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第2章 多重債務者の心構え
1 はじめに
多重債務状態に陥った場合,できるだけ早めに弁護士などの専門家に相談した方が良いと言われている。
全くその通りではあるが,現実問題として普通の人々にとって弁護士は必ずしも身近な存在ではなく,法律事務所の門を叩くのは心理的に敷居が高く感じられてしまうであろうし,ただでさえ借金で首が回らないという問題を抱えているのに,その解決を弁護士に依頼するというのではますます問題が大きくなっていくような気がして,なかなか弁護士に相談しようという決心がつかないことも多いであろう。
弁護士などに委任すると,べらぼうなお金を取られるのではないかという心配もある。
そこで,弁護士に依頼する前であっても,多重債務者として持っておくべき心構えを,最低限度の知識と併せて本章で述べておくこととする。
借金苦で自殺する人が多いという事実が示すように,多重債務者の多くは,借金の取立てに追われて精神的に非常に追い詰められているケースが多いが,本当は,そこまで精神的に追い詰められる必要はなく,借金で自殺する必要などないということがこの章を読めば分かるであろう。
2 借金を返せなくても牢屋に入れられることはない
一般論として,悪いことをすれば犯罪者として牢屋に入れられる可能性がある。
ただし,ここにいう「悪いこと」というのは犯罪行為であると明確に法律に定められている行為のみである。
例えば,人を殺したり人のものを盗んだりする行為は刑法という法律に犯罪行為として定められている。
ところで,「借りたお金を返せない」ということは,約束を守らないという意味で,世間的な言い方に従うならば,「悪いこと」であろう。
しかし,「借りたお金を返せない」というのは,今の日本の法律上は,犯罪行為とはされていない。
よって,借りたお金が返せなくても牢屋に入れられることはないし,その他罰金などの刑罰を科せられることはないのである。
逮捕されたり,その他警察のご厄介になることもない。
もっと言えば,「返せない」ではなくて「返さない」であっても犯罪行為にはならないのである。
例えば,「返すお金は十分にあるが,貸主と喧嘩して気分が悪いので返さない」という行為に出たとしても,犯罪行為ではないのである。
注意しておきたいのが,最初から返すつもりがないにもかかわらず,それを隠して借金を申し出てお金を出させるようなことをすれば,嘘をついて金を出させたということになり,これは刑法上の詐欺罪にあたるから,牢屋に入れられる可能性があるということである。
しかし,普通の人はそうではないはずである。
多くの人は,借りる時は将来きちんと返済するつもりで借金しているはずである。
そうだとすれば,結果的に経済的に苦しくなって借金が返せなくなったとしても,何ら犯罪行為には該当しないのである。
借金を返さない又は返せない場合,裁判を起こされて「借金を払え」という意味の敗訴判決を貰う可能性がある。
しかし,このような敗訴判決を貰うことも犯罪行為ではない。
また,敗訴判決を貰うと,その後,判決に基づいて強制執行を受けて,自分の財産が借金返済のために召し上げられる可能性がある。
しかし,このような強制執行を受けることも犯罪行為ではない。
犯罪行為ではない以上,警察のご厄介になったり,逮捕されたりすることもない。
結局のところ,借金が返せなくなったとしても,言い方の当否は別として,「ない袖は振れない」の態度を一貫させていれば逮捕されたり刑務所に行ったりすることはないのである。
逆に,無理な返済要求に応えようとするあまり,将来返済のあてが全くない状態で別の業者のところへ行き,その業者に対しては返済する気がないにもかかわらず,それを秘して新たな借金を重ねたり(詐欺罪に該当しうる),クレジットカードで購入した高額商品を直ちに質入して現金を手に入れるような行為(横領罪に該当しうる)などに出る方が事態としては悪いのである。
最終的に刑務所にまでは行かなくて済む程度であったとしても,その後の正しい債務整理にとって無用な足かせとなる可能性がある。
繰り返すが,「借金を返せない」は犯罪行為ではない。
こんなことは,弁護士でなくても多くの人々にとっては当たり前すぎる知識だと思われるが,多重債務に陥った人のうち,このあたりの知識を持ち合わせていないか何となく不安に思っている人達が少なからず存在するように思われるのである。
