と間接証拠による立証について,「A法違反について被保険者が認識していた」という事実を証明主題とする場合を例にとって図示すると次の通りである。
1 直接証拠による立証
「私はA法に違反していると認識していました。」という被保険者の供述(直接証拠)
↓
認定
↓
A法違反について被保険者が認識していた(証明主題)
2 間接証拠による立証
- 当時の社員名簿(間接証拠)→認定→被保険者は当時○○部の部長職を兼任していた(間接事実)
- 当時の社内権限規定(間接証拠)→認定→○○部はA法と密接に関連する業務を担当していた(間接事実)
- 問題となった行為についての打ち合わせのメモ(間接証拠)→認定→問題となった行為の中心人物は被保険者であった(間接事実)
- ………………………………(その他の間接証拠)→認定→……………………………(その他の間接事実)
↓
認定
↓
A法違反について被保険者が認識していた(証明主題)
このように,必ずしも直接証拠によらなくても間接証拠による間接事実の積み重ねにより証明主題を立証することは可能なのである。
よって,保険会社側としては,法令違反の認識についての直接証拠(本人の供述)が得られなかったとしても,法令違反の認識があったことを推認させる種々の間接事実を立証することによって法令違反の認識があったことを立証して保険金の支払を拒むことができる。
ここで改めて被保険者に法令違反の認識があったと「判断できる合理的な理由がある場合」について検討する。
「判断できる合理的な理由がある場合」とは,前述した直接証拠による立証又は間接証拠による立証のいずれによっても立証が不可能な場合を含みうるのであろうか。
これらの立証が不可能ということは,法令違反の認識があったか否かについて証明の程度が不十分であって真偽不明の状態にあることを意味する。
このように,法令違反の認識については真偽不明の状態にあるのだとすれば,法令違反の認識があったと合理的に判断することはできないと言うべきである。
このように考えると,「法令に違反することを被保険者が認識しながら(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます)」とは,結局直接証拠又は間接証拠によって法令違反についての被保険者の認識が立証された場合を指すのであり,あえて,「判断できる合理的な理由がある場合」を含むと明示したのは立証の方法として間接証拠による間接事実の積み重ねによる推認により立証することも可能であることを注意的に規定したものであると捉えるのが妥当ではないかと思われる。
これに対し,本号は被保険者に法令違反についての認識がなくても,認識の可能性がある場合には免責となる旨を規定したものであるとする見解もあるが,「認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます」という文言を根拠として,法令違反の認識なくともその可能性があれば足るという解釈を導き出すのは困難ではなかろうか。
また,同じく本号の文言からは,法令違反の認識についての証明の程度は,民事裁判において通常要求される証明の程度よりも低いもので足る旨を規定したものであるとする解釈(※ わが国の民事裁判において通常要求される証明の程度は,通常人が疑いを差し挟まない程度の高度な蓋然性が認められる程度であることが求められるが,この証明の程度を緩めて例えば双方の証拠を比較して優越している側について証明があったものと認める等と解釈することなどが考えられる)を導き出すのも困難であると思われる。
以上の通り,本号の免責が適用されるためにはあくまでの法令違反の認識があることが直接証拠・間接証拠により立証されることを要すると解するときは,約款中の「(認識していたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます)」という部分は不要であるとも言える。
しかし,被保険者と保険会社との間の争いが裁判に持ち込まれる前に,自ら法令違反の認識はなかったと主張する被保険者を前にして保険会社が裁判外の交渉を行う際には,例え本人が否定している場合であっても間接事実の積み重ねにより法令違反の認識を立証することは可能である旨を被保険者に対して主張するにあたり,約款中のこの部分が一定の説得材料となる可能性はあるだろう。
第7款 第4号−違法な報酬・賞与
普通約款5条4号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(4) 被保険者に報酬または賞与等が違法に支払われたことに起因する損害賠償請求
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被保険者たる会社役員に対して報酬を支払うためには定款の定め又は株主総会の決議が必要であり(商法第269条,279条等),賞与を支払うためには所定の利益配当の手続(商法281条以下)が必要である。
