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神奈川県横浜市の法律事務所

弁護士津留崎基行(横浜弁護士会)
2005年10月1日

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第3章 支払保険金の額
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第3章 支払保険金の額
第1節 概観

D&O保険の保険金は被保険者たる会社役員が被った損害に対して支払われるが,支払われる金額は損害額の全額ではなく以下に述べる通り一定の範囲内に制限を受ける。
この点につき,支払保険金の額について定める普通約款9条は以下の通り規定している。

(てん補責任限度額)
第9条 当会社は,損害の額の合計額が,一連の損害賠償請求につき保険証券記載の免責金額を超過する場合に限り,その超過額に保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。
2.当会社がこの保険契約でてん補する金額は,すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします。また,第20条(損害賠償請求等の通知)第2項の規定に従い,この保険契約の保険期間中になされたものとみなされる損害賠償請求についても,保険証券記載の総てん補限度額が適用されるものとします。
3.当会社は,争訟費用を保険証券記載の総てん補限度額に加算して支払うものではありません。争訟費用は損害の一部であり,前2項の規定が適用されるものとします。

第2節 免責金額
第1款 免責金額の意義

免責金額とは,保険事故が発生した場合において損害額のうち被保険者が自己負担しなくてはならない一定額の金額をいう。よって,免責金額を超える部分のみが保険金支払の対象となる。
免責金額は保険契約締結の際に定められ,保険証券にその額が記載される。
免責金額の機能として,多頻度で発生する傾向にある小額損害について逐一保険金請求手続を行うという煩雑を回避し,また被保険者に一定の自己負担を生じさせることで保険料の低廉化を図ることができるという合理的な機能があることから,損害保険契約全般において免責金額を設定するという取扱いは広く見受けられる。
D&O保険においても9条1項が規定する通り免責金額が適用される。ただし,D&O保険では小額の損害が多頻度で発生するということはあまり考えられないから,免責金額を設定する趣旨は前述の免責金額設定の機能を期待した点にあるのではなく,会社役員の不適正経営による保険事故について会社役員に一定の自己負担額を負担させるという不利益を課すことによってD&O保険が放漫経営を助長することを防止しようとした点にあると考えられる。

第2款 免責金額の適用単位

まず,免責金額は損害の額の合計額に対して適用される(普通約款9条1項)。損害とは(1)法律上の損害賠償金及び(2)争訟費用であるから(普通約款2条),この2つの合算額が免責金額を超えた部分に対してのみ保険金が支払われることになる。
賠償責任保険における免責金額の取扱いとしては,法律上の損害賠償金に対してのみ免責金額を適用し争訟費用には免責金額は適用しないという取扱いがされる例が多いので(※ この場合,例えば被保険者に対する言いがかり訴訟などによって争訟費用のみの損害が発生したとすれば,免責金額にかかわりなく争訟費用の全額に対して保険金が支払われることになる),D&O保険における上記免責金額の取扱いはやや特徴的である。
次に,免責金額は一連の損害賠償請求につき適用される(普通約款9条1項)。
賠償責任保険における免責金額の適用単位としては,「1事故につき○円」という定め方がされる例が多いが,D&O保険においては一連の損害賠償請求をもって保険事故の取扱単位としていることから,免責金額の適用単位も一連の損害賠償請求単位とされたものである。
また,免責金額は「1事故につき3万円」というように単純な一定金額で定められるのが一般的な取扱いであるが,D&O保険では次の通りやや複雑な設定方法が採用されている。
普通約款9条1項では「保険証券記載の免責金額」と定められているのみであるが,D&O保険の免責金額は例えば「被保険者1名につき20万円ただし一連の損害賠償請求について100万円を超えないようにする」というように「被保険者1名あたり」及び「一連の損害賠償請求について」の二段構えで設定されるのが一般的な取扱いとなっている。
上記の例であれば,一連の損害賠償請求について損害賠償の請求を受けている被保険者が5名以下であれば20万円にその人数を乗じた金額が具体的に適用される免責金額となり,5名を超えた場合は100万円が具体的に適用される免責金額となる。
なお,上記の例で被保険者が5名を超えた場合のように,損害賠償請求を受ける被保険者が多数存在する結果一連の損害賠償請求についての免責金額が適用される場合において,各被保険者がそれぞれいかなる金額を自己負担することになるのかという按分規定は普通約款に置かれていないから,特約条項等による手当てがなければ解釈にゆだねられることになる。