3 「裁判を起こされる」ということは特に困った事態ではない
債権者が債務者に対して借金の返済を求める際に,「借金を返してもらえなければ,裁判に訴え出て強制執行をするぞ」などといった脅し文句がしばしば用いられる。
多くの人たちは「裁判」になるという事態を恐れている。
多くの人々にとっての裁判のイメージはどういうものであろうか。
テレビドラマか何かのシーンでありそうであるが,裁判長が手に持った木槌で机の上を叩いて「静粛に!」などと申し渡す厳粛な雰囲気の法廷の中で,手錠・腰縄をはめられた犯罪者である被告人が,「懲役5年」といった判決の言渡しを受け,その後被告人は牢屋へ入れられるといったイメージであろうか。
これは実は,「刑事裁判」である。
かつ,このようなイメージにすら,実は現実の刑事裁判からはかけ離れた描写が含まれているのであるが,そもそも借金が返済できなくて裁判になるといった場合の裁判は「刑事裁判」ではなく「民事裁判」である。
前述の通り,借金を返せないのは犯罪行為ではないから,刑事裁判にはなりえないのである。
「民事裁判」と「刑事裁判」は全く違うものである。
「民事裁判」というのは,平たく言えば,お金の貸し借り,売買その他の取引におけるトラブルなど,民間人どうしの争いに対して公の立場から決着をつけるという手続である。
例えば,一方が「お金を貸したので返せ」と言い,他方が「いや,借りた覚えはないので返さない」と言っている場合に,お互いが裁判の場でそれぞれ自分に有利な証拠を出し合い,最後に裁判所が証拠をもとに判断して「お金を貸したことが認定できるので返しなさい」とか「お金を貸した事実は認められないので返さなくても良い」という判決を出すという次第である。
民事裁判では,間違っても「被告は借金を返さなかったので懲役5年にする」などといった判決は出ない。民事裁判は「お巡りさん」,「検察官」,「手錠」,「腰縄」,「牢屋」,「刑務所」などとも無縁である。
裁判に出頭するとしても,自宅から電車に乗って裁判所に行くだけである。
裁判に行く際の服装も普段着で問題ない。
人からお金を借りて,まだ返済していない人が貸主から裁判を起こされ,その裁判で原告(貸主)が勝訴して借主である被告(民事裁判では「被告」であって「被告人」ではない)が敗訴した場合,「被告は原告に対して○円を支払え」という判決(被告敗訴判決)が出される。
ただ,「○円支払え」という判決を出した裁判所が,敗訴した被告(借主)の家にそのお金を取り立てに行くということもないし,敗訴被告が判決通りにきちんと払ったかどうかを裁判所が確認することすらない。
さて,このような敗訴判決を貰うというような事態は,借主にとって恐れるべき事態なのか。
もちろん,借りてもいないお金を返せというような裁判を起こされたならば,これは恐れるべき事態であるし,徹底して争う必要がある。
しかし,借主側において借金した事実や返済すべき金額に争いがないとすれば,「お金を返せ」という敗訴判決を貰ったとしても,これは極めて当たり前の判決である。判決によって「支払え」などと言われようが言われまいがもともと返済すべきものであったのだから。
よって,このような民事裁判で借主が敗訴判決を受けること自体にはあまり不利益はないと言って差し支えない。
「欠席裁判」という言葉は良く知られている。
裁判に欠席すると敗訴判決を受けてしまうということであるが,予想される判決内容が自分にとって争いようのない当たり前のものであるとすれば,欠席裁判によって敗訴判決を受けたとしても特段不利益はない。
裁判を欠席したからといって,逮捕されたり,罰金を払わされるということもないし,刑務所に入れられることもないし,裁判所から怒られるということもない。単に敗訴判決をもらうというだけのことである。
借りた事実や金額が真実であるとすれば,敗訴して当然であろう。
敗訴して当然の判決ならば,欠席判決を貰っても特段不利益はないのである。
もっとも,敗訴判決が予想される裁判であっても,裁判に出頭するメリットが全くないわけではない。
原告・被告の双方当事者が出頭していれば,判決に至る前に両者の話し合いに基づく和解によって訴訟が終了するケースも多く,借金の取立て裁判においても,本来であれば請求額の全額を一括弁済しなければならない状況であるにもかかわらず,債務者側との話し合いによって分割払いや一部債務免除が盛り込まれた和解が成立することも多いからである。