このような手続が適法になされずに報酬や賞与等が支払われたことに起因する損害賠償請求は本号により免責となる。
本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。
第8款 第5号−インサイダー取引等
普通約款5条5号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(5) 被保険者が,公表されていない情報を違法に利用して,株式,社債等の売買等を行ったことに起因する損害賠償請求
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本号が想定している典型例としては,証券取引法に違反するいわゆるインサイダー取引がなされた場合が考えられる。
本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。
第9款 第6号−贈賄行為等
普通約款5条6号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(6) 次の者に対する違法な利益の供与に起因する損害賠償請求
[1]政治団体,公務員または取引先の会社役員,従業員等(それらの者の代理人,代表者または家族およびそれらの者と関係のある団体等を含みます。)
[2]利益を供与することが違法とされるその他の者
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本号が想定している典型例としては,政治資金規制法に反する政治献金,公職選挙法に反する利益供与がなされた場合が考えられる。刑法上の贈賄行為に該当する行為も含め,本号に該当する行為は同時に普通約款5条2号にも該当することが多いと考えられる。
本号の免責条項は客観的な判断として違法性が認められる限り,違法性について当該被保険者が認識していたか否かを問わずに適用される。
第2節 普通約款第6条の免責条項
普通約款第6条は,次の通り定めた上で免責に該当するものとして第1号から第10号までの損害賠償請求を掲げている。
(てん補しない損害−その2)
第6条 当会社は,被保険者に対してなされた次の各号に掲げる損害賠償請求に起因する損害についてはてん補しません。なお,第1号ないし第8号の中で記載されている事由または行為については,実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず,それらの事由または行為があったとの申し立てに基づいて被保険者に対して損害賠償請求がなされた場合にも,本条の規定は適用されます。
…
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第1款 申立が真実でない場合にも適用(1号〜8号)
本条1号から8号までの免責事由については,当該免責事由の性質上,なお書きに規定される通りそれが真実でなかった場合にも免責条項が適用される。
この点は,第5条の免責条項の適用方法とは異なるので注意を要する。
第2款 第1号−遡及日前の行為
普通約款6条1号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(1) 初年度契約の保険期間の開始日より前に行われた行為に起因する一連の損害賠償請求
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本条の意義は,損害賠償請求ベースの賠償責任保険において,損害賠償請求の原因事由が遡及日よりも前に生じた場合を免責として取り扱うことを定めたものである。
D&O保険におけるこのような取扱いについては「第2章第7節 保険期間中の損害賠償請求−損害賠償請求ベース」において既に説明した通りである。
また,本号で免責として取り扱われる単位となっている「一連の損害賠償請求」についても「第2章 保険金の支払要件 第8節 保険事故の取扱い単位」において既に説明した通りである。
本号の免責条項は被保険者に対する損害賠償請求の申立が遡及日前の行為を根拠とする限り適用されるから(「実際に生じたまたは行われたと認められる場合に限らず」),結果的にそのような行為がなかったものと認定されて被保険者が勝訴した場合であってもそのために要した争訟費用は保険金支払の対象とならない。
なお,「行為」とは被保険者が行った行為に限定されており(普通約款1条),かつ初年度契約の始期日前に退任した役員は被保険者に含まれないから(普通約款3条3号),かかる退任役員の行為は本号の「行為」には該当しない。
従って,かかる退任役員の行為に起因して被保険者に対する損害賠償請求がなされた場合には,かかる退任役員の行為に関連して当該被保険者がいかなる行為をどの時点で行ったことにより損害賠償請求がなされたのかを問題とした上で,当該被保険者の行為が行われた時点に基づいて本号の免責条項の適用の有無が判断されることになろう。