第3款 実務上の免責金額の設定値

実務上設定される免責金額の具体的金額としては,被保険者1名あたり概ね10万円から20万円の範囲内,一連の損害賠償請求について概ね100万円から200万円の程度の水準であるのが一般的である。
D&O保険が放漫経営を助長することを防止するという免責金額設定の趣旨を尊重するならば,上記程度の水準よりも低い免責金額は妥当でないと考えられる。
逆に免責金額を高額にする場合はそのような弊害がない上,その分保険料が安くなるという関係が一般的に認められるが,D&O保険において有意な差が生じるほど保険料を安くするためには,免責金額をかなり高額に設定する必要があると考えられ,高額な免責金額は保険契約者側に好まれないのが普通である。
よって,結局のところ免責金額は上記程度の水準とされているケースが多い。
ただし,リスクが高いなどの理由によって保険会社にとって引受が容易でないケースにおいては,比較的高額の免責金額が設定されるケースが見受けられる。

第3節 縮小てん補割合
第1款 縮小てん補割合の意義

普通約款9条1項に規定される通り,損害額のうち免責金額を超過する部分に対し,さらに縮小てん補割合を乗じた額のみが保険金支払の対象となる。
縮小てん補割合は保険契約締結の際に定められ,保険証券にその割合が記載される。
免責金額が損害額のうち一定金額を被保険者の自己負担とする機能を持つのに対し,縮小てん補割合は損害額のうち一定割合を被保険者の自己負担とする機能を持つものと言える。
このような縮小てん補割合を設定する取扱いはD&Oだけではなく,他の保険商品についても縮小てん補割合が設定されるケースは時折見受けられる。
D&O保険において免責金額に加えて縮小てん補割合をも設定すべきものとされる理由は,損害額の大小にかかわらず必ず一定額かつ一定割合以上の被保険者自己負担部分を生じさせることにより,D&O保険手配による会社役員の放漫経営の招致というモラルハザードを回避しようとした点にある。

第2款 実務上の縮小てん補割合の設定値

縮小てん補割合は95%以下で定めるものとされている。
95%以下の数値であれば特に問題はなく,保険料もほぼ比例的に安くなるから保険契約者側からの希望に基づいて95%を下回る数値で縮小てん補割合を定めている契約もたまに見受けられる。
しかし,D&O保険では万一保険事故が発生すれば数億円規模の損害が予想されるのであるから,その5%の被保険者自己負担額も相当大きな金額になり実際上被保険者がその負担に耐えられないことも考えられる。
よって,あまりに低い縮小てん補割合を設定することはD&O保険の保険としての有用性を阻害しかねない。また,保険契約者はできる限り大きい縮小てん補割合を設定することを希望するのが通常である。
以上のような理由から,実務上は縮小てん補割合は95%とされている契約がほとんどである。

第4節 てん補限度額
第1款 てん補限度額の意義

てん補限度額とは,保険事故が発生した場合に保険会社が被保険者に対して支払う保険金の限度額をいう。被保険者が被る損害額のうち,免責金額以下の部分は被保険者の自己負担となるが,同様にてん補限度額を超える部分も被保険者の自己負担になる。
火災保険などのように,被保険者の被る損害の額の上限が保険価額(※ 保険事故が発生した時における保険の目的物の価額)によって画される保険商品の場合,保険会社が支払う保険金の支払限度額のことをてん補限度額ではなく保険金額と呼ぶことが多い。
しかし,賠償責任保険の場合は発生する損害額に上限額はなく,可能性が高いか低いかという問題を別とすればいくらでも高額な損害が発生しうるという意味で保険価額という概念になじまない。
そこで,賠償責任保険においては保険価額との関係を念頭に置いて用いられてきた保険金額という用語を用いずに,てん補限度額という用語が使用されることが多い。
もっとも,賠償責任保険においてもてん補限度額と同じ意味で保険金額という用語が使用される場合もあるので,保険金額という用語とてん補限度額という用語とが必ずしも厳密に区別されて用いられている訳ではない。
D&O保険では普通約款上てん補限度額という用語が用いられているから(普通約款9条),保険金の支払限度額を説明する際にはてん補限度額という用語が使用されることが多いが,仮に保険金額という用語が用いられたとしても気にする必要はなく同じ意味と考えておけば足りる。