よって,裁判を起こされた借主側としては,堂々と裁判に出て行って,分割払いや債務の一部免除などを盛り込んだ和解による解決の要求をしてみるのも良いだろう。
もちろん,和解は双方当事者の合意が必要であるから,債権者が同意しない限り和解はできないが,仮に和解が成立せずに判決になったとしても,先に述べた通り,それは当たり前のことであって,特段不利益なことではない。
では,金を貸した側はなぜこのような裁判を起こすのか。
それは,「○○円払え」という判決書あるいは和解によって成立した当事者双方の合意内容が書かれた書面(和解調書)があることによって,次の強制執行という段階に進むことができるからである。
4 「強制執行される」ということは特に困った事態ではない
強制執行というのは,国家権力に基づく強制力をもって,私人の有している権利内容を実現する手続である。
例えば,貸し付けた100万円を返してもらえない場合に,貸主は国(裁判所)に強制執行を申し立てることによって,債務者の持っている家や自動車や給料などの財産を国(裁判所)が差し押さえて換価(競売)するなどして,得られたお金を貸主に支払ってくれる。
強制執行を申し立てるためには債務名義と呼ばれるものが必要である。
債務名義というのは,確定した判決内容を記載した判決書や和解内容を記した書面や一部の公正証書など,対象となる債権が確かに存在することを公的に示す書面である。
公正証書でない貸金契約書などは,いくら本人の実印が押してあっても債務名義にはなりえない。
よって,強制執行したい債権者は裁判を起こして勝訴判決を得て債務名義となる判決書を入手しようとするわけである。
さて,この強制執行されるという事態は,借金の借主にとって恐れるべき事態なのか。
強制執行という手続は,国家が主体となって行うことから,強制的に実行される反面,執行を受ける債務者側の生存を脅かすような過酷な取立てはなされない。
例えば,強制執行により給料を差し押さえられて債務の弁済に充当される場合であっても,給料全額が持って行かれる訳ではなく,ある程度の額は債務者の生活のために残してもらえる。
また,家財道具その他の生活必需品は差し押さえられないし,同じ意味で年金も差し押さえられない。
結局,強制執行により取り上げられて換価される物は,土地・建物などの不動産,自動車,その他の高価品,給料の一部などである。
強制執行しても債務者の側で十分な財産を持っていない場合には,結局債権者が債権の満足を得ることはできないことになる。
多重債務者の場合,めぼしい財産がない場合がほとんどであるから,強制執行したとしても債務が満足されることはまず期待できない。
しかし,強制執行の結果,債務を弁済するための財産が不足していることが判明したような場合であっても,不足分につき債務者が強制労働させられるなどということはないし,犯罪行為にも該当しないから逮捕されたり罰金を払わされたり牢屋に入れられたりすることもない。
もちろん,債務者が強制執行の対象になるような財産を持っていれば,それは取り上げられて債務の弁済にあてられることになるが,これはもともと支払うべきものを支払ったという意味で当たり前のことである。生活必需品まで取り上げられる訳ではない。
このように見てくると,強制執行を受けることはさほど困るような事態ではないように思えるのだが如何だろうか。
これが例えば,全く身に覚えのない債務で強制執行を受けて自分の財産を失いそうになっているという事態であれば非常に困ったことであるが,身に覚えのある債務であれば,ある意味当然のことであり,さほど恐れることではないのではないかと思われるのである。
5 借金の返済が滞ったために困るのは貸主の側
借金の返済が滞り,複数の貸金業者から毎日のように督促を受けるようになると,「困ったな」と思う気持ちが生じるのも自然なことである。
しかし,本当に困っているのは誰かについて少し考えてみたい。
借りている側は,借りたお金が返せないでいる状態にあるが,このこと自体は借主側にとって不利益なことではない。
本来であれば,返済によって手元から出て行かなければならないお金が出て行かないという話であるから,むしろ「お得」な状態とも言える。
他方,貸主の側はどうであろうか。
貸主は,将来返済してもらえると思って借主に対してお金を渡してしまったにもかかわらず,そのお金が返ってこない。
この状態が続けば明らかに損である。
よって,返済が滞った状態において本当に困っているのは貸主の側なのである。
貸主の側としては,返済が滞っているという状況を何としても変更する必要がある。