この免責条項に関連して,被保険者が遡及日前の行為を根拠とする損害賠償請求を受けた場合において,結果的に当該行為の時期が遡及日後であることが判明したケースにおいても保険金が支払われないと解釈するとすれば不当ではないかという疑問が投げかけられることがある。
確かに,真実被保険者の行為が遡及日後になされたのであれば,その行為に起因する損害に対して保険金支払を拒む理由はないというべきであるから,上記のような解釈を取ることは不当であろう。そこで,この点については次のように考えるべきではないだろうか。
結果的に当該行為の時期が遡及日後であることが判明した場合というのは,当該行為の時期は遡及日後であるという主張が損害賠償請求者の側から仮定的ないし予備的に行われていることが通常であると考えることができる。
このように考えると,当該仮定的ないし予備的主張については本号の免責条項は適用されず保険金支払の対象になるものと考えられる。
よって,前記の疑問が投げかけられたケースについては本号の免責条項は適用されないものと解する。
ただし,例外的に損害賠償請求者の側ではあくまでも遡及日前の行為のみを主張しているとしか解釈できないようなケースでは本号の免責条項が適用されると言わざるを得ないだろう。
第3款 第2号−遡及日前の会社に対する訴訟
普通約款6条2号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(2) 初年度契約の保険期間の開始日より前に会社に対して提起されていた訴訟およびこれらの訴訟の中で申し立てられた事実と同一または関連する事実に起因する損害賠償請求
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本号の免責の趣旨は,1号と同様である。
損害賠償請求ベースの賠償責任保険において,損害賠償請求の原因事由が遡及日よりも前に生じた場合を免責として取り扱う趣旨は,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入しようとする逆選択が生じることを防止しようとする点にある。
会社に対して何らかの訴訟が提起されている場合は,その訴訟で問題とされている事実又は関連する事実に起因して将来的に会社役員に対して損害賠償請求が提起されるリスクが類型的に増加するものと考えられる。
そうすると,このようなリスク増加を基礎とする逆選択が生じる可能性があるから,この可能性を排除するために本号の免責条項が置かれたものであると考えられる。
なお,遡及日前に会社に対して提起されていた訴訟が仮に被保険者の行為に起因するものであれば本号の適用を待つことなく普通約款6条1号により当然に免責となる。
よって,本号の存在意義は被保険者の行為に起因しない訴訟であっても会社に対する訴訟提起があれば免責となりうることを定めた点にあるものと言える。
第4款 第3号,第4号−保険の重複適用の回避
普通約款6条3号及び4号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
(3) この保険契約の保険期間の開始日において,被保険者に対する損害賠償請求がなされるおそれがある状況を被保険者が知っていた場合(知っていたと判断できる合理的な理由がある場合を含みます。)に,その状況の原因となる行為に起因する一連の損害賠償請求
(4) この保険契約の保険期間の開始日より前に被保険者に対してなされていた損害賠償請求の中で申し立てられていた行為に起因する一連の損害賠償請求
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この2つの免責条項は,「この保険契約の」という文言を用いており,1号及び2号における「初年度契約の」という文言ではないことからも分かる通り,1号及び2号とは趣旨が異なり,同一の保険事故について複数のD&O保険契約が重複して適用される事態を回避するために設けられた免責条項である。
このような重複適用回避の取扱いについては,「第2章 保険金の支払要件 第8節 保険事故の取扱い単位 第2款 一連の損害賠償請求単位で取り扱われる事項 3 保険の重複適用回避のための規定」において既に述べた通りである。
第5款 第5号−環境汚染
普通約款6条5号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
(5) 直接であると間接であるとを問わず,次の事由に起因する損害賠償請求
[1] 汚染物質の排出,流出,いっ出,漏出またはそれらが発生するおそれがある状態
[2] 汚染物質の検査,監視,清掃,除去,漏出等の防止,処理,無毒化または中和化の指示または要請