第2款 総てん補限度額

賠償責任保険におけるてん補限度額の定め方として,1事故あたりについてのてん補限度額が定められ,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額についてはてん補限度額が定められないという取扱いがなされることは多い。
このような取扱いがなされている場合は保険期間中に何度事故が発生しても,その事故ごとに当該てん補限度額を上限とする保険金が支払われるのであってその総額に上限はない。
このような取扱いがなされる賠償責任保険商品として,企業活動遂行中に第三者に対する対人・対物事故を発生させた時の責任をカバーする施設賠償責任保険,請負業者賠償責任保険等がある。
これに対して,1事故あたりについてのてん補限度額と併用し又は一事故あたりのてん補限度額を特に定めずに当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額に対する限度額としててん補限度額が定められる取扱いがなされることもある。このような取扱いがなされる賠償責任保険商品として,製造・販売した商品に起因して第三者に対する対人・対物事故を発生させた時の責任をカバーするPL保険(生産物賠償責任保険)等がある。
保険契約に基づいて支払われる保険金の総額に対する限度額が設定される場合,保険期間中の保険事故発生により保険金が支払われると,てん補限度額から当該支払額を差し引いた金額が残存保険期間に生ずべき保険事故についての保険金支払限度額ということになる。
このような残存保険期間についての保険金支払限度額を残存てん補限度額と呼ぶ。この残存てん補限度額を保険契約当初のてん補限度額にまで増加(復元)させるためには,追加保険料を支払って保険会社の承認を得る手続を要し,この手続をてん補限度額の復元と呼ぶ。
保険契約に基づいて支払われる保険金の総額についてはてん補限度額が定められていない場合,てん補限度額の復元という手続を要せず,1つの事故についててん補限度額が適用された後いわば自動的に当初のてん補限度額に復元することになるので,このようなてん補限度額の適用のされ方をてん補限度額の自動復元と呼ぶ。
このように,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額としてのてん補限度額が定められる場合と定められない場合がある。
その他,被害者1名あたりのてん補限度額が定められる例もあるなど,てん補限度額の設定方法には保険商品によって様々なバリエーションがある。
D&O保険で設定されるてん補限度額は,普通約款9条2項が,「当会社がこの保険契約でてん補する金額は,すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で保険証券記載の総てん補限度額を限度とします」とする通り,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総額の限度として定められる。 「すべての被保険者に対しててん補する金額の合計で」とあるが,保険金は被保険者にしか支払われないのであるから,この部分は単に「合計で」という程度の意味しか持たないが,個々の被保険者ごとにてん補限度額が適用されるという誤解が生じないようにあえてこのような表現が取られたものと考えられる。
また,普通約款9条2項第2文が,「第20条(損害賠償請求等の通知)第2項の規定に従い,この保険契約の保険期間中になされたものとみなされる損害賠償請求についても,保険証券記載の総てん補限度額が適用されるものとします」としているが,この損害賠償請求はこの保険契約の保険期間中になされたものとみなされこの保険契約に基づいて保険金が支払われる以上当然の規定であって創設的な意味はない。
さらに,本条の規定するところではないが,普通約款で保険金支払対象とならず株主代表訴訟担保特約条項に基づいて支払われる保険金についても別枠で支払われるものではなく,このてん補限度額の枠内で支払われる旨が株主代表訴訟担保特約条項に規定されている。
よって,記名法人の複数の役員が同時に損害賠償請求を受けた場合,株主代表訴訟であるとその他の損害賠償請求であるとを問わず保険期間中に複数の損害賠償請求がなされた場合,記名法人の役員と記名子会社の役員とが同時に損害賠償請求を受けた場合,保険期間中に別個の原因に由来する複数の損害賠償請求がなされた場合など,いずれの場合であっても,当該保険契約に基づいて支払われる保険金の総合計金額がてん補限度額を超えない範囲内で保険金が支払われることになる。
保険期間中の保険事故発生により保険金が支払われると,てん補限度額から当該支払額を差し引いた金額が残存保険期間に生ずべき保険事故についての保険金支払限度額ということになり,てん補限度額の自動復元はない。
なお,複数の保険事故についての損害額の合計がてん補限度額を超過した場合において,それぞれの保険事故に対して具体的にいかなる金額の保険金が支払われるかという按分規定は普通約款に置かれていないから,特約条項等による手当てがなければ解釈にゆだねられることになる。