ところで,少なくとも現在のわが国の法制度を前提とすると,法的な手続によって現状を変更させるにはかなりの労力と費用がかかり,かつ実りが多いものでもない。
例えば,貸主の側は,法的手続によって債権の満足を受けるためには,貸金返還請求の裁判を起こして勝訴判決を得て,その判決書を債務名義として債務者の財産に強制執行するという手段を取る必要があるが,このような手段をとること自体相当に煩瑣である。
しかも,このような面倒な法的手続を取ったとしても,債務者が財産を持っていなければ結局意味がない。
そうすると,貸主としては何としても借主から任意で貸金を返してもらうしかないのであるから,債務者に対して一生懸命に督促を続けるのである。
督促を受けた債務者の側は,ひそかに「ああ,貸主は困っているから必死なんだなあ。」くらいに思っていれば良いのであって,少なくとも自分が精神的に追い詰められたような気分になる必要はないのである。
6 債務者の義務は借金返済義務のみ。業者の言いなりになる義務はない
お金を借りた債務者の義務は,借りたお金(+利息)を返還する義務のみである。
お金が返せないからといって,返すためのお金を別の人や業者から借り入れてくる義務があるわけではない。
つまり,「よそから借りてきてでもうちの債務を返せ」という要求には応じる必要はないのである。
同じく,「返せないんだったら,ここで働いて返せ」などと言って貸主が紹介してくる仕事をする義務もない(世間でよく出される例として,男性であればマグロ漁船に乗り込み,女性であれば風俗店で働くような仕事を求められるケースがあるとのことである)。
まして,自分の目玉や肝臓を売って返済資金を用意する義務など全くないし,返済資金を用意するために犯罪行為のお先棒を担ぐようなことをする義務もないのである。
「返せないものは返せない」というだけのことであって,あくまでも債務者の義務は貸金の返還義務のみであるから,貸金業者からの不当な要求は断固謝絶すべきである。
7 親兄弟は責任を負う必要はない
法律上は,親子も兄弟も他人である。
借金を返す義務があるのは借主のみであって,借主の親や兄弟や上司などに返済義務はない。
「親の借金は子供が面倒見るべきだ。」「従業員の借金は会社が払うべきだ。」などという理屈は法律の世界では通用しない。
もちろん,借金していた親が死亡したために子供が借金を相続した(相続放棄もしなかった)というような場合や,保証人になっているという場合には債務の相続人としての義務や保証人としての義務が生じる。
しかし,このような場合ではなく,単に親兄弟であるという理由だけで他人の借金を背負わされることはないのである。
8 「やってはいけないこと」
どんなに多重債務状態が苦しくても,次のような行動は絶対に回避しなければならない。
これらはいずれも問題の先送りにしかなっておらず,かえって将来の債務整理を困難にするからである。
このような行為をするぐらいであったら,「手元にお金がない以上返せない」と開き直った方が格段に良い。
(1) 分割払いで購入した商品を質屋などで処分する
分割払いで購入した商品は所有権が留保されているのが普通であり,全額を支払い終わるまでは購入者の所有物にならない。
よって,購入した商品を直ちに処分したりすると(通常,契約違反の行為のはずである),他人の物を勝手に処分したことになるから横領罪の罪責を問われかねない。
(2) 返すつもりがなく借りたり,借り入れの際に嘘をつく
借金を申し入れるということは,「将来返す」という意思の表示を伴うものである。
返すつもりがないのに借りるということは,返すつもりもないのに返すつもりであるかのように見せかけて相手方から金を出させるということである。
このような行為は詐欺罪に該当しうる。
その他,自分の資力など重要な点について嘘をついて借金する場合も同様に詐欺罪に該当しうる。
(3) 業者から借り入れたお金で親戚・知人の借金を返済する
法律の考え方は,債権者は皆平等という考えである。
クレジット・サラ金業者も親戚・知人も等しく債務者にお金を貸している債権者として平等に取り扱われる。
よって,経済的破綻の状態にある場合に,一部の債権者だけに特別な利益を与えるような行為は許されない。
このような行為をした場合,後の破産手続などにおいて手続上の障害の原因になる。
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