汚染物質とは固体状,液体状もしくは気体状のまたは熱を帯びた有害な物質または汚染の原因となる物質をいい,煙,蒸気,すす,酸,アルカリ,化学物質および廃棄物等を含みます。廃棄物には再生利用される物質を含みます。
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損害保険制度は,個々の独立したリスクを多数集積することによって全体としての収支の安定を図るという技術の上に成立している制度であり,収支を安定させるためにはリスクの評価が困難であるにもかかわらず巨大な損害を発生させるおそれのあるリスクなどの個性の強い特殊なリスクを排除してできる限り等質なリスクを集めることが要請される。
このような観点から,保険約款には特殊なリスクを保険金支払対象から除外するために免責規定が置かれる場合がある。
この第5号の免責事由も,特殊リスクを排除するという観点から置かれたものである。環境汚染に起因する事故を免責とする取扱いは賠償責任保険において広く見受けられる手法であり,D&O保険だけの特異な取扱いではない。
企業が抱える環境汚染についての賠償リスクを担保する保険として環境汚染賠償責任などが一応存在するが,D&O保険における本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段として用いることができるような保険商品ではない。
第6款 第6号−原子力
普通約款6条6号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(6) 直接であると間接であるとを問わず,核物質の危険性またはあらゆる形態の放射能汚染に起因する損害賠償請求
核物質とは,核原料物質,特殊核物質または副生成物をいいます。危険性には,放射性,毒性または爆発性を含みます。
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本号の免責事由も,5号と同様に特殊リスクを排除するという観点から設けられたものである。原子力に起因する事故を免責とする取扱いは賠償責任保険における原則的手法であり,D&O保険だけの特異な取扱いではない。
原子力関連施設が抱える原子力についての賠償リスクを担保する保険として原子力損害賠償責任が一応存在するが,D&O保険における本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段として用いることができるような保険商品ではない。
第7款 第7号−身体障害・財物損壊・人格権侵害
普通約款6条7号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
(7) 次に掲げるものに対する損害賠償請求
[1] 身体の障害(疾病または死亡を含みます。)または精神的苦痛
[2] 財物の滅失,き損,汚損,紛失または盗難(それらに起因する財物の使用不能損害を含みます。)
[3] 口頭または文書による誹謗,中傷または他人のプライバシーを侵害する行為による人格権侵害
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5号,6号に規定される事由と比較すると,本号が列記する事由は特殊な事由ではなくむしろ企業活動に伴って頻繁に生じうるごくありふれた事由であると言える。
企業が抱えるこの種の事由に起因する損害賠償リスクに対しては,施設賠償責任保険,生産物賠償責任保険(PL保険),請負業者賠償責任保険等の一般的賠償責任保険,企業包括賠償責任保険(アンブレラ保険),労働災害総合保険,自動車保険等の様々な保険商品が従来から用意されている。
わが国においては,通常この種の事由に起因して損害賠償請求を受けるのは会社のみであり,会社役員が損害賠償請求を受けるという事態はあまり生じない。
例えば,食品会社から購入した食品によって食中毒になった被害者がPL法に基づいて損害賠償訴訟を提起する場合,被告とされるのは会社であって,会社役員を被告とすることはわが国ではあまり考えられない。ところが,米国においては企業と合わせて会社役員も損害賠償請求を受けるという事態がしばしば発生し,この種の損害賠償リスクに対応するPL保険等の保険商品の側でも会社と合わせて会社役員を被保険者とする取扱いが一般化していることから,会社役員はかかる保険商品を利用することによってこの種の損害賠償リスクに対応することができる。
そこで,本号が列記する事由に起因する損害賠償リスクについては前記の一般的賠償責任保険等によって対応すべきであるとの観点から設けられたのが本号の免責条項である。
また,この種のリスクはどちらかと言えば企業活動そのものに内在するリスクであるところ,D&O保険はそのような企業活動を会社役員としてどのようにコントロールするかという企業経営のリスクに対応した保険であって,企業活動そのものに内在するリスクを対象とするものではないという説明も妥当すると考えられる。