第3款 争訟費用内枠払い

D&O保険においては,てん補限度額は損害額の合計金額について適用され(普通約款9条1項・2項),損害は法律上の損害賠償金と争訟費用であるから(普通約款2条),法律上の損害賠償金と争訟費用とを合算しててん補限度額の範囲内でのみ保険金が支払われるということになる。
このような取扱いを争訟費用内枠払い方式(cost inclusive)と呼んでいる。D&O保険がこの争訟費用内枠払い方式を採用していることは普通約款9条1項・2項及び2条により明らかであるが,あえて9条3項を置いてその旨を再言しているのは,一般に賠償責任保険において争訟費用内枠払い方式という取扱いがなされることは比較的少ないことから,誤解を避けるため重複を承知で念のための規定を置いたものと思われる。
争訟費用内枠払い方式以外の方式として,損害賠償金はてん補限度額の範囲内で支払われるが争訟費用はそれとは別個支払われるという争訟費用外枠払い方式があり,その中でも外枠比例払い方式と呼ばれている方式が広く利用されている。
外枠比例払い方式は,争訟費用はてん補限度額とは別個に支払われるが,常に全額支払われるのではなく,てん補限度額が損害賠償金に不足する場合,その不足する割合に応じて争訟費用も実際に生じた金額から削減して保険金が支払われるという方式である(※ 例えば,てん補限度額1000万円で損害賠償金が1000万円以下であれば,損害賠償金も争訟費用も保険金として全額支払われるが,損害賠償金が2000万円であれば,損害賠償金は1000万円のみ支払われる他,争訟費用はかかった金額の半分のみが保険金として支払われることになる)。
争訟費用内枠払い方式は,争訟費用が多額になることが予想されるようなケースで採用されることが多い。例えば,米国内に所在するリスクを対象とする損害賠償責任保険は争訟費用がかさむ典型例であって,ほぼ例外なく内枠払い方式により保険設計される。
D&O保険も訴額の大きい困難な訴訟が提起されることにより争訟費用が膨大なものとなるおそれが強いと言え,内枠払い方式になじみやすいと言えよう。