そこで,この種のリスクが会社役員による企業経営のリスクにまで発展した場合にはD&O保険の対象として捉えることが可能であるから,本号の免責条項は適用されない。
この旨を示すため,本号では5号,6号で用いられている「…に起因する」損害賠償請求という文言ではなく,「…に対する」損害賠償請求という文言が用いられている。その意味は,身体の障害,財物の滅失等の被害を被った被害者からの直接的な損害賠償請求は免責であるが,これらの事由に起因して会社役員に対してなされたその他の損害賠償請求は免責とならないということである。
例えば,PL事故の被害者から会社役員に対する損害賠償請求は免責となるが,PL事故が多発した結果,会社の経営状況が悪化したことについて事故管理体制の不備を理由として株主が会社役員に対して提起した株主代表訴訟は免責とならない。
なお,上記の通りわが国では本号が列記する事由に起因して会社役員が損害賠償請求を受けるという事態はあまり生じないことから,一般の賠償責任保険等は必ずしも会社と合わせて会社役員も被保険者にするという取扱いをしていないことがあり,PL保険等一般の賠償責任保険等が本号の免責条項を埋め合わせるような代替手段とならない場合があることに注意しなければならない。
この問題点については,将来的には一般の賠償責任等において会社役員も被保険者に追加するという取扱いを原則とすることによって解消されるべきであろう。
第8款 第8号−子会社でない間の役員の行為
普通約款6条8号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(8) 記名子会社の役員に対する損害賠償請求のうち,記名法人が直接であると他の子会社を通して間接であるとを問わず,その記名子会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有していなかった間に行われた行為に起因する損害賠償請求
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「第2章 保険金の支払要件 第3節 会社 第2款 記名子会社」において既に述べた通り,D&O保険では,記名法人の子会社を記名子会社として指定することによりその役員を被保険者として含めることが可能である。
D&O保険における子会社とは,「直接であるとまたは他の子会社を通して間接であるとを問わず,記名法人が発行済株式(議決のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を所有している,または所有していた法人」と定義されており(普通約款3条7号),現在は法律上の子会社でなくても,かつて法律上の子会社であった会社はD&O保険上は子会社として取り扱われ,記名子会社に指定することができる。すなわち,その会社の役員をD&O保険の被保険者として取り扱うことができる。
しかし,その場合であっても,保険の対象となる記名子会社の役員の行為は,当該会社が記名法人の法律上の子会社であった時の行為に限られるのであって,本号はその旨を規定するものである。
第9款 第9号−被保険者間請求・会社からの請求
普通約款6条9号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(9) 他の被保険者または記名法人もしくはその子会社からなされた損害賠償請求,ならびに株主代表訴訟であるか否かを問わず,被保険者または記名法人もしくはその子会社が関与して,記名法人もしくはその子会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求
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会社の支配権を巡って会社役員間で紛争が生じることは珍しくない。
かかる紛争が激化した結果役員どうしの間で損害賠償請求がなされることも考えられるし,一方の会社役員が会社を代表することによって会社から他方の対立役員に対して損害賠償請求がなされることも考えられる。
このような紛争は小規模閉鎖的企業,同族支配企業等において多く見受けられ,お家騒動型の紛争と呼ばれる。
この種の紛争に基づく損害賠償リスクは紛争の当事者である会社役員にとっては切実なリスクとして感じられるであろうが,会社の外部者である保険会社の側がこのようなリスクを事前に正確に評価することはかなり困難である。
よって,この類のリスクに関しては,保険上のリスクが高い者ほど保険に加入しようとする逆選択による弊害が顕著に生じることになる。
そこで,かかる弊害を排除すべく本号は会社役員たる被保険者間の損害賠償請求,記名法人又はその子会社からなされた損害賠償請求を免責としている。
本号は「記名子会社」ではなく「子会社」と規定していることから,記名子会社を指定せず子会社の役員を被保険者に追加していない場合であっても,子会社からの損害賠償請求については免責となる。