第4款 実務上のてん補限度額の設定値

賠償責任保険においててん補限度額を高額にすると保険料も高額になるが,保険契約者としては保険料の負担に耐えられる限りてん補限度額は高額である程好ましいものと言える。
自動車保険では,対人・対物事故にかかる賠償責任を担保するものとしててん補限度額を無制限とする取扱いが用意されているが,このような無制限という取扱いは自動車保険の世界だけの特殊な取扱いであり,一般的な賠償責任保険ではかならず具体的な金額でてん補限度額を定めることを要する。 D&O保険においては,株主代表訴訟で何百億円もの損害賠償を求める訴訟が容易に提起でき,実際にそのような訴訟が発生している状況を念頭に置けば,保険契約者がこれに見合ったてん補限度額を希望することは自然なことであり,てん補限度額無制限という取扱いができないとしても数百億円規模のてん補限度額が欲しいところではある。
しかし,現状においてD&O保険を引き受ける保険会社の側でこのようなニーズに応えることは難しい状況にある。日本よりも先行してD&O保険が普及した米国において,1980年代にD&O保険による事故が急増し,保険金の支払に耐え切れずD&O保険のマーケットから撤退した保険会社が続出したと言われる経緯があるように,D&O保険の引受は保険会社にとってもかなり危険を伴うものであると認識されており,高額なてん補限度額の契約は保険会社の好むところではない。
保険会社の収支を考えると,一つの大きなリスクを引き受けるよりは,独立した小さなリスクを多数引き受けた方が大数の法則により収支は安定することになるから,D&O保険の引受保険会社としては,てん補限度額の大きい契約を少数引き受けるよりは,てん補限度額が小さい契約を多数引き受けることを好む。
以上のような事情から,現状において保険会社が提供できるてん補限度額としては10億円程度が上限とされることが一般的である。10億円を超えるてん補限度額のD&O保険契約の例がないわけではないが事例数としては少ない。
場合によっては保険会社が10億円を超えるてん補限度額での引受けを可能とする提示をしてくることも考えられるが,保険料が極端に高額になったりするなど,保険契約者側にとっても容易に契約締結を決断できない特殊な保険条件になる可能性があることを覚悟しておく必要がある。
逆に,てん補限度額が低い場合,保険会社の側においてあまり不都合はないが,実務上のてん補限度額の下限は1億円程度である。
以上より,実務上は多くのD&O保険契約において下限1億円から上限10億円の範囲内でてん補限度額が定められている。この1億円から10億円程度という実務的なてん補限度額をどのように評価し,どのように対処するかについては考えが分かれるところである。
前述の通り現行のD&O保険においては必ず95%以下の縮小てん補割合が設定され,10億円以上の損害が発生した場合は縮小てん補によって5000万円以上の自己負担部分が生じるのであるから,高額てん補限度額を設定できないという問題を待つまでもなく巨大な損害に対する防御という面では現行のD&O保険には限界があると言えよう。
そうすると,D&O保険の効能として巨額損害賠償責任への備えというよりも正当業務に対する言いがかり的な訴訟に対応するための訴訟費用を捻出する点に意義を見出し,それゆえ必要なてん補限度額としては1億円程度で十分ではないかという考え方も十分成り立つところである。
もちろん,可能な限りのリスクヘッジという観点から,現実的に調達することができる最高金額のてん補限度額でD&O保険を契約するという考え方もありうるところである。
実際の契約において設定されているてん補限度額を見ると,比較的小さい会社が大きめのてん補限度額を設定していたり,かなり大きな会社が小さいてん補限度額を設定している例も見受けられ,1億円程度から10億円程度という幅の中でてん補限度額をどのような金額で設定するかは結局のところ保険契約者の考え方次第であるとは思われるが,数の上ではてん補限度額10億円で設定している契約が一番多いように思われる。

第5節 免責金額,縮小てん補割合,てん補限度額の適用関係

普通約款9条1項・2項により,免責金額,縮小てん補割合及びてん補限度額の適用関係は次の通りとなる。
まず,一連の損害賠償請求単位でみて損害の額の合計が免責金額を超過しない場合はその損害に対しては一切保険金が支払われない。
超過部分が生じた場合は当該超過額に対して保険金が支払われることになる。
次に,当該保険契約で保険金支払対象になる全ての一連の損害賠償請求ごとの上記超過額を合算し,この合算額に対して縮小てん補割合を乗じた金額とてん補限度額とを比較していずれか低い方の金額が保険金として支払われることになる。
具体例として,当該保険契約で保険金支払対象となる一連の損害賠償請求が2つある次のようなケースの保険金計算は次の通りとなる。

(保険条件)
てん補限度額1億円
免責金額被保険者1名あたり20万円/一連の損害賠償請求について100万円
縮小てん補割合95%

(保険金支払対象となる一連の損害賠償請求)
一連の損害賠償請求1請求を受けた被保険者3名/損害額の合計1500万円
一連の損害賠償請求2請求を受けた被保険者8名/損害額の合計6000万円

(支払保険金の計算)
一連の損害賠償請求1に適用される免責金額60万円(免責金額超過額1440万円)
一連の損害賠償請求2に適用される免責金額100万円(免責金額超過額5900万円)