また,形式的には被保険者,記名法人又はその子会社からの損害賠償請求でない紛争形態であっても,裏で被保険者,記名法人又はその子会社が関与し,実質的なお家騒動型の紛争がそのような形態を借用して具現化されているに過ぎず,実際は被保険者,記名法人又はその子会社がその損害賠償請求を裏から実質的にコントロールしている場合も考えられるから,本号はこのような場合も想定して,株主代表訴訟であるか否かを問わず,被保険者または記名法人もしくはその子会社が関与して,記名法人もしくはその子会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求も免責としている。
「有価証券」の意味およびなぜ有価証券を所有する者に限定しているのかという趣旨は明らかでないが,本条の趣旨としては,結局のところ会社や役員が別の者の名義を借りて訴訟提起する場合を免責とする点にあるものと言える。
第10款 第10号−大株主からの請求
普通約款6条10号は,免責となる損害賠償請求として次の通り規定している。
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(10) 会社の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数につき,保険証券記載の割合(会社が複数である場合には,個々にその割合を算出するものとします。)以上を直接であると間接であるとを問わず所有する者(株主権行使の指示を与える権限を有する者を含みます。以下「大株主」といいます。)からなされた損害賠償請求,または株主代表訴訟であるか否かを問わず,大株主が関与して,会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求
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本条9号で想定されているようなお家騒動型の紛争は,会社役員間や会社から会社役員に対する損害賠償請求の形態だけではなく,会社の創業者一族にその典型例を見ることができるような大株主からの訴訟という形態によってももたらされうる。
そこで,本号は9号と同様にお家騒動型の紛争を免責とすべく大株主からの損害賠償請求を免責と規定している。
そして,9号の場合と同様に,形式的には大株主以外の者からの損害賠償請求という紛争形態であっても,裏で大株主が関与し,実際は大株主がその損害賠償請求を裏から実質的にコントロールしている場合も考えられるから,本号はこのような場合も想定して,株主代表訴訟であるか否かを問わず,大株主が関与して,会社の発行した有価証券を所有する者によってなされた損害賠償請求も免責としている。
本号により,「大株主」とは議決権のない株式を除く会社の発行済株式総数につき,保険証券記載の割合以上を直接であると間接であるとを問わず所有する者とされるから,大株主として取扱われるための持株割合(大株主割合)はD&O保険契約の締結時に定められ保険証券上に記載されることになる。
大株主割合は高いほうが本号の大株主免責に該当するケースが少なくなるから保険契約者・被保険者の側にとっては有利である。
具体的な数値としては5%で設定されるのが実務上の原則であるが時折例外が見られないではない。
大株主割合は,「会社が複数である場合には,個々にその割合を算出するものとします」とされているから,例えば記名法人1社と記名子会社1社があり,大株主割合が5%として設定されているD&O保険契約において,ある者が記名法人の株式の20%を保有し記名子会社の株式を3%保有している場合,2つの会社の株式数を合算して計算するとこの者が5%を超える株式を保有している計算になるような場合であっても,その者は記名法人との関係では大株主であるが,記名子会社との関係では大株主ではないことになる。
また,大株主とされるための株式所有については「株主権行使の指示を与える権限を有する者を含みます」とされているから,他人名義の株式であっても当該他人に対してどのように株主権を行使すべきか指示を与える権限を持っている者は本号との関係では株式の所有者であるものとして取扱われるものとなる。
第3節 普通約款第7条の免責条項−株主代表訴訟敗訴
普通約款7条は次の通り規定している。
(てん補しない損害−その3)
第7条 当会社は,被保険者に対して株主代表訴訟等による損害賠償請求がなされ,その結果,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害をてん補しません。
2.前項の規定は,法律上の損害賠償責任を負担することとなった被保険者以外の被保険者については,これを適用しません。
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D&O保険は会社役員を被保険者とするものであるが,その保険料を会社役員ではなく会社が負担することが果たして適法であるかどうかを巡って議論がある。特に会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースに対応する保険料を会社が負担することの適法性に対して強い疑問が投げかけられた。
そこで,このような問題点を解消するため,D&O保険では会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払に対応する保険料と,それ以外のケースについての保険金支払に対応する保険料とを明確に区分し,前者については会社が負担することを許さず,被保険者たる会社役員が自己負担すべきものとする取扱いとした。
そして,このような取扱いを可能とするために,会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払は普通約款から切り離して株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金を支払うという約款構成を採用した上で,この特約条項についての保険料は会社役員が自己負担すべきであるという取扱いをするものとした(※ 以上のようなD&O保険の適法性を巡る議論及びこれに対するD&O保険の側での対応については「第1章 会社役員賠償責任保険(D&O保険)の概要 第3節 D&O保険の沿革 第5款 D&O保険の問題点の顕在化」以下において既に述べた)。
本条の免責条項は,会社役員が会社に対して損害賠償責任を負担するケースについての保険金支払を普通約款から切り離すために設けられたものである。
本条は被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を免責としている。他方,D&O保険契約に必ず附帯される株主代表訴訟担保特約条項第1条は,「当会社は,会社役員賠償責任保険普通保険約款(以下「普通約款」といいます。)第7条(てん補しない損害―その3)の規定にかかわらず,被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に被る損害を,当会社所定の保険料の支払いを条件にてん補します。」と定めており,普通約款7条の免責条項で保険金支払対象から除外されている部分につき改めて保険金支払対象とする旨定めている(※ このように,約款上の原則として保険金支払対象外とされているものにつき特則をもって保険金支払対象とする取扱いを復活担保と呼んでいる)。
また,この特約条項の文言においてこの特約条項に対応する保険料を別途支払うべきことを要することが明示されている。
「株主代表訴訟担保特約条項」というタイトルから,株主代表訴訟による損害賠償請求については普通約款では全く保険金が支払われずこの特約条項に基づいて支払われるとの誤解が生じがちであるが,普通約款7条とこの特約条項の文言を見ればわかる通り,特約条項の守備範囲とされているのは被保険者が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担した場合の損害についてのみである。従って,被保険者が株主代表訴訟を提起された場合であっても結果的に勝訴し会社に対する損害賠償責任を負担しないことになった場合の争訟費用の損害は株主代表訴訟担保特約条項ではなく普通約款に基づいて保険金支払対象となる。
この点を含め,D&O保険における被保険者に対する各種訴訟の取扱いを図示すると次の通りである。
| 会社訴訟(会社が訴訟提起した場合) | 株主代表訴訟 | 第三者訴訟(左以外) |
| 被保険者勝訴の場合 | 保険金支払対象外(普通約款6条9号) | 普通約款で保険金支払対象 | 普通約款で保険金支払対象 |
| 被保険者敗訴の場合 | 保険金支払対象外(普通約款6条9号) | 株主代表訴訟担保特約条項で保険金支払対象 | 普通約款で保険金支払対象 |
普通約款7条2項が規定するとおり,本条の免責条項は被保険者ごとに個別に適用される。よって,一つの株主代表訴訟において複数の被保険者が訴えられ一部の被保険者のみが敗訴した場合は,敗訴した被保険者についてのみ本条の免責条項が適用され勝訴した被保険者については本条の免責条項は適用されないことになる。
つまり,敗訴した被保険者には株主代表訴訟担保特約条項に基づいて保険金が支払われ,勝訴した被保険者には普通約款に基づいて保険金が支払われるということになる(※ ただ,このような区別は全く観念的なものである。
普通約款による保険カバーと株主代表訴訟担保特約条項による保険カバーは被保険者が会社に対して損害賠償責任を負担する場合であるか否かという点で区別されているに過ぎず,その他の保険カバーの面において相違する点は皆無であり,全く同等の条件下で保険金が支払われる)。