(1440万円+5900万円)×95%=6973万円 (<1億円)

以上より,保険金として支払われる額は6973万円となる。

第6節 他の保険契約との関係

複数の保険会社で同時にD&O保険を契約している場合のように,同一の保険事故に対して保険金を支払うべき保険契約が複数存在する場合がありうる(※ 実際のケースとしては極めて少ない)。
このような場合において,一方の保険契約から見た場合の他の保険契約を重複保険契約と言う。
重複保険契約の存否にかかわりなく契約時の保険金額をそのまま支払えば足る生命保険と異なり,損害保険は被保険者が被った損害をてん補するためのものであるから,被保険者が被った損害額を超える保険金を支払うことはできない。
そこで,損害保険契約では重複保険契約が存在する場合は支払保険金の額の合計が被保険者の被った損害額を超えないように調整するための按分規定が置かれる(※ 例外的に,傷害保険においては生命保険と同様の取扱いがなされ,このような按分規定が置かれていないことがある)。
重複保険契約が存在する場合の支払保険金の額について,普通約款10条は次の通り定める。

(他の保険契約との関係)
第10条 当会社は,前条(てん補責任限度額)第1項の規定にかかわらず,他の有効な保険契約(以下「他の保険契約」といいます。)がある場合においては,損害の額が他の保険契約によりてん補されるべき金額とその免責金額の合計額,またはこの保険契約の保険証券記載の免責金額のいずれか大きい金額を超過する場合に限り,その超過額につき保険証券記載の縮小てん補割合を乗じて得た額をてん補します。ただし,他の保険契約が,この保険契約のてん補責任限度額の超過額に対して適用されると明記している場合はこの限りではありません。
第1款 上乗せ保険

本条本文の規定により,D&O保険において重複保険契約が存在する場合の保険金の支払方法は,原則として重複保険契約における支払保険金の額と免責金額の合計額では不足する損害部分に対してのみ保険金が支払われることになる。すなわち,本保険契約は他の保険契約の上乗せ保険として機能することになる。
一般的な賠償責任保険においては,このような上乗せ保険方式ではなく,独立責任額按分方式と呼ばれる按分方式が採用されていることが多い。この方式は,それぞれ他の保険契約がないものとして計算した支払保険金の額(独立責任額)の合計が損害額を超過する場合は,合計で損害額分の保険金が支払われ,それぞれの保険契約での支払額は損害額をそれぞれの独立責任額の比率で按分した額となるとする方式である(※ 一般的な約款文言としては「この保険契約と重複する保険契約が他にある場合において,それぞれの保険契約について,他の保険契約がないものとして算定したてん補責任額の合計額が損害の額を超えるときは,当会社は,この保険契約によるてん補責任額の前記合計額に対する割合によって損害をてん補します。」というようなものである)。
例えば,100万円の損害に対してA契約の独立責任額が30万円,B契約の独立責任額が90万円である場合,100万円を30対90(=1対3)で按分し,A契約では25万円,B契約では75万円の保険金が支払われることになる。
D&O保険が独立責任額按分方式を採用せず上乗せ保険方式を採用した理由は明らかでないが,独立責任額按分方式による場合,免責金額設定による被保険者自己負担額の発生という効果が消滅する可能性があるため,これを回避しようとしたものと考えることができる。
例えば,10万円の免責金額を設定した賠償責任保険契約を2本契約し100万円の損害が発生した場合,それぞれの独立責任額は90万円となるが,独立責任額按分規定に基づいてそれぞれの契約につき50万円,合計で100万円が保険金として支払われることになるから,結局免責金額を10万円と設定した効果が失われることになる(※ 独立責任額按分方式を定める約款の下でも,双方の保険契約で設定されている免責金額のうち低い方の免責金額分の被保険者自己負担が生じるように支払保険金の計算方法を解釈する実務運用も一部見受けられるようであるが,約款文言を見る限りかかる解釈・運用には無理があるものと思われる)。
これに対し,D&O保険のような上乗せ保険方式を採用すれば,一方の契約で90万円が支払われれば,損害の額(100万円)は支払保険金の額(90万円)と免責金額(10万円)の合計額を超えないから,上乗せとなるべき別の契約においては保険金は支払われず10万円の免責金額設定が生きることになる。
D&O保険では,保険手配が会社の放漫経営を招くことを防止するために必ず免責金額及び縮小てん補割合を設定することとされているから,免責金額設定の効果が阻害されかねない一般的な独立責任額按分方式は採用されなかったものと考えることができる。
ただ,普通約款10条の規定する上乗せ方式の採用により免責金額設定の効果は維持されるものの,重複保険の存在によって縮小てん補割合設定の効果は失われることがある。
すなわち,本条は損害の額が「他の保険契約によりてん補されるべき金額とその免責金額の合計額」を超過する部分を保険金支払対象にすると規定しており,超過されるべき部分に「免責金額」を算入してはいるものの「縮小てん補割合の効果により被保険者の自己負担となった金額」は算入していない。よって,「他の保険契約」での縮小てん補割合設定の効果により保険金が支払われなかった部分が,本保険契約での保険金支払対象になるという現象が発生しうる。
例えば,免責金額10万円,縮小てん補割合90%を設定したD&O保険契約を2本契約し210万円の損害が発生した場合,一方の契約では免責金額(10万円)を越える部分(200万円)に対して縮小てん補割合(90%)を乗じた180万円が支払われることとなるが,他方の契約では損害の額(210万円)のうち,「他の保険契約によりてん補されるべき金額」(180万円)とその免責金額(10万円)の合計額(190万円)を超過する部分(20万円)が保険金支払対象となりこの金額に縮小てん補割合(90%)を乗じた18万円が支払われることになるから,2つの保険契約で合計198万円の保険金が支払われることになり,10万円の免責金額設定の効果は生きているが,90%の縮小てん補割合設定の効果は減殺されてしまうことになる。
よって,会社の放漫経営を招くことを防止するために必ず免責金額及び縮小てん補割合を設定するというD&O保険の考え方を貫くという観点からは,現行の普通約款10条の按分規定は不徹底であると言える。

第2款 他の保険契約の定めとの関係

普通約款10条但書は,「ただし,他の保険契約が,この保険契約のてん補責任限度額の超過額に対して適用されると明記している場合はこの限りではありません」としており,他の保険契約における定め如何によっては,本文の場合と逆にこの保険契約が第一次的な保険契約となり,他の保険契約の方が上乗せ保険として機能することを定めている。
具体的にどのように支払いがなされるのかという点については当該他の保険契約の定めによるべきことになる。
この但書の規定は,複数のD&O保険契約の条項が相互に矛盾・抵触することを回避するために設けられたものであると推測され意味のある規定であるとは思われるが,相互の矛盾・抵触防止という観点からは以下に述べるとおり本条の定めでも不足しているように思われる。
そもそも重複関係に立つ2つのD&O保険契約がいずれも特約条項等による保険金按分規定を何ら定めず,按分規定としては普通約款10条の規定しか有していない場合にどのように取扱われるかが問題である。この場合,いずれの保険契約も他の契約の上乗せ保険として機能することを互に等しく主張しあう関係となり,この矛盾・抵触を解消するための規定が設けられていない(※ 前述した独立責任額按分方式の約款であればこのような問題は生じない)。
よって,重複関係に立つD&O保険契約が生じる場合には,特約条項を付帯する等の方法により保険金の按分方法について定める規定を盛り込む必要がある。
もっとも,D&O保険契約を締結する際は,既に重複関係に立つD&O保険契約が存在するか否かを保険会社は保険契約者に対して質問し,これを告知義務(普通約款11条)の対象とするのが通常の取扱いであるし,保険期間の中途で重複関係に立つD&O保険契約が生じれば,この事実は保険会社に対する通知義務の対象とされており(普通約款12条),保険会社としては重複保険契約の存在を知りうる立場にあるから,実務上は重複関係に立つD&O保険契約が出現した段階で相互の関係を調整するための特約条項を附帯する等の手当てがなされるものと思われる。