第4節 普通約款第8条の免責条項−会社の合併等
普通約款8条は次の通り規定している。
(てん補しない損害−その4)
第8条 当会社は,保険期間中に次の各号に定める取引(以下「取引」といいます。)が行われた場合には,取引の発効日の後に行われた行為に起因する損害賠償請求がなされたことにより,被保険者が被る損害をてん補しません。なお,この場合においても当会社は保険料を返還しません。
(1) 記名法人が第三者と合併すること,または記名法人の資産のすべてを第三者に譲渡すること。
(2) 第三者が,記名法人の発行済株式(議決権のない株式を除きます。)総数の50パーセントを超える株式を取得すること。
2.保険契約者または被保険者が,前項に規定する取引が行われた事実を遅滞なく当会社に対して書面により通知し,当会社が前項の規定を適用しないことを書面により承認した場合は,この限りではありません。
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本条第1号により,保険期間中に次のいずれかの事由が発生した場合は,その後に行われた行為に起因する損害賠償請求については免責となる。
(1) 記名法人が第三者と合併した場合
(2) 記名法人がその資産をすべて第三者に譲渡した場合
(3) 第三者が記名法人の発行済み株式(議決権のない株式を除く。)総数の50%を超える株式を取得した場合
これらの事由は,会社経営の根幹に関わる重要事項の変化であり,D&O保険上のリスクを著しく変化させるおそれがあるため,本条はその後の無条件での保険カバーの提供を行わない旨を定めたものである。
これらの事由があるにもかかわらず,保険会社の側で引き続き保険カバーの提供が可能であると判断すれば,継続して保険カバーを提供できる途が用意されている(本条2項)。
すなわち,これらの事由が発生した事実を遅滞なく保険会社に書面にて通知し,保険会社が書面により本条の免責条項を適用しないことを承認すれば引き続き保険カバーが提供されることになる。保険会社はこの承認を行うにあたって,追加保険料を徴し,附帯特約条項を追加して保険条件を一部変更するなどの措置を取ることもありうる。
本条により免責となるのは,前述の3種類の事由が生じた後に行われた行為に起因する損害賠償請求である。したがって,これらの事由の後に生じた損害賠償請求であっても,その原因行為がこれらの事由の前に行われた場合であれば免責とはならない。
よって,本条によって保険カバーが全く失われるわけではない。本条1項なお書きが保険料を返還しないと定めているのはこのような点も踏まえたものであると考えられる。
本条が定める3つの事由が発生する場合,D&O保険実務上は,本条が規定するようにこれらの事由が生じた後に事後的に通知・承認手続を行うのではなく,これらの事由が発生する前に保険契約者と保険会社と協議の上で,これらの事由の後のD&O保険をどのようにするかを定めておくのが通常の取扱いであると思われる。
具体的な手続としては,会社合併の場合であれば合併の日をもって従来からのD&O保険契約を解約し,同日付で合併後の新会社を保険契約者とするD&O保険契約を締結する方法が一般的であると思われる(※ その他,従来からの保険契約者であった会社が存続する場合は,従来からのD&O保険契約を維持しつつ,合併の日をもって従来からの保険条件を変更する方法もありうる)。
会社合併に伴い新しいD&O保険契約を締結し直す場合,その新契約の保険条件は保険契約者と保険会社との間の協議・交渉によって定めることになるが,その際には次のような点に注意する必要がある。
まず,合併前の複数の会社がいずれもD&O保険契約を締結していることもあるから,特に合併により消滅する会社のD&O保険契約により被保険者とされていた者が新しいD&O保険でも従来と同様に被保険者の地位を保つのかどうかには注意を払うべきである。
また,新しいD&O保険において従来のD&O保険から保険条件の変更があった場合,その変更はどの損害賠償請求から適用されるのかという基準時にも注意すべきである。
合併前になされた行為についてもこれに起因して合併後になされた損害賠償請求については新条件が適用されるのか,それとも新条件が適用されるのは合併後になされた行為に起因する損害賠償請求に限られるのかという点である。
その他,従来それぞれの会社が締結していたD&O保険契約における遡及日が相違する場合,新しいD&O保険契約の遡及日をどのように定めるのかも注意すべきである。
方法としては,古い日付けに統一する方法(保険契約者有利),新しい日付けに統一する方法(保険会社有利),それぞれの会社ごとに遡及日を別々に残しておく方法(内容的には無難な方式であるが,その旨の特約条項を作成して附帯する等契約方式がやや複雑になる)が考えられる。
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